74.雪原をゆく!

 フィッシャーフライ城手前にあるゴーウ平原(今はゴーウ雪原)をヴレイズ達は歩いていた。城に近づく度に氷嵐が強まり、2人に容赦なく襲い掛かる。


「さむぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅい!!!」


 身体から炎を絞り出しながらフレインが叫ぶ。肌に突き刺さる弾丸の様な雪の冷たさに身震いし、寒さから身を守ろうと体内の魔力を練る。

 しかし、このゴーウ雪原を常に襲う雪は、炎では溶ける事がなかった。

「んなんでよ!! 溶けない雪ってどういう事なのよ!! あり得ないでしょ!!」と、地面に炎を放つ。積もった雪も炎では溶けることが無かった。

 ヴレイズは身体を震わせながら、手に積もる雪をよく観察し、自分の炎で探る。

「……淡くだが、魔力を感じる。あの雪雲を見るに、魔力によって作られているな……」と、どんよりとした天を眺め、目を細める。

「どうやってそんな雪を?」

「多分、あの雲に呪術が書き込んであるんだと思う。どうやっているのかはわからないが……覚悟しなければならないのは、これからこの術を操る氷帝と戦うって事だ……どうする? 引き返すなら今だぞ?」ヴレイズは冷静に口にし、フレインの返答を待つ。

「冗談じゃない!! 壁を目の前にして尻尾なんか巻けますか!」鼻息荒く応え、気合を入れる様に肩をいからせる。

「この国の人は現状を楽しんでいるし……なんか気が進まないんだよなぁ……」

「氷帝は六魔道団のひとりなんだよ?! つまり、魔王の手下! 魔王討伐の手始めとしては、上等なんじゃない?」

「魔王討伐……あぁ、そうだな! うん。俺も皆の力にならなきゃな!」ヴレイズは己の顔を両手で叩き、気合を入れた。

 彼は数日前、ククリスでの会議の事を新聞で知り、ラスティーが策通り作戦を進めているのだと悟った。この報を嬉しく想い、自分の事を情けなく思った。別行動を始めてから、自分はまだ何も出来ていない。彼はこの考えに悩まされ、何をすればいいのかを必死に考えていた。

 そして、彼はフレインのこの口車にワザと乗る事にした。

「あぁ、やってやろう!」ヴレイズは拳を突き出した。

「それでよろしい!」フレインは彼の拳に応え、寒さを誤魔化す様に気焔を上げる。

「だが、その前にこの溶けない雪の謎を解かなきゃな……」

「そんなの、戦っている内に慣れるよ!」フレインは何処から自身が溢れてくるのか、ズイズイとフィッシャーフライ城の方角へと向かっていった。

「いや、それじゃダメだろ……」



 その頃、フィッシャーフライ城にひとりの客人が訪れていた。

 その者は妖艶な顔つき体つきをしていたが、全身透明なゼリーの様に透き通っていた。寒々しい城内を、ほぼ全裸の様な格好でその者は軽やかに歩き、玉座の間へと脚を踏み入れる。

 その者を迎える様に、玉座の頂点でウルスラが見下ろす。

「ようこそ、水の賢者リヴァイア! 誰の使いとして来たのかしら?」

「私の代理として来たのよ。もうこんなくだらない事はやめなさい、ウルスラ」リヴァイアは明らかに威嚇するような眼差しで睨み付け、腕を組んだ。

「くだらない事? 貴女にこんな芸当が出来るのかしら? 島を丸ごと凍らせるなんてスケールの大きい事、貴女程度の使い手ではとてもとても……」

「出来ないのではなく、やらないだけよ。愚かな貴女は、こんな取り返しのつかない事をして……何が目的なの?」

「知れた事でしょう? この国を人質に氷を属性として……」

「ウソおっしゃい……こんな事をしてもククリスが動かない事は貴女も知っているでしょう? 本当の目的は何?」リヴァイアの分身は、本人さながらの圧を飛ばした。

「分身のクセに鋭いわね……いいわ。どうせ貴女はここから出さないつもりだし、教えてあげましょうか?」

「大人しく返した方が身の為よ? もし、私が主の元へ帰れなければ……次は本人が来るわよ?」

「それが目的よ。でも、その前に……リヴァイアがどんなリアクションをするか観たいから教えてあげるわ……」ウルスラは立ち上がり、一瞬でリヴァイアの眼前へ飛んで来る。

 このサバティッシュ国は近い将来、魔王軍によって開発され、監獄島になる予定であった。この計画を提案したのは他でもないウルスラであり、その際、彼女は監獄島の主として君臨する事を魔王と契約していた。

「なんてことを……」流石に狼狽するリヴァイア。

「この世界が魔王の天下と成れば、ククリスも滅ぶ。その時に氷を属性として認めて貰うことも彼と約束済みよ」

「貴女は、どんなモノを魔王に差し出したというの?」

「……この土地から国民を追い出す手伝いと、氷属性に関する呪術や技術を多数、ね。さ、おしゃべりはここまでにしましょうか?」ウルスラは手を掲げ、リヴァイアの周りに氷嵐の渦を作り出す。

「……本当にいいの? 数日後にはご本人が来るわよ? その時は、覚悟する事ね」

「楽しみに待っているわ、リヴァイア」と、ひらひらさせた手を握り込む。それと同時に、リヴァイアの分身、ドッペルウォーターが一気に凍り付き、瞬く間に粉々のパウダーと化す。

「水使いの貴女では、私には勝てないわよ?」自信満々の顔でパウダースノーを眺め、高笑いを城中に響かせた。



「案の定、分身を破壊したか……」光届かぬ深海の底で座禅を組むリヴァイア本体は、呆れた様に口にした。

 彼女は現在、大海の監視者ノインの元で修業をしており、地上の雑務は全てドッペルウォーターが行っていた。彼女は元々東大陸の賢者で在り、この大陸には10体以上の分身が賢者の役割をこなしていた。

「……さて、どうするか……あの程度なら、ガイゼルが動けば一発でしょうが……面倒ね……」リヴァイアは誰にも届かぬため息を吐き、サバティッシュ国の方角へ顔を向けた。



「あ゛ぁ! 寒い寒い寒い寒いぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」フィッシャーフライ城の城下町跡に辿り着いたフレインは、寒風から身を避ける様に建物の中へ逃げ込む。体内の炎を何とか大きく焚き、身体を温めて戦闘態勢を作ろうとする。

 しかし、呪術の籠った雪は容赦なく肌に突き刺さり、彼女らの体温を奪っていた。

「走れば温まると思ったけど、ただ体力が奪われるだけじゃん! ばぁぁぁか!!」

「何に怒ってるんだ?」茶の準備をしながら訊ねるヴレイズ。

「氷帝に向かってだよ! このバカぁぁぁぁぁぁぁ!!」顔を赤くして怒鳴るも、それに応える様な吹雪に押され、すぐさま身体を丸める。

「う゛ぅ~さむさむ……」

 その間、ヴレイズは手早く茶を2人分用意する。凍ってしまった食料を解凍し、フレインに渡す。

「早く食べないと、また凍っちまうから早く食べてくれ。今、薬膳茶を用意しているからな」と、身体を温める作用のあるものや、魔力の巡りを助ける作用のある薬草を煎じた茶を温める。

「あぁ……こんな時はシチューが食べたいなぁ~」フレインは解凍したてのサンドイッチを口にし、ため息を吐いた。

「ここに一泊してもいいなら作れるが……直ぐ戦いたいんだろ?」

「もちろん! でも、戦う前にシチューが食べたいなぁ~ ヴレイズの作ったヤツ、上手いんだよねぇ~」

「ラスティーから教わったんだ。今度ゆっくりな」ヴレイズは得意げに笑いながら茶を温める火を調整する。

 しばらくして湯が沸き、2人はゆっくりと薬膳茶を楽しむ。

「そういえば、敵意はないんだけど、ゴーウ雪原からあたしらを付けてくる気配があるんだけど……気付いてた?」茶を啜り、湯気越しにヴレイズを見る。

「サーベルウルフの監視役だな。俺らが弱るのを待っているんだろ? それより、この城下町の近くにブリザードベアの住処があるみたいだな。人が住まなくなって、野生動物がやりたい放題やってるな」手の中の雪をサンサの炎で探りながら口にする。

「ま、今のあたしらの敵じゃないけどね~」

「あまり野生動物を舐めるなよ? 痛い目に遭うぞ」たしなめる様に指を向ける。

「だからさ、ヴレイズって、狩人かなにかなの? え?」

「……これも、仲間から教わったんだ」

「アリシアだっけ? 大層な仲間をお持ちで」少し嫉妬した様な顔を背け、面白くなさそうに茶を啜る。

「この茶は俺のオリジナルだ。美味いか?」

「複雑な味だけど……」と、カップを仕舞う。「効果はテキメンだよ! さ、行こう! とっとと女帝だか雪女を倒して、もっと強くなろう!!」フレインは元気よく立ち上がり、建物の外へと飛び出した。

「本当にマイペースなヤツ。俺まだ飲んでるのに……」ヴレイズは急いで茶を飲み下し、ポットを片付けて火を消す。

 すると、フレインが身体を震わせながら、飛び込む様に戻ってくる。

「もう少ししたら……行こうか……」顔に張り付いた雪を忌々しそうに払い、身体をブルブルと震わせてパウダースノーを振り落す。

「本当にマイペースなヤツ……」

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