38.強者への第一歩

「ねぇ、なんで朝の内に奇襲をかけないの? 連中は吸血鬼なんでしょ? 日中に戦えばイチコロでしょ?」フレインは朝食のベーコンを頬張りながら問うた。

 その質問にレイチェルはスープを啜りながら答えた。

「そういう時が、一番危険なの。数十年前から戦い続けているけど、朝や昼に攻める様なことは、新米ハンターしかやらないわ。プロは真夜中に攻めるのよ。夜明け前が理想ね」と、悪戯気な微笑みを覗かせる。

「そういう物なんだ……ところで、レイチェルも吸血鬼なんだよね?」

「そうだけど?」犬歯を光らせながら、サラダをフォークでつつく。

「血ィ……吸いたくならない?」フレインは恐る恐る口にし、彼女の表情を伺った。

「……いいえ。私をそこら辺の連中と一緒にしないで。私は、特別な血を受けた吸血鬼だから……」

「ケビンに噛まれたんだっけ?」

「……彼は……吸血鬼じゃないのかもしれない。もっと特別な何かなのかもしれないわね。悪魔かなんかなんだわ、きっと」サラダを噛みながら答え、フレインを赤い瞳で見る。

「……? な、なに?」吸血鬼の瞳に慣れないフレインは、声を震わせた。

「あなた、吸血鬼が苦手みたいだけど……? 大丈夫?」怪し気に微笑を浮かべながらフレインの震える瞳を見つめる。

「うっ……子供の頃、本で読んで……その日に夢に出てきて、おねしょして……って何言わせんだよぉう!! あの2人には言わないでよぉ!!」顔を真っ赤に染めながら怒鳴り、鼻息を荒くさせる。その様子を見て、レイチェルはクスクスと笑った。

「わかったよ、2人だけの秘密だね」

「そういえば、ヴレイズとケビンはどうしたんだろ?」



 その頃、男2人はウォーン村の外れにある丘に座り込んでいた。手元にはグラスと空のボトルが置かれていた。2人は昨晩から夜を徹して話し込んでいた。

「あれから色々あったんだな……」ケビンは小さく頷き、昇り始めの朝日を見る。

「まさか、こんな縁があるとは、不思議なもんだ」ケビンとアリシアとの繋がりを聞き、そして自分と彼女との旅について語った。

「それにしても、あの山に登るとはなぁ~……シルベウスは元気……だろうなぁ~、あのメロンパン狂いめ」色々と知ってそうな口ぶりをしながら笑うケビン。

「会った事あるのか? あの神様に?」

「あいつは神様じゃないよ。本人もそう言っていただろ? 俺も随分昔に、ある願いを叶える為に登ったが……」と、今度は寂しそうに笑う。

「そうか……アリシア……今頃、頑張っているのかな?」



 所変わって、ゴッドブレス・マウンテン頂上のシルベウスの宮殿。外からは見る事の出来ない不思議なベールで包まれたこの建物は、どんなに年月が経っても風化することの無い特別な素材で出来ていた。

 そんな神秘的な場所のど真ん中で、アリシアは……。


「んまぁ~い! こんなにおいしいパン? ケーキ? なにこれなにこれ!!」


 彼女は口に付いた生クリームをペロリと舐め取り、こんがりとしたメロンパンに齧りついた。

 そんなアリシアを見ながらシルベウスは頬を緩めた。

「だろぉ? 俺の大好物、生クリーム入り焦がしメロンパンだ! こいつの悪魔性が原因で13世界目の連中は禁糖法を、そして砂糖戦争が起きた」出鱈目なのか真面目なのか、彼は指を立てながら蘊蓄を垂れるノリで語った。

「なんじゃそりゃ! でも、んまいなぁ~」

「食べ過ぎないで下さい。それは必要以上の糖分が含まれていますから……」と、ミランダも書物を読みながらメロンパンを口にする。

「ところで、アリシアちゃん。お勉強の方はどうかな? どこまで進んでいるのかな?」シルベウスは教師のように両手を後ろに組み、彼女の顔を覗き込んだ。

「ん~ 少し行き詰っててさぁ……ちょっと、休憩! あぁ! 久々に狩りに行きたいなぁ!!」メロンパン片手に地団太を踏むアリシア。

「……ま、魔法基礎というものは教科書や黒板で勉強するのは難しい、センスの問題もあるからな……」励ますように優し気に口にすると、そこでミランダが彼の袖を引き、耳元で囁く。

「彼女はもう基礎や応用の向こう側にいます。書物庫にある光関係の文献は殆ど読破し、今や私の教える事の出来る範囲にはいません……」ミランダは冷や汗混じりに声を震わせ、アリシアを見る。

「……マジ?」シルベウスは目を点にして口をあんぐりと開けた。

「ねぇ、アリシアさん……どこで行き詰っているのかしら?」

「光の屈折と呪術の関係性に回復魔法と水と光のシナジー効果について、かな。枯れた花で実験したら、元通りになったんだけど……これを人でやって上手くいくかどうか……」彼女は滑らかに口にしながら、メロンパンをもう一口齧った。

「……この様子だと、他の属性についても勉強してそうだな」シルベウスは乾いた笑いを漏らした。

「彼女は、とんでもない逸材ですね」

「いや、彼女は多分……」シルベウスは、彼女の心中を察しているかのような口ぶりをしながら、言葉を止めた。



 昼頃になり、ヴレイズ達はウォーン村の酒場に集まった。ケビンがバーガーを4つ注文しようとするが、ヴレイズ達は断固拒否し、代わりにコーヒーを頼む。

「で、今後どう攻めるかについて、だが……」

 ケビンの作戦は二手に分かれ、手に入れた情報を元にバズガの手下が転覆している2つのアジトへ向かい、まずそこを叩く、というモノだった。

「親玉を詰めるなら、まず駒からってね。連中は、日中は活動できない。故に、太陽の元で活動する手下を潰し、弱らせるんだ」と、マーナミーナ国の地図を広げ、二カ所に丸を付ける。

「その情報、どこから手に入れたんだ?」ヴレイズは眉を動かしながら問うた。

「この前、バズガの手下を絞ったら吐いたのよ」レイチェルが腕を組みながら答える。

 すると、ヴレイズは不服そうな表情を浮かべ、ため息を吐いた。

「これは多分、罠じゃないか? 敵がワザと漏らして、俺たちを引っ掻ける……」ヴレイズは旅の経験で鼻が効くようになったのか、ケビンの語った策に違和感を覚えていた。

「俺もそう思う」ケビンはヴレイズの反応が嬉しいのか、ニヤリと笑った。

「……何か理由があるんだな?」

 そこで今度はレイチェルが語り始めた。

 実は彼ら吸血鬼ハンターも敵側に囮作戦を漏らし続けていた。こういった情報戦は昔から続けており、何が嘘で何が事実か、そして何を無視し何に喰いつくかなど、呆れる程、繰り返してきていた。

 その為、一進一退を繰り返し、結局事態は何も変わらない。そして結局、何も考えずに突撃してくる馬鹿に一歩一歩追い詰められているのが、現在のケビン達だった。

 故に、あえて罠に飛び込んででも行動するべき時が必ず来るのである。

 それが、今なのである。

「相手は吸血鬼。恐る恐る戦わなきゃならんのが当たり前だが、そんな心構えじゃあ攻めきれないんだ。だから、あえて火に突っ込むんだ」ケビンは鋭く笑いながら、自分だけ頼んだバーガーを口にする。

「ただ馬鹿みたいに突っ込むだけじゃないわ。ちゃんと、裏は取ってある。この場所は、確実にバズガの手下のアジトよ。ここを潰せば、バズガの首に一歩近づける」レイチェルは唇をギュッと噛み、拳を握る。

「……それから、この奇襲は俺たち4人だけでやる」

「なんで?! この村にはハンターがまだいるんでしょ?」フレインが不服そうに口を尖らせる。

「……お前らが来る前に連中と戦った時、多くの吸血鬼ハンターがやられてな……村の防備だけで手一杯なんだ……」と、ケビンはレイチェルの肩を優しく叩く。が、その手を抓られる。「いでで」

「そう……じゃあ、やろうか!」フレインは元気よく立ち上がり、拳を叩いた。

「随分やる気だな?」ヴレイズは不思議そうに彼女を見上げる。

「いい? ボレガーノのヤツはあたしが倒すからね!! 邪魔しないでよ!!」フレインが勢いよく口にすると、レイチェルが驚いたように口を開く。

「何言ってるの? あんな化け物を1人で倒すなんて無茶よ!」

「いーや! あたしはひとりであいつを倒す!! だ・れ・も邪魔しないでよ!!」

 


 彼らはヴレイズとケビン、フレインとレイチェルと2組に分かれて早速アジトへ向かった。アジトはマーナミーナの北西の南東に分かれており、応援に駆け付けるには難しい距離だった。故に、身長に行動する様に互いに言い聞かせ、ウォーン村を出発した。

「貴女、向こうにもし、ボレガーノがいたら本気でひとりで戦う気?」レイチェルは確かめる様に問うた。

「もちろん! あいつは強いからね! あたしの旅の目的は、強いヤツと戦って強くなる事だもん!」と、両腕に魔力を込めて熱を帯びる。

「強く、ねぇ」レイチェルは己の得物『キャノンハンマー』の調子を確かめながら頷く。彼女はフレインの得意げな表情を見てため息を吐き、正面に立つ。

「? 何?」

「強くなる道の最初の一歩ってなんだか、わかる?」

「それは勿論、強いヤツと」


「己の弱さを認める事、だよ」


 レイチェルはフレインの強気な瞳を覗き込み、残念そうな目を向けた。

「な、なによ! それ!」

「ヴレイズはその一歩はとうに踏み越えているみたいだし、ボレガーノが認めたのも頷ける。あいつは通だからね。私にもわかるよ、あんたが認められなかった理由が」

「なによ!! あんた、あたしに喧嘩売ってるの!!」殺気の籠った火炎を纏わせ、レイチェルを睨み付ける。

「ちょっと……作戦前に喧嘩はやめようよ。ごめんネ」冷静なレイチェルはここは引きさがり、言葉だけの謝罪を口にした。

「ふんだ! 絶対に勝ってやる!!」



 夕暮れになり、ヴレイズ達はアジトに辿り着く。そこはバズガに襲われた廃村だった。

「気配がするな……」ヴレイズは目を細めながら魔力を強めた。

「この気配……奴らじゃないな。吸血鬼に心酔しているお花畑とは違う気配がする……なんだ? それに、もう1人は……」ケビンは首を傾げ、廃村へと堂々と足を踏み入れる。


「よくぞ参られたな」


 気配の正体の1人は、ボレガーノだった。相変わらずの巨躯を揺らしながら日陰で笑っていた。

 そして、その正面にいるのは漆黒の甲冑を身に纏った者だった。

「こいつらは……?」ヴレイズは廃村の至る所から甲冑戦士と同じ気配を感じ取り、冷や汗を掻く。

「お前がケビンか。私は黒勇隊6番隊隊長のレッドアイだ。大人しく投降して貰おう」と、甲冑戦士は両腕に炎を纏った。

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