34.旅立つ炎

 ヴレイズはガイゼルに頼まれ、いじけたフレインを追った。

「ったく、よくわからない子だなぁ……いや、わかるんだが……難しいなぁ」複雑そうに頭を悩ませながら、彼は彼女の駆けた道を静かに走って行った。

 そんな彼女は町を出てバンガ高原に来ていた。

 ここは未だにガイゼルとヴレイズが戦った跡が燻っており、こんがりとした匂いが立ち込めていた。黒く染まった大地を眺め、拳を握り込む。

「くっ……」彼女は歯を剥きだして軋ませ、俯く。

 彼女は先日の父の戦いぶりを思い出し、呼吸を整える。魔力を全身に巡らせ、少しずつ高速化させ、己の中の炎循環と血液循環を同調させ、少しずつではあるが魔力を高めていく。

 だが、自分の限界値に近づき、いつも通り魔力が委縮し始める。

「まだまだ……あたしは!」額と首に血管が浮き上がり、髪の毛が徐々に逆立つ。

 やがて、フレインの褐色の皮膚から煙が燻りはじめ、内側から火炎が噴き始める。これは魔力循環が上手くいっていない証拠であり、肉体が擦り減り始めているのである。

「がはっ……まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 彼女は自棄を起こしたのか、更に魔力循環を速め、血涙が流れて指先から火花が散る。咳き込むと、火炎が吹き上がり、魔力暴走が起こり始める。

 そこへ、ヴレイズが現れる。彼女の異変に気が付き、かつて、自分が暴走した時を思い出す。

「おいフレイン! 何やってるんだよ!!」と、背後から近づいた瞬間、彼女の後ろ回し蹴りが炸裂する。

 ヴレイズはそれをギリギリで受け止め、後ろへ飛びのいた。

「いきなり何するんじゃい!!」


「ヴレイズゥゥゥゥゥゥゥ!! あたしと本気で戦えぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


フレインは灼熱の笑みを覗かせ、炎と共に構えた。

「やめろよ! もう魔力暴走を起こして身体が崩れ始めているじゃないか! そこまでして強くなりたいのかよ!」ヴレイズも自衛のためにクラス3.5を発動させた。


「うりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 フレインは全身の炎を更に増幅させ、己のキャパシティーを超えた魔力を片手に纏い、そして轟と放つ。

 ヴレイズはそれを両腕で受け、地面を抉りながら後ずさる。

「くあっ……痛ぇ……」

「どうだ!!!」誇らしげに笑うが、その右腕は焼け爛れ、骨が覗いていた。

「だから、そこまでして何を得る気だ?! 自分でもわかっているんだろ? もう限界を超えているって!!」

「黙れ!! あたしには限界なんかない!! もっと強くなるんだ!! あんたより……父さんより……あいつより!!」と、更にヒートアップさせる。

 だが、彼女の魔力の無限暴走は中途半端な物であり、やがて本当の限界が訪れる。

「あ……ぐっ……まだ、まだぁ!!!」己の魔石を奮い立たせ、さらに炎を絞り出す。

 本来、クラス3までの使い手は一度に使える魔力の量は決まっていた。それを超えると、身体の魔力は消え、魔法を使えなくなる。

 だが、フレインは更に魔石に鞭を打ち、魔力を絞り出していた。

 これにより、彼女は更に炎を出す事が出来たが、代償として……。

「このままじゃあ、体内の魔石が砕けるぞ! 知ってるんだろ? 砕けたらもう一生、魔法は使えないんだぞ!」

「分かってる!! その前に……その前にぃぃぃぃぃぃ!!」フレインは己の中に眠っている可能性に賭けていた。

「もうやめろぉ!!」ヴレイズは彼女の懐に潜り込み、頭をむんずと掴んだ。己の魔力を彼女に注ぎ込み、魔力操作の主導権を一時的に握り、強制的に魔力放出を停止させる。以前、ガイゼルがヴレイズに使った技だった。

「くそ! やめろ! やめてよぉぉぉぉぉ!!」彼女の身体が鎮火し、煙が吹き上がる。全身は火傷を負い、火が止まると同時に血が流れる。

「なんでこんな無茶をするんだ!」

「余計な真似するなよ!! あたしは、あたしはぁ!!」

「急に強くなれるわけがないだろうが!!」

「じゃあ、あんたはなんなのよ!! たった数ヵ月であたしの数十倍強くなりやがって!! ずるいよ!!」

「ズルいとはなんだズルいとは!! 俺は俺なりに苦労したんだ……それになぁ……」

「それに、なんだよ!!」


「ひとりで強くなった訳じゃない!!!」


 ヴレイズは叱る様に怒鳴りつけ、悲し気な瞳で彼女を見た。

「……フレインは何のために強くなりたいんだ? それがもし、自分の為だけなら……そこが限界だ」

「……くっ……わかった口を……」

「俺だからわかるんだ。以前、俺も君みたいに悩みを抱えていたからな……」と、ヴレイズは自分の炎で彼女を包み込んだ。

 それは『燃やす物を選ぶ炎』であり、更にアレンジを加えていた。

「なに? これ……」フレインは不思議そうな瞳で炎を見つめた。

 ヴレイズの炎には、旅の道中学んだ回復魔法が練り込まれていた。彼の炎、サンサ族の炎のみ回復にも使う事ができ、応用が効いた。

「どうだ? 仲間の技術の見様見真似と、お勉強で学んだ回復魔法なんだが……」

「……少しの火傷なら治せるみたいだね……炎で火傷を治すって、なんだか矛盾してる気がするけど……」フレインは複雑そうに笑い、傷を摩った。まだ治り切っていない傷があるが、それはヒールウォーターで簡単に治る程度の傷であった。

「サンサ族は、いろんな炎の回復魔法があるんだ。学ぶ前に……な……」

 言葉に詰まるヴレイズを見て、フレインも意気消沈して黙り込んだ。



 その日の夜、フレインはガイゼルからコッテリと叱られ、石のように黙り込んだ。まるるで何を言い返しても、何が返答されるかを予想しているかのように口を結び、ただ単調に「はい」と答えるだけだった。

「もういい」ガイゼルは一通り吐き終え、娘を部屋へ戻し、今度はヴレイズを呼ぶ。そして、今度はガイゼルが彼に一方的に謝罪を始める。

「いえ、いいですよ」とだけヴレイズは繰り返し、困ったように頭を掻いた。

「いや……色々と謝らなくてはいけない理由があるのだ。実は、もうワシはこの山を出なければならない」と、申し訳なさそうに口にする。

 彼が言うには、パレリア・ボルコニア・バルカニア・マーナミーナ・グレイスタンの5大大国会議に出席しなければならないとの事だった。

 今回の戦争は一先ず沈静し、混乱が収まりつつあった。この時を利用し、一旦5大大国のトップが集結し、今回の休戦について話し合いを行うのだった。そ

 それにつき、ボルコニアは少しでも有利な休戦条件を突き付けるため、隣にガイゼルを立たせ、睨みを聞かせるつもりなのだった。他の大国にはガイゼルに匹敵する漢はいない為、この出席は強制だった。

 更に、戦争にガイゼルは頑なに参加せず、更に炎の戦士たちを全員ボルコニア城から引き揚げさせていた為、この会議には絶対に参加しなければならなかった。

「流石に今回は、な……全く、国同士の諍いなどくだらんと言うのに……」呆れた様に口にし、再び眉をハの字にさせる。

「なるほど……ははは、あいつ、上手くやってるみたいだな」ヴレイズは楽しそうに笑みを覗かせた。

「おやヴレイズ殿。今回の戦争について、何か知っているのかな?」

 彼の問いに対し、ヴレイズは「詳しくは話せない」とだけ返し、また少しだけ瞳に涙を浮かべ、笑った。

「そうか……君の仲間が活躍している、と言う事か」何かを察して頷くガイゼル。

「はい。そうだ、もしその会議で……胡散臭い金髪の若者が貴方に近づいて来たら……俺がよろしく、と。それから、アリシアは無事だ、と伝えて下さい」



 次の日、ヴレイズは馴れた旅支度を終わらせ、荷を片手に立ち上がった。町民や村長、そして炎の戦士たちは別れを惜しんで、輪になって見送った。

「フレインは何処だ? まだあいつ、いじけているのか?」

「彼女らしくないなぁ」

「もっとここに長居すればいいのに!」

「お前の技を俺にも教えてくれよぉ!」

 各々の言葉を送り、ヴレイズを見送る。

 すると、その後ろからフレインがリュック片手に飛んで来る。町民たちを飛び越して、ヴレイズの頭の上に着地する。

「ぐあぁ?!」堪らず頭を押さえ、跳び上がる彼女を見上げる。

「あたしも連れてって! あんたと一緒に旅をすれば、強くなれる気がする!」

「そうくると思ってたよ……」ヴレイズは頭を摩りながらも微笑み、彼女の勝ち誇った顔を見た。

 そんな彼らを遥か後方でガイゼルが腕を組んだまま見守っていた。

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