47.炎と吸血鬼の最終決戦 その5

「ほぉ……まだ戦えるのか」バズガは崩れた余裕を取り直し、髪を掻き上げた。

 彼には、眼前の2人を相手取っても余裕で倒して退ける自信があった。ケビンは水分操作技で完封でき、ヴレイズは先ほどの実力を目の当たりにして、負ける気がしなかった。

「ヴレイズ、あいつと戦ってみてどうだった? 随分ボロボロだが?」ケビンは彼と肩を並べ、首の骨を小気味よく鳴らした。

「お前となら、余裕で勝てるな」傷口から白い蒸気を上げ、瞳の炎を赤々と燃やす。

「余裕? 聞き捨てならんなぁ……まぁ、やってみるがいいさ!!」

 バズガは早速、指を鳴らすと同時にケビンの身体の水分を操って停止させる。

「うぉ!」奔りだした瞬間で止められ、目だけが動く。必死で動こうともがくが、震える事も出来ずそのまま固められてしまう。

「これで先ほどとかわらz」と、言う間にヴレイズの拳が腹部に深々と突き刺さった。


「がっ!!!」


 彼はどんな傷でも即回復が出来たが、痛みを感じないわけではなかった。地獄に落ちる様な悶痛が爆ぜ、膝から崩れ落ちそうになり、脂汗を垂らす。

「先ほどがどうしたって?」先刻の恨みと言わんばかりに、前のめりになったバズガの顔面を蹴り上げ、勢いで宙に浮いた瞬間に更に赤熱拳を見舞う。

「ぐぉう!?」先ほどと調子が違うのか、バズガの動きは僅かに鈍く、ヴレイズの動きについていけていなかった。

「お、動けるぞ!」バズガの術が解け、手首と足首を回すケビン。

「くっ……何故だ」口血を拭い、頭を振る。

 すると、ヴレイズは得意げに指を差し、不敵に笑った。

「お前、水分操作術……いや、多分他の水魔法を使いながらだと、クラス3.5と吸血鬼シナジーパワーを維持できない様子だな!」

「ぬっ……グ……いいだろう! なら、操作術を使わず、2人同時に相手をしてやろう!」バズガは両腕を広げて構え、牙を剥いた。

「そりゃありがたい」と、ケビンはいつの間にかバズガの間合いへと入り込み、大剣を疾風の様に振るう。途端にバズガは3つに別れ、地面に散らばった。

「ぐぬぅあ!!」バラバラになったバズガは急いで水の回復魔法を発動させ、身体を元に戻す。回復途中でヴレイズが暴れ込み、数十発の拳を見舞った。

「ぐびゃはが!!」やられ放題のバズガは堪らず、間合いを大きく離し、腕を前に突き出した。

「待て! 待て待て!!」すっかりボロボロになったバズガは息を切らせ、余裕の笑みもどこへやら吹き飛んでいた。

「やっぱりな……」ヴレイズが呆れた様にため息を吐き、哀れに弱ったバズガを睨み付けた。

「なんだ? ……なんなんだ!!」煮立ったバズガは怒りに皺を寄せ、叫んだ。

「おまえなぁ……」ケビンも納得した様に頷き口を開いたが、ここはヴレイズにセリフを譲った。


「お前、自分より強い奴と戦った事、ないだろ?」


「なに?」

「ブリザルドと戦った時もそうだった……自分より上手の使い手と戦った事がないと、こうなる。いや、お前はブリザルドより酷いぞ。普段から圧勝ばかりしていたから、いざって時にこうなるんだ」ヴレイズはゆっくりと歩を進め、バズガの間合いへと余裕で入り込んだ。

「貴様……」バズガは身構えるも、まだ呼吸を整えきれていなかった。

「だが、ケビンと2人でお前を寄ってたかってボコるのは、こっちとしても気分が悪いな……早く呼吸を整えな。お前がクラス3.5を発動させると同時に、1対1で勝負してやる」ヴレイズは深く息を吐き、バズガを見据えた。

 バズガは悔し気に牙を剥きだして低く唸っていたが、内心ほくそ笑んでいた。1対1なら、圧勝できる自信があった。落ち着いて呼吸を整え、水魔法の循環を再開させる。更に、腕に魔力を集中させ、準備が整ったと同時にヴレイズの頭蓋に拳を叩き込む用意をする。

「くく、く……舐めやがって!」目をカッと開き、最速のフォームで脚を踏み込み、ヴレイズ目掛けて飛びかかった。魔力を全身に漲らせた今の彼は、全てにおいてヴレイズよりも上だった。「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 襲い来る殺気の漲った拳。

ヴレイズはフッと息を吐き紙一重でそれを躱し、一気に魔力を漲らせた赤熱拳を再びバズガの腹部へと炸裂させた。

「ごぶぁ!!?」何故、自分の拳が当たらなかったのか理解できぬまま、腹を灼熱で焼かれるバズガ。

「まだまだぁ!!」ヴレイズは更に腕に火炎を纏わせ、バズガの腹を焼き食い破った。そして、そのまま赤熱拳を相手の体内を焼き尽くし、そのまま顎まで打ち上げる。

「ぐばgggggggggggぉ!!!」上半身を焼き砕かれ、顎を潰されたバズガはそのまま上空へ吹き飛び、力なく舞った。同時にヴレイズが指を鳴らすと、天を舞っていたバズガの体内で燻っていた残り火と彼自身の魔力が轟音と共に爆裂する。

「ふぅ……」ヴレイズが一息吐くと同時に、無様に消し炭となり果て、焼き崩れて地面に叩き付けられる。そのままバズガはピクリとも動かなくなった。

「やった、な……もうすぐ夜明けだ。放っておけば塵と化すだろう」ケビンは誇らしげに腕を組んだ。

「そうか……ふぃ~」ヴレイズは安心した様に尻餅を付き、緊張の糸を緩めて息を深く吐いた。

 すると、思い出した蚊の様に辺りにフレインのイビキが響き渡った。ケビンは呆れた様に彼女の傍らで片膝をつき、頬を突いた。彼女は不機嫌そうに唸り、そっぽを向いて再びイビキを掻いた。

「なんで寝てんだよ……」

「戦い疲れたんだと……」ヴレイズも呆れ顔で笑みを作り、首を振った。



 その後、ケビンはバズガのアジトである洞窟へ足を踏み入れ、レイチェルを探した。

 一方、ヴレイズはまず、寝たままのフレインを治療する。彼女はお構いなしにイビキを掻き続け、鬱陶しそうに唸った。

「なぁんで起きないんだよ……」治療を終え、今度は自分の傷を捲る。彼は炎の回復魔法である程度は治っていたが、骨折などの重傷は完治していなかったため、市販のヒールウォータで淹れた薬膳茶を飲み下す。

 一息つき、周囲を見回す。バズガの焼死体の近くで、ボレガーノが跪いていた。

 彼は両腕と下半身がすっ飛んでいたが、大地魔法で欠損した手足を補っていた。

「……無念であろう、バズガ様」目を瞑り、ブツブツと何かを唱える。

「何をする気だ?」目を鋭くさせながら彼の間合いに入り込むヴレイズ。

「……弔っているだけだ。私にとって、主人であった。例え、情けない男であってもな」と、立ち上がる。

「確かに、吸血鬼のボスを名乗るには情けない男だったな……あんたの方がずっと立派だ」

「……私はここでバズガ様と共に日の出を待ち、塵となっても構わない……敗者は勝者の指示に従うだけだ。私は、どうすればいい?」

「そうだねぇ~」いつのまにやら起きていたフレインがヴレイズの肩越しに頭をにゅっと出す。

「うわっ! 起きたのか?!」

「んじゃあさ、ここら辺にはまだ吸血鬼がいるんでしょ? バズガに変わってあんたが束ねてよ。あんたなら、無闇に人を襲わない様に調教できるでしょ?」

「それを望むなら、そうしよう」ボレガーノはフッと笑い、フレインの目を見て頷いた。

「それがいいな。万事めでたし、か。あとは、レイチェルが無事ならいいが……大丈夫なんだろうな?」

「悪戯に痛めつける様なことはしていない。少なくとも私は……ん?」ボレガーノが何かに気付いたように足元を見た。バズガの焼死体が消えていた。

「な?! あ、あいつ! まだ生きていたのか?!!」



「レイチェル? レイチェル!」暗闇の中で目を紅くさせ、奥へ奥へと脚を進めるケビン。彼は良く知る彼女の気配を探り、洞窟内をくまなく探す。気になる書類を目にし、手に取ろうと腕を伸ばすが、まずレイチェルが先決だと首を振り、再び声を出す。

 しばらくすると、闇の中で転がり小さく呼吸を繰り返す者を聞き、そちらへ頭を向けて駆け寄る。

 レイチェルが一糸纏わず血の海で転がっていた。身体はズタズタに裂かれ、肉や骨、臓器が覗いていた。更に頭部も丁寧に割られており、脳液が滴っていた。

「……なんて酷い事を……?」ケビンは悔しさに歯を剥いたが、同時に疑問が頭を過った。

 バズガが何故こんな真似をしたのか。彼女の傷は拷問によるものと言うより、外科手術を施されたかのような傷だった。バズガ達がレイチェルにこの様な真似をしても意味は無かった。

 こんな重傷を負ってもレイチェルは死なず、白目を剥いて小さく呼吸をしていた。身体が万全なら、傷は塞がるはずだった。だが長い期間、血を吸わず、更に出血多量であるため、治る傷も治らなかった。

「まずいな……このままじゃ……」

 彼の脳裏に不安が過る。

 このままでは、レイチェルは急性ブラッドジャンキーになり、見境なく生物を襲う獣化してしまう。吸血鬼は己の吸血意欲はある程度押さえる事が出来たが、こんな状況になると、それも困難だった。

「……よし」ケビンは何かを決意したのか、己の左手首をナイフで切り裂き、彼女の口元に持っていった。「飲んでくれ……でなきゃ、己を見失うぞ……」

「……ぐっ」彼女は躊躇うように顔を背けたが、我慢できずに彼の手首にむしゃぶりついた。彼の血を一滴残さず吸い尽くす勢いで啜る。

 すると、みるみるうちに彼女の傷が塞がり、肌に艶が戻る。

「ちょ、ちょ! 飲み過ぎ……こ、今度は俺がヤバい……」顔を青くさせ、力なく項垂れるケビン。レイチェルが手首から口を離すと、彼は優しく自分のコートを彼女の肩にかけた。

「……あんたの血に、また助けられたね」レイチェルは悔しそうに零し、口の付いた血を拭った。

「はは……そりゃよかった……なぁ、元気になったなら肩貸してくれるか? 頭がクラクラする……」安心した様に笑うケビン。

 すると、何者かが素早く彼の懐に潜り込み、ケビンの首に爪を突き刺し、掻っ捌く。残った彼の血が力なく噴き出る。

「なに?!!」目を剥き、驚くケビン。

 眼前には、まだ回復仕切っていない、黒焦げのバズガがほくそ笑んでいた。

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