72.氷の国サバティッシュ

 マーナミーナ港を出てから4日目の朝。ニックの船はサバティッシュ国の領海まで来ていた。本来なら1日早く来られたのだが、色々とトラブルが起き、結局4日かかっていた。

「やっと、ついたみたいね?」明け方から起きていたフレインは、身体を温める様にストレッチをしながら操縦席を叩く。

「小さくても氷山には注意しなきゃな。少しの不注意が沈没を招くからなっと」ニックは欠伸混じりに操縦桿を回し、巧みに海を漂う氷塊を避ける。

「うぅ~! 楽しみだなぁ~! 氷の国なんて初めてだよ!」目の前に広がる氷海、そしてその先にある白い大陸を目にし、胸を高鳴らせるフレイン。

「まぁ、氷の国っていっても、数年前まではフツーの国だったんだけどな。それだけ、氷帝の力は強大ってことだ」ニックは用意していた防寒着を取り出し、素早く来て口元までボタンを閉じる。既に氷点下の寒さになっており、船内は氷水の様に冷たくなっていた。

「そういやぁ、こんな技を持っていたんだった」ヴレイズは思い出した様に炎のベールを展開し、船内を暖気で包み込む。

「おぅ! 炎使いらしい技を使うなぁ~ 助かる」と、安心した様にボタンを緩める。

「なに? こんな技、知らないけど?」フレインは不思議そうにヴレイズの作り出した炎のベールを己の魔力で探る。

「こういう厳しい環境で役に立つ、『燃やす物を選ぶ炎』を使った応用術だ。バースマウンテン最深部でお世話になった」

「あたしはこんな技使わなくても、平気だけどね~」こんな技使えなくても悔しくない、と言いたげな顔でプイと顔を背け、外の景色を眺める。

「炎使い以外がいれば、重宝する技だな。俺みたいなさ」すっかり温まり、強張った表情を緩めるニック。

「で? いつ上陸できるの? ん?」急かす様にフレインが操縦席を強く叩く。

「氷の大陸への上陸は難しくてなぁ……機械類が凍らない様に色々とさぁ……」



 数時間後、ついにサバティッシュ国の海岸と思わしき氷の岸に泊める。その傍から船体がみるみるうちに凍り付いていく。故に砕氷船でなくてはこの国には来られないのであった。

 焦るニックだったが、帰りはヴレイズが丁寧に溶かすと約束したため安心して氷の大地に足を踏み入れる。

「……コンパスも凍りそうな寒さね」フレインは白い息を吐き、身体を震わす。彼女は『自分は炎使いだから平気』と言わんばかりに、普段着のままであったが、案の定、全身に痛いほど鳥肌を立たせていた。

「俺も初めて砂漠を旅した時、炎使いだから平気かな? と、思ったが酷い目に遭ったっけな……フレイン、」

「だから言ったのに、って? 余計なお世話よ! フン!」と、全身に炎を纏い、身体を芯から温める。

「強がるなよ……」呆れた様にヴレイズが苦笑する。

「で、これからどこへ行く気だ? いきなり女帝を倒しに行くわけじゃないだろ?」ニックは酒瓶片手に口にする。

「ついて来るのか?」少々迷惑そうにヴレイズが問う。

「船の中でお前らを待つのも退屈だし、何より寒いからな。それに、報酬の事を忘れるなよ? 女帝を倒した時は、俺も助力したって新聞に書かせるんだからさ」ふてぶてしく笑いながら手荷物を背負うニック。

 そんなやり取りをよそに、フレインは地図を取り出そうとするが、自分が炎を纏っている事に気付き、鎮火させる。すると、途端に氷風が吹き荒れ、一気に彼女の身体を冷やす。

「うわぁぁぁぁぁぁっ!! 凍る! 凍るってば!!」フレインは慌てて炎を纏い、蹲った。

「だから強がるなって」ヴレイズは彼女を炎のベールで包み込み、地図を取り出し、コンパスと照らし合わせる。

「よ、余計なお世話……ありがとう……」二の腕を摩りながら俯く。

「このギオスの町に着いたら、ちゃんとした服を買おう」因みにヴレイズは防寒着を既に用意してあり、その必要はなかった。

 そんな2人の間にニックが割って入る。

「手っ取り早く温まる方法を教えてやろうか? 酒を呷るんだ。遭難した時だって、酒で助けるんだぜ?」と、一口煽り、ヴレイズに渡す。

 ヴレイズはそれを抵抗なく、少し飲んだ。強烈なアルコールの味の後に、ほんのりとした甘みが口内に広がる。

「強いな……」と、瓶をニックに返す。

「フレインも飲むか?」

「……一口」と、恐る恐る口に含む。香りを味わい、舌触り、のど越し、後味を楽しみ、一息吐く。「んまいね、コレ」と、一気に煽り始める。

「あ゛ぁ! 全部飲むんじゃねぇよ!! 道中の俺の楽しみがぁ!!!」と、言いながら彼は船内へ戻り、もう一本取ってくる。

「何本あるんだよ……?」ニックの船内の倉庫はまるで酒蔵のようになっていた。下手に炎を弄ると爆発する程の量であった。

「依頼料の代わりに酒を代金分送ってきた奴がいてな」

「それで良しとするのがお前らしいな」ヴレイズは呆れた様に首を振る。

「それにしても美味いね、このお酒」フレインはいつの間にか彼から酒瓶を奪い取り、また呷っていた。

「なぁんで飲むんだよ!!」



 サバティッシュ国は文字通り、一面の銀世界だった。本来ならば、草木の生い茂った他国と変わらない国だった。北に位置する為、冬になると少し他国よりも寒い程度であったが、夏の時期である現在でも雪と氷に囲まれていた。

 しかも、現在ヴレイズ達が歩いている場所は、本来ならば村があるはずだったが、雪に埋もれ、村としての機能失っていた。

「ここ数年で生態系が変わり、サーベルウルフが群れを成し、ブリザードベアまで住み着いているらしな」ヴレイズはマーナミーナ港で予習した情報を口にしながら周囲の気配を探る。この雪国特有の獣は獰猛であり、寒さに負けぬよう常に脂肪や肉を求めていた。

 サーベルウルフは実に狡猾なハンターであった。

普段は群れで行動し、獲物を見つけるとまず、己らでも狩れるかどうか、値踏みをする。もし、自分らでも狩れると判断すれば、容赦なく牙を剥く。もし、自分らでも狩り切れない相手と判断した場合、匂いのみ覚えて一匹が追跡をはじめる。

 そして、その獲物が追跡範囲内で眠る、傷つくなどの隙を見せればすぐに合図を送り、襲い掛かるのだった。

 更に、このサーベルウルフは個体によって狙う部位が決まっており、手足を傷つけてからトドメに喉笛に喰らいつき、暖かい内に腹から食べるのであった。

「そんなハナシ興味ないよ!」ヴレイズがサーベルウルフの説明を続けていたが、フレインが一喝する。

「でも、こういう知識は詰めておかないと、いざって時に困るぞ? 因みにブリザードベアはなぁ……」

「だから興味ないって! いざって時は炎で追い払うから心配ご無用!」

「それがなぁ~ ブリザードベアはアーマーベアと一緒で炎を見るとエキサイトして手が付けられなくなるらしいんだ」昔の出来事を懐かしむ様な口調で語り、楽しそうに笑う。

「でも、そんな野生動物、今のあたしらの敵ではないでしょ?」フレインは自慢げに腕に炎を纏わせ、空を突く。

「俺には役立つな。人間相手の喧嘩なら敵無しだが、猛獣相手はきつそうだもんなぁ~」ニックが興味あり気にヴレイズに続きを促す。

 しばらくヴレイズはサバティッシュの環境や動物について語り、お返しにニックは地酒や名物などについて話した。

「ま、今は何もかも凍り付いていて、観光どころじゃないけどな」と、ニックは地面の雪を掬い取り、丸めて投げた。

「ここで獲れる野草も全部雪の下だもんなぁ……これじゃあ、回復剤が作れないな……」ヴレイズは困ったようにしゃがみ込み、雪を掻き分ける。どんなに掘っても出てくるのは雪ばかりであった。

「いつもみたいにヒールウォーターで済ませればいいじゃん」フレインが口にすると、ニックがしたり顔で肩を叩いた。

「じゃあ、そのヒールウォーターの入った瓶を取り出してみな」

「? ……おぅ……」目を剥き、驚きながらも納得するフレイン。

 案の定、ヒールウォーターは凍り付いていた。

「で、でも、温めて溶かせばいいじゃん!」と、瓶を手の中の炎で熱する。

「知らないのか? 一度凍らせたヒールウォーターを溶かすと、魔力が抜けて効き目が半減するんだ。擦り傷すらまともに治らなくなるんだぜ」

「うそ……」愕然とするフレイン。

「そのために、マーナミーナで数日分の薬は調達しておいたぜ。いいか? 数日分だからな? だから、いつもみたいに捨て身の無茶はしないでくれよ、フレイン」釘を刺す様にヴレイズがきつめに言った。

「う……はい……」



 現在、この国には馬車は走っておらず、その分移動が遅く、ギオスの町に着くのに3日かかった。

「やっと着いたか……流石、旅慣れてるだけあって、余裕だな? お2人さん」へとへとになったニックは町の入り口で座り込み、真っ白なため息を吐いた。

「ヴレイズの炎のベールのお陰で快適だったね」

「まぁな。それにしてもお2人さん、酒飲み過ぎ」呆れた様に横目で見るヴレイズ。フレインとニックは道中、酒の飲み比べをしていた。フレインはザルなのか、全く酔う様子はなく、ニックは顔を青くしながら驚いていた。

「しかし、まぁ……当然だが……活気の無い町だなぁ……」

 このギオスの町は、実際は雪の下に埋もれており、今あるものは仮設キャンプの様なモノだった。粗末なテントが立ち並び、小屋が数件建っているだけであった。

「想像していた町と違うなぁ……」フレインは残念そうにポツリと口にする。

「服はもう、それで我慢してくれ」と、フレインの肩を叩く。彼女は、道中狩った獣の毛皮で作ったコートを身に纏っていた。

「建物は……おぉ! 酒場はあるのか! 助かったぜ!」ニックは立ち上がり、明かりの焚かれている酒場へと走って行った。

「……ま、情報はまず酒場からだな……」

「いいね! あたしも呑みたいと思ってたんだ~」すっかり酒の味を覚えたフレインもニックに続き、酒場へと入って行った。

「フレインまで飲んだくれになっちまったか……」

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