52.西大陸統一作戦! 始動編

 マーナミーナの港の混乱から一夜明ける。ナイトメアゴーレムの暴れた後は痛々しく残っていたが、逞しい船乗りたちや現地の大工たちの様子から、すぐに復興すると皆が思った。港町まではあまり被害が出ておらず、ラスティー達の迅速な行動のお陰でけが人も少なかった。

 そのお陰で、市民たちの中で騒ぎ立てる者はあまりいなかった。

 そんな港町の近くに、ラスティー達は即席キャンプを建て、昨晩の疲れを癒していた。そんな彼らの世話になった港町の住人たちが心ばかりの物資を提供しにやって来ていた。

「いい人たちだ」レイは港町の代表と挨拶を終え、物資を笑顔で受け取り終えた。あまり多くは無かったが、それでも彼らにとってはありがたいものであった。

「さて、これからの事だが……」ラスティーは食後の一服を満足げに吹かしながら、昨晩手に入れた書類を捲る。

 これからの彼らは多忙を極める事になる。

 まず、これからラスティーはパレリアへ戻り、雷の賢者エミリーを通して大臣と謁見し、話し合いをする予定であった。

 今回の戦争のそもそもの始まりはグレイスタンの元王代理、ブリザルド・ミッドテールによる陰謀であったが、表から見ればパレリアの卑劣な奇襲にあった。

 実際はその奇襲もブリザルドや、マーナミーナの軍師ゴラオンの仕業であるが、誰に弁明しても今回のパレリアの行動は許されるものではなかった。

「……しかし、ジェ……ラスティーが大臣と話しても、今回の件はどうしようも……」レイは頭を掻きながら漏らしたが、ラスティーはにこやかに口を開いた。

「おいおい、俺たちの手には切り札がいるじゃないか? な? あいつは逃がしてないんだろ?」と、キーラに問いかける。ローズを逃がす不手際を犯したのは彼女の部下だった。

「大丈夫。あいつだけは、両足を潰してでも逃がさないわ」

「頼むぞ。で、レイ達はディメンズさんと共にマーナミーナに残り、王を見張っていてくれ。妙な真似をしようものなら、ゴラオンの名前を使って文を出し、動きを止めてくれ」

「なぁ、ラスティー……俺たちにもわかる様に説明してくれ。なんだか頭がこんがらがってきた……パレリアに行って大臣と会談し、同時にマーナミーナの王を見張って……って……重要なのはボルコニア・バルカニアの2大国じゃないか? この国をどうにかしなきゃ、この大陸は再び戦争に……」

「大丈夫だ。その大国らも、丸め込む手筈は整っている。俺たちの味方は、結構多いんだぜ? 心配するな、レイ」と、ラスティーは席を立ち、コルミに一緒に来るように言い、テントを後にする。

 すると、彼の背後に疾風団の頭領であるジーンが音もなく現れる。

「どうだった?」煙草の煙の揺れだけで彼の気配を感じ取り、首も向けずに口を開く。

「王は魔王と通じるだけでなく、地元の吸血鬼とも何かしらの契約をしている様子です。なんでも、吸血鬼バズガという者が『真の不老不死』の研究が最終段階だとか……これを手土産に魔王と同盟を結び、なるべく優位な条約を結ぼうと企んでいる様子です」

「そうか……ゴラオンを切り札にするには少し弱いか……? その吸血鬼の計画……疾風団の力で潰せないか?」

「我らは間者故……吸血鬼と戦う術は残念ながら……しかし、地元の吸血鬼ハンターが長年戦い続けています。その者達に今は任せるしか……」

「そうか……引き続き、頼むぜ」

「御意」と、ジーンは無音で跳躍し、どこかへと姿を消した。

 今のやり取りを目の当たりにしたコルミは、目をパチクリさせながら唾をゴクリと飲み込んだ。

「い、今の……誰です? 影の使いとか?」

「ま、そんな所だ。さ、コルミさん。オスカーさんのいるガムガン砦へ向かうぞ! 道中、ゴーレムとの戦いを聞かせてくれよ~」



 仮設キャンプ内の簡易収容所(ただのゴザ)の上で縛られた黒勇隊の面々の前に椅子が置かれ、そこにディメンズがドカリと座る。煙草を咥え、軽やかに火を点け、黒勇隊に向かって吹きかける。

「んで、お前らには吐いて貰いたいことがあるんだが、大人しく聞かせてくれないか?」

「大人しく吐くと思っているの?」隊長のルーヴェルが歯の間から絞り出す。彼女らは皆、魔封じの縄で縛られている為、抵抗は出来なかった。

「ま、そうだわな……っても、折角、あの天下の黒勇隊をふん縛ったんだからよ。もう少し、こう言うやり取りを楽しませてくれよ」ディメンズはニヤニヤ笑いながら彼女らを眺め、満足そうに煙を吐いた。

「……その感じ、もうお目当ての情報は手に入れているみたいね」何かを察したのか、ルーヴェルは鋭い目つきで彼を睨み付けた。

「おぅ鋭いな」と、背後に転がった布袋を彼らの前に転がす。

 中には、マーナミーナの軍師ゴラオンが猿ぐつわを噛まされて入っていた。目を落ち窪ませてやつれており、力なく萎びていた。

「こいつに洗いざらい吐いて貰ったよ。ブリザルドの時の様に邪魔されない様に、気を効かせてお前らを呼んだそうじゃないか。更に、お前らは闇の軍団長ロキシーと、ヴァイリーの命令を受けてここに来たんだよな? ナイトメアゴーレムの戦闘データを採るんだっけ?」ディメンズは彼女の瞳の奥を見つめ、震えを確認する。

「くっ……」

「裏は取れたか」

「このお喋り野郎!! 何でそこまで全部吐いたんだ!!」悔し気に、転がるゴラオンに向かって怒鳴りつける。

「無理もない。オタクらの呪術アイテムを使わせて貰ったのさ」ディメンズは黒いゴム製の輪を取り出す。

 これは『真実の輪』というものだった。これを対象の舌にひっかけると、洗いざらい自白させることが出来た。

「何故それを?」

「それは秘密だ。で、お前らの処遇だが……」ディメンズは煙草を揉み潰し、ゆっくりと立ち上がる。



 トコロ変わってガムガン砦。

 ボルコニア・バルカニアの軍が引いた今でも、この砦は籠城中の臨戦態勢であり、気の抜けない日々か続いていた。


「さぁさぁ! 挑戦料1回50ゼルだよ! 勝てれば賞金5000ゼルだ!! さぁ我こそはという猛者はいざ勝負!!」


 砦の広場では、小規模ながら砦の兵全員が夢中になる催しが行われていた。オスカーが高らかに声を張り上げていた。

 そこでは、ロザリアが椅子に座り、正面には大柄な男が彼女に向かうように座っていた。両者、机に肘をドンと置き、手を力強く握る。

「準備はいいな! では始めい!!」オスカーは両者の手を軽く叩き、試合の鐘を鳴らす。

 ロザリアの腕が一瞬消え、次の瞬間、大男は椅子と共に宙を舞っていた。

「勝者! チャンピオン!!」オスカーは流れる様に彼女の手を高く掲げる。

 彼女は無表情ではあったが、どこか楽し気な雰囲気を滲ませ、次の挑戦者を待つように椅子に腰掛けた。

「よくやるよな~ あのオッサンも、それに付き合うロザリアも」うんざりした様な声を出すライリー。彼は腕相撲会場を遠巻きに眺め、ため息を吐いていた。

「初日に秒殺されたもんな、お前」ダニエルがポツリと口にすると、ライリーは「黙れ」と言わんばかりに彼を睨んだ。

「でも、ロザリアさんは強いですよ。僕も敵いませんでしたもん。あれは岩ですよ、岩!」彼女よりも3回りほど巨体なローレンスが褒める様に言う。

「……で? キャメロンは?」ライリーが辺りを見回すと、彼女がどこにいるのかが次の瞬間判明し、またため息を吐いた。


「さぁ! 今日こそはチャンピオンに勝てるのか? 不屈の挑戦者、キャメロン!!」


 オスカーのアナウンスと同時に、炎の翼を纏わせながら彼女が登場する。右腕に血管を浮き上がらせ、関節の骨を小気味よく鳴らす。

「今日こそは、その椅子を貰う!」瞳に『マジ』の炎を滲ませ、机に肘を置く。

「貴女が相手なら、本気を出さなければな」と、ロザリアは利き腕の籠手を外し、二の腕に力を漲らせ、キャメロンの腕に応える。

 そして、オスカーのゴングと共に腕相撲会場に地響きが轟く。



 会場の裏で、エレンはここ数日で集まった挑戦料を集計してニヤニヤと笑っていた。

「まさか、こんなに集まるなんて思っていませんでしたねぇ~ これだけあれば、何が買えるでしょう?」と、目を爛々と輝かせてうっとりとさせる。

 そんな彼女を尻目に、ウォルターは大金を数えて纏め、小さな金庫に丁重に仕舞っていた。

「本日だけで30000ゼルは固いでしょうね。何しろ、暇を持て余した兵士ばかりですし、挑戦料の安さに何度でも挑戦してしまう。それよりおかしいのはロザリアさんの右腕です。もう5日目だと言うのに、バテる様子がない……むしろ、元気になっている」

「それは、私が毎晩、彼女の右腕を癒して上げているからですよん! まだまだ頑張って貰わないと!」エレンは楽し気に笑いながら、声援響く会場の方へ顔を向ける。

「この感じだと、またキャメロンさんがやり合っているみたいですね。今日こそ勝てるかな?」



 その日の晩。砦内は籠城中であるにも関わらず、賑やかに食事を楽しんでいた。

「今日もご苦労さん!」オスカーはロザリアを労いながらも触れぬように気を使いながら笑いかけた。

「貴方も、喉を大切に」と、自然な笑みを見せるロザリア。

「あぁ~!! 今日も勝てなかった!! なんでよ! 今日はイケるって思ったのに!」エレンの治療を受けて戻ってきたキャメロンが自棄を起こした様に酒をラッパ飲みし、喚く。

「今日もやけ酒する気か? 勘弁しろよ~」ライリーは絡んできた彼女から遠ざかる様に席を移った。「てかさ、俺たち、いつまでここにいるんだろうな。もう戦いは終わった様なものだろ?」

「バルカ・ボルコ軍は自国へ引き返したってだけで、またいつ来るかわからないし、油断は出来ない状況だからな。1週間後、西大陸の王が集まる大規模な会議があるそうだ。そこで、戦争の終結か継続か。和平の交渉やその他諸々を話し合うんだろ。それまで、この感じは続くんじゃないか?」ダニエルはこの先を予想してため息を吐く。

「じゃあ、それまでキャメロンの無謀な戦いは続くってわけか……」

「無謀とはなんだ! 無謀とは!!」ライリーの小言を察知して飛んで来るキャメロン。

「ひぃ!!」

 そんな騒がしい夕食の中、慌てた様にエレンが砦の裏手へと駆けていく。

「どうしたんだ?」ダニエルが首を傾げると、ライリーが風を感じ取ったのか察知する。

「ラスティーさんが戻ってきたみたいだな」

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