58.西大陸統一作戦! 聖地ククリス編

「では、また後程……」既に自分で用意してあった契約書に王のサインを頂き、懐に仕舞うラスティー。ゴラオンと3億ゼルの取引は西大陸会議の後と取決め、一先ずディメンズたちの待つ船へと戻った。

 その途上、ずっと黙っていたキャメロンが我慢を解くように口にした。

「なんであんな奴を助けるの?」目を鋭く尖らせる。彼女はマーナミーナの情勢や、あのオウラン王の悪政を知っていた。その為、先程の密談は見ていて気持ちのいいものではなかった。

「……おい、相手の船の中でそんな事をいうんじゃない。誰が聞いているかわからないだろ?」

「あんたの風魔法で防げるでしょ? それに、まだみんな寝てるんだろうし」と、近くで立ったまま眠る衛兵を指さす。

「……今、答えなきゃダメか?」ラスティーは彼女の目を見ながら肩を上げる。

「ダメ」

「わかった……あの王には、俺たちの思い通りに西大陸会議で上手に踊って貰わなきゃならないんだ。それまでは、あの王のご機嫌取りをやらなきゃならないんだ。だが……」ここでラスティーがにんまりと悪巧み顔を覗かせた。

「どうする気?」

「俺は確かに、国外の脅威からマーナミーナを守るとは言った……だが、国内の脅威は、俺らの感知するところではないな? くふふふふ……」

「そういえば、マーナミーナ国内に革命軍がいるって……」

「そういう事!」

 ラスティーは早口で、語り始めた。

 なんと、マーナミーナ国内の港や、マーナル砦に運び込まれた魔王軍製の武器を奪いに革命軍が強襲する手筈となっていた。王が不在であり、隣国のバルカニアを警戒して殆どの騎士団が前衛の砦に詰めている為、マーナル砦は手薄となっていた。

 それらの情報を革命軍にリークしたのがワルベルトである。彼がジーン率いる疾風団を介して全て手筈を整えており、王都制圧まで計画がされていた。

 つまり、すでにマーナミーナ王、オウラン・ブリーブス2世は既に詰んでおり、ラスティーの手心ひとつでどうとでもする事が出来た。

「怖い人だねぇ……」キャメロンは一転して表情を青くさせ、ラスティーから一歩離れた。

「国民の事はないがしろにして、己の保身の事しか頭にない王なんぞ……器じゃないだろ。ま、叩き壊すかどうかは革命軍次第かな?」と、ラスティーは伸びをしながら足取り軽やかに己の船へと戻った。

「……ふぅん……ま、いいか」



 密談から2日後。

 夜明け前にマーナミーナの船に取りつけたロープを断ち切り、無事にククリスの港へとたどり着く。

 入港を阻まれそうになるが、パレリアの大臣から受け取った王の蝋印が押された書状を見せ、問題なく桟橋に船を取りつける。

「さて、行くか! 皆、頼んだぜ」ラスティーは皆に声を掛け、ククリスの門を潜る。

 世界の中心、聖地ククリスは他の国とは違い、土地の面積はごく小さなものであった。しかし、聖地と言われるだけあり、街は全て煌びやか且つ芸術的な造りになっており、訪れるもの全てが、歴史を感じ取りため息を吐く程であった。

 ここが聖地と呼ばれる謂れは、数千年前の光と闇の戦いの時の光の軍の陣地であったからと伝わっていた。その光の軍の大将であり、光の勇者と呼ばれたのが『アーサー・ポンド』という人物であった。その子孫が現在の王『バーロン・ポンド』そして、光の議長『シャルル・ポンド』である。

「あ! これがあの有名なホーリークリップ大聖堂ですか?!」エレンが目を輝かせながら口にする。ククリスの名物とも呼べる、厳かに聳え立つ大聖堂であった。ここの書物庫には世界に1冊しかない貴重な本がいくつも置かれていた。

「観光はまた今度だ。早く、ホーレスト城へ向かおう」ラスティーは彼女の襟首を掴み、背中を押す。

「わかってますよぉ~」

「一度来たっけな……」レイが遠くでそびえ立つククリスの魔法学校を眺める。

「逃亡生活中、ククリスを頼って流れ着いて、訪問したっけ……冷たくあしらわれて、あまりいい思い出が無いわね」キーラも寂しそうな眼差しを向け、ため息を吐く。

「おら、お前らも行くぞ!」ディメンズは少々冷や汗を掻きながら2人の頭を掴み、城の方へと歩かせる。

「どうしたんですか、ディメンズさん……珍しく緊張しているみたいですが?」ラスティーが問うと、彼は面白くなさそうに顔を歪ませた。

「18年くらい前かな……ホーリークリップ大聖堂に仲間と潜り込んで、失敗したんだ。あの時は再建中だったから簡単にいくと思ったんだが……意外と鼻の利く奴が警備していてな」

「何をしに侵入したんですか?」ラスティーは興味あり気に問うた。

「とある本を読みにな……」

「って、え? 再建って……大聖堂に何が?」エレンも問いかける。

「20年以上前、世界最悪の炎使いと呼ばれるヴェリディクト・デュバリアス……ってやつが焼き尽くしたらしい……本は無事だったが、歴史ある内装、シャンデリアやステンドグラスにパイプオルガンなんかが灰と化したらしい……」

「なんと……」エレンはやるせない表情を見せながら、また遠目の大聖堂に目を向けた。

「去年の賢者会議に乱入したらしいが……今回の西大陸会議にも来なきゃいいがな」ディメンズはそれを危惧しているのか、近辺を風で探った。

「それは勘弁してほしいな……そうでなくても……」ラスティーは震える身体を押さえる様に手で押さえ、密かに深呼吸を繰り返していた。

「ま、とにかく心配しても進まないでしょ! 早く行きましょ~」と、能天気な声を出すキャメロン。

 それを見たウォルターはつい、彼女の後頭部をスパンっと叩いてしまった。

「いでっ!! 何すんのよ!!」

「少しは空気を呼んでください」



 ホーレスト城は何重にも警備されており、いくらラスティーやディメンズでも気軽に警備の目を掻い潜って立ち入り禁止エリアへ入る事は出来なかった。衛兵だけでなく、クラス4の風使いによる水も漏らさぬ監視がされており、更に特定の部屋は封魔の法が成されている為、どんな術者でも簡単に入る事は出来なかった。

 彼らは待合室として使われる一室へと案内され、しばらく待つように言われる。

「ここでの情報収集は不可能ですね」いつの間にかラスティーの背後に控えていたジーンが小声で話す。

「大丈夫。ここで収集を行うつもりはない。休んでいてくれ」

「気持ちはわかるよ。手強ければそれだけ、破りたくなるよな~」ディメンズは楽しそうにジーンに向かって口にする。

「勘弁して下さいよ……」胃の辺りを押さえながらラスティーは目の辺りを抑えた。

 そんな彼らを尻目に、キーラとキャメロンはまた船内の続きと言わんばかりに口喧嘩を再開していた。

「なんでアンタみたいなのが付いて来るのよ! 品もなきゃ忠誠心もない、金次第の犬が!」船の上でなければ、キーラはかなり強気な事を容赦なく口に出来た。

「犬はどっちだか~ 自分の意志もなく言われるままに動くお人形さんが!」

「なんですって!」

「なによ!」


「もう! こんな所でやめなさい!!」


 我慢できずにエレンが怒鳴る。本来ならラスティーが怒鳴りたいところではあったが、彼にはそんな余裕が無かった。

「悪い、ちょっと休憩してくる……エレンも来るか? いや、来てくれ」ラスティーは更に顔色を悪くさせ、ヨロヨロと部屋の外へと向かった。エレンは彼の介護をする様に肩を貸した。

「……船酔いならぬ、丘酔い、かな?」キャメロンが軽く口にし、ラスティーの座っていたソファーにドカリと腰掛ける。

 すると、彼の心中を察しているディメンズが口を開いた。

「あいつの策には、まだ不確定要素が多いからな。それらが一気にこの西大陸会議で襲い掛かってくるかもしれない。手を回していないバルカニア、ボルコニア……契約書をサインさせても信用ならないマーナミーナ王……それに、ガムガン砦を守る騎士たち……これらがどう、今回の会議にどう響くか……」

「何もかも、ひとりで背負い過ぎじゃない?」キャメロンは相変わらず頭に浮かんだことをポロリと口にした。

「正解」ディメンズはクスリと笑い、腕を組んだ。



 待合室の外通路にあるベンチで、ラスティーはエレンと並んで座っていた。

「わりぃ……」彼は彼女から胃痛を抑える錠剤とヒールウォーターを受け取り、一気に飲み下した。

「……この会議が終わったら、しばらく休まないと危ないですよ。あらゆる臓器が悲鳴を上げています」彼の診察を終えたエレンは手から魔力を抜き、ふぅと息を吐いた。

「エレンも、相当疲れているだろ……」

「えぇ……」と、彼の肩に頭を預ける。

 すると、廊下の先にエレンの見知った者が現れる。その者は巨体であり、ラスティーの目を引いた。

「あの人はもしや……」

「わかります? あの人が炎の賢者、ガイゼルさんです。以前、ボルコニアで情報収集した時に、お世話になりました。あ! 収集の話は内密で……」と、エレンが言う間にラスティーは腰を上げてガイゼルのいる方まで近づいた。

 今の彼にはボルコニアとのコネが必要だった。少しでも利用できる材料があれば、躊躇なく使うのが彼であった。

「あの、失礼ですが……炎の賢者ガイゼル様ですか? 私は……」余所行き声を出しながらラスティーがガイゼルの眼前に立つ。


「おぉ?! まさか、貴殿がヴレイズ殿のお仲間、ラスティー・シャークアイズ殿だな!!」


 予想外の返事にラスティーは調子を吹き飛ばされる。

「へ? そ、ソウデスガ?」

「やはり! ヴレイズ殿が言うには、金髪の胡散臭い若者が、おっと失礼……とにかく、そういう風貌の若者が馴れ馴れしく近づいて来たら、ラスティー殿だから、と聞いている! ワシは協力を惜しまんぞ! どうやら会議で同席するみたいだな! 王へはワシが口添えする! 何でも言ってくれ!」と、分厚い胸板をドンと叩く。

「あ……あぁ……その……」呆気にとられ、何を質問すべきか混乱するラスティー。

「それと、ヴレイズ殿から大切な伝言だ。『アリシアは無事』だそうだ。その子も大切な仲間かな?」

「あ? あ! え?! あ?」

「あぁ! ヴレイズ殿の事かな? そうそう、先日、フレインから、ワシの娘から手紙が届いてな。なんでも、偉そうな吸血鬼を一緒に退治したそうだ! 彼も元気にやっているから、安心してくれ! おっと、本日集まった賢者同士のミーティングの時間だ。では、失礼! 会議でまた」と、ガイゼルは丁寧にお辞儀し、踵を返して楽しそうに廊下の向こう側へと歩いていった。

 その間、ラスティーは頭の中であらゆるモノを渦巻かせ、感情が爆発しそうになり、目を回していた。

 そこへ、エレンがやって来る。

「どうでした?」

「あ……あ、あ……アリシアが……ヴレイズが……ガイゼルさんが言うには……」

「え?! ど、どうしたんですか!! 2人がどうしたんですか!!」

「無事だって……」声を震わせ、次第に体全体を震わせる。

「ぶ、無事?! 無事?! ……ぶじ」エレンも崩れ落ちそうに身体を震わせる。

「とにかくヴレイズは元気にしているって……俺、ちょっと……トイレ、行ってくる」

「わ、私も」と、2人はヨロヨロと男女別の洗面所へと向かい、清掃札をかけ、勢いよくドアを閉めた。

 

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