70.氷帝ウルスラ 前篇

 ヴレイズ達がマーナミーナから出港する頃、サバティッシュ国のフィッシャーフライ城に、ククリスからの刺客たちが3人、迫っていた。

 ひとりは水のヒーラー、ゾイ。もうひとりは援護役の風使い、リームル。

 そして刺客の中での大本命。ククリス魔法学校内で優秀な成績を収め、賢者候補にもなれると言われるクラス4の炎使い、ダンガ。

 この3人は幼馴染であり、連携が得意であった。過去に何度もククリスからの要請で厄介事を片付けてきた実力者であった。

「ざ……ざぶぃぃぃ……帰りたい」3人の中で一番着こみ、達磨の様になったゾイが鼻水を啜りながら泣き言を吐く。

 そんな彼女を見て、リームルは叱咤を飛ばそうとするも、自分もこの寒さに耐えられないのか、くしゃみをしながらダンガの肩を叩いた。

「なぁ、もう少し炎を強くしてくれないか……このままじゃ、俺はともかく、ゾイの体力が……」と、ガチガチに震えるゾイを気の毒そうに見る。水使いは気候の変化に弱い者が多くいた。

「……このブリザードが……くっ……この雪は何なんだ?」と、忌々しそうに己の身体に纏わりついた雪を払う。

「雪に何か問題が?」リームルが窺うように問う。

「溶けないんだ……炎を出しても……なんなんだ一体?」寒さは感じていないが、いくら熱しても解けない雪を不気味に思いながら、眼前に迫るフィッシャーフライ城を見上げる。

 3人は揃って、恐る恐る氷の橋に足を乗せる。この城の跳ね橋は破壊され、代わりにウルスラによって作られた豪華な氷の橋が架かっていた。城門も砕かれ、代わりに氷の扉で重々しく閉じられていた。

「ノックしたら、開いてくれるか?」リームルが冗談交じりに口にしながら巨大な氷の扉を軽く小突くする。

「この程度、一瞬で破壊できる」ダンガは自信満々に腕の力こぶを盛り上げ、炎を纏う。

 すると、彼らの訪問を待っていたように氷の扉がゆっくりと開く。城内に向かって氷の強風が彼ら3人を飲み込む様に吹き込み、扉が勢いよく締まる。

「うわっと! どうやら歓迎されているみたいだな?」リームルは身体の雪を払いながら口にする。

「ダ、ダンガ……ここに焚き火を……風が無いだけマシだけど、マジ死ぬ……」ゾイはその場で丸くなり、両腕を摩りながら凍える。

「リームル。軽く風を起こしてくれ。俺の魔力で軽い熱風に変える。ここで身体を温めて準備をしてから、ウルスラを狩りに行こう」リーダーらしくダンガが呼びかけ、手際よくその場で戦いの準備を始めた。



「クラス3.5? そんなの聞いたことないなぁ~」操縦桿を握りながらニックが口にする。

 ヴレイズ達のこれまでの事を聞き、彼は耳を疑いながらも新聞の内容と照らし合わせ、なんとなく納得をした。

彼自身も一応、クラス3の風使いであり、属性魔法に関しては多少の心得はあった。

「まぁ話せば長くなるだけどな」ヴレイズは遅めの朝食を摂りながら口にした。

「いくら問いただしても、なんか都合のいい話ばっかで頭くるから、聞かない方がいいよ」フレインは『クラス3.5を体得するまでの話』を話半分で聞いており、あまり理解していなかった。

「都合がいいってなんだよ!? 死にかけたんだぞ? 俺は!」

「でも、元を辿るとヴェリディクトのお陰で今のヴレイズがあるみたいじゃない? なんか腹立たない?」

「それはそうだけど……でもな! この技術を体得できたのは、仲間のお陰なんだよ! それを都合がいいで片づけるのは許さないぞ!」

「え~え~許さなくてど~ぞ! あたしはそれを飛び越えてクラス4になってやるんだから!!」身体に魔力を漲らせ、火を吐く勢いで怒鳴るフレイン。

「そう簡単にいくわけないだろう……?」ヴレイズは呆れる様に呟き、深いため息を吐いた。

 彼自身、クラス4になるべく、今迄様々な修行を行っていた。炎の賢者ガイゼルから教わった瞑想を中心に、体内の魔力循環のコントロールを行っていた。

 クラス3.5は『燃やす物を選ぶ炎』による魔力を高速循環させ、身体への負担を少なし、疑似的な無限の魔力を引き出す事ができた。

 だが、それにも限界があり、身体への負担が積み重なり、更に負担は体内の魔石へと響いていた。このままクラス3.5を無理して使い続ければ、いずれ魔石が壊れ、二度と魔法が使えない身体になってしまうのであった。

 それを見越し、最近クラス3.5は使わず、何とかしてクラス4へ覚醒できるように日々、鍛錬を積み重ねていた。

 しかし、ヴレイズ自身、自分の限界に気付いており、密かに挫折していた。

「んで、お客さん。約束のアレをお願いしますよ。この船は魔力がなきゃ動かないもんでね」と、操縦席の隣にある水晶玉の様なモノに触る様に促す。

 このジェットボートは多少の荷を積むことが出来る中型の船であった。帆は無く、無風であっても魔法の力で動かす事が可能であり、下手な大型帆船よりも高速で航行が可能であった。

「んじゃ、ヴレイズお願いね。あんたのクラス3.5なら楽勝でしょ?」フレインはいじけた様な口調で彼を横目で睨んだ。

「……あんまり使いたくないんだけどなぁ……」気の進まないヴレイズは、水晶に手を置き、目を瞑る。瞬時に魔力を高速循環させ、一気に魔法を流し込む。

 すると、ボートの後部から凄まじい勢い炎が吹き上がり、凄まじいスピードで前進する。


「ちょ、ちょ、ちぃよぉ~っとまてぇぇい!!」


 慌てた様子でニックがヴレイズを水晶から引き剥がし、周囲の機器の状況を確かめる。

「わぉ! すんごいスピードだったね! これならあっという間!」フレインは興奮した様にはしゃいだ。

 しかしニックは呆れた様に頭を押さえ、彼ら2人を睨んだ。

「ばかやろう! あんなに大量の魔力を一気に流し込んだら魔動装置が壊れちまうだろうが! それに言ってもわからないだろうが、この船を動かすのに様々な機器が焼き付いちまうんだよ! 壊れたら弁償してもらうぞ!」

「わ、悪かった……因みに、この船、いくらしたんだ?」ヴレイズは恐る恐る問うた。

「……えぇっと……魔王軍の海上保安部の奴からカードゲームで巻き上げたから、詳しい値段は覚えてないなぁ……ま、壊したら100万ゼルは下らないと思ってくれや。商売道具だしな」と、天井を見上げながら顎を掻く。

「そりゃお見事……」ヴレイズは苦笑しながら口にした。

「まぁ、魔力を注ぐときは慎重に頼むぞ。壊れたら、使ってないぼろっちぃ帆を使って数週間の旅になるからそのつもりで。あと100万ゼルな」



 身体を温め、戦闘準備を整えたダンガ一行はウルスラの待つ玉座へと向かった。城内の装飾品やシャンデリア、廊下にかかった絵画に至るまで全て凍り付いており、燭台には火の代わりにクリスタルの様な氷が光を放っていた。

「6魔道団と言う割には、大した魔力が感じられないわね」身体の体温を取り戻したゾイは余裕そうに口にした。

「真の術者は不用意に魔力を放たないからな。油断するな」リームルが注意を促し、得意の弓を構える。

「ゾイはいつでも回復できるように準備を頼む。リームルはタイミングを見計らって可燃性の風を頼む。2人とも、俺の炎に焦がされない様に頼むぞ」ダンガは自信ありげに口にし、両手の骨を鳴らす。クラス4である彼は負ける気がしないのか、余裕の笑みを浮かべていた。

 無限の魔力とは、使い手にも寄るが、例えクラス3の高等魔術師相手でも相手にならない程の力が秘められている。本人のキャパシティー次第でいくらでも強くなることが出来、その規模が一国を破壊しつくす程になると、賢者候補として名乗りを上げる権利を得る事が出来た。

 そんな彼が自信満々に王の間の扉を蹴破り、颯爽とウルスラの前に立つ。

 彼女は王の椅子を凍らせ、そこから氷山を建て、その頂点に座していた。


「あら、いらっしゃい。今日はどんな御用で?」


 遥か高みから見下ろすウルスラ。彼女の足元には凍えた大臣が蹲っていた。ダンガの顔を見た途端、表情を緩めたが、ウルスラの表情を伺い、再び顔を凍らせる。

「ククリス、シャルル・ポンド様からの直々の命令だ! 大人しくこの国を解放し、ククリスへ出頭しろ! どんな話でも、ククリスで直接しろ! との仰せだ!」ダンガは書状を片手に声高らかに内容を読み上げた。

「直接? 何度窺っても、話を聞かず門前払いしたくせに……何様のつもりかしら?」ウルスラは脚を組み、ニンマリと笑う。

「今度は話を聞くそうだ。シャルル・ポンド様直々にだ!」

「……嘘おっしゃい。今の私は魔王軍の6魔道団のひとり。どうせ、数十人の魔封師で取り囲んで、ガイゼル辺りをぶつけるつもりなんでしょ? 御見通しよ」

 彼女の言ったことは全て当たっていた。ククリスはウルスラの申し出は聞くつもりは無く、万が一ククリスに出向いた時には、その場で取り押さえ、処刑するつもりだった。


「なら、ここで倒されても文句はないんだな?」


 ダンガは勢いよく炎を噴き上げ、城を揺らす程の魔力を全開させた。

「あら、威勢がいいわね。流石クラス4。でもね……」と、ウルスラは手で口を押え、焦った様な表情をワザとらしく作る。

 彼女はゆっくりと立ち上がり、氷山を一歩一歩おり始める。彼女が一歩降りるごとに王の間で氷嵐が吹き荒れ、外の吹雪よりも激しくダンガたちを襲った。

「ちょっと、ヤバくない!」ゾイが鼻水交じりに焦る。

「出直した方がいいかもな……風が俺の味方をしてくれない!」更に焦ったリームルが表情を真っ青にする。

「くっ……この程度で怯むな!!」押されながらも強がり、城を焼き尽くさん勢いで炎を上げる。

「やせ我慢しているの? 偉い偉い……でもね……」ダンガたちと同じ地に立つウルスラ。彼女が誕生日ケーキの火を吹き消す様に息を吐いた瞬間、ダンガの纏う山火事が如き火炎が一瞬で鎮火する。

「な……に?」


「格が違い過ぎるのよ」


 ウルスラの一言を合図に、玉座の間が一気に氷礫の入り混じった吹雪で覆われる。

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