68.ネクスト・ターゲット!!
「ふぅ……」馬車に乗り、やっと息を吐くラスティー。
彼はこの数日、ククリス城内でワルベルトと合流した。これまでの事と策、現在進行中の作戦の整理、これからの策などについてディメンズたちを交えて話し合い、脳内に全て纏めたのであった。
レイやキーラ、エレンも話し合いに参加し、意見を出そうとしたが、全てワルベルトとディメンズに先を越されて言われてしまい、終始黙っていた。
その間、ウォルターとキャメロンは城下町で旅支度の為の物資の調達。
そしてジーンは城内で隠密活動し、情報を探った。
それら全てを終え、ワルベルトと別れてククリスを出たのであった。
「中々ヘヴィーでしたね」彼の隣で乱れた髪を整えるエレン。
「しかし、ワルベルトさん一人で大丈夫だろうか」レイは腕を組みながら唸り、後ろで遠ざかるホーレスト城を心配そうに眺める。
「ナイアさんもいるし、大丈夫だろう。それに、この同盟は彼の数年前からの悲願でもあるんだ。絶対に成功するさ」ラスティーは彼を信じる様に頷き、余裕の笑みを覗かせる。
「胡散臭いオヤジだけど……ね」キーラは悔しそうに唸った。
走る馬車の外を馬で走るキャメロンは、同じく馬で走るウォルターの傍を並走する。
「なんか収穫はあった?」
「……特にこれと言っては……ただ……」
「ただ? どうかした?」キャメロンは興味ありげに問う。
「……いや……やはりなんでもありません」ウォルターは脳裏をよぎる黒い気配を忘れようと首を振る。
この気配を感じ、それを放つ者を眼術で見た時、彼は背骨を凍らされるような何かを感じていた。
その者は……。
時同じくして、ククリス城下町のカフェのテラスで、ヴァークはランチセットを楽しんでいた。香ばしいブラックコーヒーの香りを楽しみ、ホーリークリップ大聖堂の書庫から持ってきたお気に入りの歴史書を静かに読む。
そこへ、己と似た気配を持つ者が目の前に現れ、頁から目を上げる。
「ご一緒してもよろしいかな?」
その者は、ウォルターが目撃した黒い気配を持つ者だった。誂えたスーツを身に纏い、顔には常に微笑を蓄えていたその者は、世界最悪の炎使いとして名高いヴェリディクト・デュバリアスであった。
「どうぞ」ヴァークは静かに返事し、正面の空いた席へ座る様に促す。
ヴェリディクトはカフェラテを注文しながら座り、ヴァークの読む本のタイトルを見る。
「歴史に興味がおありかな?」
「そう言う貴方は、私に興味がありそうだ」本をパタンと閉じ、懐に仕舞う。
「城内の茶番劇(西大陸同盟会議)よりね。君は、自分の事をわかっていないね? どうかな?」ヴェリディクトはヴァークの瞳を覗き込みながら口にする。
「……自分が何者なのか……それを探しにここに来た……私は闇を扱える。何故扱えるのか……闇とは……この世界にとっての闇とは何か、学びに来た……本を何十、何百と読み、なんとなくわかってきた……光と闇の関係、光の勝利、闇の敗北……封印」
「あの大聖堂の書物なら、私も読んだ」
「そして試しに、光の王を殺してみた」
ヴァークは滑らかに口にし、コーヒーを口にした。
「で? どうだった?」眉をピクリとも動かさずに驚かず、淡々と問う。
「……闇である私が光の王を殺して3日か……何も変わらない。城内で懸命に隠ぺいしている様子だが、そんなのは問題ではない。光の王を、英雄の末裔を殺しても、この世界は何も変わらない……」ヴァークは少し寂しそうに口にした。
「……私と同じ感想だな」ヴェリディクトは嬉しそうに言い、カフェラテを口にする。
「それは?」
「私も、あの書庫の書物を読み終えた後、試しに大聖堂を燃やしてみたんだ。燃やす事で何が変わるのか……この退屈な世界がどう変わるのか、見たくてな」
「……残ったのは虚しさだけ……結局、私は何者なのかわからず仕舞いだ……」ヴァークは目を瞑り、静かにため息を吐いた。
「君は、私と同じ傍観者になれるかもな。歴史の傍観者……」
「……そんな物に興味は無い。私はただ知りたいだけだ……私が誰なのか」
「いい方法を教えようか?」ヴェリディクトは楽しそうに笑い、身を乗り出した。
「それは?」
「君と同じく、闇を操る者がいる」
「魔王?」
「……彼に、聞いてみるといい。君が誰なのか……」
トコロ変わってマーナミーナ北部。
「ずぉおぉぉぉぉぉぉぉぉりぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
全身に炎を纏った褐色の女戦士フレインが眼前の巨漢目掛けて、拳を振り下ろしていた。
その巨漢は、イカズチ流空手師範、ゴウサイであった。
「甘い!!」フレインの一撃を回し受けし、容赦なく顔面に電流を纏った拳を見舞う。
彼女はそれを躱さず額で迎え撃ち、拳を歪な形に変える。
だが、ゴウサイは顔を顰めるだけで怯まず、次の一撃を放つ。
それは鳩尾を狙った前蹴りだった。
フレインはそれを宙返りしながら避け、彼の顔面に肘をめり込ませる。
「ぐぶぁっ!!」それでやっと怯むが倒れはせず、手足に纏った電流を左腕に集中させ、懐にいる彼女目掛けて振るう。
「んぬぅ!!」フレインはその一撃を両腕で防ぎ、表情を歪める。両腕が痺れ、感覚が無くなったのである。
「どりゃあぁぁぁぁぁぁ!!」ゴウサイは砕けた右腕を振るい、彼女の鳩尾に深々と突き入れた。胸骨が割れて凹み、心臓に衝撃が叩き付けられる。
「ぐぷっ!!」目を剥き、背後の木へと勢いよく叩きつけられ、土埃が上がる。腹部は黒く焼け焦げ、身体には電流が激しくのたくっていた。
「くっ……小娘とはいえ、流石は賢者の娘……」ゴウサイは合掌して丁寧にお辞儀し、目を瞑る。
「賢者の娘とか言うなぁ!! あたしはあたしだぁ!!!」
吐血交じりに怒鳴りながら起き上り、勢いよく火炎嵐を巻き起こす。
「しぶといな……そうこなくては!」ゴウサイも身体に更に電流を纏い、周囲に稲光を巻き起こす。
フレインは両腕の痺れを、体内から沸き起こる熱で消し飛ばし、力強く拳を握り込む。
2人はそれからしばらく見つめ合い、互いの隙を伺う。
先に動いたのはフレインだった。火炎と共に舞い上がり、龍の如く襲い掛かった。
それを迎え撃つように拳を振るうゴウサイ。彼の上段正拳突きは天を穿つ雷となって彼女に向かって放たれる。
それを頬に掠らせ、懐に潜り込むフレイン。
彼女は周囲の火炎嵐を右腕に吸収し、お返しと言わんばかりにゴウサイの鳩尾に叩き込む。拳をめり込ませ、そこから更に腕を突き入れ、火炎を爆裂させる。
「炎牙龍拳! 屠龍砲!!」
フレインはゴウサイの巨体を勢いよく吹き飛ばし、満足げな笑みを浮かべた。
「手応えあり」
それを遠くから眺めているイカズチ流空手の門下生たちは信じられないモノを見た様に嘆きの声を上げ、両手を地面についていた。
そんな中、肩身が狭そうにヴレイズが彼女の勝ち名乗りを見て、ほっと一息ついていた。
「……まぁ……満足そうでなにより」
その後、近場の村の宿でフレインは身体に包帯を巻きながら、水筒のヒールウォーターを一気に飲み干していた。
「ふぅ~! これでこの国の達人は一通り倒したかな?」彼女は強者リストに斜線を引き、マーナミーナ国にバツを書いた。
「むこうはいい迷惑だろうな」
「看板を没収しないだけでありがたいと思ってほしいね。っと、こっち見ないで!」と、ヴレイズの顔を引っ叩く。彼女は今、上体に包帯を巻いている最中だった。
「いてぇ! ってぇか、その殆どをフレインが倒してるんだよなぁ……俺の修行にならないなぁ……」と、不満そうに零す。
「だって、ヴレイズの相手にならないでしょ? あいつら」
「確かにそうなんだけどさ……」満更でもなさそうな顔で鼻を掻くヴレイズ。
「その返事がムカつく!」フレインはまた彼の頬を叩き、膨れ面を作る。
「いでぇ!」
「だからさ……次の目的地はここがいいんじゃないかなぁ~」フレインは地図に赤ペンで丸を書き、彼に見せた。
「サバティッシュ? ここから北の……なんで?」
「ここに六魔道団のひとり、氷帝ウルスラがいるんだよねぇ~♪」
「ま、まさか……」嫌な予感が過り、表情を青く染めるヴレイズ。
「次の標的、こいつ!!」フレインは手帳の上位に当たるウルスラの名に丸をグリグリと書き込んだ。
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