66.六魔道団会議

 バーロン・ポンド暗殺が発覚したのは、その日の真夜中だった。死臭に気付いた警備の者が封魔の施された扉を破り、すぐさまシャルル・ポンドがその場に呼ばれる。

「……いつだ?」弟の骸を前にして静かに問う。実際、後継ぎとしてはシャルルが適任であったが、彼自ら王の地位を退き、『光の議長』としてサポートに回っていた。彼の普段の働きは弟以上であり、この城の実際の権力者はこの男であった。

 検死を担当した城内の魔法医は、死後1時間程度である事。そして凶器は無属性で出来た刃であると口にした。

「無属性の刃? 魔王軍でも作成可能なのは爆弾程度で、刃にまで加工する技術は持ち合わせていない筈だが?」ククリスの情報網は他国の追随を許さず、大体の貴重な情報はまずこの国を経由していた。

「しかし、この傷跡を見る限り……実際に無属性による傷を見た事があります。間違いありません」と、真っ二つになったバーロンの傷を指し示す。

「……で? 侵入の痕跡もない……と?」苛立った口調で問うシャルル。

 警備長はクビ覚悟で恐る恐る口を開く。

「は……バーロン王の部屋は鼠はおろか、虫一匹通さぬ程に厳重であり、どんな高等魔法、技術を使おうとも、まず、我々が察知する筈です」

「……扉や天井、床下から潜入した痕跡もなく……どうやって……」

「物理的に不可能です!」警備長が声を大にして訴える。

「……とりあえず、お前は表向きには解雇させて貰う。あとで別の役職に就かせるから安心しろ」シャルルは冷静に口にし、他の者の処分も穏便に済ませる事を約束し、副官を呼びつける。


「王の死は伏せる。時を見て、病死した事にする。後継ぎは、息子のクリスだ。諸々用意を頼むぞ」


 シャルルはそれだけ淡々と言い残し、執務室へと入って行った。

「冷静すぎないか? あの人……」解雇された警備長が顔を引き攣らせながら口にする。死が発覚してから、ほんの10分足らずだった。

「兄が殺されたんだぞ? もっと動揺するだろ?」

「そう言う人なんだよ、あの人は」

「しかし、俺達に気付かれず……どうやって……」解雇された警備隊の面々はボソボソと口にし、シャルルの態度を逆に不気味に思う。

「もしかして、あの人の手引きで……」と、口にした瞬間、回りの者が一斉に頭を殴りつける。

「滅多なこと言うんじゃない!!」

「す、すいません……」



 数日後、バルバロンの地、魔王の城にて。

 円卓会議場にはバルバロン方々の地を収める6魔道団が集まっていた。

 この6魔道団は魔王軍の抱える賢者の様な存在であった。皆が皆、全世界の実力者を超えた魔人であり、バルバロンの属国を1人で押さえつけるだけの力を持っていた。

 爆炎術使い、パトリック・ドラグーン。

 元雷の賢者、エイブラハム・レフトテール。

 嵐を呼ぶ女、スネイクス・ブリーズガン。

 大地の格闘技『ボルカディ』を極めし者、ソロモン・ディアブロン。

 大海の女王、メラニー・デプスチャン

 氷帝、ウルスラ・サブゼロス。

 6人は皆、静かに席に付き、目の前の資料を読みながら用意された紅茶を啜った。

 この会議を仕切るのは、魔王の右腕、ウィルガルムであった。

 彼は冠婚葬祭の時でも装着できるように誂えた特別ボディで出席していた。

「……西大陸の戦いはつまらない結果で終わった訳か……いやはや」パトリックは資料を読み終わると、それを消し炭に変えて手を払った。彼はおしゃれ好きであり、回りよりもシックなシーツを身に纏っていた。

「ワシの後継者は中々にお粗末だな。大した活躍もなく……」エイブラハムは魔王が台頭して間もなく、賢者の座を退き、魔王に降ったのであった。彼は北大陸の賢者であった。

「ブリザルドの陰謀が上手く西大陸を上手く纏めると思ったけど……やっぱ彼じゃダメみたいだったわね」スネイクスは憎たらしく笑い、髪の毛をふわりとさせる。

「…………」資料を黙々と熟読し、ただ紅茶を啜るだけのソロモンは、口を横一文字に結んで何も言わなかった。

「そう言えば、そろそろ我らは破壊の杖を探すため、海を探るのではなくって? 海なら、私にお任せしてはいかが?」メラニーは前のめりになってウィルガルムに胸の谷間をチラ見せする。

「破壊の杖ねぇ……何に使うのか知らないけど、私は忙しいので」氷使いのウルスラは興味なさそうに言い放ち、アイスティーを啜る。

「そう言えば、魔王様はどこなの? 今回の会議には姿を見せないのかしら?」メラニーは魔王を探る様に部屋中の影を見回す。

「えー……今回の会議はこのウィルガルムに任せる、と魔王様が仰ったのだ!」

「で? 魔王様は今、どこで?」パトリックはまるでファッションチェックするような眼差しでウィルガルムを見た。

「魔王様は……今、強敵と戦っておられる。恐らく、障害で一番の難敵だろう!」

「難敵? あの敵無しの魔王様が? 一体どんな……?」興味ありげにエイブラハムが灰色の眉を上げ下げする。



 その頃、魔王は自宅の風呂場でマスクとゴム手袋を着用していた。

 手元には数々の風呂場用洗剤が置かれていた。

「どんな魔法でも消す事の出来ない、厄介な強敵だ……だが、今日で終わりだ!!」と、風呂の隅にあるカサついた汚れに洗剤をかけ、数十秒おいてからスポンジで擦る。

 魔王は目を凝らし、汚れを確認する。落ちた手応えはなく、忌々しいヌルつきを感じ取る。

「くそぉ!! この白カビめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」魔王は瞳を血走らせ、次の洗剤に手を掛け、スポンジで狂ったように擦り洗いを始めた。



「で、デストロイヤー・ゴーレム計画は着々と進んでおり……」分厚い資料を片手に眼鏡をかけたウィルガルムは、滞りなく会議を進めていた。各地の納税額、労働状況、民の支持率など、地主が纏めた資料をもとに6魔道団が次々と読み上げ、最後にウィルガルムが今後のバルバロンの方向性を読み上げていた。

「そのデストロイヤー・ゴーレム。聞いたところによると、無属性エネルギーを使った最新鋭の兵器を備えているそうね。コードネームは『神殺し砲』だとか?」スネイクスが興味あり気に口を挟む。

「このデストロイヤー・ゴーレムは『破壊の杖』探索に必要不可欠なのだ。我々の調べによると、杖は海にある。そして、その海を守るのは水の賢者、リヴァイア・シレーヌ。そして、その師であり、神聖存在である『大海の監視者』。この2人を破る為にも、デストロイヤー・ゴーレムが必要なのだ」

「神殺し砲とは、具体的にどんなものなのだ?」パトリックが尋ねる。

「正式名称は『アンチエレメンタル・フュージョン・カノン』だ。5本のアンチエレメンタル・ビームを融合させる。これは空間すら引き裂くほどの威力を持つと計算される。この大砲をどんな地形からでも発射可能とするのが、デストロイヤー・ゴーレムなのだ」ウィルガルムは胸を張りながら口にし、皆の表情を伺う。

「……破壊の杖とは、そんなにも重要なモノなのか?」パトリックが問う。

「文献上では、世界を7日でまっ平にする程らしい」

「7日もかかるの? 神器と呼ばれるにしてはしょぼいわね」スネイクス馬鹿にする様に鼻で笑う。

 すると、ウィルガルムはワザとらしく咳ばらいする。

「7日というのはな……この世界、いうなればキャンパスを破壊する事無く慎重にやって7日という意味らしい。その気になれば、この世界を一瞬で消し去る事が出来る程だ」

「成る程、納得」数人がまばらに口にし、腕を組む。

「では、創造の珠の方はどうなのだ? そちらの方が重要ではないか?」エイブラハムが首を傾げながら問う。

「そちらの情報は、まだ霞程度しか掴めていない。魔王様曰く、釣り糸を垂らしている状況らしい」ウィルガルムは彼らの問いに的確に答えながら、会議を進めていく。

「そう……ま、気長に待ちましょう」大海の監視者攻略の話に自分の名が出ないのを見て面白くないメラニーがそっぽを向く。

「で……こちらからも聞きたいのだが、ウルスラ。いつまで領土を氷漬けにするつもりだ? あの状態では、税がロクに取れないし……労働者が助けを求める様に雪崩れ込んできて、半分迷惑なんだが?」

 バルバロンの最西端、マーナミーナの北側に位置する属国、サバティッシュ。ウルスラはこの国を任されていたが、なんと2年前から領土を溶けない雪で覆い、氷漬けにしたのであった。

「ふん。あと3年経ったら考えてやってもいいわ」ウルスラは何様のつもりか、ウィルガルムを睨み付けながら応えた。

「……いくら恨みがあるとはいえ、母国だろうに……」呆れる様に呟くウィルガルム。

「あの国が私に何をしたのか……この場を借りて語ってあげましょうか?」

「やめろ、聞きたくない」パトリックは耳を塞ぎ、ウィルガルムに会議を続けようと提案した。

 その後、会議は2時間ほど続き、無事解散となった。

 6魔道団が会議室を後にすると、ウィルガルムの影から魔王が割烹着姿で現れる。

「どうだった?」

「聞いてたんだろ? もう勘弁してくれよ~ そっちこそどうだ? カビは落ちたのか?」

「全然だめだ……ヴァイリーに特製カビ落としでも作って貰おうかな……」

「そんなに頑固なのか? 風呂場のカビ汚れって……」

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