28.アスカ≠ロザリア

「お、おい! 本当に大丈夫なのか?!」冷や汗塗れのオスカーが変わりゆくエレンを目にして更に焦る。

 彼女は全身黒茨に蝕まれ、右腕は完全に黒茨と一体化していた。

「どう見てもヤバいが……おい、もっとヒールウォーターはないのか?!」ダニエルが周囲に問うも、もう回復水はなく、この砦に回復魔法に精通した魔法医はいなかった。

「もうこの砦の回復剤は先の戦いで殆ど使い尽くしたからなぁ……」ライリーはキャメロン達の看病を続けながら口にした。

 彼女らはもはや、いつ死んでもおかしくない程に衰弱し、エミリーの雷の延命魔法が途切れた瞬間、彼女らの命は尽きる事となる。

 すると、オスカーは自分の部下に号令を発しはじめる。

「おいお前ら! 近隣の村へ出向き、ヒールウォーターを買って来い! もし無ければ、薬草でもなんでも摘んでこい!!」

「えぇ? この時期に売ってくれる村なんてあるかなぁ?」

「おれ、薬草の知識なんてないぞ?」

「てぇか……間に合うのか?」

 彼の部下たちは思い思いにボヤき頭を掻いたが、そんな彼らをみてオスカーは額に血管を浮き上がらせ、怒鳴りつけた。

「グチグチ言ってる暇があったらさっさと動け!!!」



 アスカは目を尖らせ、口を横に結びながら斬撃を浴びせていた。

 ロザリアは大剣を盾のように扱い、時には牽制の矛として使いながら彼女の殺意を防いでいた。防戦一方ではあったが、一歩も退かず、防ぎながらも押しているのはロザリアの方だった。

「この! この! とっととくたばれ!!」アスカは瞳を血走らせ、乱暴に刀を振り乱す。

「そんな振り方じゃあ、殺せるものも殺せないな」と、大剣で攻撃を押し返し、当身でアスカを吹き飛ばす。

「ぎゃっ! くそぉ……どいつもこいつも……っ!」アスカは表情を歪め、歯を食いしばる。激しくロザリアを睨み続けたが、その視線をエレンへと向ける。

「全部お前が悪いんだ……お前がここに来たから……お前が、お前がぁ!!!」既に虫の息のエレンに向かってアスカが駆ける。

 そうはさせずとロザリアも走り、立ちふさがり大剣を盾のように構える。

「どいつもこいつもぉ!! あたしの前からいなくなりやがってぇ!! どいつもこいつもぉぉ!! あたしを煙たがりやがってぇ!! どいつもこいつもぉぉぉぉぉぉ!!!」

 アスカは先ほどまでの余裕を消し飛ばし、泣き叫ぶような声で刀を振り乱した。

「くっ!」エレンを守る為の盾となったロザリアは、無茶な大剣運びをし、徐々に肉体が削れ始めていた。

「なんでお前ばかり好かれるんだ!! なんでお前ばかりぃぃぃぃぃ!!」今度はロザリアの顔を睨み付け、殺意を膨大させ、斬撃を鋭く重くさせる。

黒い殺気がエレンの方へ流れそうになり、咄嗟にロザリアが動く。

「ぐはっ!」隙と隙の間を突かれ、脇腹を斬り裂かれるロザリア。そのまま背後に回られ、背中、利き腕、軸足が斬り飛ばされる。吹き飛んだ手足は転がらず、宙を舞って塵と消える。

「これで邪魔は出来ないな……とっとと消えろ、死ね、くたばれ!!」アスカはここで表情をニヤリと歪め、刀をロザリアの胸に突き下ろす。

「ぐぶっ!!」貫かれた傷から徐々に皹が入り、ロザリアの身体がまるで陶器のように砕け始める。

 しかし、それと同時にアスカの身体も少しずつ崩れ始めていた。

「はは、は……これで、邪魔をする者はいないね……」刀を引き抜き、横たわるエレンの方を見やる。

「あ……あ……っ」エレンは身体を捩り、なんとか立とうともがくも、あらゆる痛みが腹部を蹴り上げ脳天を貫く。

「あたしを治しに来たって? だったら何で逃げようとするの? ねぇ?」ふらりふらりと歩み、少しずついたぶる様に間合いを詰めていく。


「逃げ、逃げてない……私は……逃げているのは、貴女でしょう?」


 右腕は斬り落され、体内に黒茨が食い込み、立てる様な身体ではなかったが、彼女は無視できない激痛を何とか抑え込み、立ち上がった。

 そして、殺気溢れるアスカの方へと歩きだす。

「あたしが、逃げる? はは、は……逃げなかった結果がこれだっていうのに……ははは、あぁおかしい……」

「いえ、貴女は逃げました……狂う事で、己をあえて壊し……」


「あたしは壊されたんだぁ!! 好きで狂ったわけでも、壊れたわけでもないんだぁ!!!」


 アスカの顔に皹が入り、涙が落ちる様に崩れていく。

「分かってます……それでも、それでも……諦めたら……」

「アリシアは諦めなかった。だから諦めるなって? もう遅いよ……」

「遅くはありません! まだ……いくらでもやり直せます!!」

 エレンが吠えると、再び彼女の腹に刀が突き刺さる。そして、黒茨が彼女にトドメを刺す勢いで体内に潜り込む。

「うぐぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」激しく痙攣し、内臓を吐き出す勢いで吐血する。

「存分に味わえ……あたしの痛みを……一緒に狂って、壊れよ……」


「いい加減にしろ」


 背後からがらんどうに崩れかかったロザリアがアスカを押さえ込む。その衝撃でアスカの身体もグシャリと崩れ、砂塵へと変わっていく。

「なんだよ、お前はとっくに消えた筈だ……」アスカは歯の間から絞る様に声を出す。

「お前は、やり直したかったんだ……だから私が生まれた……」

「違う! お前は勝手に……」

「でも、羨ましくなってお前は」


「だぁまぁれぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 アスカは己の腹ごと刀を突き立てる。

 しかし、ロザリアは全く怯むことなく彼女を押さえつけ、今度はエレンへ目を向ける。

「エレンさん、お願いします!!」

「はい!!!」

 全身茨に包まれ、虫の息だったエレンは最後の力を振り絞り、全身の魔力を2人へと集中させる。その水魔法は精神安定とヒールウォーター、そして彼女自身の想いが混ざっていた。

 2人は淡い水の光へと包み込まれ、溶け混ざり合っていく。



「お、おい……」異変に気付いたのはライリーだった。

 今迄、黒茨に蝕まれ苦しんでいたキャメロン達の表情が穏やかになり、身体に巻き付いていた黒茨が消滅したのである。痛々しく傷は残したが、呪いが解け、呼吸が安定し、安堵するエミリー。

「やったのか……?!」親指を立てるライリーを見て、笑みを零すダニエル。

「お、お! エレン先生! 流石だ!!! 先生……?」オスカーもつられて喜び、彼女の方を見たが、その瞬間、表情が固まる。

 エレンの身体からは黒茨は消えていたが、その代わりに全身茨でズタズタにされ、彼女を中心に血の池が広がっていた。今迄、正座のままの態勢だたが、ここにきて糸が切れた様に倒れ、息も途切れる。

「うぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!!!!」



 エレンが目を覚ますと、身体の痛みよりも、妙な違和感に気付く。何か拘束されている様な気分になり、弱々しく声を上げる。

 すると、涙で一杯の少女の顔が飛び込んでくる。エミリーだった。

「エレンさん! エレンさん!!」

「エ、エミリーさん?」虫の鳴くような声を出し、起き上ろうと身を捩るも、やはり身動きがとれなかった。

 それもそのはず、彼女はこれでもかと言うほどに包帯でグルグル巻きにされていた。これでは王家ピラミッドの奥で横たわるミイラである。

「こ、これは……?」

「スイマセン……エレンさんの身体は一言では言い表せないほどに重傷で、どこにどう包帯を巻けばいいのかわからず……大雑把なオスカーさん達が……」

「そ、そうですか……でも、重症と言う割には、何とか動けそうですね」水魔法で己の身体を診断し、そう答える。確かに傷痕は重症であり、命に関わる程ではあったが、今の彼女は何とか動ける程までには回復していた。

「皆さんで手分けしたヒールウォーターや薬草をかき集めたんです。オスカーさんの仲間たちが手分けして迅速に動いたお陰で、手遅れになる前に間に合いました」

 正確には、エレンが倒れてから、今度はエミリーは延命魔法を彼女に施して繋ぎ、その間にオスカー達は医術の知識を振り絞り、不器用な手先で治療をしたのである。

「……皆さんは? キャメロンさん達は?!」

「ゆっくり眠っています。大丈夫です、今のエレンさんよりは元気ですから」

「…………アスカさんは?」

「……まだ、起きません。皆さんは、起きない方がいいと言ってましたが」

「……と、とにかくこの包帯を解いて下さいませんか?」



 包帯を巻きなおし、仕上げの回復魔法で万全になったエレンはすぐに、横たわるアスカの元へ向かった。

彼女は穏やかな寝息を立てて、仮設診療所の奥に横たわっていた。そこへは誰も近寄らず、看病をするのはエミリーだけだった。

 エレンは彼女に駆け寄り、また彼女の頭に優しく手を添える。目を瞑り、大きく息を吐く。

「……安定しています」

「でぇ、先生」恐る恐るオスカーが歩み寄り、口を開く。「起きるのはどちらですかね?」

「それは……」エレンが苦そうに答えようとした時、アスカが目をゆっくりと開く。

「うぉわぁ!!!」勢いよく飛び跳ね、後退りするオスカー。

「……アスカさんですか?」エレンが問うと、アスカは考える様に唸る。

「……わからない。私は、どちらなのか……どちらの記憶も混ざって溶け合っているのか……?」ロザリアの様な口調で答えるアスカ。

「もしかして……ロザリアさんですか?」

「そうなのかもしれない……彼女はあの時、死を選んだのかも……しかし、完全に消えたわけでもない。今の私は、アスカでありロザリアでもあるんだ」

「複雑ですね」

「しかし、これだけは言える。救ったのは貴女だ、エレンさん。ありがとう」


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