69.氷の海と酔っ払い

 数日後、ヴレイズ達はマーナミーナ港に来ていた。船乗りの食堂で昼食を摂りながら、サバティッシュ行きの貨物船を探す。

 サバティッシュは島国の為、船が無ければ向かう事は出来なかった。

「えぇ? なんで無理なのぉ?!」フレインはフォーク片手に目を見開きながら大声を上げる。

 貨物船の船長が言うには、サバティッシュの港はどれも凍り付いており、砕氷船が無ければ上陸することが出来なかった。その砕氷船も今はサバティッシュへ向かったばかりで、次に帰って来て再び出向するのはひと月後だった。

「そんなぁ……そんなに待ちたくないなぁ……」と、憂さを晴らす様にローストチキンにフォークを突き立てる。

「いきなり氷帝に挑むなって言う神のお告げかな?」ヴレイズは少しほっとした様にため息を吐く。そんな彼の頭にフォークを突き立てるフレイン。「なにすんだテメェ!!!!」

「修行の意味!! 強い奴に挑まずして何が『強くなる』だ!!」

「いきなり六魔道団に挑むことはないだろうって言ってるんだよ、俺は!!」頭頂部から血を噴きながら怒鳴るヴレイズ。

 六魔道団とは、バルバロン国内の領土をそれぞれ仕切る、術者の最高峰にある者達であった。ただの高等魔導士とは違い、『魔道を極めし者たち』であった。

 その実力は賢者に匹敵、もしくはそれ以上と言われており、ククリスが魔王に次ぎ警戒している者達である。

 その中には元雷の賢者エイブラハム・レフトテールがおり、ククリスから裏切り者と呼ばれていた。

 フレインが倒そうと息巻いている相手は、氷帝と恐れられるウルスラ・サブゼロスだった。

 実際に氷属性とは呼ばれておらず、水属性の中の氷結魔法の使い手であった。ウルスラはククリスに氷を属性のひとつとして正式に認めてもらう為、10年以上前から活動を行っていた。

 実は前例があり、雷属性はもともと風属性の一部であったが、術者の中でキレイに風使いと雷使いが二分されていた為、『雷属性』としてククリスが正式に属性として認めたのであった。

 しかし、氷はシンプルに術者が分かれておらず、簡単には属性として認められることは無かった。

 更にククリスは気軽にパワーバランスを崩すわけにはいかなかったため、これ以上属性を増やす気は無かった。

 そこでウルスラはサバティッシュを氷漬けにし、人質にとったのであった。

 今迄、何度かククリスはサバティッシュへ術者、戦士を送り込み、救出を試みたが結果は出せずにいた。

「その砕氷船に乗ったのはクラス4の炎使いとクラス3の使い手2人だった筈だ。きっと、そいつらが倒すだろ」船乗りはそう口にしながら酒を呷った。

「くぅ……先を越されたか……って、諦めると思ったか! もしそいつらがウルスラを倒したのなら、あたしらがその術者に戦いを挑むまでだ! 絶対に諦めないから!」

「意地になるなよぉ……」



 トコロ変わって、サバティッシュ、サブゼロス城(旧フィッシャーフライ城)。

 城下町は雪と氷に埋もれ、そこには氷大陸にしか生息しないブリザードベア(氷熊)やサーベルウルフが城を守る様に群れをなしていた。

 フィッシャーフライ城は大理石や高価な装飾で彩られていたが、今は見る影もなかった。まるでクリスタルで出来た建物の様に聳え立ち、門からは常に来る者を拒む様に吹雪いていた。

 そんな城内の高い位置にある氷の玉座に、氷帝ウルスラが満足げな表情で足を組んで座していた。

 その正面には、厚着をしながらも髭まで凍らせたサバティッシュ国大臣が土下座していた。

「お願いします……せ、せめて、民が住まう土地だけでも氷を溶かしてはくれまいか……このままでは、皆が……」ガチガチと震えながらもはっきりとした声で懇願する。

「国が凍っただけで、態度がガラッと変わるのね……ご立派ですわね~」いたぶる様に口にし、クスクスと笑うウルスラ。

「昔の事は謝る……この通りだ! 私はどうなっても構わん……しかし、民は……そして王をどうか……!」と、血が出る程に氷の床に額を打ち付ける。

「……そういえば、もうすぐククリスから刺客が来るのよね……クラス4の炎使いと、それを援護する様に風と水の使い手が……」と、余裕で脚を組み替える。「そいつらに私が負けたら、今度は貴方がどう掌を返すのか見てみたいわね……まぁ、負ける事なんかありえないんですけどね」

「くっ……貴様、覚えていろよ!」大臣は目に殺気を込めて彼女を睨み上げた。



「おいお前ら、サバティッシュへ行きたいんだって?」鼻息を荒くするフレインの背後から何者かが忍び寄る。

「なに? 貴方が連れて行ってくれるわけ?」フレインが期待を目に蓄えて振り返る。

 そこには赤ら顔の青年が酒の満たされたジョッキを片手に立っていた。

「おぅ! 俺の船は砕氷船の様な立派なモノではないが、地獄への片道切符を渡す事くらいならできるぜ?」と、酒を呷る。

「どういう意味だ?」訝し気にヴレイズが問う。

「俺は魔王軍製のクリスタルエンジンを積んだジェットボートを持っているんだ。乗せてやってもいいぜ? ただし、報酬は頂くがな」

「幾ら?」フレインはたいして入っていない財布を広げ、上目遣いで睨む。

「俺のクリスタルエンジンには大量の魔力が必要でね。前払いでまず、オタクらの魔力を多少分けていただく。んで、後払いはそうだなぁ……氷帝ウルスラ討伐の仲間のひとりとして、俺を紹介してもらおうかな? それで運び屋ビジネスに箔が付く」と、青年はにんまりと笑い、酒を飲み干す。

「それだけ? それだけでいいの?」フレインは呆気にとられたように彼を見た。

「おう。あんた、フレインだろ? この国の達人を片っ端から倒して名を上げる炎使い。あんたなら、ウルスラを倒せるかもだろ? 俺はニックだ。運び屋ニック。よろしく」

「……ふっふ~ん。ヨロシクぅ!」彼の握手に快く応えるフレイン。彼女は『賢者の娘』と呼ばなかった彼を気に入った。

「結局、行くのかぁ……ま、凍り付いた国を救いに行くのはいいが……」と、ヴレイズは浮かない顔を見せる。「ラスティーの力が欲しいトコロだなぁ……」

「さて、出港は明日だ! それまでは飲ませて貰うぜぇ~ もちろん、お前らの奢りでなぁ~」ニックは遠慮なく店で一番高い酒を注文し、一気に煽り始める。

「ひ、昼だぞ? ちょっとまて! いつまで飲むつもりだコイツ!」慌てたヴレイズが止めに入ろうとするも、フレインが彼を押さえる。

「まぁまぁ~ 乗せてくれるって言うんだし、お酒ぐらいいいじゃない」

「いや、ダメだろ! 俺たちの奢りとか言ってるんだぞ!!」



 その翌日、ヴレイズとフレインは、ニックの船が泊まる埠頭へ向かった。

 そこでは酒瓶を抱いてニックが気持ちよさそうに眠っていた。

 フレインは黙ってバケツで水を汲み、容赦なくひっかける。

「ぶわっ! 俺は無実だ!! 例のブツは手も足も……ってなんだ、お前らか」フレイン達の顔を見るや、また酒瓶を抱きなおして眠ろうとする。

「寝るな!! 乗せてくれるっていったでしょ!!」火を吐く勢いでフレインが怒鳴る。

「今日は海が機嫌悪くてさ……明日じゃだめ? うっぷ」と、顔を青くして吐きそうな顔を見せるニック。

「お前ぇ……散々あたしらの金で飲んでおいて……」

「二日酔いかな?」ヴレイズは手に炎を纏い、ニックの頭を掴もうと近づく。

「てめぇ! 脅しても無駄だぞ! 今、俺はとても機嫌が悪いんだ! こんなコンディションで船なんか出せるか!」と、今にも吐きそうな声で怒鳴る。

 しかし、ヴレイズは容赦なく彼の頭を掴み、じっと目を瞑る。

「……ちょっと無理やりだが、出来ると思うんで……」と、『燃やす物を選ぶ炎』でニックの血中で暴れ狂うアルコールを焼く。

 頭に鈍さは残るも、彼の二日酔いは直ぐに消し飛ぶ。更に、回復魔法で傷んだ内臓を癒す。

「これで文句も言い訳もないはずだ」

「……何のオマジナイだ? シラフに戻っちまったぞ? 少し胃が鈍いが……」

「これ以上言い訳するなら、本当に燃やすぞ?」ヴレイズは手の中の炎の温度を上げ、彼の髪に近づける。「坊主にするぞ?」

「わ、わかった! すぐに出すからその手を退けてくれ!」ニックは飛び起き、自分の船へ飛び乗る。

「流石にボウズは嫌か」

「流石ヴレイズ! ってぇか汚い船だな! こんなんで本当に氷の国までいけるの?!」不安そうにニックのジェットボートを眺める。お世辞にも、氷の海を渡れる様には見えなかった。

「舐めんなよ! こいつで魔王軍の船から何度逃げた事か! 浮沈の戦艦にでも乗ったつもりでいてくれ!」

「泥船の間違いでしょ……?」

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