25.トラウマとの対峙
エレンはその場でキャメロン達を応急処置を施し、馬に乗せて、一先ずはガムガン砦へ戻った。仮設診療所のベッドに負傷した4人とアスカを寝かせ、エレンは本格的な治療を開始する。ひと段落終えるまでに、6時間かかり、終わる頃に彼女はヘトヘトに疲れ切っていた。
キャメロン達の傷は塞がったが、しかし『呪い』の部分は解呪できず、未だに彼女らにベッタリと張り付き、苦しめていた。
「参りました……私は一応、初歩の呪いの解呪はできるのですが……この呪いは強力過ぎて……」弱ったようにエレンは頭を押さえ、項垂れる。
「呪いか……どんなもんか味わうのは御免だな」4人の内、ただひとり呪いを受ける事のなかったライリーが、肩に巻かれた包帯を摩りながら呟く。
「と、言うか……一人でこいつらを相手して……化物だろ? 大丈夫なのか? 目ぇ覚まさないだろうな?!」ダニエルは怯えた目で、眠るアスカに一瞥をくれる。
「……寝耳に水なんだが、一体何があったんだ?」蚊帳の外に置かれたオスカーが訝し気な表情で問う。
エレンは彼らの問いに1つ1つ応え、また頭を抱えた。
この呪いは少しずつ彼女らの肉体を蝕み、寝かせず休ませず苦しめていた。
特に、キャメロンに刻まれた呪いは深く食い込んでいた。彼女はヒールウォーター・バスの中にいるにも関わらず、呻き散らしていた。
そんな中、ウォルターだけ傷痕を押さえながらムクリと起き上り、ヨロヨロと立ち上がる。
「だ、大丈夫なのですか?!」エレンが問うと、彼は首を振った。
「……痛みを頭から追い出す呼吸法でなんとか……しかし、エレンさん……この呪いを受けて分かったことがあります」脂汗を垂らしながら口にする。
「そ、それは?!」
「痛みだけではありません。これは、精神面にも何らかの悪影響を及ぼす可能性があります……私は何とか呼吸法で紛らわせていますが……」と、時折辛そうな表情を覗かせるが、眼光だけは歪ませず、エレンの目を見る。
「精神面……」エレンが呟いた瞬間、背後から顔色をどん底色に染めたキャメロンが肩を叩く。「うわっ!」
「お、お腹すいた……」今迄にないくらいの弱々しい声でキャメロンが呟く。
「お腹?! ダメですよ、貴女はまだ胃の治療を終わらせたばかりなんですから!」エレンが答えた瞬間、キャメロンは泣き崩れ、彼女に枝垂れかかる。
「お、お母さんがお腹を空かせているの……助けて……」
肩を揺らして泣き声を上げ、しゃがみ込むキャメロン。彼女には平常時の凛々しさは微塵もなく、まるで弱り果てた少女の様に成り果てていた。
同じく、ローレンスも傷を押さえながら呻き散らし、何かつらい記憶を思い出すように涙していた。
「な、成る程……少し、いいですか?」エレンは泣き崩れるキャメロンに手を当て、彼女の心中で起こる悲劇を覗き見る。
「何をしているんですか?」不思議そうにダニエルが問う。
「私には、人の心を感じ、読み取る力があるものでして……」と、答える。
次の瞬間、周囲にいたオスカーの部下やパレリア兵たちがどよめく。
「……しまった」エレンは失敗した、と表情を暗くさたが、読心能力を止めずに続けた。
「なんだそれ? 聞いた事ないぞ?!」
「そんな能力があったら、プライバシーもないじゃないか!」
「俺の心も読んだのか?! えぇ?! この変態が!!」
周囲の兵たちが思い思いに怒りの言葉をエレンに浴びせかけた。
「……優秀な水の魔法医は、幼少時代に繊細かつ強力な共感能力を得ると聞く……しかし、大人になるにつれ力は消えていく、と聞いたが?」同じ水使いであるダニエルは疑問の声を漏らし、エレンを見る。
「スゲェ能力だと思うけど……な」ライリーは複雑そうな声を出しながら肩の傷を摩る。
「おいお前ら! 散々世話になっておいて言う事はそれだけか!!」
罵声の渦をオスカーが喝で吹き飛ばし、兵たちを睨み付ける。彼の怒声に皆が黙り、意気消沈して口を閉じた。
「先生、申し訳ありません! このオスカーが邪魔はさせませんので、どうぞお続けくださいませ!」オスカーは仁王顔を一瞬で恵比須顔に変え、手を揉みながらエレンに笑いかけた。
「あ、ありがとうございます……」内心、彼に救われたエレンは、キャメロンの心を再び覗き込み、治療法を模索した。
彼らの心を覗き見たエレンは、更に頭を掻き乱し、弱り果てた顔を隠すように蹲った。ダニエルが気を使って声を掛けると、彼女は涙を堪えながら頭を上げる。
「私には無理です……この呪いは強力過ぎます! 肉体も心も蝕み、やがて、死に至らしめる……助ける自信がありません」
「……長い間、戦場で色々な呪術を目の当たりにしてきたが、こんなのは初めてだなぁ」オスカーが口にし、重たい溜息を吐く。
「これを解決するには……どうすればいいんだろうな?」すっかり傷を完治させたライリーは煙草を吸いながら、キャメロン達を憐れみの眼差しで見る。
「ひとつ、方法があると思います」息を荒げながらウォルターが口にする。彼は、ギリギリ精神を平常に保っていた。
「それは?」皆が声を揃え、彼に注目する。
「……本人に解いてもらうんです」と、未だに気絶するアスカを指さす。
「本人に?」
「……恐らく、彼女が使うこの刀は、妖刀です。妖刀と言うのは、大抵、天然の呪いが施されています。それを解呪できるのは、持ち手の本人だけなんです。ですから……」
「この暴走女に解呪を頼むのか? 無理だと思うぞ?」彼女の脅威を目の当たりにしたライリーが首を振る。
「それに、起こしたらこの場でまた暴走する可能性もある。リスクが高すぎる」ダニエルもマイナス方向の答えをし、腕を組んだ。
「……キャメロンとローレンスのコンビを秒殺する程に強く、ウォルターも一蹴したんだろ? 俺は自信ないぞ? 怪我人が増えるだけだな」オスカーも自信なさげに応え、眉をハの字に下げた。
「いい方法があります……」
エレンは苦い物を口に含むような言い方をし、アスカの傍らに座った。
「その方法は?」ウォルターは今にも倒れそうな表情で問う。
「……あまりやりたくはありませんが、そう言ってる場合ではありませんし……」と、エレンはアスカの頭を膝に乗せ、両手で支える。
「彼女の心を読み取るのか?」ダニエルが問うと、彼女は小さく頷いた。
「そうですが……今の私なら……この1年近く、経験を積んだ私なら、できるかもしれません」と、両手に魔力を集中させる。
「何をするんだ?」ライリーが訝し気な顔で問う。
「彼女の心に、入ります」
「……はい?」その場にいる3人が声を揃え、ウォルターだけが真剣な眼差しで彼女を見つめる。
エレンは、魔法医学校に通う5年間、ずっといじめられながら過ごしていた。その理由は彼女の読心能力である。
先ほどの兵たちの様に皆から気味悪がられ、避けられ、虐められ、と、彼女の学校生活は楽しいものではなかった。更に、教師からも疎まれ、まともに評価がされず、いい仕事先を紹介されずに、カルミンの街の片隅の診療所に追いやられたのだった。
さらに、魔法医時代の彼女を知る者が町中に、エレンの事を言いふらし孤立させたのだった。
この様に、エレンの半生は辛く、厳しいものだった。アリシア達と出会うまでは……。
「……ひっ」エレンは心底怯えながらアスカの顔を見た。20年前と変わらぬ顔に不思議がり、その頃の記憶を鮮明に思い出し、更に今触れた情報があの頃と変わらぬ物だと思い知らされ、手を震わせる。
彼女の心は、20年前に味わったトラウマを覚醒させ、全身がカタカタと震える。心の奥底から溢れる恐怖、痛み、悲しみに囚われ、涙を雨の様に降らせる。
しかし、彼女はここで折れる訳にはいかなかった。
これまでの旅で幾度も壁にぶち当たったが、今迄何とか乗り越えてきていた。
アリシア、ヴレイズ、ラスティー。
3人の支えがあったからこそ、ひとりだった頃よりも多く経験を積み、成長する事ができた。
今、折れれば全てが無駄になる。
エレンは心中で仲間たちの名を叫び、奮い立たせて再度アスカの寝顔を見た。
「大丈夫……大丈夫。大丈夫!」
エレンは目を瞑り、ゆっくりとアスカの額に己の額を付け、深く息を吐いた。
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