51.ラスティーVS黒勇隊

 コルミが四発目の砲撃指示を出し終えた後、ラスティーとレイはナイトメアゴーレムを大きく迂回して、背後にある大型貨物船へと向かった。闇に紛れ、姿勢を低くし、素早く船着き場へと向かう。

 そこには、黒い鎧を身に付けた者が6人ほどおり、目を光らせていた。

「黒勇隊か……」50メートル程、距離を置いて双眼鏡を覗き込むラスティー。一人一人の装備を確認し、彼らが魔法特化の9番隊であると予想する。

「どうしますか?」レイはいつでも行動できるよう、両腕両足に魔力を集中させた。

「できれば裏を回って船尾から侵入したいんだが……」と、手ごろな小舟はないかと周囲を確認し、舌打ちを漏らす。小舟は既に黒勇隊の視線の内に置かれていた。

「レイは確か、水属性だったよな? 腕の方はどうだ?」

「……確かに水属性ですが……ここ数年で少し変わりましてね」レイは得意げに笑い、物陰から物陰へと伝って海岸へと向かう。

黒勇隊の視線から外れた場所でしゃがみ込むと、レイは海に手を置き、魔力を解き放つ。すると、海面がみるみるうちに凍り付き、船まで氷の橋が出来上がる。

「回復魔法は苦手ですが、代わりに氷結系が得意になりました」

「こりゃすげぇや……」



 その頃、コルミは馴れない砲撃指揮に四苦八苦しながらもナイトメアゴーレムの足を少しでも止められるよう、スムーズに砲撃を繰り返していた。

 だが、このナイトメアゴーレムは歩を止めずに進み続け、砲撃部隊の目前まで迫って来ていた。

 もし、このまま踏みつぶされれば、この先の避難場所である港町まで被害が広がる恐れがあった。

「く……どうにかならないですかねぇ……」コルミは弱り果てた様に口元を歪ませ、巨大なゴーレムを見上げる。

 そこへ、地元住民の避難を完了させたキーラたちがやってくる。

「ジェイソンはどこ行ったの?! なんで貴方がここの指揮を?」

「ここを任されまして、ラスティーさんはゴーレム使いを叩くと言ってレイさんと一緒に船へ……」

「そう。だったら、ここを死守するのが私たちの役目ね」キーラは目を輝かせて抜剣し、勇ましくゴーレムを見上げる。

「……剣でどうにかできる相手じゃあなさそうね……」あまりにも巨大な相手に少し狼狽し、冷や汗を顎から垂らす。

 すると、ナイトメアゴーレムはゆっくりと拳を握り、コルミたち砲撃部隊の方へ向けて構える。少し不器用なフォームではあるが、それは巨石の拳に変わりなく脅威であった。

 豪風を巻き上げながら巨拳がコルミたち目掛けて襲い掛かる。

「やばい……!」キーラを含め、皆が死を覚悟する。

 そんな中で、突如コルミが魔獣が如き咆哮を上げ、己の身長よりも巨躯な大剣を握り、大砲を足場にして跳び、拳を迎え撃った。

 彼の大剣は巨拳の勢いを削ぎ、狙いを反らす。そこからコルミは拳から腕、肩へと奔り抜けてゴーレムの腕一本を真っ二つに斬り裂く。

 それと同時にコルミは「撃てぇ!!!」と夜空高く声を上げた。

 砲撃部隊は一瞬呆気に取られていたが、その大声に反応してに大砲を撃ち、不達に割られた拳の間に砲撃を集中させた。

 見事、ナイトメアゴーレムの右腕は粉砕され、巨躯のバランスを崩して片膝をついた。

「す、すごぃ……」キーラは自然と感嘆の声を漏らす。

 ナイトメアゴーレムは一時動きを止めてはいたが、既に右腕の再生は始まっており、あと数十秒で元通りになる所であった。

「く……これでもまだダメか……急ぎ、砲撃準備を!!」コルミが慌てて指示を出す中、キーラが彼の前にずいっと出る。

「コルミ、今度はあいつの両足を斬れる? そこへさっきみたいに砲撃すれば、今度は両足が崩れ、そこから崩壊が始まる筈……倒せずとも、時間は稼げる!」

「よし、それでいきましょう!」コルミは自慢の額縁眼鏡をクイッと上げ、掌に唾を付けて気合を入れた。



「見張りは外のあれだけか?」船内へ潜入し、風で探った後にラスティーが首を傾げる。船室の一室一室をレイと共に調べ、目ぼしい資料がないか探す。

「どうやらこの船は、素性は隠しているが魔王軍の船である事に違いはない様だな」船内地図にある船の名前を確認する。正確にはタモロスという北大陸の国の船であったが、この国はバルバロンの属国であるため、実質魔王軍の船であった。

「やはりマーナミーナは魔王軍と繋がっているのか……」

「まだ片足を突っ込んだ状態ってトコロだな。色々と使えそうな資料は貰っておこう」

「それより、ゴーレムを操る者は本当にここなのか? 気配を感じないのだが……」レイは少々焦り気味で口にする。

「あまり慌てなくても、いいみたいだな」窓から外の様子を見て、嬉しそうに笑うラスティー。

 ナイトメアゴーレムの両足が切断され、同時に爆散し、倒壊する石造りの建物の様に、黒い噴煙を上げて倒れていた。高速再生が売りのナイトメアゴーレムであったが、これはひとたまりもないのか、再生に戸惑っている様子だった。

「俺たちが出る幕もないのか?」

「いや、それでも再生は始まっている。やっぱり術者を倒さなきゃ終わらないな」と、ラスティーは速やかに部屋を調べていく。

 すると、船内に黒勇隊の影が現れ始める。海に氷の橋があるのに気付いた様子であった。

「侵入者は恐らく、お目当ての者だろう。捕まえろ! 決して油断するなよ! 相手はブリザルド・ミッドテールを倒した強者だ!」

 いくら気配を風で殺しているラスティー達でも、黒勇隊相手にいつまでも隠れている事は出来なかった。

「いい考えがある。いくぞ!」ラスティーはロクに説明もせず、レイと共に黒勇隊目掛けて飛びかかった。



「侵入者を捕えました!」黒勇隊のひとりが魔封じの呪いを施した縄で縛り上げたラスティーとレイを奥の船室へと連れて行く。

 彼らは勇ましく飛びかかったものの、黒勇隊の連携の前にあっさりと捕縛されてしまっていた。

「これも作戦の内ですか?」嫌味っぽい口調でレイが漏らす。

「まぁな……で? あんたがゴーレムの主かい?」ラスティーが口を開くと、黒勇隊隊員が彼の後頭部を剣の柄で小突く。「いでっ!!」

「あなたがあの風の賢者を倒した男? 意外と大したことないのね」黒いフードを目深に被った女は、窓の外のナイトメアゴーレムを眺め続けていた。紅い口元を綻ばせ、手元の魔力に集中する。先ほどまで瓦礫の様に崩れていたゴーレムは、すっかり再生を完了させていた。

「あんたが闇の軍団長、ロキシーか?」ラスティーが問うと、黒フードの女は高らかに笑った。

「まさか……あのお方がこんな所まで来るわけがないでしょう? 私は黒勇隊9番隊隊長のルーヴェルよ」

「なんだ、そうだったのか……」ラスティーは少し残念そうにため息を吐いた。「まぁ、そうだよな……もう少し大物を期待したんだが……ま、いいか」

「あら? 捕まった身でありながら、随分余裕じゃない?」

「そりゃそうだろ。俺は風の賢者を倒した男だぜ?」と、ラスティーはするりと縄を抜け、周囲の隊員の不意を突いて首を打ち、組み伏せる。

「……流石、ジェイソンだ」レイも当然の様に縄から抜け、ラスティーと同じ組打ちを仕掛け、あっという間にルーヴェルを孤立させる。

「あら? あららぁ?」一気に形勢が逆転し、目を剥く。

「こんな大きな船だからな。折角だから案内して貰ったんだよ。で、どうする? 俺らに気絶させられるか? それとも、自分からゴーレムを消してくれるか?」

「……くっ……舐めるなぁ!!」ルーヴェルは両手にナイフを構え、ラスティー達から距離を置く。「私は黒勇隊の隊長よ! 簡単に倒せると思わないことね!」

「でも、あんた大地使いだろ? クラス4とはいえ、こんな船の中で戦えるのか? それに、ほら」と、ラスティーは窓の外へと指を向ける。

 ナイトメアゴーレムは先ほどの様な威厳ある動きはどこへやら、デクノボウ以下に成り下がっていた。

「あ! あぁ!」慌てた様に両手に魔力を込めるルーヴェル。クラス4である彼女でも、巨大なゴーレムを維持するには相当の集中力が必要であった。

「なんかこう見てると可愛いな」顎に指を置き、目を細めるレイ。

「うるさい! くそぉ……お前らがここまで出来る連中なんて……」

「……大人しく降参したらどうだ?」

「うぅ……」



 その頃、警備のラスティー達の警備が薄くなったのを見計らって、ローズがこつ然と姿を消していた。

 彼女はまるで予定通りと言わんばかりに、緩やかな足取りで港町を歩いていた。遠目でナイトメアゴーレムの完全崩壊を確認し、ため息交じりに口元を綻ばせる。

「流石、ブリザルドを失脚させただけあるわね……」と、余裕そうに口にしていると、襟首を何者かに引っ張られる。その者はディメンズだった。

「勝手にどこに行くんだ?」

「えぇ? このままラスティー達と同行すべき? アタシぃ?」

「……いや。ただ、俺がお前を不覚にも逃がした、と思われたくないんでな。俺がお前をあえて、逃がしてやる。いいな?」ディメンズは彼女に煙草の箱を差し出す。

 ローズは当然の様に一本引き抜き、咥えて静電気で着火させる。胸の内に溜まる重い何かを吐き出し、夜空を見上げる。

「で? 1番隊に戻るのか? それともゼルヴァルトに会いに行くのか? あいつは出世して、黒勇隊総隊長だっけか?」

「……アタシは……アタシの戦いを続けるつもり……あの人みたいにね」ローズは鼻から煙を吐き、表情を決意で固める。

「その戦いとは?」

「さぁね……ただ、アタシは魔王の言いなりになって働いてるだけの傀儡じゃないってことよ。それだけは覚えておいて」と、片目を雷光で光らせる。

「そうか。ま、達者でな。次会う時は、精々不覚を取らないようにな」と、彼女の背中に言い残し、ディメンズは風の様に姿を消した。

「ふん……次会う時は、あんたに不覚を取らせてやるよ……」ローズは煙草を忌々しそうに揉み消し、港町の雑多の中へと姿を消した。

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