43.炎と吸血鬼の最終決戦 その1

 ヴレイズ達は急ぎ、傷ついたフレインを担ぎウォーン村へと戻る。この村は吸血鬼ハンターの村であり、それ故か魔法医学が充実していた。風と水、大地の魔法医がそれぞれおり、皆が皆それなりの腕をしていた。

 しかし、そんな彼らでも吸血鬼化の呪術を解く事はできなかった。

「なぁヴレイズ……」診療所の待合室でケビンが尋ねる。

「なんだ?」魔法医から借りた回復魔法入門の書物を読みながら応える。

「お前が見せた、解呪の法……ここの魔法医らに伝授してくれないか?」普段は飄々とした態度のケビンであったが、いつになく真剣だった。

「伝授っていわれてもなぁ……第一、炎の魔法医なんてこの村にいるのか?」

「……そんなのいないな……って言うか……サンサ村の火の一族とは一体……」

「多分、唯一の炎の魔法医になれる一族なんだろうな……」と、ヴレイズは昔の記憶を指起こして目を瞑る。

 村の者は、病に侵された者の身体に手を当て、病を取り除く所を、彼は淡い記憶の中で見た事があった。

「もしかしたら、炎の蘇生魔法を生み出したのは、サンサ族なのかもしれないな」ケビンは何かを知っているような表情で口にした。

 すると、手術室の中から魔法医が現れる。マスクを取り外し、疲労のため息を吐き出す。

「あれだけの重傷を負っていながら……取りあえず、鎮静の薬を飲ませて落ち着かせましたが……そういえば吸血鬼に噛まれた痕がありましたが、吸血鬼化の傾向がありませんでした……ケビンさん、どういう事ですか?」

「ゆっくり話そう。ヴレイズは、彼女の傍にいたらどうだ?」と、彼は魔法医を連れて診療室へと入っていった。

「……フレイン」彼女は全身穴だらけにされる程の重傷であった。しかし、この村に着くまでに、まるで獣の様に唸りながらバズガへの恨み言を漏らし、何か言おうものなら噛みつく勢いであった。治療を始めてもその殺気は収まらず、魔法医に気をぶつけていた。

 ヴレイズが病室へ入ると、そこにはもう旅支度を始めているフレインが目に映った。

「おい! まだ寝てろ!!」彼が怒鳴る様に近づくと、彼女は殺気の籠った目を向けた。

「寝てろ? あたしはねぇ……もうあいつらを、あいつらを倒したくてウズウズしてるんだよ!! それにレイチェルを早く助けなきゃ! あいつら、彼女に何するかわかったもんじゃない!」

「わかっている。だから、俺たちに任せて……」

「あと少しでバズガを倒せたんだよ……でも、あたしの詰めの甘さでこんな事に……あたしのせいでレイチェルは攫われたんだ! ケジメはあたしが付ける! だから、ぐぅ……」と、蹲り、腹部を血で滲ませる。彼女の身体の怪我は殆どは、あと数時間で完治できたが、腹部の大穴は違った。これの完治には2日かかり、それまでは絶対安静とキツク言われていた。それに反発したため、鎮静薬を飲まされたのである。

「まったく、これだ……腹の傷が開いたのか……これぐらいなら」と、ヴレイズはアリシアから教わった調合薬を取り出し、彼女の腹部に塗り付ける。血は止まったが、彼女は悔し気な表情で彼を睨み付けていた。

「余計な事しないでよ!!!」フレインは歯を剥きだして激怒し、ヴレイズに殴りかかる勢いで間合いを詰めた。

「???」理解できないのか、ヴレイズは弱り顔で首を傾げる。

「あたしは……あたしは……」拳を握り、ヴレイズの顔をじっと睨んだ。しかし、次第に逆さ八の字の眉が八の字に下がり、涙がポロポロと零れ流れる。

「フレイン……?」

「情けない!! 敵にはいいようにされて、何もできず、更にヴレイズの世話になりっぱなし! しかも素直に礼も言えない!! どんだけ惨めなの? あたしは……」止めどなく泣き続け、ヴレイズの身体にもたれ掛る。

「……わかった……じゃあ、一緒に行こう。一緒に連中を倒そう……それが一番、フレインにとって薬になる、そうだな?」ヴレイズは優しく笑いかけ、彼女の力の抜けた身体を抱く。

「うん……」彼女は何かを納得した様にベッドに座り、枕に頭を預けた。



 その後、ヴレイズは魔法医に吸血鬼ハンター、更には村人たちから「この村にとどまってくれ」と懇願された。彼は困り顔で答えをはぐらかし、ケビンに助けを求めた。

「俺も残って欲しいと思う。何せ、治療法も特効薬もない病を治せるんだからな」

「初期症状の時だけな。完全に吸血鬼化したら、俺でもなおせない」

「それでも、お前はスゲェよ。この村に、いや、ハンター達の救世主になれるだろうぜ」彼はヴレイズの瞳を覗き込みながら笑う。

「別に俺は救世主とかになるつもりはないよ……まぁ、村にいる間、噛まれた人を助ける事は出来るが……」

「……実は、俺の夢に協力してほしいんだ……」鼻の頭を掻き、俯くケビン。

「夢?」

「完全に吸血鬼化してしまった者の呪いを解き、人間に戻す……ってのが、俺の夢、目標だ。それには、ヴレイズの力が必要かもしれない。って……な」

「……それもこれも、全部バズガの野郎が悪いんだろ? だったら、ヤツを倒すまで俺はこの村に留まるぜ! それに、俺の仲間の魔法医と協力すれば、治療法も見つかるかもしれないな!」ヴレイズは拳をケビンに向け、優しく笑いかけた。

「流石、アリシアさんの信じた仲間だな。それで十分だ」ケビンはその拳に応え、頷きながら笑い返した。



 その頃、バズガは一通の文を部下に手渡し、ウォーン村へ駆ける様に命じた。

「招待状は贈った……あとは、連中を待つだけだ」満足げにソファーに座り、血の満たされたグラスを口にする。

「内容は決闘状のそれでしたが……実際は」不服そうにボレガーノが腕を組む。

 彼らは、ケビンに『マーナミーナ北西、マロウ地方の洞穴入口にて待つ。正々堂々勝負せよ』と書かれていた。一見、果たし状にも見えるが、実際バズガは黒勇隊のレッドアイを始めとする手足となる部下を四方八方に伏せ、取り囲み、一気に揉み潰す予定であった。

「呪杯を用意しろ。それにケビンの新鮮な血を注ぎ、飲めば……我々は太陽も銀もニンニクも寄せ付けない、無敵になれるのだ! いいな、ぬかるなよ? ボレガーノ」

「……はっ」ボレガーノは何かを押し殺しながら会釈をし、箱に丁寧に仕舞われた呪の杯を取り出す。これに注がれた血を飲み干せば、その者の力を得る事が出来ると言う、呪いが込められた杯であった。

「楽しみだ……やっとケビンを詰める事ができるのだ……長かった……まったく、お前のお陰だよ、レイチェル」と、地面に這いつくばった彼女の頭を踏みつける。

「んぐっ……!」再生能力のお陰か、持ち前の精神力の賜物か、彼女は血の渇望に負けていなかった。だが、身体に力は入らず、意識も朦朧とし、ささやかに抵抗する事しかできなかった。

「皮肉なものだな……吸血鬼の呪いを絶つ研究をしていた娘が……なぁ?」バズガはワザとらしく笑い、更にレイチェルを何度も踏みつけた。

「……」そんな彼をボレガーノは冷ややかな目で眺めた。

 そんな2人のいる隣で、ヴァイリーはレッドアイにある注射器を手渡していた。

「ケビンの肉体は私の研究に必要不可欠だ。連中との約束を違えても手に入れる必要があるのだ。そして、その研究は君をドラゴンに変える事が出来る」

「この薬はその?」

「そう、試作品だ。完成には程遠いが……ドラゴンの精神を持つ君なら、補う事が出来るだろう。さぁ、完全体になるため、働いてくれたまえ……」ヴァイリーは期待の籠った眼差しで彼の肩を叩いた。

 レッドアイはブツブツと「俺はドラゴンだ」と繰り返しながら立ち上がり、部屋を出て行った。

「単純な奴……」ヴァイリーは鼻で笑いながらメモ帳を取り出し、そこに「レッドアイ・試験薬3号」と書き記した。



 バズガからの招待状を受け取ったケビンは、次の日の真夜中に時間を選び、ウォーン村を後にした。念のため、村の防備をハンター達に念入りに固める様に言い、更に封魔石のペンダントも置いていった。もしバズガの罠であったらとのケビンの気遣いであった。そしてそれだけ、彼はヴレイズを信頼していた。

 その頃にはフレインの傷も殆ど完治し、飛び跳ねる事ができた。しかし、腹の傷だけは治りが悪く、まだ万全とは呼べなかった。

「本当に大丈夫なのか?」ケビンが問うと、余計なお世話と言わんばかりに目を尖らせた。

「いい? あたしがボレガーノを倒すからね!! 邪魔しないでよ!!」

「はいはい、それは耳タコだよ」ケビンとヴレイズが声を揃える。

「そして、バズガは……あたしが殺す!! あいつの心臓を喰ってやる!!」獣の様に唸り、拳を震わせる。

「我儘だなぁ~ 魅せ場は全部貰うって言ってるようなもんだぞ?」ケビンが彼女の肩に手を掛けると、ジュッと蒸気を上げて彼の手を焼く。「あっぢぃぃ!!」

「心臓を喰ってやるって……どっちが化け物だよ……」ヴレイズが呆れた様に笑うと、彼女が彼の身体に組み付く。

「誰が化け物だ!! 誰がぁ!!」

「フレイン……荒れすぎ……」



 火の光を飲み込むほどの真夜中になり、バズガのアジトに辿り着く。その瞬間、ケビンはクスクスと笑い出した。

「いやぁ~ 決闘状みたいな書き方だったからさ……いや、でもバズガ自身がここにいるんだから、大したもんか」ヤレヤレと首を振るケビン。

「そちらこそ、ノコノコち3人でやって来るとは、やはり甘いな、ケビン。村の事など考えずにハンター総出で来るべきだったな」闇の中からバズガがスルリと出てくる。

「そうすれば、あんたはまた策を変えるだろ? まったく、いつもお前らはそうだ……」

「無駄口はここまでだ。やれ」バズガが指を鳴らした瞬間、ケビン達の周囲を殺気が取り囲む。全て、バズガが転化させた吸血鬼だった。総勢ざっと50名。

「3人やるのに50名とは恐れ入ったね……準備運動にはなるかな」ケビンは早速、大剣に手をかけた。

 吸血鬼たちは恐れを知らず、我先にと突撃した。この戦いに勝利すればもれなく、弱点知らずの無敵の吸血鬼に変えて貰えるのである。士気が行き渡り、皆が皆やる気で満ち溢れていた。

 そこで大人しくしていたヴレイズが急に目を見開き、手を闇色の天空へと伸ばす。伸ばした手で拳を作り上げ、思い切り大地へと振り下ろす。

 すると、大地に裂け目が入り、そこから火炎噴流が吹き上がる。皹は彼を中心とした全体に広がり、範囲は周囲の吸血鬼全てに及んだ。噴き出た火炎はやがて熱風へと変わり、更にそれが周囲に立ち込める。

次の瞬間、ヴレイズが指を鳴らすと、それに着火し、周囲を全て吹き飛ばす大爆発を起こした。爆心地にいたバズガの部下は避ける事も出来ずに消し炭へと変わり、塵となって風に吹かれた。だが、範囲内にいた筈のフレインとケビンには火傷ひとつなく、前髪を激しく揺らしただけだった。

「ガイゼル殿を真似てみたんだけど、どうだろう?」

「ん~、60点!」意地悪な表情を彼に向けるフレイン。

「厳しいな……」ヴレイズは弱ったように頭を掻いた。

「でも強すぎ! 反則!!」

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