45.炎と吸血鬼の最終決戦 その3

「ふむ……どうやらお前は、私が思うよりも強い戦士の様だな」ボレガーノは意外なモノを見る様な目で血達磨の彼女を眺め、指の骨を鳴らす。彼は先ほどよりも魔力を増し、両腕の血管を浮き上がらせる。

「やっとやる気になったか……っちぃ……」既に半死半生のフレインは、両足に力を入れ、炎牙龍拳の型を構え直す。この構えは乱れた呼吸を整え、魔力の廻りを万全にし、いつでも火の玉の様に飛び出せるようになる、攻撃の型だった。

「フレイン……」ヴレイズの目からは、彼女はとても戦えるコンディションではなく、自分が代わりたくて仕方なかった。

 だが、彼女から溢れ出る殺気にはヴレイズに対するモノが混じっており、その殺気は『絶対に邪魔をするな』と言っていた。

「良い覚悟だ。なら、こちらも失礼の無いように応えよう」ボレガーノは両腕を大地に突き刺し、重たく引き抜く。彼の腕には尖った石に土、それを纏うように砂利が大量に付いていた。それが形を変え、まるでフレイルの様に形作られる。

「うわぁ……痛そぉ……」喉を鳴らし、拳を握り直すフレイン。

「さぁ……行くぞ!!」巨獣の様に脚を踏み鳴らし、大地を揺らす。彼女の体勢を崩し、両腕を嵐の様に振るう。付着している砂利が弾丸の様に飛び荒れ、彼女に襲い掛かる。

「うあぁぁぁ!!!」フレインは飛来する砂利や小石を焼き払い、丸太の様な彼の腕を潜り抜け、ボレガーノの正中線に炎の連打を見舞う。全てが鋭く突き刺さり、肉を焦がす。

「ぐぬぅ!!」怯みながら傷を押さえながらも、反撃の一撃を見舞う。それは虚しく空を裂いた。

 フレインはその隙を突き、次の一撃の用意をしたが、彼女の今の体力ではそれが出来ず、距離を取って呼吸を整えた。

「くっ……攻めきれないなぁ……」

「流石は炎の賢者の娘……だが、一撃は軽いな」燻る傷はすでに回復を始めており、彼自身はもう反撃態勢が出来ていた。

「本当に……高い壁だなぁ……回復なんて反則だよぉ……」

「一思いに、トドメを刺してやろう……」と、ボレガーノはフレイルの様な両腕を突き出し、彼女に向ける。棘が全て彼女の方を向き、高速で震えはじめる。

「ヤバそう……」フレインは慌てずに彼の準備動作に注目し、いつでも回避できるように両足に炎を纏う。

 その様子を見て、ボレガーノはフッと笑い目を見開いた。

 すると、フレインの足元が跳ね上がり、背後に大壁が出来上がる。更に、彼女の逃げ場を奪うように左右に壁が生え、激しく揺れる。

 彼女はこの面制圧攻撃を持ちこたえる事が出来ず、片膝をついた。

 そして、ボレガーノの腕の震えが止まり、両腕のフレイルが彼女目掛けて回転しながら飛び出す。背面左右、逃げ場のないフレインは、その攻撃をただ喰らう事しかできなかった。

「ぐあぁっ!!!!」果実の潰れる音、生木が削られる様な音が響き、血飛沫が吹き上がる。壁が砕け、フレイルの棘が辺り一面に飛び散る。

「よく戦ったな、炎の娘よ……」



 その頃、ケビンは大蜥蜴と化したレッドアイの噛みつきを大剣で防いでいた。口から火炎が零れ出て、烈風の様に襲い掛かる。

「結構やるなぁ~ ドラゴンを名乗るだけはあるな」感心する様に口笛を吹き、炎から逃れる様にバク転する。

 レッドアイの身体は、変身したての時は大きめの鎧熊程度の大きさだったが、現在はどういう訳か、バースマウンテンのキングゴゴンギャ程の大きさになっていた。

「どういう仕組みで大きくなっているんだか……いやんなるねぇ~」未だに余裕の笑みを浮かべるケビンは、大剣を派手に振り乱す。

 レッドアイは更にエキサイトし、炎の翼を大きく生やして激しく羽ばたく。草木を焦がす熱風が吹き荒れ、彼に襲い掛かる。

「ったく……日焼けはしたくないんだよ!」青髪を軽く焦がしながら走りだし、高く跳び上がる。曲って焦げた大木を駆け上り、レッドアイの頭上をとる。

 レッドアイは大口を開いて火炎を吐き散らした。

 その襲い来る火炎をケビンは切り刻みながら進み、レッドアイの大きな頭に大剣を突き立てる。レッドアイは大きな悲鳴を上げ、ケビンを振り払おうと暴れ狂った。

「致命傷の割には元気だな! なら、これでどうだ!!」と、大剣を捻り、深々と突き入れる。

 レッドアイは白目を剥き、ついには地面に頭から突っ込み、土埃を巻き上げながら動かなくなる。

「ふぅ……200年くらいは生きてきたが、ドラゴンを殺す事になるとは……いや、モドキか。トカゲモドキ。だったら、何回かあるな」大剣を引き抜き、血を散らして背に収める。

「さ、戻るか。早くしなきゃ、良い所を連中に喰われちまう」



「ぐっ……どっこいしょっと……」崩れた壁からフレインがヌッと現れる。彼女は見た目ほど元気であり、余裕の笑みを零すくらいの余裕があった。

「なんだと?」意外そうな表情を向けるボレガーノ。すると次の瞬間、彼の両肘が火炎に包まれ、爆散する。「ぬぐぁ!! なにぃ?!」

「な?! ボレガーノ?!」

「一体何が?」観戦していたバズガとヴレイズは驚いたように目を剥き、首を傾げた。

 フレインは、バズガ戦の時に見せた『巨龍崩火』の火花をボレガーノの両腕に仕込み、着火させたのだった。

「あの小娘……」気に入らないのか、バズガは瞳に魔力を蓄えて彼女を睨む。

 なんと、彼女はボレガーノの棘拳の方ではなく、自分を囲む壁の方を破壊して彼の技を防いだのだった。ギリギリ肩の肉を抉られたが、大したダメージにはならなかった。

「上手くいったね……」勝ち誇る様に微笑み、拳を引いて構える。

「ぐっ……侮ったか……」両腕を失ったボレガーノは両足を大地にめり込ませて腰を深く落とす。焼潰れた肘に大地を付け、即席の巨石拳を作り上げる。己の腕程自由には動かなかったが、パンチを打つ事はできた。

「流石……」相手が呼吸を整え、構えを取る前に彼女は駆けはじめた。

「ぬっ!?」虚を突かれて狼狽しながら岩拳を振り上げるボレガーノ。

「んぬ!!」すると、フレインは何かに神経を掴まれた様に動きを止めた。

 それを愉快そうな瞳でバズガがニタニタと笑っていた。彼の水魔法なら、弱ったフレインの動きを封じるのは容易かった。

「あの野郎……!!」それにいち早く気付き、堪らず奔りだすヴレイズ。


「余計な真似は無用です、バズガ様!!」


 突如、噴火した様に怒鳴るボレガーノ。彼は構えを解き、バズガの方へ向き直って怒り満ちた顔で睨んでいた。

「何故だ? その娘を殺し、残ったヤツを2人で殺そう。そしてケビンを迎え撃ち、晴れて我々は……」

「我が決闘を汚すのは、例えバズガ様でも許さん!!」ボレガーノは今までにないほどの鬼の様な形相を作り、殺気をバズガの方へと向けていた。

「……ちっ」バズガの瞳から魔力か消えるのと同時に、フレインの拘束が解ける。

「……礼は言わないよ」

「無用だ。さ、続きだ!」2人は合図でもしたかのように同時に飛びのき、再び構えの姿勢を取った。

フレインは『巨龍崩火』の火花を右腕に集中させ、ヴレイズの様な赤熱拳を作る。

「次で終わらせる……」

「こちらもだ……小細工はナシで行くぞ!!!」ボレガーノも楽しそうに笑い、地響きを鳴らしながら走り始めた。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」フレインも彼の懐に潜り込む様に駆け始める。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉあ!!!」ボレガーノは両巨石拳を振り上げ、彼女を叩き潰そうと振り下ろした。

 フレインはそれを見切り、叩きつけられた岩拳の上に乗り、彼の顔面を狙う。

「そう来ることは……わかっていた!」肘から岩拳を切り離して彼女の攻撃タイミングをずらし、大口を開けて彼女に噛みつこうと牙を光らせる。

「ぬがぁ!!!」

 彼女はそれを見切り、彼の無防備な顎に膝蹴りを見舞う。脳が揺れ、無防備になったボレガーノの鳩尾に火炎拳を突き入れる。巨龍崩火の拳が彼の体内で炸裂し、内部から火を噴いて吹き飛ぶ。

「あたしも、わかってたよ……小細工はナシとか言ってたくせに……」フレインは返り血を拭い、腰を抜かす様に尻餅を付いた。彼女の体力はここで枯渇し、ため息と共に鎮火する。

「ぐ……あ……まさか、不覚を取るとは……流石、炎の賢者の娘……」

「その、炎の賢者の娘って言うの、やめてくんない?! あたしはあたしなんだからさ!!」フレインは大きくため息を吐き、上半身と片腕だけになったボレガーノを見つめた。


「父さんや故郷のみんなは、あたし相手に本気で戦ってくれなかった……あたしが賢者の娘だからって、遠慮したり気を使ったり……ヴレイズもそうだよね? 多分、本気同士で激突したのは、これが初めてかも……どう? あんたは本気だった?」


「さっきも言った筈だ。そして、久々の本気だった……楽しかったぞ、フレイン」ボレガーノは満足そうに笑う。「さぁ、トドメをさせ……」

「あたしはもう満足したから、もういいや……それに、あんたはバズガほど悪いヤツじゃなさそうだし……」

「ふん……!」



「ボレガーノ……愚かな男だ」戦いを見ていたバズガは呆れた様に声を漏らし、組んでいた腕を解く。

「悔いはない……戦士としての悔いは……」

「満足か? 馬鹿め。貴様に永遠の命を与えたのが間違いだったか……いや、今迄ご苦労と言うべきか?」バズガは腕に力を込め、彼にトドメを刺そうと跳び上がる。

 すると、そんな彼の眼前にヴレイズが火炎と共に飛んで来る。

「俺の出番って事でいいんだよな? フレイン!」

「これ以上あたしに戦えって? 後は頼んだよ、ヴレイズ!!」フレインは天を見上げる様に横たわり、ゆっくりと目を瞑った。

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