67.元マフィアの手腕
ナイアが部屋を去ったのは深夜2時頃だった。
彼女は去り際に「また会いましょう」とだけ微笑み混じりに言い残した。
その後エレン達は、ぐったりと脱力しながら就寝し、部屋の灯を落とす。
それを見て、ラスティーは静かに煙草を灰皿に押し付け、部屋を出た。
すると、まだ起きていたキャメロンは、すぐに彼の背後に立つ。
「おひとりで、どこに行くの?」意地悪そうな声を彼の背中に投げかける。
そんな彼女の気配に気付いていたのか、ラスティーは驚いた態度を見せずに振り返る。
「お、丁度良かった。手伝って貰いたかったんだ」
「……嫌な予感……」
30分後、ラスティー達はグレイスタン国代表、つまりシン・ムンバス王が宿泊している部屋の前に立っていた。ラスティーは大きなカバンをひとつ、キャメロンはふたつ持っていた。
「重い……なんであたしにふたつも持たせるの?」不貞腐れた様な声を出すキャメロン。
「文句ばかり言うなら、部屋の外で待っててもらうぞ」
「……はいはい。しっかし重いなぁ……何が入ってるの?」
「ひとつ1000万だ」
「……………………えぇ?!!」
彼女の狼狽えるのと同時にドアをノックする。相手の返事を待ち、「ラスティーです」と一言いうと扉が開く。
「お久しぶりですね」王に同行しているウィンガズが笑顔で彼を迎える。
「遅くなって大変申し訳ない……飛び入りで大物が現れたので」
「いえいえ、こちらもボルコニアとの話し合いが長引いておりましたので」先ほどまで、ムンバス王はボルコニアの部屋で夕食を共にしていた。
戦時中、グレイスタンはボルコニアの背後を突き、パレリアに向けられた軍を撤退させた。この事について会議中、ムンバス王は「大規模演習を行った」といい、その場を切り抜けた。
会議中ではそれで決着が付いたが、その後、ボルコニア王が「詳しく話が聞きたい」と夕食に招待し、今迄、彼らと話し合いをしていた。
ただ、ボルコニア王はグレイスタンを責めたのではなく、戦争の裏でどんな事が起こっているのか把握する為、詳しい内情を知っていると思われるムンバス王に話し合いを求めたのであった。
「いじめられなかったか? バグジーくん」久々のこの名に、懐かしさを覚えるシン・ムンバス。
彼は疲れた顔を見せず、手に持っていた書類を机に置き、立ち上がる。
「同席していたガイゼル殿のお陰で、友好的に会話が出来ました。ボルコニア王も気さくな方で、これから友好的な外交が出来そうで安心しました」と、手早く紅茶を4人分用意し、机に置く。
「お、王様自らお茶を……」驚くように目を剥くキャメロン。
「私が淹れようとすると、淹れ方がなっていないと叱られてな……」ウィンガズは参ったように頭を掻き、上手そうに紅茶を啜る。
「会議中の助け舟、感謝するよ。アレのお陰で、上手く事が運べた」
「貴方の策通りに動いただけですよ」ここまで全て、グレイスタンに滞在していた時に計画されていた事だった。
「だが、想定外な事が起きたな……」
会議の最後のバルカニア王の立ち回りは想定外であった。あの行動はラスティーにとっては少々不気味であり、背後に何かが動いている気配を感じていた。
「あ、聞いていませんか? アレはワルベルトさんが裏で動いているんですよ」
「なに?!」これはラスティーも知らなかった。
これに関して動いていたのはナイアであったが、実際はワルベルトの策であった。
彼は数年に亘り、バルカニアとボルコニアの間を行き来しては、同盟の提案をし、何とかこの2国を繋げようと奮闘してきた。が、この策はブリザルドによって潰され、苦汁を飲まされた。
しかし、彼は諦めてはおらず、仲間を介して幾度も交渉を繰り返し、ついにこの会議の場で2カ国だけでなく西大陸全土の同盟にまで漕ぎつけたのであった。
いわば、ラスティーもワルベルトの手の上で動いていただけに過ぎなかった。
「成る程な。流石はワルベルトさんだ」
「彼はまだまだ策を温めていますからね。彼ほど本気で打倒魔王を目指している人はいませんよ」長年、バグジーとしてワルベルトと旅をした彼だからこそ言えた。
「俺も負けていられないな。っと、そうだ。コレはこの前の1000万ゼルの礼だ。受け取ってくれ」と、ラスティーはケースを彼の前に置いた。
ひとつ1000万。3つで合計3000万ゼルもの大金であった。
「これは……? 一体どうしたんです?」いきなりの大金に驚くムンバス王。
「マーナミーナ王から巻き上げたんだ。この前の軍事演習で相当金を使っただろ? こいつを充ててくれ」
「いや、これはラスティーさんが使うべきでは?」
「なぁに。俺の取り分は2億7000万ゼルだ。すでにククリス外に泊めてある馬車に積んである」金の番はジーンが担当していた。
「王様からどれだけふんだくってるんですか……あの王のこれからを思うと……少し可愛そうですね」彼もマーナミーナの内情を知っており、すでにワルベルトが合図を送り、革命軍の内乱がはじまっている事も耳にしていた。
「俺はもっと毟り取ってもいいと思っていたんだがな。予想よりもケチだったな」
「ははっ……流石元マフィアですね」
その頃、ナイアはシャルル・ポンドのいる執務室へと脚を運んでいた。
「お邪魔します」と、ノックもせずに入室する。
「来たか」顔見知りなのか、彼女の顔を見ても何も驚かずに招き入れる。
その後、彼は隠す気が無いのか、バーロン・ポンド暗殺について彼女に語った。
ナイアはそれを聞いても驚かず、静かに聞いた。
「じゃあ、さっきの闇の気配は気のせいではなかったのね」
「流石だな。あの気配は、我々光使いにしか感じ取る事が出来ないからな……」
「感じ取る事が出来ても、暗殺阻止は出来なかったわね」
「阻止する必要はない。あの弟は、ただの案山子に過ぎない。あいつの息子は優秀だからな。暗殺はこちらにとっても好都合だ」冷たく言い放つシャルル。
「それはそれは……で、刺客の正体はわかっているの?」
「我々の情報では、魔王の隠し子かと言われていたが……見た目からして年齢的にあり得ないそうだ。魔王はおよそ30台後半で、その闇使いは20代後半から30代前半……おそらく魔王と同じ手段で闇属性を手に入れたのだろう……」
「……私の方でも調べておくわ。で、同盟は上手く行くんでしょうね?」数日後には本格的に同盟の内容を詰め、王皆の調印を行う予定であった。
「当たり前だ」馬鹿にするな、と言わんばかりに目をぎらつかせ、ナイアを睨む。
「それは良かった。これから忙しくなるわね、お互いに」
1時間後、ラスティーは自室へと戻り、ソファーに座りながらホッとした様にネクタイを緩めた。やっと休めると言わんばかりに顔を濡れタオルで拭き、机に置かれた果物の入ったバスケットからビターレモンを取り出し、皮を齧る。
「凄いね。あんたは立派な指揮官だよ」キャメロンは彼の正面に立ち、腕を組みながら口にした。
「そりゃどうも……これから忙しくなるから、もう休んでおいてくれ」
「ねぇ……これからどう動くの?」
「できれば同盟締結をこの目で見たいが、それは我慢して……これから南へ向かうつもりだ」
「南?」
南の大陸、ナンブルグは西大陸よりも激しい戦地だった。大陸の3分の1が闇の瘴気で覆われており、狭い土地を各国が奪い合っていた。その戦いを何とか1人で抑えているのが大地の賢者リノラースであった。
「西大陸の同盟だけでは、バルバロンを落とす決め手にはならない。南と東の協力もなきゃな」因みに南の大陸の瘴気で包まれている地は、ラスティーの生まれ故郷、ランペリア国だった。
「本当に、忙しくなりそうね……楽しみだわ」
「それに、南へ向かう理由はもうひとつある」
「それは?」
「俺がレイ達に送った1000万ゼルを持ち逃げした傭兵団は南へ向かったそうだ。そいつらを見つけ出し、締め上げる」そっちの方が本命なのか、ラスティーは目を本気色に変える。
「……2億7000万もあるのに?」
「これは落とし前って奴だよ。俺らから金を持ち逃げしたらどうなるか……教えてやらなきゃな」
「成る程。流石元マフィアって奴だね」
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