30.困惑のヴレイズ

 ヴレイズは早速、町長の家へと招かれ、厚遇された。バースマウンテン自慢の温泉で旅の垢を落とし、今迄の1人旅を振り返り、熱い溜息を吐いた。

 本当ならこの山にいる筈の賢者、ガイゼルの元へと直行したかったが、ヴレイズは長旅のせいか、少々孤独を抉らせており、町民たちの歓迎が心に沁み、身を任せていた。

 伸び放題の髪と髭を炎魔法で剃り落し、いつもの自分に戻り、選択された服を身に付ける。

「町長さん。本当にありがとうございます」この数週間、まともな場所で安眠していなかった彼は感涙を隠しながら頭を下げた。

「いえいえ、礼をし足りないのはこちらの方ですよ。貴方はこの山の大恩人なのですから」

 町長の言う通り、ヴレイズはアリシアと共に山の厄災を討ち取った勇者と讃えられていた。更に、彼が讃えられる理由はもうひとつあった。

「で、ガイゼル殿はこの山に?」

「えぇ。娘さんと一緒に今、ヴォルケフォール近くの道場におるよ」

 それを耳にし、ヴレイズは早速、軽くなった腰を上げて一礼し、町長の家を出た。

 すると、外には町民たちが集まっていた。

 殆どの町民は山の英雄を一目みようとやって来ていたが、一部の者は厳しい視線を彼に浴びせていた。

 その集まりの中から、ヴレイズの見知った顔が現れる。

 ボルンだった。彼は最強の炎使いヴェリディクトに洗脳され、連れ去られたはずだったが、今は何食わぬ表情でヴレイズの前に現れたのである。

「あ、あんたは……」不思議そうな顔でボルンの顔を眺めるヴレイズ。

「どうも、お久しぶりです! というべきなのでしょうか……? 実際に、私は何も覚えていないのですが……」と、参ったように頭を掻く。

 そんな彼をよく見ると、右脚だけ鉄製のブーツを履いているように見え、ヴレイズは首を傾げた。

 彼の視線に気づいたボルンは、右脚を摩りながら小さく笑った。

「これ、義足なんです……洗脳から目覚めた時には、こうなっていました……」

「……あいつがやったのか?」

「恐らく……ただ、憎む気にならないんです。彼は、父さんを殺し、私の足を奪いました。しかし、何故か……」

「それも、洗脳の影響なのかもな」

「……わかりません。ただ、ヴレイズ殿……ご迷惑をかけました」と、ボルンは深々と頭を下げた。

「いや、俺も思い切りぶん殴って悪か……いや、覚えてないのか」

ヴレイズも頭を掻きながら笑っていると、町民の中からヴレイズを厳しく睨み付ける者が数人現れる。その者達は皆、炎の戦士たちだった。

「……彼らは?」視線に気付き、目を丸くするヴレイズ。

「貴方の活躍を疑う者達です。事件の時、彼らは各砦に散らばっていて不在でした。戦争がはじまり、ガイゼル殿が彼らを山に召集したんです」と、ボルンが説明すると、戦士のひとりが彼の肩を掴んで手前に引き寄せ、ヴレイズの眼前にズイッと出てくる。

「山の恩人なんだってな? お前みたいなマグマに浸かったことも無さそうなひ弱そうな奴がよぉ!」浅黒く、筋肉の分厚い戦士が額に血管を浮き上がらせる。

「いや、普通は溶岩に浸からないだろう?」

「溶岩より熱く、激しいのが炎の戦士だろうが! お前はどうなんだ? 炎の戦士なのか?」

「それより、どいてくれないか? ガイゼル殿に会いに行きたいんだ」と、ヴレイズが戦士の横を通ろうとすると、4人の浅黒い戦士たちが行く手に立ちはだかる。

「俺たちを指し置いて、ガイゼル様に会う、だと? 舐めてるのか?」ひとりが腕を組み、脚を踏み鳴らす。

「炎牙龍拳すら納めていない貴様を、賢者様に会せるわけにはいかん!!」

「会いたいなら、俺たちより上手だと証明してみろぉ!!」

 戦士たちは鼻息を荒くさせ、腕の筋肉を震わせた。

「なんだか、面倒くさい事になってきたなぁ……」ヴレイズが重そうにため息を吐くと、ボルンが耳打ちをした。

「彼らはただ単に、あなたに興味があるだけです。少し相手をしてあげて下さい」

「あ、そう言う事ね……」



 ヴォルケフォール近くにある炎牙龍拳道場の中央で、炎の賢者ガイゼルは瞑想をしていた。彼が呼吸を繰り返すと、それに反応して周囲のマグマが赤々と煮えたぎる。

 娘のフレインは道場の外で、炎を纏いながら舞っていた。マグマの池で跳ねる焼け石を蹴り、宙返りをする。

 すると、ボルコシティの方角から砲撃が着弾するかのような轟音が鳴り響く。

「ん? 何? まさかグレイスタンが攻めてきた?!」キャットモンキー(猫猿)のように飛び跳ねる。すると、道場からガイゼルが現れる。

「慌てるな。今のは、町にある闘技場からだ」

「戦士たちが試合でもやってるのかな? あたしも行こうっと~」と、炎を纏って飛んでいこうとした瞬間、ガイゼルが彼女の頭をむんずと掴む。

「お前はここで大人しく修行だ! いいな!?」と、投げ飛ばす。フレインは軽やかに宙返りし、華麗に着地する。

「え~……つまんないなぁ~」すると、また轟音が鳴る。

「いつもの音と違うな……わしが行こう」

「え゛ぇ~ズルいよぉ!!」



 町の闘技場で、ヴレイズは3人目の戦士をノックアウトしていた。彼は頬のかすり傷だけで、息も服装も乱れていなかった。

「強い、な……だが、納得できん! この程度の強さで伝説の魔獣ザ・ヒートを倒したというのか?! ガイゼル殿に認められたのか?!」血唾を吐きながら歯を剥きだす戦士。

「しかも、ヴェリディクトとの戦いを生き延び、噂では風の賢者を倒したとも……それがこの程度の強さか?!」

「ひとりで倒したわけじゃないさ」ヴレイズは自嘲気味に笑いながら、全身に魔力を滲ませた。

「くっ……俺は認めんぞ!」と、4人目の戦士が全身に炎を纏わせて襲い掛かる。

「炎牙龍拳奥義! 空臥王轟波!!」戦士は己の炎の分身を5体作り出し、ヴレイズに襲い掛かる。そのフェイクの間に本体が両腕に炎を収束させ、一気に放出させるという、渾身の技だった。

 だが、ヴレイズはフェイクを気合だけで消し飛ばし、自分も炎の分身を作り出して一気に間合いを詰め、戦士の渾身の一撃を空振りさせる。

「なに?!」怯んでいる間にヴレイズは彼の背を肘で打つ。その一撃のみで、4人目の戦士は倒れ、白目を剥いた。

「あっという間に4人を……」ボルンは感心する様に口にし、なにやらむず痒そうにさせる。

「さ、そろそろガイゼル殿に……」

「ヴレイズさん! 俺とも戦ってください!」急に眼の色を変えたボルンがファイティングポーズをとって眼前に立ちはだかる。

「えぇ……」困った表情を見せ、ため息を吐くヴレイズ。

 ボルンとは一度、戦ったことがあった故、その強さは知っていた。今さっき戦った戦士たちよりも強く、上手であった。

 だが、今のヴレイズの相手ではなかった。

 彼は、4人の戦士相手には半分の力も使わず、クラス3.5も発動させずに戦っていた。それでも手応えを感じず、更に相手に恥を掻かせない程度に加減して戦ったのである。

 ヴレイズからすれば、とてもやり難い戦いだった。

 ボルンも義足とはいえ、そう感じないほどの強さを見せ、ギャラリーの目にはヴレイズと互角に映っていたが、実際はそうではなく実力は圧倒的に離れていた。

「ヴレイズさん……」ボルンは間合いを離し、苦しそうな表情を見せる。

「ん?」

「お願いがあります。本気で戦ってください! 私にはわかりますよ!!」

「う、わかる?」目を泳がせる。

「私は今より強くなりたいんです! お願いします!!」と、首を垂れる。

「いや、それはちょっと……」更に困った顔を見せるヴレイズ。目を泳がせながら、今迄倒してきた炎の戦士へ向ける。

「おい、今迄のは本気じゃなかったのか?」

「マジかよ……」

「そうは思ったけど、本気のあいつってどんなもんなんだ?」

 戦士たちは自信を無くす様に表情を青くさせる。

 ヴレイズが苦しそうに唸っていると、闘技場に知った気配を感じ取り、目を見開く。


「こらぁ! お前ら! ヴレイズ殿が、山の大恩人が困っているじゃないか!!」


 ガイゼルが現れ、慌てた様に戦士たちとボルンが膝を付く。

「ガイゼルさん! お久しぶりでsgbあぁ!!」

「隙ありぃぃぃぃぃぃ!!!」突然、舞うように現れたフレインが、ヴレイズの顔面に蹴りを入れる。

「くらっ!! お前は何をやっている!! 付いて来るなと言っただろうが!!」

「だぁってぇ~♪」


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