39.吸血鬼、激突

「黒勇隊!! 何故ここに?!」ヴレイズは驚いたように声を上げながらも、廃村に潜む殺気に注意を配る。

 黒勇隊とは、魔王直属親衛隊であり、向かう所敵無しとされる程の集団であった。

「答えなら先ほど言った筈だ。我々はそこのケビンを連行する様に言われたのだ。大人しく同行してくれれば、それで良いのだが……」レッドアイ隊長は紅く灯った目をギラギラと光らせる。彼の腕には、既に小さな村を焼き払えるレベルの炎が蓄えられていた。

 ケビンはそんな彼を冷ややかな目で眺め、小さく笑いながら頷く。

「その……レッドアイって名前、偽名だろ? 何から取ったんだ? 出来の悪い密造酒でも飲み過ぎて、目を赤くしたから……か?」ズイズイと間合いを詰めながら口にする。

 するとその瞬間、眼前が灼熱に包まれ廃村の門を灰に変える。

 ヴレイズはそれを弾きながらバク転し、距離をとる。ケビンは軽々と身を翻し、レッドアイの手の届くところへ着地し、コートに付いた灰を払う。

「落ち着けよ。大事な客人をローストにしたら、そっちのボスが目を赤くしてキレるんじゃないか?」

「貴様はいくら斬り刻んでも、焼き尽くしても再生する不老不死だと聞いている。遠慮はせんぞ……」レッドアイは身体に魔力を更に巡らせ、殺気を込める。

 すると、日陰に隠れたボレガーノが一歩前に出る。

「わかっているな? まず我々がケビンの血を貰う。その残りが貴様らのだ」

「わかっている。我々の主はこいつの五臓六腑に脳液、骨髄を欲している。研究の発展に協力してもらうぞ」レッドアイはマスクの下でフンと鼻で笑う。

「人をモノみたいに言いやがって……俺を瓶詰のピクルスにしても美味くないと思うぞ?」と、口にした瞬間、廃村内の気配が一斉にケビンとヴレイズに襲い掛かった。



 その頃、南東方面へ向かったフレイン達が目的地であるアジトに付く。そこは、潰れた製鉄所だった。かつては火が煌々と焚かれ、賑やかな場所であったが、バズガがやって来てからはここも廃れ、アジトとして悪用されていた。

「手下のアジトらしいけど……おかしいな」フレインは目を瞑り、建物の中の気配を探る。呼吸や足音が聞こえず、殺気も感じなかったため訝し気に思う。

「……嫌な予感がする……ねぇ、フレイン……」

「なに?」

「ここは私ひとりで行った方がいいと思う……」重々しく口にし、口をギュッと結ぶ。

「え? なんで? 何の為のあたしなの?」

「……この感じ……バズガがここにいる……私にはわかる……」胸に手を当て、製鉄所の扉を睨む。

「?! いきなり敵のボスがここに?! で、ででも、何で急に?!」

「……多分、私たちの作戦は筒抜けだったんでしょうね……だからあえて、前に出て来たんでしょ……でも何故?」頭の中に疑問を残し、胸やけの様な違和感を覚える。

「よし! じゃあ行こう!」フレインが魔力を練ると、レイチェルが彼女の肩を掴む。

「ちょっと!! だから私だけで行くと言ってるのよ!」

「なんでよ!! あたしはあんたの助っ人だよ!」

「貴女は、これを持っていないでしょ?」と、胸のペンダントを見せる。

「なにこれ?」

「封魔のペンダントよ。コレがあれば、バズガの水魔法を遮断できる。これは貴重で、数が無いから……」済まなそうに口にし、ペンダントをぎゅっと握る。

「そうなの……でも、あたしは付いていくよ!」と、彼女はレイチェルの制止を振り切り、鉄扉を蹴破る。「おっと♪」

「……知らないよ」レイチェルは目を尖らせ、背に仕舞っていたキャノンハンマーを肩に構える。

 彼女の得物、キャノンハンマーは槌の部分が大砲になっており、変形させることによってキャノン砲として使用できた。さらに、槌の先は杭の様に尖っていた。ハンマーの時に砲撃すると、その勢いで槌を振り下ろす事が出来た。レイチェルはこの武器で、何十匹もの吸血鬼を葬ってきたのだった。

 レイチェルはゆっくりと製鉄所へ足を踏み入れ、吸血鬼独特の冷たい気配を探る。

 しかし、相手は隠れることなく堂々と奥から現れた。彼女が予想した通り、バズガだった。

「ようこそ、お嬢さん……」影の中で牙をチラつかせながら笑う。

「どうやら、私たちが来るって事まで筒抜けだったみたいね……」レイチェルはハンマーを握る手を強め、いつでも振り下ろせる態勢になる。

「……あんたが吸血鬼のボス……バズガ」

「そう……そして、不滅の魔王となるのだ……」バズガが手を掲げた瞬間、水の波動が空間で弾け、2人の身体に浸透していく。

「ぬぐっ!」フレインの身体の水分は、瞬く間にバズガに支配され、指先一つ動かせなくなる。

 すると、レイチェルは爆発した様な勢いで跳び上がり、バズガに向かってキャノンハンマーを振り下ろす。

 バズガは笑みと共に避けるが、その先でキャノン砲が火を噴く。

「ほう……封魔のペンダントを身に付けたか……」

 この封魔のペンダントはウォーン村に数える程しかない法具だった。これがあるお陰で、バズガたちは容易に村を攻める事が出来なかった。

「私たちが相手だからって、舐めて前に出てきた事を後悔させてあげる!!」レイチェルは懐から銀粉爆弾を取り出し、部屋に撒き散らす。

「子供だましか」バズガは爆風の様な水の衝撃波で爆風を相殺し、体内に入ったら厄介な銀粉を簡単に洗い流す。

 そこを突いてか、レイチェルは薪でも振り回す様にキャノンハンマーを振り、頭を狙って砲撃槌を発動させる。

 だが、バズガはそれを簡単に受け止め、にやりと笑った。

「こんな物に頼るな、同士よ……」

「誰が同士だ! 私はお前らとは違う!」蹴りと共に距離を取り、殺気をぶつける。

「そうだな……ハンターよ。そういえば、私がここにいる目的をまだ話していなかったな」バズガは後ろ手を組みながら、彼女に近づいた。

「……それがさっきから不気味なのよ……」

「私の目的は……レイチェル、君の血だ」

「なに?」瞳の奥を震わせるレイチェル。

「お前はケビンに噛まれ、吸血鬼になった。つまり、彼の呪いが君にうつった訳だ……なら、お前の血でも儀式は可能なのではないか? と、思ってね。試させて貰うよ」と、言い終わった瞬間、高速で移動し、あっという間にレイチェルの眼前に現れる。

「ぐ! この!!」彼女は瞬時にキャノンハンマーを変形させて大砲に組み換え、眼前のバズガに向かって砲撃する。彼は余裕の笑みだけ残して火砲を避け、彼女の首を掴み上げる。「あがぁ!!」

「なぁに、とりあえず、少し味見をするだけだ!」バズガは犬歯をニョキリと伸ばし、首筋に……。

 すると、彼の背中が突如爆ぜる。その衝撃にレイチェルの首を離してしまう。

「あたしを無視するな!!」手を燻らせながら吠えるフレイン。

「……? そうだった、ハイレベルの炎使いに私の力は半減するのだったが……そんな風には見えなかったが……?」彼女を値踏みする様に眺め、鼻で笑う。

「舐めるなよ、このスカシた吸血鬼!」全身に巡らせた炎を憎きバズガに向かって放つ。

「どれ、どの程度の力か見てやろう……」



「ったく、強ぇなぁ……」ヴレイズは口血を拭きながら、倒れた黒勇隊の隊士を忌々しそうに睨み付ける。ケビンと彼は襲い来る数十もの黒勇隊たちを相手取り、乱戦を繰り広げていた。ケビンは鼻歌混じりに大剣を振り回し、相手を手玉に取るような戦い方をし、無傷で相手を叩き伏せていた。ヴレイズは炎が効きにくい相手に少々苦戦した。

 黒勇隊の鎧は対魔法耐性の呪術が施されており、多少の魔法攻撃は弾く事ができた。

「で、残るはボレガーノとレッドアイか……」ケビンは大剣を背に構え、余裕の笑みを覗かせる。

「やってくれる……包囲網を食い破るどころか、平らげるとは……流石は数百年生きる吸血鬼だな」感心した様にため息を吐くレッドアイ。

「俺の事は無視かい」ヴレイズは面白くなさそうに漏らしながらも体内の魔力を維持する。

 すると、日陰で石造の様に構えていたボレガーノが重々しく口を開く。

「お前ひとりで勝てるのか? レッドアイとやらよ」

「ふふふ……久々だ、この私が本気で戦う事になるとはな!」レッドアイは全身の魔力を解放し、背中から翼の様な火炎を生やす。

「なんだ? ありゃ……」ケビンは手で扇のようにあおぎ、うんざりした様な声を出す。

「俺は……紅き目のドラゴンだ! 龍は容赦なく全てを砕き飲み込み、焼き尽くす!」

「……うわぁ……そーいうキャラかい……」ケビンとヴレイズは声を揃えてため息を吐いた。



「うおりゃりゃりゃりゃりゃぁ!!」フレインは炎で拳を加速させて連撃をがむしゃらに放った。バズガはそれを涼し気な表情で受け流す。

「ふぅむ……なるほどなるほど」値踏みする様に彼女の動きを眺め、小さく頷く。

「うりぃやぁああああああ!!」跳び、浴びせ蹴りを放ちながら火炎を噴き上げ、バズガを焼き尽くす。

 だが、彼に効いている様子はなく、そよ風に戯れるかの様な表情を覗かせる。

「そう言う事か……フレイン・ボルコンよ」

「……なによ!」先ほどから手応えの無い感覚に煮立ちながら吠える。

「力を欲しているな……なぁどうだろう、我々の仲間にならないか?」バズガは真面目な眼差しを彼女に向けながら口にした。

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