71.氷帝ウルスラ 後編

 ニックのジェットボートは凄まじい速度でサバティッシュへ向かっていた。普通の帆船なら2週間程かかる所、彼のボートなら4日だった。更に、ヴレイズの魔力のお陰で余裕ができ、更に1日早く到着することが出来た。

「お前の魔力があれば、仕事の効率が上がりそうだな! 俺の相棒にならないか?」先ほどの文句は何処へやら、彼は機嫌よく口にしながら酒瓶を咥えた。

「酔っ払いと仕事をするのは御免だ」と、彼の赤ら顔を見ながら首を振ってため息を吐いた。

「いや、お前、酔い覚ましも出来るだろ? それを考えると、俺とお前の愛称は最高じゃないか! えぇ?」

「あんたと組むメリットはヴレイズにはないじゃない! 勝手な事をいわないで!」フレインが前に出てニックの座る椅子を蹴り飛ばす。

「何言ってるんだよ~ 俺の相棒には漏れなく特典がついてくるんだぜ? 町の顔役とは顔馴染だし、行きつけの店では飲み放題!」

「その顔役と揉めてて、その店にはツケがたんまり、って言うオチがつかないよねぇ?」フレインが目を光らせながらニックに詰め寄る。

「勘の鋭い子だねぇ~」ニヒヒと笑いながらもう一口煽る。

「とにかく、早くしてよね! 方角はこっちで合ってるの?」海図とコンパスを片手に遠くの景色を眺める。

「大丈夫大丈夫! ちょっと太陽が二重に見えるけど、何とかなるでしょ~」ニックは無責任な口ぶりをしながら操縦桿を右左と適当に操る。

「……あたし達、北に向かってるんだよね? 明らかに東へ向かってるんだけど……」

「あれぇ? ままま、失敗は誰にでもあるって!」ニックは慌てず騒がず、また操縦桿を一回転させる。

「ったく……酒なんか飲んでいるからこうなるんでしょ! 普段からこうなの?!」フレインは頭に血を登らせながら怒鳴り、彼から酒を取り上げる。

「いや? いつもはシラフだけど……お前は酔い覚め魔法が使えるじゃないか? いざって時はその魔法でさ……」と、フレインから酒を取り戻そうと手を伸ばすが、代わりに顔面に彼女の足がめり込む。

「船長失格ね! まったく……泥船以下じゃない!」

「それはそうとヴレイズ……早速、酔い覚まし魔法をかけてくれないか? やっぱ海上で酒は飲むもんじゃないな……」と、みるみるうちに顔色を青くさせるニック。

「お前……酒ごと燃やしたろか?」ヴレイズはマジな瞳で片手に炎を纏った。

「待って……あたしがやるから……」



「ペースを乱すな! いつも通りにやればいいんだ!!」

 ダンガは冷静に距離を取りながら炎を撒き散らし、フィールドを制圧しようと躍起になって魔力を放出する。

 これはクラス4同士の戦いのひとつであった。

面を制圧し優位な状況を作り出し、環境を味方につけ、有利に戦いを進めるのがプロの戦いであった。今回は実力差が明白な為、彼らは少なくともこの場を味方に付けなければ、勝てる見込みはなかった。

 その意図を知るウルスラは、不敵な笑みを浮かべながら、必死なって火炎を撒く彼を眺めた。

 王の間の吹雪に負けず燃え盛り、炎の嵐が巻き起こる。リムールとゾイはそれに合わせて両腕に魔力を纏い、援護体勢になる。

 リムールは炎嵐を風魔法で操り、自分らが襲われない様にしながらも可燃魔法で勢いを増す。

 ゾイはダンガが無茶をしてもいいように、快癒魔法を腕に纏う。

「し、城が……」氷山と化した玉座の天辺で這いつくばる大臣は、火炎地獄を見下ろして複雑な心境になっていた。


「いくぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ダンガは周囲の火炎嵐を操り、余裕顔のウルスラに向けて放った。

 彼女は薄ら笑いを辞めず、正面から暴炎を被る。怪物の咆哮の様な音を立てる火炎嵐はトルネードを作りだし、激しく回転する。

「俺達を舐めた事を後悔させてやる」リムールは両腕に魔力を込め、ファイヤートルネードの勢いを上げる。その中に真空波を生み、炎熱の刃を作り出す。

その刃は周囲の氷壁を簡単に斬り裂いた。

「加えて!」ゾイは疲労回復効果のあるミストを振り撒き、彼らの援護をする。

「そして!」ダンガは両腕に限界近くの炎を纏い、熱線を放つ構えを取った。

 彼の熱線は要塞の壁を軽く貫通する程の威力があり、どんな相手でも直撃させれば即死どころか蒸発させる自信があった。

「さらに!」リームルは風魔法を操り、ダンガの腕に纏わせ、火炎熱線用のトルネードバレルを作りだした。これにより、彼の熱線は更なる威力を増した。

 この3人はこういった連携が得意であり、ククリスにこういった所も買われて今回の任務を承ったのであった。


「くらえぇぇぇ!!」


 凄まじい威力の熱線が解き放たれ、ウルスラを飲み込む火炎嵐の中へと直撃する。トルネードを貫通すると同時に、火炎が更に温度を増す。

 そこでリムールが火炎嵐を押さえ、徐々に規模を縮めていく。縮める事で嵐が濃縮され、物騒な音が大きくなる。

「そしてトドメだ!!」ダンガが合図をすると同時に、リムールがそれに合わせて魔力を炸裂させる。

 すると、濃縮された火炎嵐がズンズンと広がり、大爆発を起こす。王の間を吹き飛ばし、城の半分を破壊する程の威力があったが、それをダンガが防ぎ、コントロールする。代わりに城中に轟音が響き渡り、フィッシャーフライ城周囲に地響きが起こる。

「や、やったか……!」目下で起こる戦いを見守る大臣は、期待を胸に爆炎に目を凝らす。

「手応えあり、だな」代償として両腕を潰したダンガはゾイから治療をうけながらも、自身ありげな表情を浮かべた。

「あれを喰らって生きているわけがない」リムールも余裕の笑みを零しながら腕を組む。

「な、ならもう帰りましょう……ここは寒すぎま……?!」と、収束する爆炎の中の人影を目にし、瞳の奥を揺らす。


「やっぱり、3流はこんなモノね」


 即席で作った氷の椅子に座ったウルスラが爆炎の中から姿を現す。彼女は余裕で爪の手入れをしながら、指に息を吹きかけた。

「なに? 無傷?!」ダンガは目を剥き、口をあんぐりと開けた。

「ありえないだろ……?」リムールも仰天し、足を震わせる。


「さて、始めましょうか?」


 ウルスラは一瞬でダンガの間合いに入り込み、彼の右腕を掴む。

 すると、一瞬で彼の腕は凍り付き、ボキリと折れる。

「な?!」痛みを感じないのか、ただ驚きながら後ずさる。

「ただ魔力を込めるだけじゃ、私には勝てないわよ? あなたの炎、そこまで熱くなかったわ」と、捥ぎ取った腕を握り砕く。

「嘘でしょう!? 相性的に氷と炎では戦いにならないはずなのに!!」ゾイが悲鳴を上げる様に言うと、ウルスラが眼前に現れる。

「だからあなた達は3流なのよ」と、彼女の額を人差指で小突く。

 すると、ゾイは動かなくなり、その場で立ち尽くした。リムールが慌てた様に揺り動かす。

「……凍っている……」彼女は氷漬けにされたのではなく、身体の水分を凍らされシャーベットの様にされていた。

「くそ……くそぉ!!」ダンガは苦し紛れに片腕で練った熱線を放つ。

「じゃあ、少しだけ教えてあげる」ウルスラは眼前に氷の壁を作り出し、熱線を防ぐ。

「な、なにぃ!!!!」ダンガは眼前で起きた理不尽に驚く。

 なんと、彼の熱線はその氷の壁に防がれていた。

「馬鹿な! 一体どうやって?!」種の分からない手品で騙された様に驚く。

「さぁ? それだけあなた達がお勉強不足って事よ」ウルスラはいつの間にかダンガの懐に潜り込み、もう片腕も凍らせようと掴む。

「ひっ、く……くそ! 勝てない!」ダンガは必死で振りほどき、飛び退く。が、背後に現れた氷の壁に阻まれる。

「今更気付いたの? 呆れた」ウルスラが呟くと、指を鳴らす。すると、周囲の炎嵐はあっという間に消え去り、ブリザードが吹き荒れた。

「貴方は私に喧嘩を売った事を後悔させてあげるわね」と、ダンガの胸に指を当てる。

「ぐ! ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」彼の胸に刺すような冷たさが奔り、それが全身に奔る。

「あ、あ……」リムールはゾイを揺り動かしながら震える。

「さて、そこの貴方……この2人を連れてさっさと帰りなさい」ウルスラは慈悲のつもりか、リムールに逃げる様促し、城中の扉を開く。「無事、帰れればね……」 

 彼は遠慮なくゾイを抱え、ダンガに肩を貸してフィッシャーフライ城から出て行った。

「さて……大臣殿」ウルスラは高みで見物していた大臣を睨み付け、勝ち誇った様な笑みを向けた。

「……く、」

「希望が絶たれたわね……どうなさいます?」と、彼を高みから引き吊り降ろし、己の足元に這いつくばらせる。そして彼女は玉座に腰を下ろし、脚を組んだ。

「き、ぐ……ど、どうか……国民だけは……そのため、ほんの一部の土地でも構わない……雪を降らせるのを止めてくれ」大臣は再び手を付いて土下座し、額を地面に擦りつけた。

「……いいわよ」ウルスラは口元を綻ばせながら、彼の表情を伺った。

「ほ、本当か?!」

「ただし、条件があるわ」と、座の近くに生える氷柱を降り、彼の膝元へ投げる。

「なにを?」


「それをそこの場で舐めて溶かしなさい。それが出来たら、あなた達が隠れ住む地域の氷を溶かしてあげる」


 ウルスラは満面の笑顔で大臣を見下ろした。


「く……当てこすりのつもりか?」

「そう思うなら、己のやったことを後悔なさい。で、どうするの? やるの?」

 彼女の上機嫌な顔を恨めし気に見上げ、大臣は凍える身体を奮い立たせて氷柱を咥えた。その瞬間、身体の熱が吸い取られ、カチカチと震える。

 しばらく大臣は諦めずに舐め続けたが、一向に溶ける事はなく、代わりに大臣の顔色が青くなり、やがて凍り付いてしまう。

「ふふ、あーはっはっはっはっはっは!!! 無様な顔ね! お似合いの死に顔よ!!」ウルスラは勝ち誇る様に高笑いしながら大臣の元まで歩み、彼の頭を踏み砕いた。

 

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