46.炎と吸血鬼の最終決戦 その4

 夜明け前の最も暗い時間帯。拳の届く距離で睨み合うヴレイズとバズガ。2人は共にクラス3.5の使い手であった。

 ヴレイズは普段通りに全身に魔力を巡らせ、熱を吹き上がらせ、空間を歪ませる。

 バズガも同じく、肉体に魔力を高速で奔らせる。彼はヴレイズよりも幾らか余裕があり、例えヴレイズがいつ火炎攻撃を繰り出そうとも屁とも思わないような勝ち誇った表情をしていた。

「余裕だな……」ヴレイズは目を鋭くさせ、憎きバズガを睨みながら拳を引いた。

「それはそうだな」バズガは腕を組み、殴ってみろと言わんばかりに胸を聳やかし、瞳を光らせた。

 バズガの余裕には根拠があった。

 彼は戦士としては2流であり、格闘センスはボレガーノ以下である。

 しかし、吸血鬼の身体能力に対してのクラス3.5の戦闘能力向上の相乗効果は凄まじいモノがあった。この力は圧倒的であり、彼は今迄この力を振るって吸血鬼ハンター達との戦いに勝ってきていた。

 例え、自分と同じクラス3.5の使い手が現れたとしても、その者が吸血鬼でもない限り、負ける事などあり得ないと自負している。

「どうした? さっさと……」バズガが言いかけると、ヴレイズの背後から大きなイビキが宵闇に木霊した。「……?」

 そのイビキの正体は、激闘に疲れ切ったフレインのモノだった。彼女は消耗しきっており、全身の怪我による激痛を無視して深い眠りについていた。それ程までに、彼女はヴレイズを信用していた。

「緊張感の無いヤツ……」呆れた様にため息を吐くヴレイズ。

「ふん、ではまずは彼女を消すとしようか……」バズガが足を一歩踏み出す。

 それと同時に、ヴレイズは赤熱拳をバズガの眼前に見舞った。



 脳天を大剣で貫かれたドラゴンモドキのレッドアイ。彼は紅瞳から血を流し、舌をダランと垂らして痙攣を繰り返していた。

 ここから彼はどう考えても起き上る様には見えず、このまま臨終を待つばかりであった。

 そんな彼の眼前に、大きな鞄型ケースを持ったヴァイリーがゆっくりと歩み寄る。まるで予想通りの結果を見る様に楽し気に笑みを浮かべながら、眼鏡に月明かりを照らす。

「君は巨躯を操り、天空を舞い、そして火を噴いた。まさに龍。ドラゴンコンプレックスを抱いたまま、ここまで出来たのは君くらいのモノだろう? まぁ、私の力があってこそだが……」と、彼が指を鳴らす。すると、暗がりから黒勇隊の隊員たちが現れ、レッドアイの身体を10人がかりで持ち上げ、いつの間にか用意されていた大型馬車に積み込む。荷台は頑丈な鉄で覆われており、外からでは何を運んでいるのかわからなかった。

「レッドアイ……君は、ドラゴンに成れるぞ!!」



 その頃、ケビンはヴレイズ達が戦う場所まで駆け戻っていた。下り坂の斜面では大剣に乗っかって滑り降り、その勢いで加速しながら向かう。

「この速さなら、加勢には間に合うだろう!? 待ってろよ~」

 すると、そんな彼を追撃する様に周囲からバズガ配下の吸血鬼たちが奔り寄ってくる。

 実は、この戦いにおいて、彼らは第2波であり、実際はバズガたちが戦っている間に彼らが加勢に入り、一気にヴレイズらを揉み潰すのがバズガの狡猾な策であった。

 そんな彼らは、血に飢え、出番を今か今かと待ち望んでいたのである。

 そこへ、標的であるケビンが颯爽と現れたので、堪らず策を忘れて飛びかかったのであった。

「ひゃっは~!! 獲物だ獲物だぁ!!!」

「ケビン!! お前の血があれば俺らは無敵だぁ!!」

「死ね死ね死ねぇ!!!」

 思い思いの安っぽいセリフを吐き散らし、半獣と化した吸血鬼たちは四つん這いで駆けてケビンを取り囲み、舌なめずりをする。

「ブラッドジャンキーの連中か……お前らに吸血鬼を自称して貰いたくないねぇ……」と、サーフボード代わりにしていた大剣を手に取り、跳び上がる。同時に無数の牙と爪、そして唾が彼に襲い掛かる。

「お前らには気品がねぇ!! 出直して来い!!」ケビンは大剣を横に一周させ、ピタリと止まった正面の吸血鬼を踏み台にして更に跳び上がる。周りにいた吸血鬼たちは生臭い血を撒き散らしながら真っ二つに割れ、そのまま大地に散らばる。

 残った吸血鬼たちはケビンの着地を狙って構え、目をギラつかせていた。その目に、踏み台にされた吸血鬼の死骸が降り注ぎ、目潰しになる。

「場繋ぎにもなりゃしないな……」着地と同時に大剣を横一線させ、また真っ二つにする。

 結果、ケビンに襲い掛かった吸血鬼たちは半分になり果て、その半数は地面に這いつくばりながら罵詈雑言を撒き散らしていた。

「放っておいても、日の出がトドメになるなこりゃ……」と、呆れた様に頭を掻く。

 すると、半分になってなお生きている吸血鬼たちが、共食いを始める。ブラッドジャンキーの者は、血の臭いを嗅ぐと過度に興奮し、例え同族であっても抑えが効かずに襲い掛かるのである。しかも、傷を負うとなおさら渇望に拍車がかかるのであった。

「見苦しいから、トドメを刺しておくか……通行人や動物に襲い掛かるかもしれないし、な」ケビンは大剣を小枝の様に振るい、ため息交じりにゆっくりと踵を返した。



「ふむ、迅い」バズガはヴレイズの動く速さよりも、より早く動きながらニヤリと笑った。

「くっ……」悔し気に歯を剥きだし、距離を取るヴレイズ。先ほどから彼は赤熱拳や牽制の蹴り、火炎弾を数十発も繰り出していたが、バズガには一発も当たらなかった。

 それ程までに、バズガの持つ相乗効果は凄まじかった。吸血鬼とクラス3.5の動体視力や身体能力はヴレイズのそれを大きく上回っていた。

 更に、吸血鬼の肉体は人間のよりも頑丈且つ、回復力が大きく上回っていた。クラス3.5は身体に大きな負担を与えたが、吸血鬼の身体にはそれ程大きな影響を与えなかった。

 故に、バズガはほぼクラス4の使い手と変わらない実力者とも呼べた。

「お前と私にはそれ程までの差があるのだ……」勝ち誇った笑みを更に崩して魅せる。

「くそ……当たれば……」

「当たれば、どうなのかな? 勝てると? では、やってみたまえ」バズガは脚を踏みしめ、『殴ってみろ』と言わんばかりに顔を突き出す。

 ヴレイズは罠だと疑ったが、煮立った腕が反射的に動き、渾身の赤熱拳をバズガの顔面に見舞う。

 彼のにやけ面は、その一発で砕け散ったが、散った肉片が一瞬で頭に集中して、瞬きをする間にバズガの頭が再生する。

「な……」驚愕するヴレイズ。吸血鬼は頭か心臓を砕けば殺せる筈だった。

「吸血鬼の再生能力に、水の回復魔法、そしてクラス3.5の魔力循環を利用すれば、こんな芸当もできる。そして、太陽などの弱点を克服できれば、私は無敵になれるのだ……そして、私の策はいよいよ大詰めだな!」

 バズガは声を出して笑い始めながら、ヴレイズに攻撃を始める。

 ヴレイズの攻撃や防御を上回り、先回りをする様な、そして異常な速さで拳を振るい、あっという間に彼を血達磨に変える。

「がはっ!!」堪らず大地に転がり、吐血をする。呼吸を整える時間を作る為、炎の壁を作るが、バズガはお構いなしに炎を潜り、ヴレイズの腹を蹴り上げた。

「がばぁ!!」肋骨が一気に3本折れ、更に追撃を喰らってフレインの隣に転がる。

 彼女は未だにイビキを掻いて眠っていた。

「呑気なものだな、炎の娘は……まずは、お前からトドメだ」と、魔力を込めた水爪で彼女に襲い掛かる。

 そんな殺意の籠った彼の前にヴレイズは立ちはだかった。

 待っていたと言わんばかりにバズガは彼の身体を八つ裂きにする勢いで切り裂き、トドメに首筋に噛みつく。

「あがっ! ぐ……が……」だが、バズガは堪らずヴレイズの首から口を離し、蹴り飛ばした。

「ぐぉ! 熱い!! そうだった、魔力循環中だったな……私の呪いは今頃消し炭かな? だが、もう虫の息じゃないか……」と、ヴレイズの血を吐き捨て、倒れた彼を見下ろす。

「ぐ……あ……」全身の骨に皹が入り、上半身はズタズタに引き裂かれていた。もう彼に戦う力は無く、もうトドメを待つだけの状態であった。

「もう出る幕もないだろうが、まぁいい餌だ……」と、バズガが指笛を吹く。

 これを合図にバズガ配下の吸血鬼の第2波が来る筈であった。

 しかし、やってきたのは大剣を担いだケビンであった。

「なに?」

「パーティーに間に合ったかな? 無事か?」余裕の笑みをボロボロの2人に向ける。

「いいタイミングだな……」彼の到着を待っていたのか、ヴレイズはスクッと立ち上がり、指の骨を鳴らす。

「なに?」バズガの余裕が僅かながら崩れる。

「炎の回復魔法を勉強しておいてよかったぜ。完治とまではいかないが……ケビンとなら、お前をやっちまえる自信はあるぜ」と、やる気の漲った表情で瞳に炎を灯した。

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