35.炎VS吸血鬼

 ヴレイズとフレインの2人旅が始まって半日、日が陰りだす頃。

 彼らは本日の食料を調達する為、狩りを行っていた。木陰に隠れるグッドスピード・ディア(健脚鹿)に狙いを定め、丘の上でジッとする。

「ねぇ、ヴレイズ」フレインが軽く口を開くと、彼は口元に人差指を置く。鋭い目で手中に魔力を練り、鋭い火炎礫を作り出す。

「あたしがやっていい? ねぇ?!」彼女はまるで子供の様に弾む声を出すが、ヴレイズはただ黙って健脚鹿に狙いを定める。風の流れを読み、気配を操り、健脚鹿の耳や頭の動きに注目する。そして……。

「オッケイ! あたしがやる!!」何がOkなのか、フレインは匍匐姿勢から跳び上がり、両腕に炎を纏って突撃した。

 そんな彼女を、ヴレイズは信じられないモノを見る様な表情で見た。

 フレインは、無防備に背を向ける健脚鹿の後頭部を狙って拳を構える。

 その瞬間、健脚鹿の間合いに入った瞬間、相手の後ろ蹴りが炸裂する。

「くっ! やるね!!」庇い手に蹄の痕を残し、ニヤリと笑うフレイン。

 しかし、健脚鹿はその名前の通り、凄まじいスピードで駆け出し、あっという間に遥か彼方へと逃げてしまう。

「んもう! おっしいなぁ~」拳の火炎を吹き消し、舌打ちをするフレイン。

 ヴレイズはため息交じりに丘を降り、彼女の背後に立った。

「狩りは遊びじゃないんだぞ……」

「わかってるよぉ~ でもさ、さっさと走って村に入って、そこでご飯を食べたほうが良くない?」と、地図を取り出して指さす。今、彼女らがいる地点からあと半日歩いた場所に村があった。魔力を利用してダッシュすれば、晩飯時には着くことができた。

「それもそうだが……てか、フレインは狩りとか、やったことないのか?」

「やった事あるよ! 今回だって、ヴレイズがあたしのペースを邪魔しなければ、上手くいったよぉ!」と、膨れ面を作って腕を組む。

「しかし、さっきの動きは獲物を舐めた動きだったぞ? 例え鹿相手でも、手を抜くと痛い目に遭うんだぞ!」と、彼女の手の蹄跡を指さす。

「うるさいなぁ~! 次のを狙えばいいじゃない!」

「次のを? 今のやり取りで半径数百メートルの野生動物が警戒して俺たちの臭いと気配を警戒する様になるんだぞ? 今日はもう無理なんだよ……」

「なに? ヴレイズって狩人かなんかなの?」フレインが首を傾げる。すると、彼は急に照れたように微笑み、頭を掻いた。

「そうか? そう見えるか?」

「なによ、キモチワルイ」



 夕食時になるより早く、彼らはボルダ村に辿り着いた。ボルコニアとマーナミーナの故郷近くに位置する村だった。早速、食堂へ立ち寄る。

「ねぇ、ヴレイズ」チーズたっぷりのグラタンをフォークで突きながら口にするフレイン。

「なんだぁ?」好物の火炎鳥の手羽先を口にしながら応える。

「旅をするって言っても、これからどうする気? 何か目的があった方が良くない? まぁ、あたしは強くなるのが目標なんだけど」グラタンを火の灯った指先で撫で、焦げ目を濃くする。

「そうだな、俺は、」と、ヴレイズが口を開こうとすると、フレインがズイッと前のめりになる。

「それよりさぁ! ここにあたしがマークした強いヤツらリストがあるんだけど! この人たちに会いに行くってのはどう?」と、手帳を取り出し、ヴレイズの目の前に出す。

「俺、何も話してないんだけど」

「どーせあんたの話は面白くないでしょうに。それよりさぁ、このマーナミーナのさぁ~」

「失礼だなぁ……」ヴレイズはムスッとした顔で手羽先に齧り付く。

 その後、フレインはひたすら自分が目を付けた強い者たちについて語り、どのようなコースで旅をするかまで計画し、食堂のラストオーダーまでしゃべり倒した。

「グラタンが冷めちゃったぞ」楊枝を咥えながらヴレイズが呆れた様に指をさす。

「続きは宿で!」と、フレインはグラタンを再加熱し、あっという間に平らげる。

 その後、更に宿でフレインは己の頭の中のプランを紙に書き出し、強者をどういう順番で倒すかまで書き示した。

 そして、その最後の強者の名は『ヴェリディクト』と書いた。

「……俺は無理だと思うな……」ヴレイズは重々しく口にした。

「そうかな? これだけの強者を倒せば、あいつに匹敵する程……」

「俺は、あいつに一度触れたんだ。話によれば、嘘か誠か200年以上生きている化け物だそうだ……これだけの強者を倒し、修行を重ねたとしても……勝てるとは思えない」

「でも、やってみなきゃわからないでしょう!?」フレインは拳を握り、強く語った。

 だが、ヴレイズは目を伏せ、ため息交じりに頬杖を付く。

「なに? 何が不満なの?!」フレインは苛立ち混じりに彼の顔を覗き込む。

「いいや……この旅のプランに文句はないさ。互いに満足いくまで強くなれれば、それでいい。だが、ヴェリディクトに喧嘩を売るっていうのだけ、反対なだけだ」

「あっそ……じゃあ、あたしだけであのクソ野郎を倒すからいいもん! ふんだ! ばぁぁぁぁか!!」フレインは不貞腐れた様にベッドに横になり、腕を組んだまま壁の方を向いた。

「……ったく……」



 数日後、彼らはマーナミーナに入国した。

 この国では現在、小さな混乱が起き、巷では大騒ぎになっていた。

 マーナミーナの港に漆黒の巨人が現れ、暴れ回ったという話だった。それを謎の集団が鎮圧し、颯爽と立ち去ったという話であった。

「巨人かぁ……戦ってみたかったなぁ~」フレインは子供の様にワクワクとした表情で口にする。

「それを謎の集団が……か……まさかなぁ」新聞を片手にヴレイズは面白そうにほくそ笑み、小さく首を振る。

「何か知ってるの?」

「いや、ただ……俺の仲間ならやりかねない、と思ってな」

 


 その日の夜、2人は焚き火を囲み、捕えた獲物の肉を串に刺して焼いていた。

「……血も骨も残さないなんて、なんか貧乏くさいよ?」フレインは鼻でため息を吐きながら、荷物整理をする彼を眺めた。

「獲物に敬意を払うんだ。じゃなきゃ、命を侮辱することになる……ってな」

「サンサ族って狩人の一族じゃないでしょ?」

「仲間の受け売りだよ。明日、村の道具屋に売れば、中々の値段になるだろう」

「ふーん」フレインは彼を横目で見ながら首を傾げる。

 しばらくして夕食を終え、2人は明日の旅支度を進めた。フレインは少々もたついていたが、ヴレイズはあっという間に終わらせ寝袋を出していた。

「旅慣れてるね」

「1年もすれば慣れるさ」と、食後の茶を沸かす準備をする。

「あたしも、父さんと旅をしたことはあるけど……全部父さん任せだったんだなって、実感してるよ……」

「フレインも飲むか?」

「うん、こいつらを片付けてからね!!」と、彼女は突如、腕に炎を纏って、先ほどから飛んできていた殺気の方へと火炎弾を飛ばした。

 ヴレイズも無言で、飛んできていたナイフを空中で溶かし、投げた者の腕を握った。

「夜盗か?」ヴレイズが問うと、その者は威嚇する様に犬歯を剥きだし、ギラギラと紅く輝く目を向けた。

「ヴレイズ! こいつら吸血鬼だ!!」フレインは驚いたように身を翻す。相手は牙を踊らせながらニヤつき、彼女目掛けて襲い掛かる。

「会うのは初めてだな」ヴレイズは対して驚かず、赤熱拳を放つ。

 しかし、相手はそれを軽々と受け止め、ナイフの様な爪で切り付ける。ヴレイズは紙一重で避け、相手の第二撃を受け止める。

「ぐっ……重い……」吸血鬼は細腕ながら剛腕の持ち主であり、彼らの腕力は人間を粘土の様に引き千切る事が出来た。

「ぐぁ! 早いし! こんのぉ!!!」フレインは全身に炎を纏い、吸血鬼目掛けて振り乱す。相手はそれをそよ風の様に感じているのか、火炎の中で微笑み、怯まずに彼女に襲い掛かった。

「うわぁ! うりゃぁ!!」彼女は拳を振るうも、相手はそれを受け止め、羽交い絞めにする。

「待て! お前ら! 何が目的だ!!」堪らずクラス3.5を発動させ、互角の力を見せつけるヴレイズ。

 すると眼前の吸血鬼が勝ち誇る様に口を開いた。

「お前らは旅人で俺らは吸血鬼……時間は夜! こうなったらもう……決まっているだろう? えぇ?」と、ケケケと笑う。

 その瞬間、ヴレイズはクラス3.5の赤熱拳を叩き込む。相手の目的を知って容赦なく振るったため、その拳は腹を突き破り、豪炎は体内から焼き尽くした。

「くそっ! こんのぉ!!!」フレインはヴレイズの様にはいかず、眼前の吸血鬼に手を焼き、押されつつあった。息が乱れ、重い一撃が響いており、身体が上手く動かなくなる。

 それを見計らってか、もう1人の吸血鬼が暗がりから姿を露わし、彼女の背後から襲い掛かる。

「フレイン!!」助けに入ろうとするも、気配を隠していたもう1人がヴレイズの背後から襲い掛かる。「くそ!」

「や、やばい!」フレインも吸血鬼に噛まれるとどうなるかは知っていた。死ぬまで血を吸われるか、彼らと同じ吸血鬼となるか、または使役される奴隷ゾンビとなるか……。どれも御免だった。

 するとそこへ、黒いコートを身に纏った薄青髪の青年が颯爽と現れる。


「お食事会はオアズケだ!」


 青年は背の大剣を抜き、フレインに纏わりつく吸血鬼2人の首を斬り落し、ヴレイズの眼前にいる1人に蹴りを入れる。

「うわっと! 今度は何だぁ?!」ヴレイズは狼狽しながら青年を見る。

「俺言ったよな? ここら辺でむやみやたらに血を吸うなって……吸うなら、豚か狼の血でも吸ってろってよぉ」と、吸血鬼の顔面を地面に押し付ける。

「お、お前は終わりだ! 俺たちは餌なんだよ! お前を誘き出すためのなぁ!!」吸血鬼は笑いながら口にし、指を鳴らした。

 すると、ヴレイズのたき火を中心に、回りに数十の吸血鬼たちが一斉に姿を現し、爪や牙をカチカチと鳴らしながら笑い声を合唱させた。

「うわっ! こんなにいたのか!」

「あの強さの奴がこんな……うそでしょう?」流石に冷や汗を流すフレイン。彼女は強者と戦うのは大好きだったが、多勢に無勢の戦いは流石に御免だった。


「なぁ……そのお茶、あと何分で飲み頃だ?」


 青年は湯気を立てるポットを指さした。

「え? ……3分かな?」つい冷静に答えるヴレイズ。

「そうか。俺にも一杯くれ」青年はそう言うと、大剣を片手にニヤリと笑い、駆け出した。

 すると、彼は上品な形をした大剣を、まるで小枝の様に振り回し、吸血鬼たちの群れの中へ暴れ込んだ。

「あいつ何者?」

「さぁ? ……だが……あの剣、見覚えがあるんだよなぁ……どこだっけなぁ?」ヴレイズは彼が持つ大剣を見て首を傾げる。

「いただきぃ!!」彼らの背後から吸血鬼が飛びかかるも、ヴレイズは相手の顔面を容赦なく赤熱拳で叩き砕いた。

「弱点は頭か心臓か。そこを狙えばいいわけだ」ヴレイズは全身に炎を巡らせ、青年が暴れる方へと駆けだす。

「あ、ちょ……えぇい! あたしも!!」と、フレインも後に続く。



 茶が飲み頃に湧く頃、カップが3つ用意される。

「あ゛ぁ……このために生きてるってか」我先にカップに口を付け、湯気を立てる青年。彼は返り血でぐっしょりと濡れ、滴らせていた。

「あんた、何者だよ……」拳の血を拭いながら問うヴレイズ。

「ぜぇ、ぜぇ……あたしは冷めてから飲むわ……」

「勿体ないなぁ~ 茶は飲み頃で飲むからいいんだぜ~」青年は頬に付いた血も拭わずに口にする。

「なぁ、アンタ……名前は?」

「おぅ、俺は何でも屋のケビンだ。そう言うアンタは、匂いからしてアリシアさんの旅仲間だろ? ん~ヴレイズかな? そうだろ?! なんだ生きていたのか! よかったよかった」と、カップ片手に指を差す。

「な!? アリシアの知り合いか?」

「おぅ! てぇかお前ともな。俺の事、嫌々埋葬を手伝っただろ? 俺はあの時の、死体だ」

「………………はぁ?!」

「ねぇ、何の話?」

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