37.吸血鬼ボレガーノ、あらわる!

 夕暮れ時になり、食堂に村人が集う。夕飯時故、ホール全体がごった返す。そんな食堂の片隅の個室で、ヴレイズ達は未だに話し合いを続けていた。

「俺は構わないぞ。吸血鬼退治か……楽しそうだ」余裕の籠った笑みを覗かせるヴレイズ。

「……え?」フレインは弱った様な目で彼を見た。

「本当か?! そりゃよかった! 流石はアリシアさんの仲間だ!」ケビンは手を叩いて喜び、特製ハンバーガーをもうひとつ口へ運んだ。

「ふぅん~ 言っておくけど、その2人の吸血鬼は、他の雑魚とは比べ物にならないよ?」レイチェルはブルースムージーを飲みながら目を光らせる。

 吸血鬼の中で、特に強いのが2人いた。

 ひとりはボスである『バズガ』である。彼はクラス3の水使いであり、ケビン達では太刀打ちできないほどの実力者であった。

 もうひとりは大地使いの吸血鬼、『ボレガーノ』である。バズガ程ではないが、卓越した戦闘センスで場を制圧するこの男は、多数の吸血鬼ハンターを殺してきた達人であった。

「こいつらはある物を手に入れて、本物の不死になるつもりなんだ。そうなれば、本当に手が付けられなくなる……その前に、倒したいんだ」ケビンはハンバーガーを咀嚼しながら言う。

「どうやって? どうやって、その……不死身になるの?」フレインが口にすると、レイチェルがため息を吐きながら腕を組み、弱ったように首を振る。

「……ケビンの血よ。儀式では『太陽の下を歩く呪われたの血』が必要なの。だから、彼は前線では戦えないの」

「雑魚相手なら無傷でイケるんだが、バズガが相手だとな……それに、ヤツはかなりの水の使い手でな……」

「どういうレベルなんだ?」興味ありげにヴレイズが問う。



 数年前、この国からひとつの村が滅んだ。

 その村は、群れとなった獣はおろか盗賊団にすら遅れを取らない程、強者たちが防備を固めていた。故に、誰もこの村を襲う様な真似はしなかった。

 しかし、ある夜、バズガがこの村へとやって来る。怪しい瞳が月明かりで光り、たいまつの揺らめきが影を伸ばす。冷たい殺気が村全体を覆い、察知したのか赤子たちが一斉に泣き始める。

 その気を感じてか、村の戦士たちは得物を取り、一斉にバズガへ向けて矛を向ける。

 バズガは余裕たっぷりに微笑みながら細い右腕を掲げる。

 すると、走り出していた戦士たちが急に動かなくなる。彼らだけでなく、村人、家畜に至るまでピタリと動きが止まる。瞳だけが恐怖に震え、空けた口から小声が漏れるのみだった。

 そして、バズガは悠々と村の奥へと歩を進め、村娘たちを値踏みし、一番美しい村長の娘へと手を伸ばし、村長の眼前で首に牙を突き立てた。

 


「なにそれ、チョーノーリョク?」フレインは奥歯をカタカタさせながら問うた。

「……一度、ヤツの術に嵌った時……俺は指先すら動かせなかった……意識はあったんだがな」ケビンは弱ったように頭を掻いた。

「私に至っては、意識すら止まっていた……そして……」レイチェルは痛むのか、胸を押さえながら悔しそうに唇を噛む。

「……多分、それは水使いの高度な術だな。しかし、村全体とは、かなりの魔力だな」ヴレイズは何かを理解したのか、感心する様に唸った。

「お? わかるのか? そうだ……やつは人間の水分を強力な魔力で操るんだ」

「そんな吸血鬼……と、戦うの?」怯えた目でフレインが問う。

「そいつらを放っておけば、村だけでなく、この国もヤバくなりそうだな。よし! 俺は手を貸すぞ!」ヴレイズはやる気を出す様に腕に炎を漲らせた。

「え……」フレインは更に弱ったように声を漏らす。

「どうしたんだ? 強い奴と戦うのがこの旅の目的なんだろ?」ヴレイズが問うと、フレインはガタンと勢いよく席を立った。

「あ、あたしは怖くないよ! はは、は……バァカ!!」と、ヴレイズの後頭部を引っ叩き、食堂を勢いよく出て行った。

「ってぇなぁ……なんだ? あいつ……」

「怖いんでしょ……それが普通よ」レイチェルは馴れた様に口にした。

「無理に手を貸せとは言わないよ」ケビンも頷き、食後のコーヒーを啜る。



 ヴレイズはケビンが手配した宿へは行かず、フレインが向かったであろう村の外へと向かった。彼女は機嫌が悪くなると、いつも開けた場所で大の字に寝転がっていた。

 彼女の魔力を感じ取り、ほんのりと熱のこもる場所へと向かう。

「どうしたんだ? フレインらしくないじゃないか」ヴレイズが問いかけると、鼻先を火炎弾が掠めた。

「うるさいなぁ……」いじけた表情を背け、鼻息をフンと鳴らす。

「もしかして、吸血鬼が苦手、とか?」彼が問うと、今度は拳が顔にめり込む。「図星か」

「怖くないって言ったでしょ!! 今日はひとりにしておいてよ!!」

「こんな所で寝転がっていたら、連中が来そうなもんだけどなぁ……」と、ヴレイズが呟くと、彼女は猫の様に跳ねあがり、周囲を警戒した。瞳に炎を宿し、闇の向こう側へと火炎弾を放つ。

「おいおい、本気にするなよ……」


「いた! いたいたいたいたいた!!!」


 彼女は恐怖で心臓を跳ね上げ、ヴレイズの背後へと隠れて構える。

「まじ?」彼も闇の向こうへと目を凝らしてみる。

 そこには、確かに何者かが赤い瞳を光らせながら立っていた。筋肉質な大柄のその男は、笑うように肩を揺らし、一歩一歩踏みしめながらヴレイズ達の方へ向かっていた。

「ほぉ……気配を殺して偵察に来ていたが、まさか勘付かれるとはな……お前らが助っ人の炎使いか」鬼の様な面構えをしたその吸血鬼は、ボレガーノだった。

「お前ひとりか?」ヴレイズは一気に身体に魔力を漲らせ、腕に炎を纏わせる。

「いっただろう? 今回はただの偵察だ。だが、中々の強者とお見受けする……」丸太の様な脚を踏みしめ、熊の様な腕を広げる。その構えに殺気は少なかったが、闘気は凄まじく、強風の様に吹き荒れていた。

「わぁ……この人強い……」フレインの恐怖に震えた瞳に輝きが宿る。

「吸血鬼は怖いんじゃないのか?」ヴレイズが呟くと、彼女は彼の前に堂々と立った。

「怖くないって! それに、面白そう!」と、いつもの調子を取り戻すフレイン。

「……そこの娘、邪魔だから退くんだ」ボレガーノは彼女を指さし、ヴレイズの前から消えろと言わんばかりに手を動かす。

「なぁに?」彼女の額に血管が浮き上がる。

「お前では私を満足させることはできん。お前では漲るモノも萎える……」

 ボレガーノの一言は、フレインの怒髪天を衝き、彼女は一発の砲弾の様に火を噴いて跳んだ。ヴレイズが静止する間もなく、彼女はボレガーノの眼前で拳を振るった。

「目障りだ」止まった蠅でも掴む様に彼はフレインの首を掴み、遠くへと放り投げる。

 彼女は怯まず炎で体勢を制御し、火を噴いて再びボレガーノの間合いへ入り込む。

「……しつこい娘だ」うんざりした様な声を漏らしながら、フレインの殺気へと裏拳を放つ。すると、彼女の形をした炎がクシャリと崩れ、代わりに彼の頬に蹴りがめり込む。

「どうだ!!」蹴りの衝撃を利用して飛び退き、得意げな笑みを見せる。

「……お前の強さはわかった。お前では無理だ」蹴られた頬の汚れを擦り、鋭い眼光を向ける。顔面に蹴りを喰らったにもかかわらず、彼は全く弱味を見せていなかった。

「……まだまだぁ!!」身体に炎を巡らせ、再び跳ぶ。

 すると眼前に突如、巨石が飛んで来る。巨大なそれは猛スピードでフレインに襲い掛かった。

「こんなもん!!」フレインは両腕に炎を込めて岩を砕こうと、張り付いて殴りつけた。

 いつもなら、これより大きな巨石でも砕く事が出来た。バースマウンテンの火山岩を砕く事が日課だった彼女には朝飯前だった。

 しかし、眼前の巨石は鋼鉄よりも固く、フレインの腕ではどうする事もできなかった。

 それもそのはず、この巨石にはボレガーノの魔力が込められており、例え熟練の戦士でもそれを砕く事は困難であった。

「ぐ! くそっ! くそ!!」巨石を何度も叩くが、皹すら入らずに歯を剥いて焦るフレイン。拳に血が滲み、大地が背後に迫る。

 すると、巨石が突然、火の粉と共にばらばらに砕け散る。

「くそぉ……」手応えでそれが自分の力ではないと知り、落胆して地面に転がるフレイン。

「やはりやるな……名を何と言う?」ボレガーノは仏頂面を緩ませながら問うた。

「赤熱拳のヴレイズ……だ。久々だなぁ~ こうやって名乗るの」照れたように頭を掻き、右拳の火を吹き消す。

「今のでわかったぞ、お前の実力……ここでやり合いたいところだが、言った通り、今回はただの偵察でな。また会おう」と、ボレガーノは静かに笑いながら闇の中へと溶けていった。

「もう! ヴレイズ!! 邪魔しないでよ!!!」

「でも、放っておいたらフレイン……」

「うるさい!! バァカ! ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁか!!!」彼女は全身で火を噴きながら村の方へと戻っていった。

「本っ当に難しいなぁ~ フレインは……」



 ボレガーノはアジトへと戻り、バズガの前に立った。腕を組んで面白そうにほくそ笑み、偵察内容を報告する。

「成る程……警戒すべきはその『赤熱拳のヴレイズ』とかいう炎使いか……」

「はい……その者は恐らく……バズガ様と同じ、クラス3.5の使い手です。お気をつけを」

「ふむ……しかし、その者は所詮人間……限界がある。私には敵わんだろう」

「……できれば、このヴレイズは私めにお任せを。私はこの男、実に気に入りました」

「そうか。では、私はケビンを……あいつの血を手に入れば……」

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