44.炎と吸血鬼の最終決戦 その2

「で? レイチェルは無事なんだろうな?」燻る大地を一歩一歩踏みしめながらケビンが問う。彼はいつになく本気の眼差しでバズガを睨み付ける、

「お前がよくわかっているだろう? お前の血を受けた彼女だ。例え磨り潰されても、大丈夫だ」バズガは蛇の様に口元をぐにゃりと歪め、笑った。

「テメェ……」額に血管を浮き上がらせ、瞳を化け物色に染めるケビン。眉を険しく吊り上がらせ、大剣を片手に構える。

 すると、バズガたちの背後の洞窟から、何者かが唸り声を上げた。空気の歪みと共に火炎が吹き上がり、そこから黒鎧を脱いだレッドアイが現れる。


「俺は……ドラゴンだ!!」


 レッドアイの身体が黒い鱗で包まれ、牙と爪が吸血鬼の様に伸び、目が今までにないほど紅く光る。頭の形が蜥蜴に近い何かへと変わり、全身の筋肉が膨張していく。そして、咆哮と共に炎の翼が大きく広がる。

「な、なんじゃこりゃ……」ヴレイズとフレインは声を揃えて目を真ん丸にした。

「これがヴァイリー殿の呪術兵器か……」ボレガーノは真隣のレッドアイを睨み、鼻でため息を吐いた。

「ケビン……ケビィィィィィィィィィン!!!!!」レッドアイは前屈姿勢で跳び上がり、ケビン目掛けて滑空し、足の詰めを彼の肩にひっかけ、黒い夜空へと飛び立った。

「え? え? えぇ?! 何で俺ぇ?」虚を突かれたケビンはされるがままに上空へと拉致されてしまう。レッドアイは口から火を噴き、更に加速して遥か彼方へ飛んでいってしまう。

「?! ヴァイリーめ、まさか……裏切ったか? まぁいい……どうせ、あのドラゴンモドキではケビンは倒せないだろう。じきヤツは戻ってくる」冷静に分析し、バズガは遠くを飛ぶレッドアイを眺める。

「……う、え……えぇっと……よし!! とりあえず始めるよ!! ボレガーノ、まずはあんたからだ!! バズガはその後!!」フレインは指の骨を鳴らしながら前に出る。



 上空500メートル地点で爪から解放されるケビン。彼は慌てず騒がずレッドアイを分析し、頭の中の知識を引っ張り出す。

「竜人化の呪術か? 200年前に見た気がするが、あの時よりもなんだか……違うな。翼は炎で代用しているし、何より体格が小さい。これじゃあ、ただの蜥蜴モドキだな」ケビンは顎の下に指を置き、レッドアイの動きを注意深く眺めた。

「ケビン! ケビィィィィィィィン!!!」レッドアイはまともな思考が出来ないのか、言葉を失ったか、まるで吠える様にケビンの名を叫んだ。

「どうやら、単純な命令をインプットされているみたいだな。どうやら呪術は外部からの……ん?」レッドアイの心臓部を中心に血管が浮き上がっていた。「注射のあとか……どうやら一口で呪術とは言えないようだな」

 上空300メートル地点で、レッドアイが攻撃に移る。口を限界以上に開き、彼目掛けて火炎を吐き散らした。

 ケビンは怯まず驚かず、冷静に大剣を盾にして防いだ。

「火炎が温いな。飛ぶ方に力を使っているからかな? 燃費の悪いドラゴンさんだ」

 レッドアイは吐き終わると、ケビン目掛けて突撃し、前足の爪で首を狙った。

 これを待っていたと言わんばかりに彼は、レッドアイの攻撃を大剣で受け流し、器用に足を相手の太い首に絡める。

「流石に地面とキッスは御免なんでね」と、くるりと回転してレッドアイの背に捕まる。

 レッドアイは喉をガラガラと鳴らした咆哮を上げ、首を振り回した。身体を斬り揉み回転させ、彼を振り落そうと必死になる。

 だが、ケビンは大剣を振り回しながら、楽しそうに声を上げていた。

「ドラゴンライダーってか!! いや、ドラゴンもどきライダーか? んぅ……もっと立派な龍になって出直して来いってな!!」

 上空100メートル地点から失速し、レッドアイは地面に向かって急行下を始める。ケビンを自分ごと地面に叩き付けようと試み、再び咆哮を上げた。

 残り数メートルになると、ケビンは満足した様にレッドアイの背中を蹴り、宙返りしながら華麗に地面に着地して見せる。

その勢いのせいでレッドアイはバランスを崩し、自分だけ地面に激突する形になった。長い咆哮が途中で無様に途絶え、悲鳴の様な弱々しい鳴き声に変わる。

「さて、まだ元気だよな? ドラゴンもどきさんよ」大剣を肩で担ぎ、不敵に笑うケビン。

 レッドアイは後ろ足を踏みしめて火を噴きながら起き上り、彼に向かって野生の殺気を浴びせかけた。

「本番はこれから、だな」



「待て、私の相手はヴレイズ、お前だ」一歩前に出たボレガーノは太い指を彼に向ける。それを遮る様にフレインがもう一歩前に出た。

「だめだめ! あたしが先だよ!! ヴレイズが先に戦ったら、あたしの出る幕がないじゃん!」と、両腕に魔力を溜め、いつでも戦えるように身体を熱する。

「ほぅ……私やバズガ様ではヴレイズに勝てない、と?」

「そう! だから、まずあたしが戦うの!」と、指し返す。

「随分信頼されているのだな、ヴレイズ」ボレガーノは微笑ましそうに彼を見やり、笑う。

「……いや、どうなんだろう……実際」ヴレイズは呆れた様にフレインの自信に満ちた顔を覗き込み、首を傾げる。

 すると、バズガが手を叩き、笑いながら口を開いた。

「いいだろう。まずはその小娘の言う通り、ボレガーノが相手をしてやれ。どうせ、お前には小娘どころか、その炎使いすら……ん? 小娘……吸血鬼化したのではないのか?」異変に気付いたバズガはフレインの活気のよい肌に注目し、唖然とした。吸血鬼化すれば、肌は雪の様に白くなるはずだった。

「ふふん! あんたの小汚い呪術なんて、あたしには効かないんだよ! バーカ!!」調子よく腰に手をやり、大声で笑う。

「俺が治したんだろうが……」

「なに? 吸血鬼化の呪術を解いただと? 一体何者だ?! なるほど、お前らは我々がどうしても倒さねばならないらしいな……」バズガは不服そうに彼らを睨み付け、面白くなさそうに歯を剥いて唸った。

「ふん、流石だな……では、フレインとやら。お望み通り、相手をしてやる」ボレガーノは全身に魔力を巡らせ、隆々の肉体を更に大きくさせ、身体から蒸気を上げる。脚を踏み鳴らすと、地震の様に周囲数十メートルが大きく揺れる。

「ふふ……そうこなくちゃ……」フレインは舌をペロッと出し、腰を落として構えた。



 洞窟内部では、揺れと共に今にも崩れそうな音を鳴らし、パラパラと砂埃が落ちる。そんな中でレイチェルは力なく地面に倒れ伏し、ゆっくりと呼吸をしていた。

 そんな弱った彼女にヴァイリーが近づき、鞄から研究器材を取り出す。メスやプレパラート、試験管などを地面に丁寧に並べる。

「保険として、君のサンプルも頂くよ。なに、死ぬ事はないだろう? ケビンの血を受けた吸血鬼なのだからね」と、彼女の身に付けた衣服にハサミを入れて脱がし、心臓付近にメスを滑り込ませる。

「や……やめ……ろ」朦朧とした意識の中で、マスクで顔の隠れたヴァイリーを見る。だが、その訴えは虚しく消え、代わりに悲鳴が上がる。

「脳液に骨髄、血液に骨……ま、持ちきれないから少しずつ……」ヴァイリーは手早く彼女の肉体を切り裂き、少しずつ削り取り、吸い上げ、器材に収めていった。



「くっ……」フレインはヨロヨロと膝をつき、大岩の様なボレガーノを睨み付けた。

「ふむ、先日より気を増した様だな。だが、それだけでは……な」と、彼は脚を踏み鳴らし、大地を揺り動かし、地面を引き裂く。裂かれた地面が牙を剥き、フレインに襲い掛かる。

「うぉわ!!」慌てた様に飛び退き、無数の大地の牙から逃れる。

そこを先回りする様に、ボレガーノは丸太の様な腕を振り上げ、彼女目掛けて振った。

フレインは間一髪でそのラリアットを防いだが、受け手に皹が入り吹き飛ばされる。その飛ばされた側には先ほどの大地牙が用意されており、彼女はそこに叩き付けられ、爆発した様に粉塵が舞った。

「大地魔法の極意は、戦場を操り、常に優位に立つことにあり……」ボレガーノはフンと鼻を鳴らし、腕を組んだ。

「知ってるよ、そんな事!!」大地牙を全てへし折ったフレインが砂埃の中から現れ、得意げな笑みを覗かせた。だが、両拳は血で塗れ、腹の傷が完全に開いていた。

「序の口だがな」

「だろうね!」と、勇ましく跳び上がりボレガーノの頭上をとる。

「学ばんヤツだ」迎撃する様に一瞬で大岩を用意し、豪速で投げつける。間合いと速度から見て、彼女に避けるという選択肢はなかった。

 フレインは腹から声を絞り出し、すでに砕けている腕を奮い立たせて大岩に連打を浴びせた。ただ殴るだけではなく、岩の皹や傷を見切り、そこに火炎熱を注ぎ込み、火炎加速正拳突きを入れた。

 先日は皹すら入れる事の出来なかった大岩だったが、今回は岩を砕ききり、フレインはその勢いのままボレガーノの頭上間合いへと入り込む。

「どうだ!!」と、右脚に火炎を纏わせ、首に狙いを定める。

 だが、ボレガーノはそれを予想している様子だった。砕いた筈の大岩の破片は飛び散ったが、それらが全てフレインに襲い掛かる。まるで弾丸の様な速度で拳大のそれが彼女を容赦なく迎撃する。

「フレイン!!」心配そうにヴレイズが一歩前に出るが、彼女の気と魔力、そして生意気な殺気が飛んでくる。「ぬっ?!」

 フレインは礫攻撃の半分以上をまともに喰らい、血達磨になってボレガーノの足元に転がった。礫の数発は貫通し、もう数発は胸や腹、太腿に食い込み、止めどなく血が流れ出る。

 それでも、彼女は笑顔と共に立ち上がり、距離を取った。

「ほぅ……」予想を裏切られ、感心した様に声を漏らすボレガーノ。

「あんた……最高だよ!! あたしにとって最高の壁だよ!!」フレインは胸に食い込んだ礫を指で抉りだし、傷を焼いて止血する。


「だからこそ、超え甲斐が……壊し甲斐があるってもんだよ!!」


 フレインは両頬を強く叩いて気付けし、気合をいれて脚を踏み鳴らした。

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