31.ヴレイズVS炎の賢者
「お久しぶりね! ヴレイズ~」鼻血を垂らして悶絶する彼の眼前に立って腕を組むフレイン。彼女は実に楽しそうな表情で彼の表情を覗き込んだ。
「お、お久しぶり……って不意打ちするか? 普通……」
「こんな不意打ちをまともに喰らうって事は、あれから全然成長していないな?」勝ち誇ったように鼻息を鳴らし、胸を張りながら笑う。
「いや、成長どころじゃないな、これは……」ガイゼルは目の奥に炎を灯しながら口にする。ヴレイズの身体を注意深く目にし、感嘆する。
「どうしたの、父さん?」
「……ヴレイズ殿、積もる話もあるだろう……どうだ? 今日は……」
「そうですね! 俺もガイゼルさんと夜を明かして話を」
「拳を交えないか?」
ガイゼルのこの一言に、周囲の戦士たちが凍り付いた様に固まる。フレインも仰天して父を凝視し、ヴレイズは目を剥いて口をあんぐりと開いた。
「が、ガイゼル様が試合を?! では、すぐにここを……」戦士たちは急いで闘技場から降り、群がった町民たちに場を整える様に命じる。
しかし、ガイゼルは手を振り、にやりと笑った。
「いやいや、ここではなく町の外のバンガ高原でやろう」
この一言で今度はヴレイズ以外の全員が声を上げて仰天する。周囲がどよめき、まるで嵐の予兆を感じた様な雰囲気に包まれる。
「と、父さん……まさか、ヴレイズを……」冷や汗塗れになったフレインが声を震わせ、膝をガクつかせる。
「え? 一体どうしたの?」ヴレイズは事態をあまり上手く飲み込めず、首を傾げた。
ガイゼルに言われるがまま、ヴレイズは町の外の高原へ案内された。周囲の戦士たちはまるで観戦というより、怖いもの見たさで彼らの後に続いた。
フレインは心配する様にヴレイズの横で不安そうな表情をしていた。
「どうしたんだ?」ヴレイズが問いかけると、フレインは肩を震わせた。
「……ヴレイズ、言っておくけど……父さんは本気だよ」
「え?」
「父さんが他の戦士や炎牙龍拳の門下生、そして私と試合をする時、普段は闘技場でやるの。でも、本気を出す時は……闘技場だけでなく町や山にまで危害を加えかねないからって……それぐらい、父さんは本気だってこと」
「こ、怖いな……」ヴレイズは額を青くしながら、震えた笑い声を漏らした。
「ヴレイズ……どれだけ強くなったの?」
「……それを試したんだろ、ガイゼルさんは……よく見てればいいだろ」ヴレイズが口にすると、フレインは頬を膨らませて彼の頬を抓り捻った。
「なによ!! その自信満々そうなセリフ!! ヴレイズのクセに生意気な!!」
「いでででえでえぇぇ!!」
バンガ高原に辿り着く。ボルコシティから数キロ離れたこの高原で、ガイゼルは立ち止まる。ヴレイズは彼の顔を見上げ、少し離れた場所へ移動し脚を踏ん張った。
炎の戦士たちは遠巻きに彼ら2人を見守った。フレインはそんな戦士たちの5歩先で腕を組んだ。
「……あれからどれだけ強くなったんだろう……」彼女は遠くのヴレイズから放たれる魔力を感じ取り、眉を吊り上げる。
「さ、ヴレイズ殿。いつでもいいぞ! 遠慮なくかかってこい!」ガイゼルは腕を広げ、丸太な腕を更に盛り上げる。だが、彼自身からは魔力は微塵も発せられていなかった。
「流石……」ヴレイズは冷や汗を蒸発させ、体内の魔力循環を徐々に加速させる。
その数瞬後、ガイゼルは大地を軽く蹴飛ばす。その蹴りは何の変哲もない代物だったが、蹴られた大地から地響きが鳴る。少しずつその揺れが大きくなり、そしてガイゼルから離れた場所から突如、火炎噴流が発生する。その噴火が大きく広がり、まるで津波の様になってヴレイズに襲い掛かった。
「い、いきなりその技を!!」
「殺す気か?!」
「ガイゼル様! 相手はひとりですよ!!」
戦士たちは滝汗で仰天し、ガイゼルから放たれた技に肝を冷やした。
「父さん……戦争でもあんな技は……」フレインはこの技の事は教科書で読んで知ってはいたが、実際に放たれる場面は見た事が無かった。
この『グランド・バーン・ウェーブ』は高位のクラス4が放てる絶技だった。本来なら多数相手を圧倒する為の大技だったが、ガイゼルは何故かヴレイズ1人に対して放った。
この技を前にしてヴレイズは眉ひとつ動かさず、ゆっくりと呼吸し、火炎津波の向こう側のガイゼルを睨み付けた。
「何故、逃げない!」
「あいつはあいつで死ぬ気か?!」
「そりゃあ動けねぇよ、あんな技を目の前にしたら……」
火炎津波はヴレイズに近づけば近づくほど大きくなり、彼の鼻先に来る頃には町ひとつを飲み込むほどに巨大になっていた。
ガイゼルは腕を組み、じっと次の動きを待っていた。
そして、火炎津波はヴレイズどころかバンガ高原の半分以上を飲み込み、焼き尽くし、黒煙が燻る。
「と、父さん……」実際は寸止めにすると踏んでいたフレインは、全てを焼き尽くしたのを見て仰天し、膝を折る。
次の瞬間、黒煙の中から人型の炎の塊が4つほど飛び出し、ガイゼルに襲い掛かる。
「おぉ!」喜ぶように驚き、その攻撃を一蹴する。炎の塊は脆く崩れ、火の粉になって消し飛ぶ。
すると、ガイゼルの背後を殺気が叩く。
「いつの間に?!」殺気の向こう側へとガイゼルは巨木が如き裏拳を放つ。
しかし、その殺気の正体は同じく人型の炎だった。また火の粉になって崩れる。
すると、黒煙の向こう側から再び炎の塊がガイゼルへ向かって飛ぶ。
「ふん!」その炎へ気合を飛ばし、また火の粉が舞う。
すると、その火の粉の中からヴレイズが現れる。右拳には練りに練られた赤熱拳が用意されていた。更に、先程からガイゼルの周りに待っていた火の粉がヴレイズの右腕へ集中し、さらに赤々と燃え盛っていく。
「なに?!」ヴレイズの意図に気付いた瞬間、ガイゼルの腹に渾身の赤熱拳が炸裂する。
その瞬間、高原が眩い光に包まれ、爆音が遠巻きに見ていた戦士たちの耳を劈く。遅れて衝撃波が広がり、腰を据えて見ていなかった戦士のひとりを吹き飛ばす。
「な、なんだとぉ……」
「あの技を……いや、しかし、え? 何を?」
「どんなレベルだ? あのヴレイズという男……」
戦士たちが仰天するのを尻目に、フレインは奥歯を噛みしめながらヴレイズを静かに見ていた。
「どうだ、ヴレイズ殿! 拳を交えた方が手っ取り早いだろう!」ヴレイズ渾身の赤熱拳を片手で受け止めたガイゼルはニヤリと笑った。
「そうですね……では、もっと語り合いましょうか!」怯まずヴレイズはバク天で距離を取り、一瞬で両腕に魔力を練り上げ、あっという間に熱線を放った。
ガイゼルはそれを涼しそうに弾き、間合いを詰めて拳を振るう。
ヴレイズは炎の分身を出しながら避け、片手で熱線を放つ。
「か、片手で熱線?」
「あいつ、クラス3なんだろ?」
「いや、クラス4でもあんなに軽々とは……」
戦士たちが仰天する中、戦いを続ける2人。
しかし、この戦いはガイゼルが勝つことは皆が分かっていた。
何故なら、同じ属性同士の戦いは純粋な実力勝負になる。故に、賢者で在り百戦錬磨であるガイゼルが負ける事はありえなかった。
だが、ヴレイズは涼し気な瞳で戦いを続けていた。
ガイゼルの拳は大砲の一撃の様な威力であり、蹴りは大地を砕いた。更に炎魔法は災害級だった。
しかし、ヴレイズは何の弱味も見せずに必殺の一撃達を潜り抜け、賢者の隙を探した。
「凄い……この数ヵ月足らずでここまで実力を伸ばすとは……ブリザルドを倒したという噂はやはり事実だったか……」ガイゼルは感心しながらも鋼をも溶かす温度の火炎を放つ。
「1人で倒したわけじゃありませんよ」それを魔障壁で弾きながら間合いを詰め、蹴りを浴びせる。
2人は語り合うように戦い続け、やがて日が傾く。
飛んで来る衝撃波を防ぎながら見守る戦士たちは息を荒げ、ある者は町へ戻っていった。
フレインはひらりひらりと衝撃波を避けながらも観戦することを止めなかった。
激戦は続いたが、2人とも息を荒げず、身を削り合っていた。
すると、ガイゼルが手を前に出しニッと笑った。
「よくわかった、ヴレイズ殿! この数ヵ月、どれだけの鍛錬を、経験を、戦いをしたのか十分にわかった! もう仕舞いだ!」
「……そ、そうですか」ヴレイズは戦いの間、眉を尖らせ微塵も油断のない表情をしていたが、この一言で油断塗れに溶け、膝を折った。
「ははは、この語り合いで死力を尽くしてくれたことは忘れんよ!」ガイゼルは彼の肩を優しく叩き、豪快に笑って見せた。
ヴレイズは白目を剥きながら煙を吐き、その場にぱたりと倒れた。
「ヴレイズ……」フレインはその場から動けなくなりワナワナと震えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます