36.ヴァンパイアハンターは吸血鬼
明朝、ヴレイズ達はケビンに連れられてウォーン村へ来ていた。一見、普通の村と変わりない日常が流れていたが、2人は淡い殺気を感じ取り普通ではないと判断した。
「気付いたか? ま、この村の平常がこんな感じなんだがな」察したケビンが笑顔で口にする。
「つまり?」ヴレイズが訝し気に問う。
「この村は、いや、ここら辺の村々は60年ほど前から吸血鬼に悩まされているんだ」
「それって昨晩の?」フレインは吸血鬼の群れと、その殺気を思い出し身震いする。
「あれはまだカワイイ方だ。問題は、あれらを束ねている奴らの方でな……ま、座れる場所で落ち着いたら詳しく話すよ」
ケビンは村の酒場へと彼らを招き入れ、一番奥の個室へと入る。そこは少々狭い4人掛けの席だった。カーテンで遮る事が出来、密談をするには最適の席だった。
「特等席だ。朝飯まだだろ? ここのバーガーは中々イケんだぜ?」と、ケビンはウェイターに4人分のバーガーとスパークリングピーチジュース、山盛り上げ玉ねぎを注文した。
「4人分?」ヴレイズが首を傾げる。
「後でもう一人来るんだ」
「そういえばさ、ケビンも吸血鬼なんだよね? なんで太陽の下を歩けるの?」先ほどからの疑問をフレインが問いかける。
「俺は連中とは違うタイプの吸血鬼なんだ。呪いの種類が違うって言うか……まぁ、弱点の少ない吸血鬼なんだ、俺は」と、早速出されたピーチジュースをストローで飲む。
「弱点が少ない?」ヴレイズは吸血鬼の特徴を、フィクションや噂で聞いた程度の知識を引っ張り出し、整理を始める。
吸血鬼の弱点は、一般的に日光に弱く、夜にしか活動できなかった。神に纏わる物に抵抗力が無く、それに触れると火傷し、仕舞には消し炭と成り果てる。そして何故かニンニクにも弱く、毛嫌いをする。ヴレイズに知識はこの程度だった。
「まぁそれは大体当たりだ」ケビンは手を肩まで上げながらヴレイズの目を見る。
ケビンが言うには、聖なる物に弱いのではなく、抗菌作用のある物に弱いという話であった。聖なる物は大体が銀で出来ており、銀には抗菌作用があった。日光やニンニクにも殺菌作用があり、それが理由で吸血鬼はそれらに弱かった。
それに加え、吸血鬼は名前の如く、激しい吸血衝動があり、ある意味これも弱点であった。ケビンが言うには、この吸血衝動は食欲ではなく性欲に通ずるものがあり、これを我慢することは難しいと言った。
「ケビンは血を吸いたくならないの?」フレインもピーチジュースを飲み干し、氷をガリガリと齧る。
「たまに、な。君みたいなカワイイ子を目の前にすると、喉が渇く事がある。だが、我慢はできるよ。連中とは違うんだ。連中は言わば、常に猿の様な性欲に蝕まれているって感じかな?」と、フレインの褐色の頬に触れようとする。が、手の甲を抓られ、睨まれる。
「そりゃ鼻息も荒くなるな」ヴレイズは昨晩の吸血鬼のギラギラした目を思い出す。
「ま、弱点だらけだがその分、力が強く、タフでほぼ不死身だ。弱点を突かない限り、死なない。更に、魔力も強い」手の甲を摩りながらケビンが言うと、目の前に山盛りの揚げ玉ねぎが置かれ、早速つまみ始める。
「で、ケビンの弱点って?」彼の余裕の笑みを見ながら彼女も揚げ玉ねぎをつまむ。
それを聞いて、ケビンはワザとらしく笑いながら彼ら2人を交互に見た。
「俺に弱点はないんだなぁ~ だが、それが俺の弱味だったりする」
「はぁ? 弱点がない?! って事は、ケビンは不老不死の?」フレインは仰天する様に大声を上げる。
「……心臓に剣が突き刺さって、死んでいる風になっていたが、あれは?」半年ほど前にアリシアと、彼を発見した時の事を指摘するヴレイズ。
「あれは複雑な事情があってな……訳があって自分では抜けなかったんだ。それに、首を撥ねられたり、心臓を貫かれたりしたら俺でもかなりキツイ」
「で?」ヴレイズは腕を組んで、彼の目を覗き込んだ。「俺たちをここに連れてきた理由は? まさか、バーガーを奢る為じゃないよな?」
この問いにケビンは口を結び、口に付いた油をナプキンで拭う。
「その、吸血鬼のボスがいるんだが……そいつがかなり厄介な奴でな……そいつを倒す手伝いをしてくれないか?」
「やっぱりな」ヴレイズは予想通りの答えを聞いてため息を吐いた。
「吸血鬼退治……うぅん」フレインは少し弱った様な表情で俯く。
彼女は、強い者と戦うのが3度の飯より好きだった。しかし昨晩の吸血鬼、恐怖心がこびり付いており、首を縦に振る事ができなかった。
「どうした? フレインらしくないな」彼女なら二つ返事で引き受けると思っていたヴレイズは首を傾げる。
「ま、無理にとはいわないよ。この村は少しギスギスした雰囲気だが、数日滞在する分には悪くない」と、ケビンが口にするとバーガーが4人分、机に置かれる。「おっほ、きたきた。遠慮なく食ってくれ! ここのはサイコーだぞ」と、早速齧り付く。
2人は空腹の為、迷いなくバーガーを口へ運んだ。しかし、一齧りしただけで、少し異変を感じ取り、目を泳がせる。
「…………」2人は黙りこくり、ゆっくりと咀嚼し、喉を鳴らして飲み下す。そしてすぐさま、ピーチジュースを流し込む。
「あ、あたしピーチジュースお替り……」口を渋く形作り、ヴレイズのジュースに手を掛ける。
「美味いだろ? 俺はもうひとつ頂こうかな」
すると、彼らの席にひとりの女性がやってくる。彼女は折り畳まれた大きなハンマーを椅子の傍らに大事に置き、ケビンの隣に座った。
「お、紹介するよ。彼女はヴァンパイアハンターのレイチェルだ」と、彼女の背を叩く。
「気安く触らないでくれる? よろしく」彼女は金色の長髪を掻き上げ、ニコリとほほ笑んだ。その口からは牙がニョキリと伸びていた。
「……ま、まさか……」それを目にしてフレインは瞳を泳がせる。
「そ、彼女も吸血鬼だ。それも、俺と同じタイプの、な」ケビンは得意げな表情でバーガーを齧ったが、そんな彼の鳩尾をレイチェルがどつく。「ぐほっ!!」
「誰のせいだ! 誰の!! 私ゃこんな身体にしろって頼んだ覚えはないぞ!!」レイチェルは紅い瞳をギラつかせ、彼の胸倉をむんずと掴んだ。
「まぁまぁ怒るなよ……バーガー喰う?」
「それってまさか……ピクルス山盛りのスパイスパイン&オリーブバーガー? そんなものを客人に勧めたの?!」レイチェルは目を剥き、ヴレイズ達に済まなそうな表情を向ける。「ごめんなさい……こいつ、味覚がトンチンカンだから……」
「感想は食ってから言えよ! なぁ! お前ら、これ美味いだろ?!」ケビンはヴレイズ達ににこやかに問う。
「う……う……」ヴレイズは気を遣って半分以上食べ、精一杯の笑顔を覗かせた。
「あらヴレイズ、美味しいって? だったらあたしのもどうぞ! あたしは玉ねぎでお腹一杯だから!」と、一齧りしたバーガーを彼の前に差し出す。
「!!!!」この世の終わりを目にしたような目で彼女を睨み付けるヴレイズ。
「で? ケビン……この人たちが助っ人なわけ?」レイチェルは改めて椅子に座り直し、彼ら2人を値踏みする様に見る。
「いや、まだ答えは……」
「ごほっごほっ……だがよ、ケビンは昨日の戦いを見る限り、十分強いじゃないか。助っ人なんて必要なのか? そんなに相手は手強いのか?」ヴレイズはフレインの分のバーガーを半分まで食べ、苦しそうに問うた。
「それには理由があってな……」
マーナミーナ国内のありとあらゆる日の当たらない場所、森や洞穴などに吸血鬼の隠れ家があった。実際に、吸血鬼は東の大陸にのみ存在し、普通ならこの大陸には多く生息してはいなかった。
しかし、およそ60年前からこの国に突如として吸血鬼が多くなり、この国の悩みの種になっていた。だが、国王はこの問題には目を向けず、解決しようともしなかった。その理由は、ケビンが言う吸血鬼のボスが関係していた。
そのボスは国内の洞窟内奥深くに存在するアジトにいた。
「で? しくじった、と」ボスはソファーに踏ん反り返り、影に身を置いていた。
「は……その、襲った旅人が存外強く……」この吸血鬼はヴレイズ達の戦いを遠巻きに監視し、その結果を報告していた。
「ほぉ……そいつは有名なのか?」
「ひとりは炎の賢者の娘、フレイン・ボルコンです。もう1人は無名ですが、相当な実力を持つ炎使いでした」
「……そいつらが奴らに手を貸す事になれば……厄介だな」ボスは手と足を組み、重々しくため息を吐いた。
「で、私はこのまま監視を?」
「あぁ……頼む」
監視役が姿を消すと、ボスの背後の闇から筋骨隆々な男が現れる。
「ボレガーノ……どうするか」ボスは背後の男に語り掛けた。
「バズガ様。この私に命じて下さい。あのケビンをこの手で……」
「いや、いくらお前でもあの男を相手にして無事で済むまい。恐らく、その2人の炎使いにレイチェルもいる。舐めていくのは愚かだ……」バズガは立ち上がり、ボレガーノの眼前に立った。大柄な彼と比肩する程、バズガは長身だったが、細身だった。
「では、どうお考えで?」
「……連中が、少なくともケビンとレイチェルが二手に分かれ時に攻めるべきだろう。我々にはどちらかが手に入ればよいのだから……」バズガは口元に手を置き、ふふんと笑った。
「バズガ様……」
「全ては、我々吸血鬼の真の不死の為……そして、あの吸血鬼王バハムントを超える為!」
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