33.悩める炎の娘

 次の日の朝、ヴレイズは早くに道場を訪ね、ガイゼルの正面に座った。ガイゼルは昨晩、遅めの就寝だったが、すでに起床していた。

「ガイゼルさん、折り入ってお話が……」

 彼がこのバースマウンテンに来た一番の理由を話す。

 ヴレイズは自分の強さの限界、強くなりたい理由、そして師を欲していることを話し、手を付いた。炎牙龍拳の門下生となり、ガイゼルの強さの根幹を学びたい、と滑らかに口にし、頭を下げる。

「ダメだ」ガイゼルは素早く口にした。

「なっ! 何故です!!」驚いたように顔を上げるヴレイズ。

「……ヴレイズ殿は我流ながら、炎牙龍拳に負けない型を身に付けている。昨日の立ち合いで分かった。もし、今のヴレイズ殿が入門すれば、それこそ限界が決まってしまう」

「しかし、俺は師を……導いてくれる師が必要なのです!」

「追うだけなら、構わない……だが、指導するとなると……ヴレイズ殿の為にはならない。ワシは君の師には向いていない……」

「そんな事は……」ヴレイズが食い下がると、ガイゼルは更に付け加えた。

「それから、この山で身体や心を鍛えるのは構わない。だが、それもヴレイズ殿の為にはならないと思う。君はこれまで旅を続け、あらゆる人と出会い、戦ってきた。そうやって柔軟な強さを手に入れている。この柔軟さが君の良さだ。それを大事に育てていくべきだと思う」

「柔軟さ……」ヴレイズは自問自答する様に呟き、目を泳がせる。

 ガイゼルはしばらく黙り、考える彼の瞳を見つめる。

「ヴレイズ殿……君は誰を追っている?」

「追う? ……追う……」更に考え込む様に腕を組み、唸る。

 ヴレイズはこの1年、誰を追ってきたのかを考え、身を震わせる。

 ヴェリディクトだった。サンサ族の村を焼き払い、ヴレイズの両親や愛する者達を灰にした男。

 だが、既にこの仇を追うのを諦めていた。10年以上、ヴェリディクトを思い、倒す事だけを考えていた。数か月前に戦い、手も足も出せずに完敗した。更に、強くなる切っ掛けを仇から貰い、敗北感は濃くなり、2度と会いたくないとまで思っていた。

「ヴレイズ殿……追いかける相手を間違えないよう、気をつけてくれ」ガイゼルは彼の心を見透かすように口にした。

 すると、道場へ門下生が駆け込んで来る。

「ガイゼル殿、失礼します! ヴレイズ殿、こちらに来て下さい!」門下生は慌てた様にヴレイズの手を引き、町の試合場まで案内した。

「……? なんだか嫌な予感がする……」



 その頃、試合場でフレインは炎の戦士たちと試合を行っていた。彼女は戦士たちを千切っては投げ千切っては投げと蹴散らしていた。夜明けから続く長時間の戦いながら、彼女は少しも息を荒げず、全身を滾らせて炎を纏わせる。

 今はボルンと拳を交えていた。

「前より鋭いね」フレインは彼の拳の正確さ、頬を掠める熱さを感じながら口笛を吹く。

「貴女こそ」と、義足に魔力を込めて跳び上がる。彼はフレインと同じく空中戦が得意だった。彼女も誘われる様に飛び、炎をぶつけ合う。

 その戦いを観戦し、戦士たちは感嘆の溜息を吐いた。

「更にお強くなられた、フレイン殿……」

「恐らく、クラス3の中でなら彼女こそがこの山で1番だろう……」

「いや、炎牙龍拳を学ぶ者の中でも5本の指に入るだろう」

 戦士たちは感心しながらも悔しがり、彼女の戦いを目に焼き付ける。

 彼女らの空中での打ち合いが終わり、地面に着いた瞬間、拳が交差する。フレインの拳が正確にボルンの眼前で止まる。

「ふぅ……」額の汗を拭い、構えを解くフレイン。

「参りました」ボルンはニコリと笑い、彼女の拳に触れる。

「流石……強さは父親譲りか」

「……お互いに」ボルンは目を伏せ、互いの父親を、そして共通の仇を想い、表情を曇らせる。

 するとそこへ、門下生に連れられたヴレイズが現れる。

「……ヴレイズ」フレインはすぐさま魔力を全身に巡らせ、彼を睨み付けた。

「? 何?」何も用意できていないヴレイズは首を傾げ、この試合場に立ち込める熱気を感じ取る。

「今までのはウォーミングアップか」ボルンは戦士たちの中へ入り、腕を組む。

「ヴレイズ……あたしと戦ってくれる?」今までにないほど彼女は拳に熱と殺気を送り込む。彼女のソレは試合を行う為のモノではなく、まるで殺し合いでもするかのような勢いがあった。

「え? まだ朝飯も食ってないんだけど……」ボソボソと口にすると、彼女は猛犬の様に唸った。

「あたしと戦うのは朝飯前って事?」

「いや、ゴメン、そう言う意味じゃなくて……」

「あったまきた!」フレインは瞬時に跳び、彼の首を狙って殺気に満ちた一撃を蹴り放った。

 ヴレイズはその蹴りを受けもせず、炎の分身を残して距離を取る。

 その動きに合わせてフレインは彼の気配の向こう側へ飛び、火炎弾を放つ。

 ヴレイズはその弾を吸収し、片腕を赤熱させたが、鎮火させる。

「いきなり来るか? 普通……」

「あたしを舐めないでよ! 本気で戦って! 殺す気できて!! あたしもそうするからさ!!!」フレインは全身に炎を纏わせ、空中へ跳び上がり、火炎弾を撒き散らした。

「なんでそんな、朝から過激なんだよ?」彼女の火炎を、まるで雨粒を受ける様な余裕を持って受け、彼女の気配のみに集中する。

 次の瞬間、彼女の拳の連打を片手で受け、眼前に赤熱拳を見舞う。

「う……」眼前の赤熱拳に冷や汗を掻くが、怯まず背後に飛びのく。

「今ので終わりじゃだめ?」ヴレイズが口にするも、彼女は諦めず、再び跳び上がった。

「あんたはまだ本気じゃない!! あの試合場で見せた出鱈目な力を見せてみな!! 父さんと戦った時の様な力を! あたしにも!!」フレインは鼻息を荒くし、体内の魔力循環を加速させ、全身を更に漲らせる。

「それが望みなのか」ヴレイズは一瞬でクラス3.5を発動させ、フレインの眼前から消える。

「くっ! 見えてるよ!!」彼女は咄嗟に背後へ後ろ蹴りを放った。しかし、その渾身の一撃は空を切った。

「強がるな……」一瞬で眼前に現れ、彼渾身の赤熱拳を構える。試合場の大気が歪み、頭上の朝日よりも真っ赤に燃え盛る。試合に相応しくない殺気を帯びた巨大な獄炎が立ち上り、凝縮される。

「受けてやる……受け止めて、あんたを超えてやる!!」眼前の炎は明らかに自分の防げる代物ではなかった。だが、彼女は引かず防ぐ態勢に入る。

 周りの戦士たちは肝を冷やしながらも彼女の身を案じてはいなかった。

 きっとヴレイズ殿なら寸止めする。その重いが満場一致し、誰も止めようともしていなかった。

 だが、ヴレイズはこのオーバーキルの一撃を容赦なく放った。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」フレインは皮膚の焼ける匂いを鼻の奥で感じ、恐怖で表情を歪めた。

 周囲の戦士たちも何が起こるのかを察し、全員が仰天する。

 そして、ガイゼルにも見舞わなかったヴレイズ渾身の一撃が振り抜かれる。

 試合場の舞台が黒くひび割れ、爆裂する。眩い光と熱気に包まれ、周囲の戦士たちを巻き込んで嵐が如き熱風が吹き荒れる。

「あ……あ」

「フレイン殿……」

「し、死ィ……」

 熱風から感じるヴレイズの本気を肌で感じ、皆が皆、フレインの生死は絶望的に感じた。

「ケホっケホッ……」真っ黒に焼け焦げた舞台の上で、髪の逆立ったフレインは腰を抜かして黒い咳を吐いた。

「これでいいのか?」クラス3.5を解き、ため息を吐くヴレイズ。彼の渾身の赤熱拳は『燃やす物を選ぶ炎』による物だったため、誰も傷つけなかった。

「く……舐めないでよ……こんぐらい……痛ぇ……」焦げた鼻先を摩り、厳しい目で彼を睨み付ける。

「おい、何があった!」遅れて到着したガイゼルが試合場の荒れ方を目の当たりにして仰天するも、中央にいるフレインを見て重たくため息を吐いた。「またお前か……」

「うるさい! 父さんならわかるでしょ?!」

「……また無茶をして……ヴレイズ殿、すまない」

「いや……俺もどうすればいいのか……」

「くっ……ばーか! ばぁぁぁぁぁか!!!」フレインは表情を前髪で隠し、踵を返して試合場を出て行った。

「……全く、難しい娘だ」ガイゼルは周囲の戦士たちにも謝罪しながら、やれやれと頭を押さえた。


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