55.西大陸統一作戦! パレリアの大臣 後編

 ラスティー達は番兵に案内されるまま城内へ遠慮なく脚を踏み入れた。

 城内は慌ただしくなっており、各部屋に騎士たちが集結し、各々軍議を行っていた。これは大臣が西大陸会議で交渉失敗した時の備えであった。

 騎士たちは皆、大臣の交渉力に期待はしておらず、戦争再開を今か今かと待っていた。

 ラスティー達はそんな彼らを横目で流し見しながら上階へと向かう。

 すると、向かい側の廊下を半裸の男が歩いてやってくる。

 赤ら顔はキスマークで埋め尽くされ、パンツと高価なマントのみという、妙な格好だった。酔っているのか、足元はふらついており、ラスティー達に気が付くと目を座らせた。

 ラスティーとエレンは膝を付き、首を垂れた。ウォルターも彼らに気付き、同じように跪いたが、キャメロンは変態を見る目を辞めずに半笑いのまま突っ立っていた。

「おい、キャメロン」ラスティーは諭すように小声を出したが、彼女は腕を組んで胸を張っていた。

 流石に半裸の男も唸りながら彼らに近づく、ゴミを見る様な目で睨みつけた。

「何者だ? お前ら……」半裸の男はマントを翻し、腰に手を当てた。

 ラスティーが答えようと口を開いたが、男は話を聞く気が無いのか、舌打ちだけを残してそのまま彼らの横を通って大部屋へと入って行った。

「……あいつがこの国の王様ぁ?」キャメロンは呆れた様にため息を吐いた。

「知っているならせめて、跪いてくれよ……トラブルは御免なんだ」ラスティーは冷や汗一滴をゆっくり拭い、重たい息を吐いた。

 通常、王を前にしたらそれ以下の身分の者は、例え他国の客人であっても礼を取らねば、手打ちにされても文句は言えなかった。

「育ちが悪ぅて悪ぅございましたねぇ~」キャメロンはワザとらしくお辞儀し、憎たらしい笑顔を向けた。

「それにしても、この国の王は、一体……」ウォルターが首を傾げる。

 この国の先代王は威厳があり、国民から慕われる良き王であった。

 しかし、彼の息子である今の王は、王と成る覚悟や準備が出来ぬまま王冠を継いでしまったのである。

 最初は公務を真面目にこなしてはいたが、周囲の期待やプレッシャーに押し潰されてしまい、今の様に遊び呆ける王と成ってしまったのである。

「余計な事は口にするな。どこで誰が聞いているかわからないからな」ラスティーは少々口当たりキツめに口にした。



 大臣の執務室をノックし、返事と共に入室する。

 そこには大臣がソファーに深々と座り、その隣にエミリーが立っていた。彼はイラつくように人差し指をトントンと動かしていた。

「ジェイソン・ランペリアス3世……半年ほど前に牢から逃げ出したな……」怪しい者を見る様な目で睨み付ける。

「今はラスティーと名乗っております」

「話は聞こう。しかし、お仲間は外で待っていて頂きたいのだが」

「彼らの同席も許して頂きたい……」ラスティーは大臣の正面に座り、余裕の表情を向ける。

「…………いいだろう」大臣は渋々と答えた。彼はエミリーから、ラスティーは『この国の救い手』になるかもしれない男であると言われていた。ブリザルドを倒し、ガムガン砦を死守し、バルカニア・ボルコニア軍を撤退させたとまで説明されていた。故に、プライドの高い大臣でも、多少の我儘は聞いた。

「で、話とは? この国の窮地を救ってくれると聞いたが?」

「いえ、この国だけでなく、この西大陸の窮地を救いに参ったのです」ラスティーは早速、前のめりになり、プランを話し始めた。

 彼はこれから、西大陸会議に大臣と共に同席し、会議に参加すると口にした。話は主に大臣に任せるが、ほぼラスティーの言った通りに意見や要求を出して貰う、というものだった。

「冗談ではないぞ……それでは、私はお前の人形ではないか!」

「因みに、貴方のプランはどうなのです?」ラスティーはソファーの背もたれに寄りかかり、脚を組んだ。

 大臣はボルコ・バルカ、特にバルカニアとの停戦条件をなるべく聞き入れ、それを己の手腕で自国に不利益な条件を減らす、と口にした。

「それでも、またすぐに戦争は起きるでしょう」ラスティーは見透かす様に言った。

 十中八九、ガムガン砦やその他の地方が取られるのは明白であった。それを大臣が許しても、他の貴族、騎士連中が黙っている筈が無く、結局はまた同じことを繰り返すのは目に見えていた。

 つまり、大臣のやり方では、結局問題を先延ばしにするだけなのである。

「貴方は、策失敗の後の後片付けのやり方を、解っていないですね」大臣の事を見透かした様にラスティーは言い放った。

「なんだと?」

 すると、ラスティーは大臣の今迄の所業を口にし始めた。

 ブリザルドの策に乗っかり、言われるがまま、戦争中のバルカ・ボルコの背をパレリア軍に突かせた。

 これにより、2国は一時的に同盟を組み、パレリア軍を潰しに来た。

 しかし、これはブリザルドの計算の内であった。

 頭に血が上った2国はまず、パレリアを攻め、取られたガムガン砦を取り戻そうと躍起になる。

 実は、このガムガン砦はブリザルドの計算上では、とあるラインであった。

 それは、2国が自国へ安全に退く事のできるセーフティーラインであった。もし、この砦を超えてパレリアを攻めれば、2国の本土が手薄となり、背後を危うくするのであった。

 マーナミーナもグレイスタンも、この2国を攻める理由はない筈だったが、このラインを超えるのを見計らって攻めれば、一気に制圧することが可能であった。

例え強豪である大国であっても、不意を突かれれば脆く崩れるのは明白であった。

 ブリザルドがいた頃は、こういった作戦であったが、彼がいない今は、マーナミーナのみが背後を突く事になる。

 これでは一気に攻めるのは不可能であったが、その為のナイトメアゴーレムであった。

 この大型ゴーレムは、実際はこれの為に運び込まれた秘密兵器であった。

「そのマーナミーナも今は動けない。更に、策を引き継いだゴラオンもこちらが確保した。つまり、もうパレリアは孤立した滅びを待つ哀れな国って事だ」

 ラスティーの言う台詞は残酷にも事実であった。

 ブリザルドの策が成功すれば、ボルコニア・バルカニアは滅び、パレリアは無事残るはずだった。その後、魔王が西大陸攻略に乗り出し、その時はパレリアはいい条件で属国として迎え入れられる、という手筈であった。

「その策を潰したのが貴様だろう!!」我慢できず、大臣が怒鳴る。ラスティー達の活躍が無ければ、パレリアは安泰と言えた。


「ブリザルドが、そしてゴラオンがそんな約束を守ると本気で思っているのか?」


 同時にラスティーは鞄から書類を取り出し、大臣の前に提出した。

「これは?」

「これは、ブリザルドとゴラオンの間を行き来していた計画の書かれた手紙の写しだ」ブリザルド側の手紙は全て処分されていたが、ゴラオンは何故か律儀に取ってあり、それを回収して纏めたものだった。

 その中には、パレリアはおろか、マーナミーナとグレイスタンまで取り潰し、ブリザルドを始めとした魔王の配下達に領地を切り分ける、というモノだった。

「なんだと……」汗だくになり、目を泳がせる大臣。

「計画が上手く行こうと行くまいと……この国は終わる」

「……ぐっ」

「俺の策に乗れば……」


「どうなるんだ!? この国はどうなる!!」


 大臣は目を血走らせ、前のめりになって唾を飛ばす。

「西大陸統一の立役者になれる。ガムガン砦は諦めて貰う事になるが……それ以上は切り取らせないと約束しよう。不平等な条件は飲まずに済む」

 ラスティーのこの言葉にキャメロンがピクリと反応する。

 ガムガン砦はキャメロン達が命がけで守った砦である。そう簡単に『諦めて貰う』と言われれば、守った者は黙ってはいられなかった。

 一言、言いたげにキャメロンは殺気を漏らすが、それを押さえるのがウォルターだった。

 彼は彼女にだけ伝わるように殺気と、眼術による視線を送り、全力で『余計な事を言うな』という圧をかけた。

「……っ」キャメロンは小さく舌打ちをし、不機嫌な顔でそっぽを向く。

「一体どんな策がある?」

「まぁ、それは俺の言う通りに、貴方が立ち回って頂ければ問題は……」

「確証が欲しいのだ! お前の話に乗れば、この国が助かるという確証がな!!」大臣は焦りながら声を荒げ、バンと机を叩いて立ち上がる。

「確証か」ラスティーは鞄から今度は手紙束を取り出し、大臣に手渡す。

「今度は何だ?」


「これは、俺達のバックにグレイスタンとマーナミーナが付いている、という証拠だ」


「?!?」大臣は慌てて手紙に目を通した。そこにはグレイスタンの王、シン・ムンバスとのやり取りが書かれていた。

「会議の時、この2カ国にも協力してもらう。3国揃えば強豪2国を丸め込むのも不可能ではないだろ?」

「マーナミーナとの繋がりは?」この手紙束の中には、ラスティーとマーナミーナを繋ぐ物証は無かった。

「それは信じてもらうしかないな。あそことのやり取りは繊細で、手紙は全て燃やしている」これは嘘だった。ラスティーはこの相談を終わらせたら、急いで港へ向かい、通り過ぎるマーナミーナの船に密航しなければならなかった。そこでマーナミーナ王を恐喝し、強引に味方に引き入れるのが策だった。

「なるほど……どちらにしろ、このパレリアには、お前と組むしか選択肢は残されていないようだな……」大臣は下唇を噛み、鼻息を荒くさせながらラスティーの目の奥を睨み付けた。



 その後、ラスティー達は真っ直ぐパレリアの港へと向かった。

「……ガムガン砦を明け渡すの?」キャメロンがここでやっと、先程のみ込んだ言葉をラスティーに投げかけた。

「その為に防衛して貰う必要があったんだ。奪い返された後だと、交渉材料が無くなる。今回の戦争の発端はパレリアが砦を奪った所から始まった訳だからな」

「……ガムガン砦は、元々はパレリアの物だったって聞いたけど?」彼女は宴の時、騎士たちの自慢話や昔の戦争の事を嫌と言う程、耳にした。

「あぁ……だが、今は我慢して貰わにゃあ……」

「無理だと思うなぁ……特に騎士団長のおっさんとか、喧嘩っ早いし……」

「確かに……そこの所の考慮も必要か……意見をありがとう」ラスティーは馬上で煙草を咥える。それに応える様にキャメロンが着火させる。

「さ、ラスティーさん。港に着いたら……」エレンは一息吐き、彼の疲れ目を覗き込んだ。

「マーナミーナ王の大型帆船への、密航だな」ラスティーは上空に向かって灰色のため息を吐いた。

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