26.アスカの悲劇 前篇
エレンの意識が濃縮され、アスカの頭を支えたまま気絶した様に眠りにつく。
「……何が始まるんだ?」ライリーが不思議そうに彼女らを眺め、首を傾げる。
「わからないが……これで呪いが解けるのか?」心配そうに口にし、唸り啜り泣くキャメロン達を目の端で見る。ここまで弱り果てた彼女らを見るのは初めてなのか、唾を飲み込み冷や汗を垂らす。
「しかし彼女は一体、どんな魔法医なんだ? 人の頭を覗き込み、いや入り込んでいるのか? いや、ワシの頭じゃサッパリわからん」オスカーは腕を組みながらエレンを見る。
「……エレンさんならきっと、出来ます……」我慢の限界に達したウォルターは地面に崩れ落ち、傷を押さえながら仰向けに倒れる。
「おい、大丈夫、じゃないよな……こりゃ」オスカーはウォルターに肩を貸し、仮設テントに寝かせる。
そんな彼らでは思いもよらない事が、アスカの頭の中で起こっている事は、誰も知る由もなかった。
エレンは目を開き、辺りを見回す。
彼女にとって、この試みは初めてであり、全てが手探りだった。
果たしてアスカを、ロザリアを助ける事ができるのか、上手くいくのか。エレンは不安で心を一杯にしながらも己に、根拠のない励ましで無理やり心を奮い立たせ、探索を開始する。
アスカの心の世界は、霞がかかったボンヤリとした世界だった。どこの世界にもあるごくありふれた村だったが、村の看板の文字は崩れ、村人の顔はザラついてハッキリせず、話す言葉もガタガタと雑音の様になっていた。
「これがアスカさんの心? いや、記憶……」
村に足を踏み入れ、ひとつひとつを注意深く観察する。物や人、生き物の形はハッキリとしていたが、その情報は全てアヤフヤに崩れかかっているので、治療のヒントが得にくかった。
「……アスカさん自身はどこにいるのでしょうか……?」
村の外は濃い霧がかかっており、外には出られないため、大胆に探す事が出来なかった。
しかし、村の中で変化が始まる。建物や道が組み変わり、真新しい物に姿を変える。
「初めてだらけで混乱しますね……」
村は別の村の形に変化する。先ほどの村は中通りの広い村だったが、今度は広場が円形に広がった村になった。中央には像が立っており、その形は常に流動的に変化していた。
その像の麓に、ロザリアが倒れていた。
「ロザリアさん!!」深紅の鎧を身に纏ったその女性は間違いなくロザリアだった。胸に大剣が深々と突き刺さり、一声では起きない程にぐったりとしていた。
「……アスカさんがやったのでしょうか……?」胸に刺さった大剣を抜き取り、急いで回復魔法を注ぎ込む。
しかし、彼女の傷は塞がる様子を見せなかった。ただ傷口からは血が止めどなく流れ、ロザリアは息を吹き返す様にも見えなかった。
「お願いします、起きて下さい!!」エレンは彼女の傷を押さえ、必死に回復魔法を注ぐ。しかし、割れた容器に水を流し込むかのように、魔力が漏れ出る。
しばらくすると、ロザリアの腕がピクリと動き、エレンの腕を掴む。
「!! ロザリアさん!!」安堵し、彼女の顔を覗き込むエレン。
しかし、その深紅の鎧を着た彼女は、ロザリアではなかった。
「お・す・そ・わ・け♪」
アスカの瞳が怪しく光り、エレンはその闇紅色の中へ吸い込まれていく。鼻と口の中に錆びついた鉄の味が鈍く広がり、生ぬるいモノが彼女を包み込む。
「こ、これは?!」
エレンが辿り着いた場所は、とある道場だった。看板の文字は掠れて読めず、ただ中から訓練中なのだろうか、掛け声が耳を叩いた。
エレンは道場の正面から入り、中の様子を覗いた。
そこでは、無数の男女が道着姿で木刀片手に入り乱れていた。皆が皆鬼の様な形相で掛け声を上げていた。もちろん、皆の顔は霞んでおり、誰が誰だかわからなかった。
その中で小さな女の子が懸命に木刀を振っている姿が目に映る。その娘の顔のみ、はっきりと映っており、その子がアスカだと理解できた。
「彼女が……?」周囲にはエレンの存在は干渉されていない為、例え彼女にぶつかっても全てがすり抜けた。
「と、いうことは、これは彼女の記憶?」
と、口にした途端、道場の風景が加速する。先ほどまで入り乱れていた門下生たちの姿が消え、道場の中央で少し成長したアスカと、大柄の門下生が試合を行っていた。
アスカは必死になって木刀を振り、掛け声を上げていた。それを相手は風魔法で吹き飛ばし、木刀で殴りつけ、さらに掴み上げて投げ飛ばした。
「ひ、酷い!!」エレンの目にはこれは鍛錬には見えず、ただの苛めにしか見えなかった。
アスカは目を剥き、嘔吐しながらも起き上り、息を荒げながらも木刀を振る。身体から稲妻が漏れ出て、動きが速くなる。
それでもアスカは相手に殴り倒され、ついには気絶する。それを相手は無理やり引っ張り起こし、怒鳴りつけ、また殴り飛ばす。
しばらく酷な鍛錬が続き、やがて日が落ちる。
門下生はそこでやっと、アスカを優しく抱き起し、ヒールウォーターの染み込んだ布で治療を始めた。先ほどまで怒声しか吐いていなかった門下生だったが、今は優しい声色で話し、頭を優しく撫でる。
「父上……」アスカは小さく口にし、がくりと気絶する。彼女を訓練していた相手は、門下生ではなく道場主である父親だった。
「……彼女の強さがわかった気がします……」
再び目の前の光景がガラリと変わる。アスカは背が伸び、凛とした少女に成長していた。そんな彼女は背筋を伸ばして正座していた。正面には足を崩した何者かが偉ぶるような口調でアスカを怒鳴り、時折下卑た笑いを上げていた。
アスカは表情を崩さず、静かに何かを口にし、一礼して踵を返し、刀を大切そうに掴み、道場を出る。外には、また青年が立っており、慰める様な口調で話しかけ、アスカの肩を抱く。彼女は頬を赤らめ、小さく微笑んだ。
「……道場を乗っ取られたのでしょうか……?」
エレンが小首を傾げると、またガラリと光景が変わる。
今度は、道場とは呼べない小さな小屋が姿を現した。そこには看板が立っており、その前に青年が腕を組んで立っていた。
外では、アスカが元気な声を出して掛け声を上げ、それに続いて門下生たちが木刀を振っていた。前の道場よりは人数は少なかったが、皆生き生きとしていた。
時折、青年が揶揄う様な口調でアスカに笑いかけ、彼女は頬を膨らませた。
「幸せそうですね……」エレンが呟くと、また光景が流動する。
日が落ち、小屋と看板が崩れ落ちる。地面には折れた木刀が転がり、数人の門下生が血を流して倒れていた。
数瞬後、また場所が変わる。エレンが最初に見た村から外れた場所にある家だった。室内は荒らされ、血なまぐさい臭いが広がっていた。
場所は寝室らしき部屋に変わる。
そこには道場を乗ったと思しき男が踏ん反り返っており、足元には青年が血達磨で転がっていた。アスカは衣服を脱がされ、数人の男に嬲られていた。
「そんな!」エレンが駆け寄るも、全てすり抜け、眼前の光景に介入することはできなかった。
男たちは涎を垂らし、アスカの身体を蹂躙した。
すると、ひとりの男が鋸を取り出し、彼女の右腕を掴む。そして、ゆっくりと鋸を引き始める。悲鳴と笑い声が混ざり合い、血霧が広がる。
「やめてください!!!」エレンが声を上げるも、虚しく掻き消え、しばらくして彼女の眼前に右腕が血を噴き上げて転がる。
アスカはもはや声を上げず、ただ涙を流して男たちの暴力に身を任せた。
しばらくエレンの前で悲劇が続き、光景がまた変わる。
血みどろで倒れるアスカの腹に、彼女が大切に持っていた刀が腹に突き刺さっていた。息絶えたのか、ピクリとも動かなかった。
そんな彼女の傍らで、青年がアスカの右腕に風の回復魔法で包み込んでいた。青年の両手両足は引き潰れており、片目もくり抜かれていた。息も絶え絶えで何かを呟いており、時折、擦れた笑い声を上げる。
彼はアスカの右腕を回復魔法で縫合し、刀を抜き取り腹の傷も塞ぐ。
そして、最後に青年は体中に残った最後の魔力をアスカに注ぎ込み、彼女に覆い被さって息絶える。
しばらくしてアスカは目を覚まし、叫ぶような大声で泣いた。
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