29.キャメロンVSロザリア 

 ロザリアは仮設診療所の片隅で座り込み、腰の刀を抜いてまじまじと眺めていた。黒紅色の刀身には皹が入り、ポロポロと崩れていた。

「その妖刀……呪いが……」エレンが顔を出し、恐る恐ると口にする。

 すると、剥がれ落ちた下から、脱皮する様に青い刀身が現れる。更に産声を上げるかの様に稲妻が淡くのたくる。

「魔刀……蒼電」その名を知る様にロザリアは口にし、生まれ変わった刀を鞘に納める。

 魔刀とは、刀匠の一生分の魔力を練り込んだ至高の名刀である。込められた属性は枯れることなく、持ち主の魔力に反応していくらでも増幅できるのである。

「刀の名は覚えているのですか?」エレンが問うと、ロザリアは静かに頷く。

「他の記憶は霧のように薄く、曖昧だが……この名と、私と故郷を繋ぐ絆だと言う事だけ……」

「そうですか……」

「だが、それでいいと思う……私は全てを思い出したら、また……いや、もう繰り返さない……」ロザリアは拳を握り締め、目を瞑った。

「……ロザリアさん……」

 そんな2人の背後から、オスカーが現れる。にやけた恵比須顔で近づき、エレンの肩を気安く叩く。

「どうもエレン先生! 皆も目を覚まして、不機嫌そうなもんで……酒でも飲ましていいですかねぇ?」

「ダメですよ! 解呪しても、まだ傷が完全には回復していませんからね!」と、声を荒げると彼女自身も表情を歪める。

「先生も無理しちゃいけませんよ! お、ロザリアさん? あんたも正気に戻ってよかったな!」と、彼は同じく彼女の素肌にタッチする。

 すると、寂しげな瞳をしていたロザリアの目が、刃物の様に豹変した。


「触るな」


 殺気を帯びた声で突き刺すように放つロザリア。

「え?」鈍いのか聞き取れなかったのか、オスカーは彼女の肩から手を退けないまま聞き返す。


「触るな、と言ったんだ」


 更に剣気を強め、鞘に手を掛けるロザリア。この口調はロザリア、と言うよりもアスカの方に近かった。

「あ、はいはい、わかりました~」何かを悟ったのか、冷や汗を滲ませながらオスカーはそこでようやく手を退け、腕を大切そうに摩る。

 すると、彼女は厳しい眼差しを納刀し、穏やかな目で俯いた。

「……すまない……」

「い、いえいえ~ 汚い手で触ってこちらも失礼しました~ あ、エレンさん、余裕があれば、あっちの連中も見てやってください」丸太の様な太い腕を大切そうに摩りながら口にするオスカー。

「はい、わかりました」エレンは己の鈍い痛みを堪えながら立ち上がり、踵を返してキャメロン達の方へと向かった。

 その背後で、オスカーは恵比須顔を濁らせ、冷えた滝汗を掻きながら腕を握り直す。

「う、腕……飛んだかと思った……」



 エレンは重い腰を下ろし、アスカに斬られたキャメロン達の傷の様子を診ていた。皆、殆ど回復し、いつもの調子を取り戻しつつあった。

 ひとりを除いて。

 キャメロンはイラついた様に楊枝を咥え、舌打ちを繰り返しながらゴロゴロと寝転がっていた。

「いや、マジにさぁ~ ほんと、このやり場のないイライラをどうすればいいのかしらねぇ?」と、エレンや周りの皆を舐める様に睨む。

「八つ当たりはやめてくれよぉ」肩の傷を完治させたライリーは煙草を吸いながら自慢の出っ歯を光らせる。

「確かに、その……コテンパン以上にヤラレタのは事実だな」ダニエルは額を光らせながら頷く。

「俺はキャメロンさんの気持ち、わかりますよ。同じくあいつに斬られましたから」ローレンスは痛み疼く腹を押さえながら唸る様に口にした。

「その……呪いの痛みってどんな感じだったの?」興味津々でライリーが問う。

「……2日で治らない二日酔い中に、腹を岩で殴られ続けながら悪夢を見る、感じ……」苦そうに答えるキャメロン。思い出したのか、獣のように唸り、またゴロゴロと転がる。

「ねぇ……あたしさ、最悪の悪夢を見たんだけどさ……取り乱さなかった?」彼女が問うと、皆が口を横で結び、目を泳がせた。その時の彼女の取り乱し方は尋常ではなかった。

「だ、ダイジョウブだったよ。ただ静かに寝ていただけだヨ」嘘でラッピングした答えで下手くそに帰すライリー。

「どうやら、相当な恥を掻いた様だね、あたし」奥歯を鈍く鳴らし、スクッと立ち上がる。

「お? どこへ行くんだ?」ダニエルが問うと、キャメロンは鬼面を向ける。

「カタを付けに行く」

「いけません!」すると、ウォルターが彼女の眼前に飛び出す。

「どきなよ。あんたは関係……なくはないか」ウォルターも彼女同様にアスカの被害にあった者のひとりだった。

「彼女は錯乱していただけです! 悪気はありません!」

「悪気がなければ、人の腸こねくり回してもいいわけ? ん?」一番酷い目に遭ったキャメロンは当然の様に口にし、背中に炎の翼を生やす。

「しかし!」

「心配ならあんたも付いてきな。大丈夫、殺しゃしないから」と、ウォルターの肩を踏み台にしてロザリアのいる方へ飛んでいく。

「私も行った方がいいですね」エレンはローレンスの治療を終わらせ、彼女の後を軽やかに追った。



「貴女の言う事は正しい」殺気と熱気で爆発しそうなキャメロンを目の前にして、冷静に答えるロザリア。

「ってぇ事は、落とし前ってやつ? つけさせてもらっていいわけね?」指をバキボキと鳴らすキャメロン。

 そんな彼女のセーフティーになる為に、攻撃範囲外で見守るエレンとウォルター。

「大丈夫、ですよね?」エレンが問うと、ウォルターは頼もしく頷いた。

「もし危なくなったら、私が止めます」

 そんな彼女らを尻目にキャメロンはロザリアの周りを練り歩いた。

「で、貴女のいう落とし前、とはなんだ? 私は何発殴られても蹴られても、いいと思っているのだが」

「それはあたしとして気分悪いよね。まるで虐めみたいでさ。でも、それ以外にいいケジメの付け方って知らないわけよ。あたし、頭悪いからさ」と、頭をポリポリと掻く。

「じゃあ、どうするんだ?」

「な・ぐ・り・あ・い」

「?!」そこで周囲で遠巻きに見ていた者達が寄って輪になる。



 あれよあれよと言う間に仮設診療所は仮設リングへと変わり、ガムガン砦の兵たちが殺到する。戦争で特に活躍した2人の戦士が殴り合うと聞き、退屈で乾ききっていた者達がわっと集まったのだった。

 ある者は酒樽を開け、ある者は兵糧を調理してつまみを作り、またある者は賭けを取り仕切っていた。

「なんだか、一気にお祭りムードになったな。お前のお陰で」異変に気付いたダニエルが最前列で腕を組む。

「皆、退屈していたんで、な」2人が殴り合う、という情報を砦中にばら撒いた張本人、ライリーは芯付きポップコーンを齧りながらニヤけた。

 そんな中、オスカーは酒盛りの音頭を取り、キャメロンとロザリアの紹介をアナウンスしていた。

「よくやるよ、あのオッサンも」

 ここまで大袈裟になるとは予測していなかったのか、ロザリアは急に冷や汗を掻き始めていた。

「……コロシアムの時も緊張したが……うぅむ」複雑そうに口にし、腕を組む。

「あたしも予想してなかったよ。ライリーのやつ……」歯を見せて笑い、全身の軋んだ骨を鳴らす。

 場の賑わいが静まり始めた頃、オスカーがリングの中央に立ち、即席のルールを読み上げる。平たく言えば、殺さなきゃなんでもあり、である。

 そして、盾で作られた即席ゴングが鳴り響く。



 3ラウンド目が終わり、ブレイクタイムに入る。キャメロンは肩で呼吸しながらリングの端に座りこみ、ローレンスの手で水を補給する。

「くそ……強いなぁ……拳骨が固いし、怯まないし、疲れ知らずか……?」

「そんな事はありませんよ! 頑張ってください!!」セコンドのローレンスがタオルで仰ぎ、彼女の血と汗を拭う。

「ロザリアさん! もっと動いて躱さなきゃ! 押しているようで、ダメージは貴女の方が負っていますよ!」ロザリア側のセコンドのエレンが彼女の肩を揉みながら口にする。

「これは落とし前なんだ。避けるわけにはいかない」キャメロンが思っているほど余裕ではないロザリアは殴られた痕を摩りながら口にする。

 しかし、痣に塗れたロザリアだったが、口元は緩んでいた。

「久々だ……こんなに楽しいのは」



 そして、夕刻。

 15ラウンドの後半になる。

 キャメロンは脚をガクつかせ、血唾を垂らしながらもロザリアを睨み付け、無造作な拳を振るっていた。

 ロザリアはそれを顔面で受け、同じく腰の入っていない拳骨を振り抜く。

 消耗しきった彼女らは、もはや何が理由で殴り合っているのかもわからずに、闘志をぶつけ合っていた。

「頼む! 早くどっちか倒れてくれぇ!」

「もういい! 死んじまうぞ!」

「見届けた! だからやめろ!」

 周囲の兵たちは、ズタボロになった彼女らを止める様に思い思いの言葉をリングに投げ込んだ。だが、この殴り合いを止める事はできなかった。

「は、はは……はぁ~やく、沈めぇ!」酔っぱらった様な口調でキャメロンが拳を振り抜く。

「ぐっ……まだまだ」この殴り合いを心から楽しむロザリアは、笑いながら拳を受け、殴り返した。

「……眠くなってきましたねぇ」欠伸混じりに口にするエレン。

「私は見届けます」ウォルターは何故か涙目で応え、両拳をギュッと握りしめた。

 この戦いは真夜中まで続き、周囲のギャラリーが寝入る頃、決着が付く。その結果を知る者は、ウォルターのみだったと言う。

 


 所変わって、バースマウンテン。この山はいつも通り、地獄の様にマグマを鳴らし、現地に住む炎蜥蜴ゴゴンギャは群れで岩を噛んでいた。

 この国、ボルコニアは戦時中ではあったが、バースマウンテン麓のボルコンシティではいつも通り、平和な日常が流れていた。

 それもこれも、炎の賢者の存在のお陰である。

 そんな山に、ひとりの旅人が現れる。くたびれたローブを身に纏い、髪はボサボサで髭を淡く生やした小汚い男だった。

「おや、観光かい?」シティの者は声をかけるも、男の正体に気付いたのか、歓喜の声を上げて村長の家へと駆けて行った。そして、町の住民たちが輪になってあつまる。


「ヴレイズ殿が帰ってきたぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 

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