56.西大陸統一作戦! マーナミーナの王 前篇

 ラスティー一行はパレリアの港の宿場で一休みしていた。

 ラスティーはエレンの淹れた薬膳茶をゆっくり飲み下した後、作戦決行時間になるまで眠った。相当疲れていたのか、気絶した様にぱたりと床に倒れてしまう。

「なんか、数時間どころじゃ起きないんじゃない?」腕を組みながらキャメロンが不安げに口にする。

「私の快眠魔法で寝覚めよく起きられる筈です。それでも起きなきゃ蹴飛ばせば大丈夫です」冗談交じりに口にしながら持ってきていた呪術の本を開くエレン。

「蹴飛ばす時は声かけてね」キャメロンはそう言うと、ソファーを独り占めする様に寝転がり、鼻歌を口遊む。

「ソファーぐらい譲りましょうよ……」ウォルターは呆れながらラスティーの頭にクッションを敷き、タオルケットをかける。

 やがて夕刻になり、作戦の時間が来る。あと1時間後、この港をマーナミーナの大型帆船が通り過ぎ、そこで追跡しているディメンズの船に乗り込む予定であった。

「起きないねぇ~ よぉ~し」と、キャメロンはにひひと笑いラスティーの横腹を蹴ろうと身構え、それをウォルターが止める。

「やめてください! あれはエレンさんの冗談です!」

「でも、遅刻したら策どころじゃないでしょ!」

 そんな2人を尻目にエレンはラスティーの額をツンと小突いた。魔力が彼の額に入り込み、夢の世界から強制的に引き摺り戻す。

 すると、彼はゆっくりと目を開け、背筋を伸ばして大きく唸った。

「時間か?」ラスティーはすぐさま煙草を咥える。

「えぇ。少し早いですけど」支度を済ませたエレンは、彼をヒールウォーターで包み込み、一瞬で水分を飛ばす。

「……煙草が湿気っちまった」萎れた煙草を吐き捨て、口をへの字に曲げる。

「ソレより覚醒効果は高いはずです」


 

 その後、彼らは小舟に乗り、沖まで向かった。辺りは闇で包まれ、真っ黒な海が穏やかに揺れる。

「簡単に乗り込めるの?」キャメロンは星空を眺めながら問う。

「背後にピッタリとついたディメンズさんの船に乗り込むんだ。大丈夫、全て準備は出来ているんだ」

 彼の言う通り、しばらくして巨大な船が通り過ぎる。豪華客船の様なそれは、小舟などに注意は払わず、蹴散らす様に波を荒立てさせながら進行していた。

 ラスティーは風魔法で小舟のバランスを取り、エレン達は身体をロープで縛り、海に落ちない様にしがみ付いた。

 小さな嵐の様な荒波と飛沫が収まると同時に、静かに小舟がやって来る。

「ラスティー! 準備は出来ているな?」スピードを緩めず進むその船は、予定通りディメンズの船だった。

 ラスティー達は鉤縄で船と船を繋ぎ、皆が乗り込むのを確認して縄を切る。

「ここまでは予定通りだ」ラスティーは船内に入り、吸おうにも吸えなかった煙草をやっと咥え、火を点けた。

「その様子だと、大臣は話に乗ったんだな?」ディメンズが問うと、彼は煙で応えた。「上々か」

 ラスティーはそこから何も話さず、ボロボロになった服を脱ぎ捨て、着替えに袖を通す。その服はマフィア時代に身に付けていたスーツだった。

「その姿になるのは、久しぶりですね」エレンは懐かしむ様に口にする。

「恰好から入るのが大事だからな。皆、悪いが乗り込むのは俺一人でやらせてくれ」

「そんな! 無茶な!」ディメンズの船に同乗しているレイが声を上げる。彼は一緒に乗り込む気満々だった。

「大丈夫。先に乗り込んでいるジーンさんが下準備を済ませてあるからな。それに、大勢で囲むより、一対一の方がやり易い場合がある」

「そう言うなら……」

 しかし、その話を聞かずについて来ようとする者がいた。


「あたしは行くよ」


 キャメロンが当然と言いたげな表情で口にする。

「今回は遠慮してくれないか?」

「いやだね~ あんたの活躍をこの目で見たいの。それに、意見も必要でしょ?」

 すると、黙って話を聞いていたキーラが声を荒げた。

「ちょっとあんた! 人の話を聞きなさいよ! 言われた通り、ここに残りなさい!」

「あら、キーラ隊長。顔色が悪いわね~ 船酔い? あたしゃね、未来の司令官の活躍を見て、今後付いて行くかどうか決めるつもりなの。あんたは邪魔しないでくれる?」

「傭兵風情が何を生意気な!!」キーラが更に声を荒げる。その怒りに応える様に船が揺れ、彼女の顔色がみるみる青くなる。

「あらあらぁ?」キャメロンが憎たらしい表情を向けると、キーラは悔し気に甲板へ向かい、獣の様な唸り声を上げた。

「あ~あ……やっと落ち着いたのに」ディメンズが憐れみを込めた声を出す。

「で? 副指令殿は文句あるの?」

 話を振られたレイは、意外にも済ました態度で口にした。

「……いや、ラスティーがいいなら、それでいいんじゃないか」

「あ~ら、キーラ隊長と同じ意見かと思ったけど?」キャメロンはワザとらしく驚く。

「この戦いで少し、考え方を変えた……」レイは彼女には目もくれず、熟読していた教本に目を落とした。

「だったら、これに着替えてくれ。身なりを整えなきゃ、足元を見られて話にならない。特に、王族を相手にする時はな」と、ラスティーはエレン用に用意していたスーツをキャメロンに手渡した。「てぇことだ。エレンは遠慮してくれ」

「ハナから付いていくつもりはありませんよ?」と、レイが読んでいた教本の内の一冊を手に取る。

「冷たいな……」

「貴方を信じているんです。大臣の時も、私は不要だったでしょう?」

「不要ではないんだが……頼り過ぎてもいかんな……キャメロン、早く着替えてくれ。5分後に乗り込むぞ」

「オーケー。それより一言いいかしら?」キャメロンは上着を脱ぎながら目を尖らせた。

「なんだ?」

「着替えるから、こっちみないで」

「「「ちっ」」」ウォルターを除いた3人がそっぽを向きながら舌打ちを鳴らした。



 5分後、ラスティーとキャメロンは静かに船尾から潜入し、物陰に身を隠した。

 王が乗っているだけあって、警備は厳重であり、ゴツい鎧を着こんだ警備兵が目を光らせ、いつでも侵入者を迎え撃てるように両腕に魔力を帯びていた。

「……で? どうするの?」蚊の鳴くような声でキャメロンが耳元で囁く。

「言っただろ? 準備は出来ているって」と、彼女の瞳に一瞥をくれ、風魔法でどこかへと合図を送る。

 すると突然、警備兵たちが次々と壁にもたれかかり、欠伸の連鎖が起こると同時に皆が皆、居眠りを始める。

 それを見た者が注意をしようとするが、足を一歩動かすと同時に欠伸が起こり、膝が崩れて眠ってしまう。

「一体何が?」キャメロンが首を傾げると、彼女らの背後に影がヌッと現れる。

「風の潜伏型入眠魔法だ」数日前からこの船に潜んでいたジーンがぼそりと口にする。

「流石だ。さて、王様の元へ案内してくれ」ラスティーはネクタイを締め直し、髪を撫でながらジーンの向かう先へと足を運んだ。



 ラスティーはジーンに案内されるまま、王専用の豪華な船室へと向かった。この部屋は特別に船室を何部屋もぶち抜いた様にだだっ広かった。

 王はドアから一番遠いベッドの中で、外の異変にも気付かず、穏やかに眠っていた。

「俺が知っておくべき事は他にあるか?」ディメンズやレイから追加の情報を頭に入れていたが、ジーンは独自に情報を得る手段を持っている為、彼は是非とも聞いておきたかった。

「先ほど入った、いい知らせがあります。マーナミーナ王の取引相手である吸血鬼バズガが消滅しました。これで魔王と『不死の秘術』を材料に取引が出来なくなりました。かなり頭を抱えていましたよ」

「本当か? そりゃやり易いな……一体なぜ、その吸血鬼の親玉が?」

「2人の吸血鬼ハンターと、助っ人の炎使い2名の手により、倒されたとの情報です」

「炎使い? ……その炎使いとは? 誰なんだ??」ヴレイズの名が頭を過り、まさかと思い鼻息を荒くして問う。

「1人は炎の賢者の娘、フレイン・ボルコンだそうです。もう1人は、無名の炎使いです。詳しく調べれば出てくるでしょうが、今はそれしか言えません」ジーンは目の色ひとつ変えずに淡々と口にした。

「そうか……ま、これでこの王様は魔王に助けを求める事は出来なくなった訳だ……へへへ……」ラスティーは急に口元を愉快そうに歪め、悪い笑みを浮かべた。

「うわ……なんか企んでそうね」キャメロンは彼の顔を覗き込み、表情を苦そうにさせた。

「久々だなぁ……マフィア時代以来か? 今日はとことんやらせて貰うぞぉ~」彼はおもちゃを前にした子供の様にワクワクさせながら手を摺り寄せ、寝息を立てる王へと一歩一歩近づいた。

「楽しそうでなにより」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る