27.アスカの悲劇 後編

 大切な人を失ったアスカは、ボロを纏い刀を握って、ヨタヨタと歩いていった。独り言をボソボソと呟きながら、虚ろな目で遠くを見つめる。

「……アスカさん」見てはいけないモノを見てしまった心境でエレンは、アスカの後を追う。

 エレンは今迄、あらゆる悲劇を見、聞き、そして体験してきた。その中で、アスカの過去は、ある人物の悲劇と似ていると感じていた。

 その人物とは、アリシアだった。

 彼女の故郷は魔王軍の送り込んだ黒勇隊に焼かれ、そこで雇われていた傭兵たちに身体を玩具にされ、地獄の様な体験をした。

 それをエレンはアリシアの心を診断した時に目撃し、強烈な衝撃を受けた。

 その時と同じほどの衝撃を受け、エレンは悩む様に頭を押さえた。

 その間にまた舞台がガラリと変わる。今度は今迄に見た村とは違う、廃村の様な場所になる。看板は擦れて読めなかったが、そこはハッカイ村だった。

 殺風景で田畑は枯れ、酷く寂れており、とても人の住める村ではなかった。

 だが、建物の影には武装した者が数人隠れているのがエレンの目に映る。見回すと、あちこちの影に飛び道具や刀、槍、盾に魔術道具などを構えた者がわんさと隠れ、更に地面や壁には罠がこれでもか、と仕掛けられていた。

 そして、村の中央にある風化したモニュメントに、アスカの道場を乗っ取り、更に襲った若者が座っていた。

「まさか……アスカさんを襲う気?」

 エレンはここで起こる出来事の観察に集中した。

 しばらくして、広場にアスカがヨロヨロと現れる。ボサボサの髪、汚れた肌、着崩したボロ。今にも強風に飛ばされそうな虚ろな姿に、回りの者達が笑い始める。

 憎き若者は懐から一枚の手紙を取り出し、彼女に向かって投げつける。その手紙には『ハッカイ村に来い』と、血で殴り書かれていた。

 若者の合図と同時に、周囲の者らが武器を構え、ある物が矢を放つ。

 その一閃がアスカの背に命中し、それを合図に一斉に飛びかかる。


「みぃんな……ころす」


 アスカがぽつりと呟いた瞬間、彼女の周囲にいる者達が二つに割れる。血霧が吹き荒れ、腐った鉄の香りが辺りに立ち込める。

 その中央にはアスカは既におらず、村の外れから悲鳴が響き、肉片が飛び散らかる。静かに稲妻がのたうち回り、アスカが通った道を指し示す。

 半数が肉塊に変わる頃、残った者達が武器を捨てて逃げ始める。ある者は悪態を吐き、またある者は恐怖に慄き、村の門へ奔った。

 そんな彼らを逃がすまいと、稲光の斬撃嵐が襲い掛かり、あっという間に血煙を立上らせる。

 血霧が村を覆う頃、最後に残った主犯格の若者が腰に備わった刀を抜刀する。彼は風使いなのか、その瞬間に周囲にカマイタチが発生する。その放出された風の刃たちが、彼の刀に集まり、巨大な刃を形作る。それを得意げに構え、何かをぼそりと呟く。

 そんな彼の正面に、血みどろ姿に成り果てたアスカが立つ。肩で呼吸し、片足を引き摺りながら間合いを詰める。

 若者は余裕の笑みを覗かせ、魔力の集中した刀を振り上げる。

 その瞬間、彼の刀から風が霧散し、地面に突き刺さり、血の雨が降り注ぐ。彼の両腕は無造作に転がり、蛇の様にのたくっていた。

 悲鳴が上がると同時に、若者は股間から頭まで真っ二つに割れ、臓物がべちゃりと落ちる。広がる血だまりにアスカが刀を突き立てると、まるで刀身が血を啜るかのように血だまりが縮まる。そして、青かった刀身は黒紅色に染まった。

 アスカは全て終わらせると、納刀する姿も見せずに踵を返し、クスクスと笑いながら血肉を踏みしだきながらハッカイ村を後にした。



 一部始終を見終わったエレンは、吐き気を催しその場に蹲る。嘔吐する代わりに涙を流し、己に精神安定魔法を施し、無理やり立ち上がる。


「どうだった?」


 眼前にアスカの顔が現れ、驚き尻餅をつくエレン。

「そんなに怖がらないでよぉ……で、何しにきたの?」アスカはニタリと笑いながらエレンの周りを、まるで獲物をいたぶる様に歩く。

「あなたを……助けに来たんです」

「ふぅん……どうやって?」深淵の目玉でエレンを見つめる。

 エレンは己を奮い立たせ、アスカの顔を両手で優しく包み込み、精神安定魔法を試す。しかし、やはりと言うべきか穴の開いた容器に水を注ぐかの様な無意味さだった。

「ふふふ……」アスカは焦るエレンの顔を楽しそうに眺め、刀をワザとらしくカチャカチャと鳴らした。

「く……」いつ斬撃が飛んで来るかもわからない相手に怯えながらも、エレンはどうすれば目の前の女性を救えるのか必死になって考える。

 彼女にはセラピーも治療も効かず、聞く耳すら持ち合わせない様にも見えた。

故にもはや手の施しようのない患者ではあったが、エレンは諦めるつもりはなかった。

何故ならアリシアとヴレイズを救えなかった時、もう諦めない、匙を投げないと誓ったからである。

「……私は、貴女の様な経験をした人を知っています……その人は、村を蹂躙され、理不尽な目に遭い……それでも絶望せず、今も戦い続けています」

「それが?」

「その人をお見せします」エレンはまたアスカの頭を手で包み、アリシアから読み取ったビジョンを流し込む。

「……アリシア……? アリシア……」アスカは目を瞑り、大人しく身を任せる。

 しばらくして、ゆっくりと目を開き、今迄と違う優し気な笑顔を覗かせる。

「あたしと違って、強い子だね……」

「あなたも、強いはずです! 強くなれるんです!」

 エレンが口を開いた瞬間、喉から鉛が溢れ出る。腹部を鈍痛と鋭痛で殴られた感触が奔る。

「……え?」

「そんなアリシアを、あんたは助けられなかったんだよね?」アスカは濁った表情で零し、手にした刀を抉り込んだ。



「おい、なんだか、ヤバそうだぞ」異変に気付いたオスカーが、エレンを指さす。抜け殻になった彼女の腹部から黒茨が広がり、顔のあらゆる穴から血が噴き出る。

「キャメロン達の呪いも解けないし、救えるはずの彼女も……どうすんだよ」ダニエルは専門外の知識に頭を悩ませ、広い額を押さえる。

「と、兎に角……ヒールウォーターでもぶっかけるか?」ライリーは震える手でヒールウォーターの瓶を開け、布で浸し、エレンの傷を拭う。

 そんな中、呪いを受けたキャメロン達は、もう呻く体力すらなくなり、自立呼吸すらままならなくなっていた。彼女らは賢者エミリーの雷の回復魔法、というより延命魔法でなんとか一命を取り止めていた。微弱な電流で筋肉を動かし、呼吸を助ける、という魔法だった。

「エレンさん、早くしてください……ロザリアさん……」エミリーは一筋涙を流した。



「あ、アスカさん……や、やめて」血に這いつくばり、激痛を何とか耐えるエレン。彼女は痛みに免疫は無かったが、予めかけておいた水魔法に助けられ、ショック死することはなかった。

「あんたは、あたしを助けたいんでしょ? なら、あたしの気持ちにならなきゃ、ね!」と、エレンの胸に刀を突き立て、黒茨をどんどん広げていく。

「が! ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」堪らず悲鳴を張り上げ、転がる。

 そんな彼女の首を掴み、アスカは刀の代わりに鋸を手にし、腕に添える。

「いい気持でしょ? これで斬り落すとね、とっても気持ちいいんだよぉ?」と、容赦なく鋸を引き始める。

 エレンの二の腕はバックリと裂け、紅が噴き出る。歯が骨に達すると、頭蓋骨に騒音が響く。

「あ、あ、あ! や、やめ、て……め、目を覚まして下さいぃぃぃぃぃ!!!!」

「覚ますぅ? もう覚めてるよ! ははは、どうせ、あたしは壊れ者よ……誰も助けられない……さ、あんたも一緒に壊れよ? ね?」

 ブチブチと音を立て、ついに右腕が千切れ飛ぶ。アスカは満足そうに笑み、のたうつエレンを踏みつける。

「あ……あ、」

「どう? あたしの気分は……こんな感じだったんだよぉ? いや、もっと酷かったか」と、アスカは刀を怪しく光らせ、弱り果てたエレンにトドメを刺すべく切っ先を向ける。

「あんたじゃ役不足よ。誰もあたしは救えない……」

 そして、アスカがトドメの一撃を振り抜こうとしたその時、何者かが彼女の利き腕をガシリと掴んだ。


「もうやめるんだ、アスカさん」


 その者は、紅鎧を纏ったロザリアだった。彼女は凛とした顔つきでアスカを睨み、掴んだ腕を強く握り込んだ。

「んだよ……邪魔すんなよ」

「そうはいかない……エレンさんを殺させはしない……!!」と、アスカを片手で投げ飛ばし、大剣を握り構える。

 飛ばされたアスカは転がる様に受け身を取り、刀に手を掛けた瞬間、ロザリアに飛びかかった。

「お前の役目は終わったんだよ!! 大人しく消えろ!!」淀んだ瞳で睨むアスカ。

「いや、まだ終わっていない……」輝く瞳をぶつけるロザリア。

 彼女らは剣と刀をぶつけ合い、激しく火花を散らし始めた。

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