49.悪夢色の土のヒミツ
戦いが終わったのは日の出から1時間後だった。
ヴレイズらは酔っ払いの様にフラフラな足取りで帰路につく。彼らがウォーン村に辿り着いたのは正午だった。
ヴレイズとフレインは助けを求める様に診療所のベッドへダイブし、そのまま深い眠りについてしまう。
ケビンとレイチェルは帰路の途上で傷も体力も回復させ、浴場で身体を洗うだけで満足していた。
「全く、ズボンまで剥ぐかね、普通……」パンツを脱ぎ、戦いの汚れを落とすケビン。彼はバズガの部下の死体から服を頂戴し、ここまで不服そうな態度だった。
「乙女の為なら、パンツも差し出すのが紳士ってもんじゃぁないの?」バスローブに袖を通し、濡れた髪を乾かすレイチェル。
彼女は生まれた頃からずっと吸血鬼と戦い続けてきた。前の代から続いた因縁をやっと断ち切る事ができ、顔から険しさが取れ、自然な笑顔が零れていた。
「じゃあ、俺は紳士じゃなくていいかな……」血みどろの髪を洗い、身体を拭う。彼はバズガにより全身の血を殆ど失ったが、既に回復していた。彼の回復能力はバズガの比ではなく、正真正銘の不死身であった。
「……それより、あの2人は大丈夫なのかしら? 炎の回復魔法がどうとか言っていたけど……」彼女はヴレイズ達の身を案じながらも、機嫌よく鼻歌を歌っていた。
そんな彼女を横目で見て、ケビンは微笑ましそうに頷いていた。
フレインが目覚めたのは夕刻だった。目を擦ろうと右腕を上げると、包帯で固定されており、煩わしそうに唸る。
「起きたか」同じく包帯をところどころに巻いたヴレイズが隣から声を掛ける。
「動き辛い……こんなに重症だったの?」と、首を傾げる。
2人は自覚していないが、瀕死の重傷であり、疲労で殆ど死にかけていたのだった。ヴレイズはクラス3.5の魔力循環のお陰で、フレインは持ち前の体力やド根性でなんとか動く事が出来ていたに過ぎなかった。
フレインに至っては、『睡眠中に炎で回復していた』と言っていたが、その技術は未熟な物であり、殆ど気のせいであった。同じく、ヴレイズの回復魔法も全快には至っていなかった。
その上で激闘を繰り広げ、バズガと死闘し、体力を振り絞ったのである。普通なら1週間は目覚めないほどの疲労であったが、流石は死線を潜り抜けた2人であった。
「俺たちの回復魔法も、まだまだってトコロだな」ヴレイズは自嘲気味に笑い、天井を見上げた。
「あの2人は?」
「もう次の戦いの準備をしているよ。だが、戦いってよりもこの村や近隣の村々の再建の計画をしているって感じか……あと、ボレガーノと会って、残った吸血鬼たちとの協定について話し合うそうだ」ヴレイズはそれだけ話し、フレインの寝るベッドに腰掛ける。
「そっかぁ~ やっと戦いが終わって、平和な日常がやってくるんだね……」
「で、俺たちはどうしようか?」
「決まってるじゃない!! あたし達はもっと強い奴らと戦いに行くんだよ!! ボレガーノよりも強く、バズガよりも強力な奴らとね! 早く回復して、次に進もう!」フレインは彼の背中を強く叩き、今にも飛び出しそうな勢いでガッツポーズを作る。
「そうだな」ヴレイズは微笑みながら頷き、腰を上げて隣の部屋へと向かった。
そこにはケビンが待っていた。ヴレイズは彼の正面に座る。
「もう旅立つのか?」ケビンは腕を組みながら、寂しそうに口にした。
「あぁ……少し早い気もするけど、フレインは傷が癒えたら、村を出るつもりだ」
「そうか……お前はどうしたいんだ?」
「俺は……彼女を1人で旅をさせるわけにはいかないし……それに俺の目的も、今よりも強くなって、仲間を守れるようになりたいからな」ヴレイズは傷だらけの拳を強く握り、目を瞑った。
「そっか……残念だな。お前と一緒なら、早くこの地域を安定させられると思ったんだが……そして、それが終わったら、俺もお前らと共に旅をしたい、と思ってな」
「なに?」
意外そうにヴレイズが声を上げ、目を丸くした。
「俺も、アリシアさんにまだ借りを返せてないし、魔王を倒さなきゃ、本当の平和がやってこない気がしてな……」バズガの背後にいた黒勇隊やレッドアイの変異を脳裏に思い出す。
「そりゃぁ心強いな。なら、合流するのは俺たちではなく、ラスティー達の方にしてくれ。きっと、ケビンみたいな強者を求めている筈だ。俺の名前を出せば、安心して受け入れてくれる筈だぜ」
「そうしよう。改めてよろしくな、ヴレイズ」ケビンは笑顔で拳を突き出し、ヴレイズはそれに力強く応えた。
時を巻き戻って1週間ほど前。マーナミーナの港。
真夜中の港には、案山子程度にしか機能していない見張りが欠伸混じりに突っ立っていた。
そんな所に、ラスティーとディメンズが息を潜めながら潜入していた。変装はしておらず、見張りの視線や耳に気を配りながら闇に紛れて、倉庫へと向かう。
「で、その黒い土の事だが……」魔王軍がマーナミーナに送った物資だった。
黒い土。ラスティーはこれの正体については知らず、過去の情報にも何も引っかからなかった。
「カモフラージュで、土の中に何かを隠しているのかもな。それに、黒いブツには心当たりがある」ディメンズは倉庫のカギを片手で簡単に開け、中へ音もなく入る。
それに続きながらラスティーは黙って彼の言葉に耳を傾けた。
「『ナイトメアソルジャー』と呼ばれる、闇の軍団長ロキシー率いる兵士だ。この軍団と相対したものは……まさに『皆殺し』になると呼ばれている。その証拠に、このナイトメアソルジャーに関する情報は、俺やワルベルトでも掴めていない……ただわかっているのは、こいつらに俺の仲間が何人も殺されているって事だけだ」
ディメンズは、旧友を思い出す様に目を瞑り、鼻で重たい溜息を吐いた。
「ナイトメアソルジャー……か」ラスティーはディメンズよりも先行して奥へ向かい、黒い土の正体を確かめるべくモノに近づく。
倉庫の中は不気味なほど漆黒の土で埋め尽くされていた。
「……感じたことの無い負の魔力を感じるな……」ディメンズは黒土に手をかざし、顔を顰めた。
「呪術が練り込まれているのか?」ラスティーも近くのスコップで土を掬い取り、近くで見つめる。粒のひとつをピンセットで摘まみ取り、匂いを嗅ぎ、風魔法で探る。
「……魔力が込められている事は確かだが……それ以外は、ただの土だな」
「これをどうする気なんだ?」ディメンズは嫌な予感を感じ取りながら、呆れた様に周囲の黒土を眺めた。
マーナミーナ港の魔王軍製大型貨物船内で、ひとりの女性が何かを感じ取る。その女性は黒いドレスを身に付け、マントとフードを身に纏い、顔を陰で隠していた。
「私の土に触る部外者がいるわね……早速、ネズミが掛かったか……」と、両腕に魔力を練り上げる。「悪い子はここでお仕舞よ。悪いわね~」
すると、彼女のいる部屋にヴァイリーが現れる。
「私は私の仕事を片付けに行くが、その前に言っておきたいことがある」眼鏡を光らせながら、手に持った書類を彼女の前に出す。
「なんですか?」
「ナイトメアゴーレムのデータをここに記してくれ。後のデストロイゴーレム計画や私の実験に使わせて貰いたくてね」
「図々しいわね。ご自分でどうぞ」
「私も忙しい身でね。とある吸血鬼のサンプル回収や、新薬の実験などね。できれば自分でやりたいのだが……」
「はいはい、わかりました! さっさと黒勇隊を連れて行ってきてください!」
「頼みましたよ……」
倉庫の物品を漁っていると、突如、黒い土が波打ち始める。
「なんだ?」書類束を片手にラスティーが狼狽する。彼が手に取っていたのは、過去にこの倉庫に運び込まれた物資の積み込み記録だった。
「身構えろ……それから、外で待機している連中に伝えろ……何か来るぞ!!」ディメンズは黒土から離れ、背負っている大型スナイプボウガンを構える。
黒土が見る見るうちに縦に伸び、徐々に人型に形作られていく。先ほどまではタダの土塊だったが、今では天井をぶち破る程の巨人になりつつあった。
「こいつぁ……まさか……」冷や汗を掻きながらラスティーが目を泳がせる。
「ゴーレムか?!」
外で待機しているレイ達は、少々欠伸混じりにラスティー達の合図を待っていた。ラスティーの軍は、レイの軍、キーラとコルミの軍、そしてラスティー自身の軍とそれぞれ3つに分けられていた。軍と呼ぶにはあまりにも小規模ではあったが、マーナミーナとバルカニアを手玉に取った立派な軍隊であった。
「……ねぇ、もしかしてロキシーが来ているの?」レイが指揮する集団に拘束されたローズが、同じく拘束されたマーナミーナ軍師のゴラオンに問いかける。
彼は猿ぐつわをされており、頷くぐらいしかできなかった。
「ねぇ~ ゴラオンちゃん……どうなの? もしかして黒土の正体ってさ……」
「こら! うるさいぞ! 静かにしていろ!!」兵のひとりが怒鳴り、踵を鳴らす。
ローズは頬を膨らませて港の倉庫側へ目を向け、フンと鼻息を鳴らした。
そんな彼らを見て、ゴラオンは何やら楽しそうにほくそ笑んでいた。
しばらくして、3つの軍がラスティーからの戦闘準備命令を受け取り、準備を始めた。何に対して準備をすればいいのかはわかっていなかったが、倉庫で何かが起こっているとだけ聞き取り、皆が滑らかに蹄と軍靴を鳴らし始める。
すると、倉庫を中心に轟音が鳴り響く。
「な! 何が起きた!!」双眼鏡片手にレイが大声を上げる。
彼の視線の向こう側では、漆黒のゴーレムが高らかに咆哮を上げていた。
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