40.フレインVSバズガ
「はぁ?」フレインは一歩引きながら狼狽した様に間抜けな声を漏らした。
「お前は、力に渇いている。我々なら、お前が欲する偉大なる力を与えられるだろう。どうだ? 仲間にならないかね?」バズガは彼女に一歩詰め寄り、手を差し出した。
それを見て、フレインは我慢を解く様に頬を緩め、笑い声を漏らす。次第に声は大きくなり、覆う手をどけて声を張り上げて笑い始める。それを見て、レイチェルの表情が陰る。
「何言ってんだよ、ヴァ~~~~カ!!」
フレインはバズガの表情を伺い、また馬鹿にする様にワザとらしく大声で笑う。
「何がそんなに可笑しいのかな?」バズガは眉ひとつ動かさず、彼女の目を見る。
「そんな簡単に力を得て楽しい? 本当にツヨくなれるの? そんなのが何の意味があるの?」彼女は胸を張りながら口にし、バズガを見下す。
「吸血鬼になれるのだぞ。今より数段、否もっと強くなれる可能性を秘めるのだぞ? そして、この女かケビンの血で儀式を成せば、弱点は無くなる! 本物の不死となれるのだ! これを最強と言わずしてなんと……」
「だから、それがどうしたって言うんだよ! ヴァ~~~~~~~~~カ!!!!」
今度は怒りを露わにして怒鳴るフレイン。
「いい? そう言うのは、強くなる、成長するとは言わないんだよ! ただ、己を見限って捨てて、化け物に成り下がっているだけなんだよ!!! いや、レイチェルが言うには、ただ病原菌に感染しただけの病人、だったかな? そうだよね?」と、レイチェルを見る。
「その通りよ!! バズガ、お前はただの化け物だ! ここで……」
「いや、レイチェルはここを離れて! あなたの血を取られたらヤバいかもしれないんでしょ?! ここはあたしが!!」
フレインは言い終えると、再び全身に炎を蓄え、殺気に溢れた瞳をバズガに向ける。
レイチェルは悔しげに下唇を噛み、バズガの方を警戒しながらも後退りし、工場から出る。
「さ、これで2人きりよ……楽しくやろうか、バズガ!」
「……全く、女って奴は好きなだけしゃべり倒して……そこまで言うのなら、殺されても文句はないのだな?」
すると、バズガは全身の魔力を高速循環させ、痩身だった肉体を一回り膨張させ、ボレガーノの様に筋骨隆々になる。全身から水蒸気を吹き上がらせ、フレインを上回る殺気を燃え上がらせる。
「すごっ……」明らかに格の違う相手となったバズガを見て冷や汗を掻くが、それと同時に心が躍り、ワクワクとした気分に高揚する。
「これが吸血鬼の力だ。そして、更に……」と、周囲の空間が歪み、爆風の様な魔力嵐が吹き荒れる。
「な! これは?」
「高速循環法……いわゆる、クラス3.5の力だ。これは普通なら、肉体に負担をかけ、長時間戦えないモノだが……吸血鬼になれば、負担は軽くなり、実質クラス4と変わらなくなるのだ!」
「……へぇ……それが、どうした!!!」フレインは勇ましく跳び、彼の頭上から火炎蹴りを浴びせる。
だが、バズガは避けもせず、肩でそれを受ける。
「さぁ、始めよう……言っておくが、簡単には殺さんぞ」
その頃、ケビンとヴレイズは、火炎龍と化したレッドアイと対峙していた。
黒勇隊6番隊隊長レッドアイは炎の翼を羽ばたかせながら跳躍し、マスクを開いて口から火炎を吐き出す。その炎は鋼鉄を溶かし、木片を一瞬で灰に変えた。
だが、そんな炎をヴレイズは眉ひとつ動かさずに反らし、吸収して己の腕に蓄えた。
「ほぉ……先ほどから思っていたが……中々の使い手の様だな。並の炎使いだったら炎に溺れ、丸焼けになるだろうに」
「そう言うアンタは、見かけ倒しみたいだな。確かに周りの隊士の数回りも強いだろうが……あんたは力に溺れている」鋭い目を向け、腕の炎を静かに白熱させる。
「溺れている……か? 力を求めずして何が戦士だ! 身に付けた力を思う存分に使い、焼き尽くし、喰らう! それが力の本質だろうが!!」
「こーいう奴、数百年前からいるけど、まだいるんだなぁ……」ケビンは呆れ顔でため息を吐く。
「お前みたいな奴をな……炎だけのデクノボウっていうんだよ!」
「そういう貴様はなんだ! かの有名な火のサンサ族出身なのだろう? 炎が蒼くない様だが、半人前なのではないか?」レッドアイは火を噴きながら口にした。
「……蒼い炎……」
レッドアイ曰く、サンサ族の生き残りはヴレイズだけではない、と言った。その者達は蒼い炎を身に纏い、『火を焼き尽くした』と伝えられていた。
そんな彼らは己の炎の事を『気高き蒼い炎』と口にしたという。
「確かに、蒼い炎を使い奴は何十年も前に見た事があったなぁ~」ケビンも頷きながらヴレイズを見た。
「それを学ぶ前に、俺の村は……って、おい! 生き残りがいるだと? まさか、そいつは……?!」ヴレイズは冷や汗を掻きながらレッドアイに問うた。
「その者はグレイ・ドゥ・サンサと言った。知り合いかな?」
「……歳の離れた俺の、兄だ」
「ほぉ……出来の悪い弟だと伝えておこう」レッドアイは再び翼を広げ、天高く舞い、火炎を撒き散らす。
ヴレイズは、今度はその炎を払わず、ただ雨に打たれる様にもろに喰らった。
「おい、出来ればさっきみたいに防いで欲しかったんだけど?!」ケビンは尻に着火した炎を叩きながら走り回った。
「どうした? 意気消沈か? 戦いの最中でそんな事では、戦士とは言えんな!!」更に炎の嵐を吹かせ、廃村を消し炭に変える勢いで燃え盛らせる。そしてマスク部分に炎を纏い、龍の頭を形作り、熱線でヴレイズを狙い撃つ。
ヴレイズはそれを受け、灼熱に身を委ねた。
「どうだ、半人前の炎使いが! 我が力の前に……」と、口にした瞬間、レッドアイのフルフェイスマスクが吹き飛び、自慢の黒鎧に穴が開く。
「やっぱデクノボウじゃないかよ」
火傷ひとつ負っていないヴレイズは静かに口にし、レッドアイの腹から拳を引き抜いた。それと同時に、廃村に撒き散らされた炎が鎮火する。
「グ……ぁ……馬鹿な……」彼の鎧は無残に溶けたが、致命傷には至っていなかった。
そこで今迄、黙ってみていたボレガーノが大きな手で拍手を始めた。
「流石だな! 素晴らしい!!」
「おいヴレイズ、言っておくがあいつ……相当な変態だから気をつけろよ」ケビンは苦み走った表情で、楽し気に笑うボレガーノを睨んだ。
その頃、製鉄所では……。
「ぐぎゃっ!!」フレインは左腕でバズガの拳を防いでいたが、その腕が木の枝の様にへし折れていた。
「防御を貫く腕力……」
「くぉのぉ!!!」フレインは渾身の右鉤打ちでバズガの脇腹を抉るも、金属を叩く音が響き、表情を曇らせる。
「鎧が如き肉体……」
「うるさい! この化け物!!」後方へ飛び退きながら火炎弾を乱雑にばら撒く。
それをバズガは器用に避け、間合いを詰めていく。
「動体視力に機敏且つ柔軟な脚運び……」と、あっという間に彼女の間合いに入り込み、瞬時に拳を6発見舞う。
「お、あ……っ!!」フレインは前のめりに腹を押さえ、喉に詰まった血の塊を一瞬遅れて吐き出す。
「化け物が如き強さ! 私にとっては褒め言葉に過ぎん! どうだ? 自分の言葉を後悔しているか? 言っておくが、私はまだまだ本気を出していないのだぞ?」と、蹲るフレインを足蹴りにして壁に叩き付ける。
「く……あ……ぐっ……ぅ」彼女は体内の魔力操作で全身の激痛を緩和させ、出血部分を焼いて止血する。更に密かに高揚の魔法で体内の火力を上げて、瞬時に反撃態勢を整える。
そして、再びバズガの間合いに入り込み、拳を振るおうと構える。
その瞬間、バズガは手から無数の水糸を放ち、フレインの身体を貫き、壁に打ち付けた。
「がっ!!」目を見開き、身体に起きた事態を把握できぬまま混乱する。やがて全身に耐えがたい、ひんやりとした激痛がやってくる。
「私はボレガーノとは違い、嬲るのが大好きなんだ。精々いい声で泣け」と、水糸を引き抜く。
「くっ……ぐぅ!!」傷から一斉に蒸気を上げ、止血し、再び先ほどの様に気付けを施そうとするも、また水糸に襲われる。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「いい声だ。言っただろ? 簡単には殺さん。心臓には一本も刺してやらんよ」と、水糸から衝撃波を送り込み、フレインの身体を蹂躙し、また激しく吹き飛ばす。
彼女は血みどろになり果てながら転がり、またヨロヨロと立ち上がる。
もはや、彼女に勝機と呼べるものは無かったが、彼女の癖で何故か立ち上がってしまうのだった。
「お前には後悔してもらうぞ。私を侮辱し、一族を侮辱し、そして崇高なる儀式を侮辱した事を……」と、力なき彼女の小首をむんずと掴んで持ち上げる。
「ぐぅ……」抵抗しようにも身体が動かず、ただ睨むことしか出来なかった。
「私は血だけでなく、魔力を吸う術も持ち合わせている。今のお前から魔力を吸い尽くしたら、どうなるかな?」と、バズガは彼女の首に力を込め、体内で燻る魔力を勢いよく吸い上げる。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
彼女の肉体は魔力で支えられていた。それを吸い上げられると、耐えがたい激痛、そして今迄魔力でなんとかしていた物が連鎖崩壊し、彼女の中の何かが萎んでいく。
「流石、賢者の娘だ……大層な魔力だな」
「あ……っ、あ……ぁ」血色の良い褐色肌が土気色に淀み、白目を剥いて激しく痙攣する。そして、身体から力が抜けきり、頭を項垂れさせる。涎を垂れ流し、肺の空気が漏れる様に喉鳴が響く。
「まだ死んではいないな? 結局、こいつは口だけだったな……」バズガは床に転がる鉄パイプを拾い上げ、彼女の腹を勢いよく貫き、壁に貼り付けにした。フレインはモノも言わずただ項垂れるだけだった。
「さて、次はレイチェルだ。フン、無駄に近場で様子を伺っているな?」
10年ほど前、炎牙龍拳の道場にてフレインは父、ガイゼルの教えを受けていた。基本の型から応用の攻撃方法、防御、流しなどを順に教わり、彼女は全て教えられた以上に学び、他の門下生よりも頭二つほど上達していた。
そんなある日、父は彼女を個室に呼び、正座させていた。
「フレイン。炎牙龍拳……否、このバースマウンテン、炎の一族の秘奥義を授けよう」
「え? 奥義を飛び越えて秘奥義? それは一体?!」
「言うのは簡単だが、実践で使えるかどうか……しかし、これを使いこなせなければ、戦士とは呼べんかもな」太い腕を組み、胸を張りながらフンと鼻息を鳴らす。
「で? それは何?」
「……体力でも魔力でも、一番強烈な一撃を放つにはどうすればいいと思う?」
「え? そんなの、力を込めて……」
「それでは何も変わらない。肝心なのは、最後の一絞りってヤツだ」
「最後の?」
「そう。すべて出し切り、吐ききり、もうダメだってそんな状況で放つ一撃……これが戦士の秘奥義だ!」
「……え? それって萎びた最後っ屁って奴じゃないの?」
「何を言う!? これこそが極みという……」
「理解できないなぁ~」フレインは頬を膨らませながら立ち上がり、個室から飛び出していった。
「んっくぅ……」闇の中でチラリと輝く種火を目にし、寒気の最中で目を覚ます。痛みの向こう側にある不気味な感触に身震いし、動こうとすれば阻止せんと激痛が奔り回る。
しかし、彼女は歯を砕かん勢いで噛みしめ、腹に突き刺さったパイプに手を掛ける。魔力は枯渇し、体力も無く、死の一歩手前である彼女だったが、何故かいつもよりも力強く動こうと体が反応し、勢いよくパイプを引き抜いた。
「あっがっ!! うぐぅあ……くっ……」腹の傷を押さえながらヨロヨロと立ち上がる。魔力を搾り取られた身ではあったが、彼女の瞳には炎が揺らめいていた。
「あのヤロー……ぶっ殺してやる……」
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