57.西大陸統一作戦! マーナミーナの王 後編
「……んむぅ?」氷のカランという音でマーナミーナ王、オウラン・ブリーブス2世がゆっくりと目を覚ます。音の先には、見覚えのないスーツの男がミニバーの椅子に腰を掛けていた。彼の正面にはシェーカーを持った女性が無表情で立っていた。
「あぁ……いい味だ。深く、甘く香り、それでいてしつこくない」ラスティーはグラスの中の琥珀色を楽しそうに眺め、また一口と飲み下した。
そんな彼をキャメロンは、自分は何を飲もうかと悩みながらも、ポーカーフェイスを保ったままシェーカー片手に彼を眺めた。
「何者かな?」オウランはベッドに備わった隠しスイッチを押しながら問うた。このスイッチは船の非常ベルと直結しており、数秒で護衛が部屋へなだれ込んでくる、筈だった。
しかし、船の乗組員全員は既にジーンの手によって眠らされており、更にこの非常用スイッチも一時的に壊されていた。
この数瞬で船を完全にジャックされたと悟ったオウランは、それでも平静を装いながらラスティーを睨み続けた。
「急にご無礼を申し訳ありません。私は、ラスティー・シャークアイズと申します。こちらはキャメロン。ご挨拶を」ラスティーは彼女に挨拶を促し、彼女は言われるままにペコリとお辞儀した。
「命がけでこの船に不法侵入し、どういうつもりかな?」王として、彼はそう簡単に取り乱す訳にはいかなかった。故に声は荒立てず、ゆっくりとした口調で話した。その代り、スイッチをこれでもかと何度も押し、誰かが自分を助けに来る事を願った。
「別に、貴方を襲おうってつもりはありませんよ。その逆です。貴方を助けに来たのです」ラスティーはグラス片手に立ち上がり、オウラン王のベッドの近くまで歩み寄る。
「助けとは、どういう意味かな? 君はどこの代表として、この私に会いに来たのかね?」オウランは王としての威厳を損なわぬように腹を据えて口にした。スイッチに触れる指が擦り剥ける程、助けを密かに呼び続けたが、ついに諦めたのか、カチカチ音を鳴らすのをやめる。
「代表は強いて言えば、私自身です。誰の使いとしても会いに来ていません。私がリーダーの傭兵団、いえ……これからは手広くやらせて貰おうと思っているのですがね、兎に角、我々は貴方を助けようと……」
「だから、どういう意味だね?! 助けとは! この私がいつ助けを乞うたと言うのだ!」
オウラン王は我慢できず、つい声を荒げてしまう。眼前のラスティーに対してもそうだが、いつになっても助けに来ない護衛に対しても腹を立て、余裕があっという間に底をついていた。
「まぁまぁ……では、お話ししましょう……」打って変わってラスティーは、余裕たっぷりにグラスを傾け、また一歩近づき、王を見下ろしながら滑らかに口を動かした。
その頃、待機中のエレンは船が止まった事を確認し、黙ってラスティー達の無事を祈っていた。
「それにしても、王の帆船もそうですが、この船も同じぐらい早いですね」エレンは不思議そうに口にした。
マーナミーナの大型帆船は風使いの航海士たちのお陰で、普通よりも数倍の航行速度を誇っていた。この船に追いつくのは余程の腕と魔力、船が無ければ無理と言えた。
「何故、こんなにも早いと思うね?」ディメンズが寝転がりながら声を出す。
「えぇっと……まさか」エレンは、今迄の経験から何か勘付き、声を濁した。
「ながぁいロープで繋いでいるだけなんだな、これが」ディメンズが自慢げに言うと、エレンは「やっぱり」とボソリと口にしクスリと笑う。
すると、船酔いの呪いから一時的に解放されたキーラが甲板から降りてくる。
「エレンさん……酔い止め魔法をありがとうございます……お陰でやっとまともに呼吸ができます」彼女は胸一杯に潮風を深呼吸し、全身をスッキリさせていた。
「いえいえ~ 私の仲間でひとり、酷い船酔いを起こした子がおりまして……その子が帰って来て、共に船に乗ることがあれば……」
「とても効きますよ。本当にありがとうございます」キーラは丁寧にお辞儀し、腰を下ろす。
そんなやり取りを尻目に、レイはウォルターと今迄の戦いや作戦の情報交換を行っていた。
「そうか……ご苦労だった。それにしても、アレだな……なんか、お前……少し、ほんの少しだけ……柔らかくなったか?」レイはウォルターの表情を覗き込み、首を傾げた。
「どういう意味ですか?」いつもの蛇の様な瞳を向けるウォルター。
「なんか、人見知りの症状が軽くなったと言うか……何というか……」
「そうでしょうか? と、言うか『人見知り』とは病気なのでしょうか? エレンさん?」ウォルターは困惑した様に彼女に話を振った。
「……難しいですね。でも、傭兵のみなさんと仲良く出来ていますから、ご心配なく」
「仲良くって……じゃあ仲良く出来てないのって、俺とキーラだけか……」レイは今後を危ぶみながら不安の声を漏らした。
ラスティーはノンストップで、現在のマーナミーナの状況を詳しく説明した。
ブリザルドの策を利用した、軍師ゴラオンの野望が頓挫した事。それによってバルカニアとの密約が破棄された事。魔王軍から運び込まれた秘密兵器『ナイトメア・ゴーレム』が破壊された事。そして『不死の秘術』を研究していた取引相手の吸血鬼バズガが倒された事。
これらを説明し、キャメロンにお替りを促し、再びグラスを傾けるラスティー。
彼が語った情報の殆どを、王は熟知していた。
しかし、こうも立て続けに並べられると、心の中で押さえていた不安が掻き立てられ、徐々に冷や汗が滲みだしていた。
これから西大陸会議であり、そこで弱味を見せずに立ち回らなければならないのであった。ここで乱れてコンディションを崩せば、自国を悪い立場へ追い込んでしまう事は明白であった。
「で、ここからは貴方が知らない事だが……」ラスティーは表情を変えずに口にした。その時には既に、オウラン王は『もうこれ以上はやめてくれ』という表情に成り果てていた。
「一週間以上前に行方不明になった軍師ゴラオンの身柄は、俺達が預かっています」
この言葉に、王の怒りは爆発した。
ゴラオンが捕まらなければ、彼が言った通り策が成り、大陸の半分以上をマーナミーナが占領することが出来たのである。
「貴様がゴラオンを! そのお陰で私は!」
「ちょっと、待ってください……誤解しないで欲しい。言った筈です。私は貴方を助けに来たのだ、とね」と、一束の書類を取り出し、王に渡す。
その書類とは、ゴラオンの、否ブリザルドが計画した西大陸占領作戦の全貌であった。
最初はグレイスタンが全て乗っ取る筈であったが、これをゴラオンが書き換えてマーナミーナが占領するとしていた。
だが、これは表向きであり、実際は占領後、すべて大陸は魔王に明け渡す予定になっていた。
つまり、ゴラオンの言う通りに策を進めていれば、いずれマーナミーナも取り潰され、魔王軍に占領されていたのである。それを手柄にゴラオンは西大陸の半分を己の手柄として預かり、あらゆる利益を貪るつもりだったのである。
「なんだと……」鵜呑みにしたくない情報であったが、全て辻褄が合うため、疑いようがなかった。
因みにこの書類は、全て真実ではあるが、ラスティーが作成し、少々味付けした代物であった。
「全て真実です……で、これから貴方の身に降りかかる災難を言い当てましょう。まず、西大陸会議でバルカニアから散々に責め立てられるでしょう……パレリアの動き次第では、戦争は再開され、その勢いに乗ってマーナミーナにも飛び火するでしょう。更に、取引材料であるはずだった『不死の秘術』も無く、更に提供された秘密兵器もなく……言い方は悪いですが、利用価値はなくなったわけで……北大陸を飲み込んだ魔王軍が攻め込んでくるでしょうね。こうなると、挟み撃ちだ。更に、過去に貴方の国はグレイスタンに何度か戦争を吹っ掛けています。弱ったマーナミーナの脇腹を突くのは必定……負のスパイラルってヤツですね」
「ぐっくぅ~~~~~~~~~っ!!!」
腹の底に隠していた負の感情を逆なでされ、つい唸ってしまうマーナミーナ王。その内、片付く、家臣が何とかすると高をくくってはいたが、問題があまりにも大きかった。このままでは眼前の若造の言った通り、マーナミーナは滅亡し、自分の栄華も終わる事は明白であった。
「キャメロン、このお方に酒を」ラスティーが促すと、彼女は素早くグラスに氷と酒を注ぎ、水滴を拭い、オウラン王に優しく手渡した。
彼は目を瞑り、喉を鳴らして強い琥珀色を飲み干す。
「で、本題ですが……私が力になります」ラスティーは王の肩にそっと手を触れ、にやりと笑った。
「どう、どう力になってくれると言うのだね!!」震えた身体で縋りつくオウラン王。
「手始めに、問題の種であり、黒幕であるゴラオンを引き渡します。そして、会議の場でこう言うのです『戦争の火種となった魔王の使いは、マーナミーナが取り除いた』とね。私の手筈通りなら、パレリアとグレイスタンが話を合わせてくる筈です。そう、この大戦を終わらせ、大陸を正しい方向へかじ取りする立役者は、貴方という事になります」
「お、おぉ……おぉ!! そうか、そうか! そう言う事か!!」王はラスティーの言葉を丸の身にし、素直に喜んだ。
「そして、脅威である魔王軍に対抗するため、ククリスを中心としたこの西大陸全土が一丸となって同盟を組むべきだと進言するのです。そうすれば、マーナミーナが魔王軍に攻め込まれても、ククリスの賢者たちがいち早く駆けつけてくれることでしょう。私は雷の賢者と顔が効きます。これは絶対です」
「おぉぉぉぉぉ!!」王は興奮した様に声を出した。
「その勢いで東や南とも手を組めれば……どうなるかわかりますね? そして、この同盟の話を切り出したのも、そして大きな顔ができるのも、マーナミーナ王である貴方という事になりますね」ラスティーはしたり顔で王の顔を覗き込んだ。
王は涙目でラスティーの手を握り、安心した様に笑った。
「で、条件のお話です。ゴラオンは引き渡します。その代りに、この船に積んである財宝、10億ゼルの内、5億ゼルを頂きたい」ラスティーは口調を変えず、滑らか且つ穏やかに口にした。
この数字を聞いてキャメロンは吹きそうになるのを堪え、代わりに唾をゴクリと飲み込んだ。
「……それは少し多すぎないかな?」オウラン王は強欲で有名だった。
実際に、マーナミーナの内政は暴政を極め、革命軍と何度も火花を散らす程に不安定であった。これも王の悩みの種のひとつであった。
「西大陸統一の立役者になれるのですよ? 5億くらい、安いものでしょう?」
因みにこの10億ゼルは、会議でしくじった場合、もしくは本国で何か起きた場合、オウラン王はこの船でトンズラするつもりだった。その為の資金であった。
「2億はどうだ? 君個人なら十分だろう?」
「4億でどうです? これからの傭兵団運営にはこれくらいは……」
「多すぎる、2億5千!」
「3億」
「いいだろう……」オウラン王は満足げに笑い、ラスティーの握手に答えた。
そんな彼らをキャメロンは不満げに眺めた。
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