48.炎と吸血鬼の最終決戦 その6

「お前を追い詰めるのは苦労したぞ……」呪杯をカタカタと言わせながらバズガが擦れた声を出す。ケビンの首から噴き出る血を一滴も零さない様に杯へと注ぎ、目を輝かせる。

「な……に……ぃ?」抵抗しようと、ケビンは大剣を掴むも力が入らず、膝から崩れ落ちる。流石に不死身の彼でも、全身の血を殆ど抜かれれば、いつもの力も入らなかった。大剣を取り落とし、普段の笑みが青白く染まる。

「お前を釣り出すため、散々策を弄した……一番効いたのがやはり、このレイチェルだな……こいつを得た時だ……この策を完成する為、散々考えたんだぞ? 結果……私の思い通り運んだ……ちょいと焦がされたが、ヤツの詰めが甘かったお陰で、全ては思い通りだ」と、呪杯に一杯、血を満たした。

「く……あ……」ケビンはその杯を撥ね飛ばそうと、精一杯腕を振るったが、虚しく避けられる。

「お前には言っていなかったが……太陽克服の条件は、実はかなり厳しいモノだった。お前という不老不死の血を手に入れるだけ、ではないのだ。体外から抜き取って新鮮なうちにこの杯に注がなくてはならないのだ……お前を目の前に悠長に注ぐことは出来ないからなぁ……」バズガは勝ち誇ったように杯を掲げ、ニヤリと笑う。

「く、そぉ……レイチェル……」薄れる意識の中で彼女を見る。レイチェルは未だ回復途中であり、そのショックで意識が混濁していた。眼前で何が起こっているのか理解できていない様な、はたまた気絶しているような状態であった。

「役に立たない女だな。全く、最後まで私の味方だったな。では……」

 バズガはケビン達から距離を置き、まるで高級な美酒でも呑むかのように、盃の血を一気に飲み干した。

 その瞬間、彼は呪杯を取り落とし、血走った瞳をでんぐり返した。喉を掻き毟り、全身から蒸気を噴き上げる。黒く焦げた皮膚は剥がれ落ち、生まれたての様な肌が露出する。バズガの咆哮は少しずつ笑い声に変わり、洞窟中に響き渡った。

「ちとヤベェな……」ケビンは弱ったように呟き、瞼を閉じた。



「なに? 今の笑い声……」傷の具合を診ていたフレインが耳障りな声を聞き、表情を歪める。

「あの野郎! 洞窟の中へ? まさか!!」周囲を探り、警戒していたヴレイズは洞窟へと目を向け、拳を握った。

 この時、すでに日が昇っており、東の空から日光が降り注いでいた。その為、ボレガーノは遠くの日陰へ避難し、己の傷の回復を大地魔法で促していた。

 笑い声が大きく響き渡り、やがて洞窟の中から笑い声の主が両腕を広げながらやってくる。その者は日光を全身で受け、目をカッと開いた。


「これが太陽か……気持ちの良いものだな……」


 完全に復活したバズガは勝ち誇った笑みを蓄えながらヴレイズとフレインを見た。

「ま、まさか……」声を震わせるフレイン。

「儀式が完了したってのかよ? ……てぇことは、もう弱点は無いわけだ……」ヴレイズは再びクラス3.5を発動させ、バズガを睨み返した。

「そう言う事だ……今の私は、弱点の無い不死身であり、そして……」と、彼もクラス3.5を発動させる。先ほどよりも大きく魔力を帯び、魔力循環の速度を上げる。「パワー全開でいくぞ! あっという間に終わらせてやろう!!」

 そんな彼を前にして、ヴレイズの隣にフレインが立ち、気焔を上げる。

「傷はいいのか? フレイン」

「何のために寝たと思っているの? 炎牙龍拳の秘技に、睡眠と炎で傷を癒すって技があるんだよ。だから」と、軽くジャンプし、目を鋭くさせる。


「2人でやっちゃお、このタコをさ」


 この言葉を聞き、バズガは吹いて大笑いし、両手の爪を鋭くさせる。

「誰に口を訊いている……私は吸血鬼王だぞ?」


「「そうかい!!」」


 2人は息を揃えて跳び、バズガに向けて拳と蹴りを見舞う。

 豪炎を纏った重い一撃は全てバズガに防がれ、躱され、一振れも許されなかった。彼は傷ひとつ負わず、欠伸をしながら2人の攻撃を払いのけ、2人の手を掴んで振り回し、投げ飛ばした。

「ぐっあ!」

「ちっ!」2人は怯まずに着地し、瞬時に戦闘態勢をとる。

「全て見える……そして、身体がついていく。しかも、まだまだ早く動けるぞ! 力が溢れそうだ!!」と、一瞬でフレインの間合いに入り込み、瞬時に膝蹴りを腹にめり込ませる。

「がはっ!!」目を剥き、吐血するフレイン。まだ完治していない腹の傷から血が滴り、力なく膝が折れる。

 バズガは余裕で彼女の胸倉を掴んで無理やり立たせ、滴る血を指で掬い取っ手舐める。

「熱い血だな……吸い尽くしてやろうか?」

「誰が!!」と、彼女は全身から炎を噴きあがらせ、バズガを焼き尽くす勢いで浴びせる。

 だが、彼は火傷ひとつ負わないまま彼女を投げ飛ばし、その向こう側へ瞬時に移動して背中に蹴りを入れる。

「ぐはっ!!」やられ放題のフレイン。瞬く間の出来事に、ヴレイズはバズガの動きについていけず、フレインを庇う事が出来なかった。

「くそっ!!」彼女が飛ばされる方へ先回りしようと追い掛けるヴレイズ。しかし、それよりも早くバズガが奔り、フレインを蹴り、殴って投げ飛ばし、また先回りして殴りつける。

「ははは! いいものだな、絶対的力と言うものは!」と、彼女の首を掴んで持ち上げる。

「調子に乗るなぁぁぁ!!」流石に煮立ったヴレイズがようやく彼の腕を掴み、赤熱拳を腹に突き刺す。

 しかし、赤熱拳はあっという間に鎮火し、傷口が瞬時に回復する。

「なに?!」

「吸血鬼と、クラス3.5のシナジーパワーだ……今の私は、もうお前の敵う相手ではない、という事だな」バズガは己の力に酔った表情でヴレイズを蹴飛ばし、フレインを地面に叩き伏せる。

「お前はデザートだ。まず、奴から喰ってやるか」



 それから、バズガは時間をかけてヴレイズをいたぶった。何度も引っ張り起こしては殴り、蹴り、叩き伏せ、踏みつけてはまた引っ張り起こす。

 仕舞には指を反対方向へ曲げ折り、彼の悲鳴を心地よい表情で聞いた。

「怖いか? え? ヴレイズよ……怖がれ怖がれ……その方が血は旨味を増すのだよ」

「ぐ……ガハッ……は、ははは……」ヴレイズは血塗れながらもバズガの表情を伺い、笑顔を見せた。

「何が可笑しい?」

「お、お前……絶対的な力を得た、とか言っていたが……なんにも変わらないんだな……ただ虫を甚振るだけガキだな。強くもなんともない、ただの小物だ!」ヴレイズはケラケラ笑いながら血の咳混じりに言い切った。

 すると、誘われる様にフレインも大地に伏せながら背を揺らし、笑い声を漏らした。

「貴様らが出来るのは精々、その程度だ……存分に笑っているがいい」と、ヴレイズをフレインのいる方へ投げ捨てた。

「ぐっ……た、立てるか?」ヴレイズはひん曲がった右脚の激痛を無視して立ち上がり、大きく深呼吸をした。

「立ちたくなくても、立たなきゃね……」へし折れた肋骨の痛みに悶えながらフレインも重そうに立ち上がる。

「まだやる気か? なら、最後は一方的に嬲ってやろう」と、右腕を掲げ、指をコキコキと鳴らす。

 すると、2人は全身の水分を操られ、拘束された。以前のバズガは2人を拘束する程の力は無かったはずだった。

「く……こ、の、野、郎……」

「最後まで嬲る気なの? 男らしくないヤツ……」

「何とでも言え……さて、まずはヴレイズからだ」バズガがゆっくりと一歩踏み出す。



「好き勝手やりやがって……楽しそうだね」


 洞窟からひとりの女性の声が響く。その者は肩に、パンツ一枚になったケビンを担ぎ、もう片方にはキャノンハンマーを背負っていた。

「ズボンまで剥ぎ取らないでよ……」か細い声でケビンが呟く。

「乙女にコート一枚で戦えってェの? パンツを残してやっただけありがたいと思いなさいよ」と、レイチェルはケビンを地面に置き、彼から奪ったブーツの踵を鳴らし、キャノンハンマーのスイッチを入れる。

「今更、貴様が出てきても前座にもならないぞ? まぁいい……しかし、今回の立役者はまさに、君だな。君のお陰でケビンを追い詰め、私はこの力をp」彼が言い終わる前に、キャノンハンマーがバズガの頭蓋を首まで叩き潰していた。


「これが! 今迄の!! 礼だ!!! くたばれ!!!!」


 レイチェルはおもちゃの木槌を振る様にキャノンハンマーを何度も振り下ろし、バズガが肉塊になるまで振る。

 バズガはヴレイズとフレインの拘束に魔力を使っていた為、シナジーパワーを発揮できなかった。

 変わってレイチェルは2か月前、吸血鬼に転化して以来、血を吸っていなかった。その為、今迄彼女は本来の力を出す事が出来ず、殆ど半分以下の実力で戦ってきていた。本日初めて、本来の力を出す事が出来たのであった。

 更に、バズガはレイチェルを完全に侮っていた為、その隙を突かれて彼は文字通り、叩き潰されたのだった。

 それでも、バズガは死ぬ事は無く、潰れ損なった下半身が距離をとり、瞬時に回復する。

「g、mskkkまdやるtわ」言葉にならないセリフを吐きながら頭まで回復させ、忌々しそうにレイチェルを睨む。

「何だって? 聞こえないよ?」レイチェルはキャノンハンマーに付着した返り血を払い、ゆっくりと歩を進めた。

「まさか、ここまでやるとはな! だが、ここまでだ!!」と、今度はレイチェルを水の拘束魔法で固める。

 すると、今度は彼女の背後からヴレイズとフレインが飛ぶ。

「これで詰みだな! バズガ!!」吠えるヴレイズ。

「終わりだよ! この化け物ぉ!!」全身の炎を拳に纏めるフレイン。

「ぬぐ! く、ちょ、ちょっと待て……!」体内の魔力コントロールが上手くいかず、焦るバズガ。焦り過ぎて更に、レイチェルの拘束を解いてしまう。

「ぬ、あ、あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ヴレイズの赤熱拳とフレインの炎牙龍拳の火炎砲がバズガを襲う。ヴレイズの火炎攻撃はバズガの上半身を消し炭に成る程に焼潰し、フレインの火炎がダメ押しに下半身を削り取る。そしてトドメに、鼓動する露出した心臓をレイチェルの一撃が叩き潰す。更にキャノンハンマーのスイッチを入れ、下半身ごと叩き潰す。

 2人の炎がバズガの肉塊が消えてなくなるまで燃え燻り、黒い煙を上げる。

「もう、復活しないよね……?」へとへとになったフレインが腰を落とす。

「プロの目から見てどうだ?」ヴレイズがレイチェルに問う。

「頭も心臓も跡形もないからね……これで終わりよ」彼女は片膝をつき、涙を一筋流して一言「そう、終わったよ」と小さく呟いた。

「……あぁあ……いいとこ全部食われちゃった……」パンツ一枚で転がるケビンがべそを掻く代わりにポツリと口にする。

「色男なら、美味しい所は譲ってやりなよ」ヴレイズが励ます様に彼に肩を貸す。

「じゃあ、色男よ。お前のズボン、貸してくんないか?」

「やだね」

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