50.ナイトメアゴーレム大暴れ!

 漆黒のゴーレムは倉庫の屋根をぶち破り、重たい身体をのっそりと地響きを上げながら起こす。口と思しき裂け目から黒い塵を噴き上げ、真っ赤な瞳を光らせ、足元にいる豆粒2人を見下ろす。

「や、やべぇな、こりゃ……」ラスティーは冷や汗を掻きながらも、手に入れた書類をファイルに挟んで鞄へ放り込む。

「ゴーレムとは何度かやり合った事はあるが、このデカさは初めてだな……」ディメンズも珍しく狼狽し、歯を剥きだす。

 通常、クラス3の大地使いの作れるゴーレムは、最大でも15メートルほどの大きさだった。大きければ大きいほど、操るのが難しくなる。更に、長時間操るのも不可能であり、個人差もあるが、10メートル級で最長2時間程度であり、最大のゴーレムは30分程度しか動かす事が出来なかった。

 つまり、今回このゴーレムを動かしている者は確実にクラス4の使い手であった。

 しかし、例え熟練のクラス4であっても、この大きさのゴーレムを動かすのは至難の業であった。

「だいたい30メートルくらいか? このデカブツ、どう動くかな?」ラスティーは逃げる準備をしながら、ゴーレムを注意深く観察する。

「……誰が動かしているんだ?」ディメンズは周囲を見回し、灯りの焚かれる建物を見る。

 巨大ゴーレムは巨体に似合わず、早速動きだし、ラスティー達に向けて拳を見舞った。

 瞬時に風魔法を発動させ、跳躍して避ける2人。ついでにディメンズはスナイパーボウガンを構えて1発放つ。豪速の矢はゴーレムの眉間に見事命中するが、ダメージは全く期待できなかった。

「どうだ?」彼が放った矢の意味を知っているラスティーは早速問いかける。

「密度が濃く、よく練り上がっているゴーレムだ。この大きさでここまで作り上げるとは、大した使い手と見える……まさか、ロキシーが出張って来たのか?」

「ロキシーって、闇の軍団長の?! ナイトメアソルジャーを操る、魔王軍の主戦力がここに?!」堪らず仰天するラスティー。

「いや、ありえない筈だ……あいつはまだ北大陸完全制圧の大締めに向かっている。それを放ってここに来るなんて……だがこの力……うぅむ」ディメンズはゴーレムの剛拳から放たれる衝撃波を華麗に避けながら唸り、距離を取る。

「てぇか、こいつの……このゴーレムの主の目的はなんだ?」

「待ち伏せ程度で……大袈裟だよな」

 津波の様な土埃、雨の様に飛び散る瓦礫、そして風の様な衝撃波。ゴーレムは天災のように港で暴れ、ラスティー達を潰そうと再び拳を構える。



 ナイトメアゴーレムが動き出して2分後、ラスティー配下の3部隊が港に到着する。早速、戦闘態勢を取ろうとするも、臨時総大将のレイが震えた声を我慢しながら小声を出す。

「……大部隊や、盗賊団、あらゆる戦いを想定した陣形の訓練はしたが……対大型のゴーレムに対する陣形は……」頭の中で軽くパニックになり、冷や汗を顎から垂らす。

 すると、近くに馬を付けたキーラが彼の肩を叩く。

「この場合、対要塞攻略の陣形でいいんじゃない? 初めてだらけで混乱するけど、絶対正解の行動なんてないんだから。最善をつくしましょう」と、勇ましく抜剣する。

「た、対要塞陣形……いや、」レイは周囲の状況を確認し、最善の行動を導きだそうと頭を捻る。

 港の見張りや、宿で止まっていた者、騒ぎを聞きつけた船乗りたち、地元民を観察する。皆が皆、漆黒のゴーレムを震えた瞳で見上げ、仰天していた。誰も『これを機に作戦を実行しようとする者』はおらず、レイ達を迎撃しようとする者はいなかった。

 むしろ、憲兵と間違えてレイ達に助けを求める者もいる程であった。


「港に備え付けられている迎撃兵器を拝借し、ゴーレムに向けて砲撃! 狙うは脚部! 魔法部隊と連携して浴びせかけろ!」


 レイは全部隊に聞こえる様に轟と大声を出す。

 皆は昂っていたのか、彼に応える様に突風の様な声が響き渡った。



 攻撃は3つに分けられた。

 レイの部隊は港に備え付けられる、海戦用の迎撃兵器である大砲をゴーレムに向け、弾を詰めていた。

 キーラの部隊は瓦礫に呑まれそうになる現地の人々を救援し、安全な場所へと護衛した。

 そして、ラスティーの部隊は、とりあえずコルミが臨時で指揮し、魔法の得意なモノを束ねてレイの部隊と連携していた。

 そこへ、ラスティーとディメンズが現れる。

「ぶ、無事でしたか!」レイは安心した様に表情を緩め、胸を撫で下ろす。

「なんとか撒いてきた。あいつの狙いは俺たちの様だが、上手く狙えてない様子だな。攻撃準備は……万端だな。流石レイだ」と、ラスティーは誇らしげに彼の背を叩く。

「狙いは……脚部か。それが正解だ。デカブツの弱点だからな」大砲の向きを確認し、感心する様に声を出すディメンズ。

「準備完了です!」兵たちが次々と声を上げる。


「よぉし……ってぇっっっ!!」


 レイは利き腕を突き出し、合図を出すと、大砲が火を噴き、魔法部隊の遠距離攻撃がナイトメアゴーレムを襲う。

 無数の砲撃が見事、腰から下に命中する。黒い土煙が爆発した様に上がり、直立したゴーレムのバランスが崩れる。崩壊するような音を立て、悲鳴の様に轟音が響き渡る。

「手応えありだな」ラスティーは双眼鏡でゴーレムの様子を確認し、満足した様に頷いた。

「いや……」ディメンズは次に何が起こるのかを予想し、表情を強張らせた。

 ナイトメアゴーレムの上げた噴煙は足元に吸い込まれる様に納まり、晴れると無傷の脚部が覗いた。

「な!? 効いてないだと?!」仰天するレイ。

「……こりゃぁ……相当の使い手だな」予想通りの事が置き、うんざりする様にため息を吐くディメンズ。

 先ほどの砲撃は確かにダメージを与える事ができた。

 しかし、バランスを崩して転倒する前に、脚部のダメージを速攻で回復、結合し体勢を立て直したのである。

「くそ……」歯を剥き、ゴーレムを睨み付けるラスティー。

「さて、ラスティー。この場合、どうするのが正解か、わかるかな?」ディメンズがまるで教師の様な口ぶりをして指を立てる。


「術者を直接叩く……かな?」


「その通り。では、どうやって追い詰める? どうやって見つけ出す?」ディメンズはその答えを知っているかのように、にんまりと笑う。

 その間に、ゴーレムは大砲のある方へと地響きを立てながら歩を進め始める。海岸沿いに置かれた小舟をつまみ取り、砲弾の様に投げつける。

 それを魔法部隊が防ぎ、レイの合図と共に第二発目を放つ。

 再び脚部に命中し、先程の様に黒い爆炎を上げるが、効いている様子はなく、ただ歩みが鈍くなるだけだった。

「く……このまま撃ち続けても無駄か……」レイは歯を剥きだしながら足を踏み鳴らす。

 そんな中、魔法部隊が騒めき始める。

「なぁ? 大砲の直撃でよく見えなかったんだが……なんか俺たちの攻撃、手応えが無さすぎないか?」

「俺の火炎弾は砲撃並の威力の筈なんだが……なんかそこまでダメージを与えられていないっていか……」

「なんだか、魔法だけ弾かれているみたいだよな……」

 魔法使いたちは自分の手にある不気味な手応えに身震いし、近づいてくるナイトメアゴーレムを見た。

「無駄口を叩くな! 第三発目の用意をしろ!!」レイが号令を発すと、兵たちが装填用意を進める。

 すると、何かを思いついたのかラスティーが大砲の照準を任された砲撃手に近づく。

「なぁ……ゴーレムの背後で停泊している大型貨物船をさりげなく狙ってくれ」

「え? あの船ですか?」

「あぁ……ちょっと試しにな」このラスティーの言葉に、ディメンズは「よしよし」と呟きながら頷いた。

 レイの合図と共に三発目が放たれる。狙い通り、一発だけゴーレムの顔の横を掠める様に飛び、船に向かう。

 すると、ゴーレムは不自然に顔を動かし、砲撃を顔面で受け止める。

「あ……邪魔されちゃったか……」砲撃手がため息を吐くも、ラスティーは予想が当たったように上機嫌に笑っていた。

「なるほど、そこか……」

「気付くのが遅いが、まぁいいだろう。さて、次はどうする?」ディメンズはいつのまにやら煙草を咥え、煙を満足そうに吐いていた。

「……コルミ!」ラスティーはすっかり影の薄くなっていた部隊長代理のコルミに声を掛ける。

「は! なんでしょうか!!」

「ここの砲撃指揮を頼んでいいか?」

「え?! ぼ、僕がですか?!」

「頼んだぞ。で、レイ!!」

「なんですか?!」四発目の用意の掛け声を上げる中で乱暴に返事をするレイ。

「俺と一緒に来てくれ! あの船に潜入するぞ!! ディメンズさんはここでゴーレムがどうなるかよぉく見ていてくれ!」

「おぅ、期待して待ってるぜ」

 ラスティーは首を傾げるレイと共に港を迂回して大型貨物船へと向かった。ゴーレムに対して砲撃は続いたが、悪夢は歩を緩めずに前進を続けていた。



 その頃、船内では……。

「私のナイトメアゴーレムは無敵よ……どんな攻撃にも怯まず、全てのモノを破壊し前進を止めないわ……」彼女は船の窓から戦場と化す船着き場に目をやり、クスクスと楽しそうに笑った。


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