59.西大陸統一作戦! 侵入者編

 20分後、ラスティーとエレンは揃って待合室の外に立った。

 彼の目と鼻は真っ赤に腫れあがり、重要な会議に出られるような顔ではなかった。

「頼む……」

 ラスティーの一言と同時に、エレンは両手にヒールウォーターを練り上げ、彼の顔に数秒当てる。すると、腫れはみるみる治まり、万全の顔に戻る。

「ありがとう。エレンは平気か?」と、彼女の眼尻から流れる涙を一滴払う。

「えぇ。私は会議に出席するわけではないので。それにしても、本当によかった……本当に」と、また彼女の瞳から涙が溢れ、ハンカチで声を押し殺す。

「君はもう少し、トイレに入っていた方がよさそうだな」

「いえ、もう大丈夫です」と、彼女はドアノブに手を掛け、ディメンズたちの待つ部屋へと戻る。

「遅かったね。何してたの?」ソファーに深々と座り、眼前の効果そうなテーブルに足をかけたキャメロンが、揃って帰ってきたラスティー達を探る様に見る。

「ちょっとトイレに」エレンは上品にハンカチで口を押えながら咳をし、キャメロンから離れた椅子に座る。

「ふぅ~ん……」と、キャメロンは彼と彼女の顔を交互に見ながら意味ありげに含み笑いをし、腕を組む。

「なんだ、その笑い方?」隣に座ったディメンズが問う。

「鈍いねぇ~ 時間にして20分強。2人揃ってトイレに。それもエレンはラスティーのツレでしょ? てぇことは……やる事はひとつでしょ~ 全く、神聖なるこの場所で緊張したからって何やってんだか……ま、お盛んなのは良い事かもだけど、場所が場所でしょぉ?」

「お前の頭、どうなってんだ?」ディメンズは呆れた様な声を漏らし、苦笑した。

「だって、2人してあんな火照った顔してんだよ? しかも、エレンなんて気怠そうでさ……どうなのよ、え? ドンピシャでしょぉ~?」キャメロンはニヒヒと笑いながら彼らの呆れた表情を眺めた。

「ラスティー。コイツ殴っていいですか?」我慢できず、キーラが指の骨を鳴らす。

「はは、退屈してるんだろ? ここで喧嘩はやめておけ」ラスティーは首を振りながら笑う。

 すると、エレンが鬼の様な形相で立ち上がり、キーラに向かって声を上げた。

「じゃあ、私からお願いします。その無礼なキャメロンさんの顔面を殴ってください! グーで思い切り強く!! 鼻血が出ても構いません。私が治しますから」

「お許しが出たな……」キーラはゆっくりと立ち上がり、キャメロンの眼前に立った。

「ちょっと~ 冗談じゃん。待ってよぉ~」

 キャメロンはおどけながらソファーから跳び上がり、キーラから逃げる様に飛び回る。

「無礼者が! 待てぇ!! そこに直れ!!」

「どうせあたしゃ会議に出るわけじゃないからね! ちょっとククリス観光にでも行ってくるわぁ~」と、キャメロンは逃げる様に退室する。「図星なんでしょ」と、捨て台詞を吐き、憎たらしい笑顔を残してその場から逃げる様に消える。

「キーラさん! あの女を生かしてこの国から出してはいけません! あの不埒な無礼者の首を討ち取ってください!!」火を吐く勢いでエレンはブチ切れ、顔を真っ赤にして高価なテーブルを叩く。

「喜んで」キーラは武具を身に付け、言葉を本気にしているのか殺気を纏いながら彼女の後を追う。

「ウォルターさん! 貴方も向かってください! あの無礼な女の最期を見届けてくるのです!!」

「そうならない様に、後を追わせていただきます」冷静且つ、キャメロンのジョークを理解できなかった彼は、いつもの真顔でキーラの後へ続いた。

「……会議が無事に終わるまでが俺たちの仕事なんだがな……まったく」ディメンズはため息を吐きながら呆れた様に首を振った。

「俺達が何とかする以前に、この城の、そして街の警備は万全ですから……」レイは本から目を上げ、冷静に口にしてからまた目を戻す。

「ところでお前ら……トイレで何やってたんだ?」と、ディメンズも我慢できず、ラスティー達を交互に見ながらナチュラルに問うた。

「勘弁して下さいよ……」ラスティーは弱ったように笑いながら、ガイゼルと会った事を話した。



 割とマジで追い掛けるキーラを尻目に、余裕の表情で城下町を奔るキャメロン。

地元民たちは田舎者を見る様な目で彼女らに冷たい視線を向け、鼻で笑う。

「あの、2人とも! そろそろやめませんか?! 視線が痛い……」ウォルターは2人の背を追いながら、ため息交じりに大声を上げた。

「そうだ! 神妙にしろ、この不埒者!!」

「なによ! ちょっと緊張を解そうとジョーダンを言っただけじゃない! どうせあんたは、これを口実に、あたしを殴りたいだけなんでしょ!」

「そうだ! 私はお前が気に入らん! とにかく殴らせろ!」キーラは目を剣の様に尖らせ、歯を剥きだす。

「どこのガキ大将だ!! ん?」突然、何かを感じ取ったのか立ち止まり、辺りを見回す。

 そんなキャメロンをキーラは背後からタックルして組み伏せ、胸倉を掴む。その間に割って入るウォルター。

「そこまでにしませんか!?」ウォルターはキーラに蛇目を向ける。

「ウォルターは引っ込んでいろ! この調子こいた傭兵は、この私が!!」

「待って待って待って!! ちょっと……気付かない? この気配……」キャメロンは仕事時の表情を見せ、周囲に気を配る。

「誤魔化すな!!」

「いえ、俺も感じます。この感じは……放っておけない気配です」ウォルターは変わらぬ真面目顔で辺りを見回し、鼻を効かせる。

「……なに? え? 気配?」キーラはマジな表情の2人を交互に見て、首を傾げる。

「これは嫌な感じね……戦争の猛者のでも、仕事人の気配でもない……不気味な殺気を微量ながら感じる……」いつの間にかキーラの拘束から抜け出し、城の裏手へと続く道の方へ首を向ける。

「まさか、会議を阻む魔王軍の刺客?!」キーラは今にも抜剣する勢いで立ち上がる。

「それはわからないけど……魔力を微量ながら感じる。多分、風魔法に感知されない様な術を施しているのだと思う。ジーンと同じタイプの使い手みたいね」

「キャメロンさん、どうします?」ウォルターは彼女の隣に立ち、いつでも動けるように身構える。

「放ってはおけないよね。退屈凌ぎにはなるかな?」と、楽し気に笑い、キャメロンは彼と共に駆け出し始める。

「え……っと……わかる様に説明しなさいよ! この傭兵!!」キーラは煮立ちながら、彼女の背を追った。



「何者かに勘付かれたか」侵入者は影の中でキャメロン達の気配に気づく。

「大した奴じゃない。それより、城からいつもとは違った気配を感じる……そっちの方へ気を向けるべきだな」

「今日はいつも以上に警備が厳重で、更に賢者が2人もいる。慎重に向かうべきだな」影は一足飛びで城の外壁を登り、無音で鉄格子を外し、ヌルリと侵入する。

「では、お前は手筈通りに頼む。私は……」と、向かってくるキャメロン達を迎え撃つべく、両手に備えたブレード・フィンガーの音を鳴らす。「連中を抹殺する」



 その頃、ラスティーは身だしなみを整え、パレリア代表の待つ控室へ向かった。小気味良くノックをすると、中から大臣の護衛が顔を出す。

「どなたですか?」

「協力者のラスティーです」自信たっぷりにお辞儀をすると、慌てた様に大臣が声を上げる。

「遅いぞ! 今迄何をしていた! 会議の手筈を……」

「大丈夫です。全ては手筈どおり進みます。我々は強気且つ、胸を張るだけでいいのです」

「そうか……この会議にパレリアの命運が……いや、この大陸の存続がかかっているのだ!」会議が近づいているせいか、または各国の王の部屋へ挨拶に向かった際、肝を冷やしたのか、大臣は弱気になっていた。

「その通り。故に、胸を張るのです! 大丈夫! 全ては上手くいきます!」ラスティーは自分の策や仲間たちの活躍を信じていた。

 それだけでなく、今の彼は先ほどまでの重々しい彼とは違い、身も心も軽くなっていた。

 アリシアとヴレイズの生存を確認し、更にヴレイズの確認を耳にした時、「戦っているのは自分だけではない」と改めて確信し、ベコベコに凹んでいた心と自信が回復していた。

「では、そろそろ参りましょうか?」ラスティーは自信たっぷりに口にし、各国の王が待つ会議室へと脚を向けた。



「追いついた……で? あんたは何者?」影の向こう側で殺気を漏らす者に向かってキャメロンが口にする。

 影の向こうの黒装束は何も言わず、ただキャメロンたちから放たれる音を聞き、そこから体重や得物を予測し、戦闘力を探っていた。

「貴様、見た目からして怪しいぞ!」キーラは怒りの矛先を侵入者へと向け、抜剣する。

「その脱力……出来るな」ウォルターは相手の身体の動きから、魔法ではなく体術に特化した刺客であると予測する。

「運の無い連中だ……」侵入者は一瞬で3人の視線から死角を割り出し、一瞬でそこへ入り込み、キーラの脇腹、鎧のつなぎ目を抜き手で貫く。

「ぐばぁっ!!」一瞬で腹に風穴を開けられ、膝を崩すキーラ。

「はやっ!」キャメロンが反応するよりも早く、ウォルターは侵入者の腕を掴み、捻り上げていた。

「貴様、何者だ!」

「お前らが知る事は無い」と、侵入者は2人に煙玉を浴びせ、拘束から逃れ、気配を眩ます。

「こいつぁヤバそうな相手だね……」キャメロンはキーラの傷に止血用の薬用布を当て、上からヒールウォーターをかけた。

「相手は、眼術使いです! ここは俺がやります」ウォルターは首の骨を鳴らし、蛇目を尖らせて侵入者の軌跡をたどり始めた。

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