41.バズガの策略

「くっ……フレイン……」廃工場から悠々と出てくるバズガを目にし、キャノンハンマーを構えるレイチェル。彼女は逃げろと言われて正直に逃げる者ではなかった。

「いつもお前は、誰かのお荷物だな……レイチェル」バズガは彼女の全てを知っているかのような口ぶりで瞳を怪しく光らせる。

「黙れ!! ……今日こそお前を……お前を!!」キャノンハンマーを大砲モードに変形させ、バズガの足元に火砲を放つ。爆炎と砂塵が彼に襲い掛かり、黒煙で見えなくなる。

 そこへ彼女はハンマーモードに可変させ、更に火砲を放ちながら気配へと振り抜く。その勢いで煙が一気に晴れるが、手応えが無かった。

「なぜそんな物に頼る?」背後を取ったバズガは彼女の襟首を掴み上げる。「そんな物を使わなくとも、お前は戦えるようになったではないか? お前には今や、牙と爪が……」

「うるさい!! そんなもの誰が使うか!!」と、バズガに蹴りを入れて飛びのく。

 だがその数瞬後、バズガの手刀がレイチェルの胸を貫いていた。堪らず激痛の悲鳴を上げ、血を雨の様に噴き上げる。

「痛いか? 吸血鬼になって日が浅いからな……日を重ねれば、じきに痛みなど……」

「じ、じゃあ今に感謝しなきゃね……痛みは人間の証だ!!」憎き相手を睨み付けながら血唾を飛ばす。

「くだらんな……さて、少し味見をさせて貰おう……お前の血で事足りるかどうか……」と、バズガは彼女の胸を貫いたまま、首筋に思い切り齧り付いた。

今度は鉄砲水の様に血が噴き、彼女の足が激しく痙攣する。

「あ……がっ……ぐぁ……」純白の肌が青ざめ、瞳から生気が失われていく。

 ひとしきり味わった後、バズガは彼女の胸から腕を抜き取り、ゴミの様に捨てる。

「ふむ……呪いの濃度がいまひとつだな……二次感染では不十分か……やはりケビンの血が必要だな」と、口に付いた血を拭い、手の返り血を地面に散らす。

「ぐ……ぶっ……ぅ……」地面に這いつくばるレイチェル。彼女は取り落したキャノンハンマーを掴もうともがいていたが、身体が上手く動かないのか、痙攣を繰り返し、激痛に喘いでいた。

「だが、この女は使えるな……ケビンを詰めるお荷物として使わせて貰おうか……」と、彼女の小首を掴もうと屈む。

 すると不意に髪が逆立ち、反射的に殺気の方へと振り向く。

 そこには満身創痍のフレインが息を荒げながら立っていた。

「はぁ……はぁ……っ!」虚ろな目でバズガを睨み、腕に僅かに残った淡い魔力を込める。

「これは驚いた……あのままくたばったかと思ったが……もしかしたら君は、吸血鬼よりタフなのではないかね?」

 フレインは何も応えず、ただ腕の魔力に集中し、眼前の敵だけを睨んでいた。

「搾りカスが何をする気だね? 悪い事は言わない……そのまま地面に突っ伏して、血が流れるままに任せると良い」

「黙れ……この……クソヤロー」腕の淡い魔力が指先へ、更に人差指へと集中していく。爪先から血が滲みだし、紅い蒸気がジュワッと上がる。

 彼女の身体はもはや戦えるコンディションではなく、腹には風穴が空いていた。魔力も殆ど底をつき、今にも治療を必要としていた。

 しかし、彼女自身は今までに無い程、力が沸いており、勝ち目が見えていた。

「ふむ……面白い……賢者の娘よ、いったい何をしてくれるのかな?」好奇心の目で彼女を甚振る様に眺める。

「くたばれ!! 吸血鬼が!!」砂粒ほどに小さな火の粉を勢いよくバズガに向かって投げつける。それは余りにも頼りなく、ひと吹きで消えてしまいそうな灯りだった。

「ふむ……煙草の火にも満たないものが、君の切り札か? ま、無理もないか」と、受けるままにその火を受ける。

 すると、それがバズガの体内へと入り込み、彼の魔力と反応して膨張し、発熱する。

「なに?!!」火が駆け巡り、内側から牙が如き火炎が吹き上がり、やがて全身から灼熱が爆ぜ飛ぶ。

 バズガは轟音を上げて爆裂し、残った下半身がフレインに向かって跪く。

「へ……へへっ……へへへっ……」彼女は満足そうに前のめりに倒れた。



「さて、もうじき夕暮れか」ボレガーノは日の沈む方角を見て怪し気に笑う。

「気を付けろよ……こいつらの時間だ」ケビンは面白半分だった表情を消し、彼に緊張感漂う顔を向ける。

「あぁ、わかっている」ヴレイズも息を整えて眼前の、筋骨隆々の化け物を睨み付けた。

「嬉しいな。今日はかなりやる気でここに来た様子だ」

「当たり前だろ? いつだってやる気だぜ、俺ぁ!」ケビンは大剣を握り、いつでも振れる様に腰を落とす。

「……おかしいな……殺気が感じられない……いや、ワザと消したのか?」訝し気な表情でヴレイズが首を傾げる。

「足止めの必要が無くなったのでな……いい時間だ。今日は帰らせて貰うよ」と、ボレガーノはレッドアイの首根っこを玩具でも掴むように軽々と持ち上げた。

「足止めだと? それはどういう意味だ?!!」ヴレイズは前に一歩出ながら怒鳴った。

 そんなボレガーノのセリフにケビンは頭に手をやった。

「……そう言う事か……もう一方にはバズガが待っている訳だ……俺たちがここに来る事、レイチェル達があっちへ行く事も全部筒抜けか……」

「足止めには役に立たんが、情報収集だけは優秀だな。黒勇隊は」ニヤリと笑いながら気絶するレッドアイを見る。

「でもなんで? 親玉が前線に出張る理由は?」わけもわからず疑問を投げかけるヴレイズ。

 それに対してケビンはうんざりした様な声を出しながら予想を口にした。

「レイチェルの血だ。彼女には俺の呪いが伝染しているから、彼女の血で儀式が出来るかどうか、試す、といった所か? くそ……いつも後手後手に回るなぁ~ 俺ってば」

「と、いうわけだ。俺も残念だ。正直、この場でお前らと闘いたかったが……バズガ様がおっしゃるには、まだ先らしいからな……」と、踵を返す。

「待て待て、レイチェルの血じゃあ儀式は成功しないぞ? 純粋な俺の血じゃなきゃな! だから、彼女は……」

「そういった事諸々バズガ様は心得ておられる。まぁ、出来ればいいな程度の希望だ。実際の所、あの女を人質にし、貴様に踊ってもらうのがバズガ様の魂胆だ。お前は吸血鬼と違って、随分弱点が多い男だからな……」と、言い残してボレガーノは大地を揺り動かし、皹の中へと吸い込まれて行ってしまう。そして、この場には何も残らなかった。

「くそ! 結局連中の手の上か……何百年長生きしても、成長しないなぁ……俺ぁ」

「おい! あいつの話だとフレイン達が危ないぞ! 急ごう!!」と、ヴレイズはクラス3.5の魔力循環を脚に集中させ、豪速でフレインのいる廃工場へと飛んでいった。

「……俺を置いていくなよ……ったく」



 廃工場に日が陰り、やがて闇に包まれる。夜鳥と蟲の鳴く音が耳を撫で、フレインはゆっくりと目を開けた。気絶する寸前にヴレイズから渡された止血剤を傷口に詰め、失血死は免れたものの、未だに瀕死の状態であった。

「ぐぁ……いってぇ……厳しいなぁ」うつ伏せからゆっくりと仰向けになり、ゆっくりと呼吸をする。肺の中をタワシで擦られる様な痛みが奔り、苦しみがこみ上げてくるが、それ以上に達成感で満ち溢れていた。

「……ぐ……フ、フレイン?」顔色を悪くしたレイチェルがキャノンハンマーを引き摺りながら這いよる。彼女は不死身ではあったが、失血量が常人の致死量を超えている為、半死半生に変わりはなかった。

「や、やっつけた……よね?」フレインは精一杯の笑みを零す。

「目が霞んで見えないけど、気配はしないし……吸血鬼の死臭がするから、きっと」と、レイチェルも笑みで応える。

「上手くいって良かった」彼女が放った最後の一撃は、炎牙龍拳の奥義に当たる隠し技であった。見た目は火の粉程度の頼りない火球であるが、直撃すれば対象の魔力に反応して爆発的に熱が膨張し、肉体を焼き尽くす『巨龍崩火』という技だった。

「あとは、ボレガーノだね? 倒すんでしょ?」意地悪気な表情を向けるレイチェル。

「今のコンディションじゃ厳しいかな……ゆっくり休みたいな」

「そうだね……わ、私も……」と、レイチェルは目をギュッと瞑り、何かを我慢する様に口を閉ざす。

「どうしたの?」

「ちょっと……ね」息を止める様な声を出し、顔を背ける。

 そんな彼女らの正面に転がるバズガの下半身、そして四散した肉体。普通の死体とは違う異臭を放ってはいたが、不思議と蠅一匹集ってはいなかった。

 フレイン達の声に反応しているのか、時折足先がピクリと動く。その動きが音を立てはじめ、やがて下半身だけがゆっくりと立ち上がる。

「……え?」夢か幻か疑い、両手で力強く目を擦るフレイン。

「どうしたの?」

 すると、下半身から水の触手が八方へと伸び、肉片を次から次へと集め始める。黒焦げになった肉は水に洗われピンク色に変わり、骨が次々と組み立てられてく。肋骨内に脈打つ心臓が納まり、内臓が次々と収まる。肉体が完成すると皮膚で覆われ、体毛が伸び、黒髪が靡く。

 そして、犬歯を伸ばしたバズガの笑顔が元に戻る。


「いやぁ……久しぶりに死ぬかと思ったよ」


 バズガは自慢げに手を叩き、フレイン達を見下した。

「吸血鬼の再生能力と、水の回復魔法は実に相性が良くてね。心臓と頭を砕かれない限りは爆発四散してもこの通りだ……詰めが甘かったな」

「貴様!!」瞬時に反応したレイチェルだったが、カウンターを入れられ地面に転がる。

「く……そぉ……っ!」フレインは少々回復した体力を使って立ち上がり、無策の拳を振り上げる。

 バズガはそれを優雅に受け止め、ダンスに誘うようにグイッと引き寄せる。

「君は賢者の娘だ。可能性は君が思う以上だろう。それを私が引き出してやろう」

「く……やめろっ」

「君に拒否権はもう、ないよ」と、バズガは犬歯を彼女の首に齧り付いた。

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」振りほどこうにも力は入らず、もはやなされるがままだった。

 しばらくしてバズガは彼女を地面に捨て、口に付いた熱い血を拭った。

「実に甘露だった。さて、君の向かうべき道は2つだ。ひとつは、呪いを受け入れ、吸血鬼になる。もうひとつは……呪いを拒み、醜いゾンビと成り果てるか……君は素質があるから、強い吸血鬼になるだろうな」

「いやだ……いやだっ……」フレインは目に涙を浮かべながら首を押さえる。

「では、また会おう。フレイン・ボルコン」と、バズガは瀕死のレイチェルを抱き上げ、闇夜へと姿を消した。

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