24.DS×DM 後編

 キャメロンは合図をする様に足を地面に擦る音を立てる。ローレンスは軽く息を吐いて返事をし、巨木の様な脚を踏み鳴らす。すると、防衛戦の時に見せた地鳴りを起こし、大地を揺さぶった。

「うきゃっ!!」堪らずエレンが尻餅を付きそうになり、ウォルターが支える。

「ひとりを相手に大地魔法を使うかぁ?」呆れた様にライリーがため息を吐く。

 その間、キャメロンはローレンスの肩を蹴り、天高く飛び、炎の翼を羽ばたかせて更に高く舞っていた。そこから高速で滑空し、アスカ目掛けて無数の炎の礫を飛ばす。

 相手の軸を揺れで強引に崩し、炎で更に炙り隙を作り、ローレンスの大槌での一撃で仕留める。彼女らの必殺の戦術であり、これを破る強者はそうそういなかった。

 だが、礫を撒き散らしたキャメロンは目を剥き、大声を上げた。


「ロ―――――ス!! 行くなぁぁぁぁぁ!!」


 この声が彼の耳に入る頃、アスカ目掛けて振り下ろしていた大槌は、柄を残して無残に斬り裂かれていた。

「うぉわっ!!」慌てて距離を取るローレンス。

「あら? どうしたのかな?」相変わらず歪んだ笑みを覗かせ、上空を舞うキャメロンに目を向ける。

 アスカの周りには、いつの間にか刻み落とされた炎の礫が舞い散り、草原が炎の円を描いていた。

「コイツ……速い……」ローレンスの肩に着地し、彼女を睨み付けるキャメロン。

「どうします? もう一度揺さぶりますか?」ローレンスは先ほどの揺れよりも強い震度で攻めようと魔力を集中させる。

「……お願い。ロースは揺らした後、防御を固めて様子を見ていて。そして……」と、彼女は遠くにいるライリーに目線を映す。

 それを合図に彼はボウガンの用意をし、腕に風魔法を纏っていた。

「不意打ちなら通用するだろ」小声で呟き、彼女の視線に向かって頷く。

「何か引っかかる……」先ほどのやり取りを見て、ウォルターは苦み走った表情を見せる。

 その謎が解決される前に、次の戦いが始まる。

 ローレンスが地を鳴らし、キャメロンが飛び立つ。再び彼女は炎の礫を雨の様に降らせる。アスカは目にも映らぬ速さで刀を振り、適格に礫を払いのけた。

 その間を抜くようにライリーが無音でボウガンを放つ。その矢はライリーの風魔法に操作され、変則的な動きをしながら飛んだ。

 その間、キャメロンはアスカ目掛けて滑空し、全身に炎を纏わせる。彼女の放つ炎の衝撃波の破壊力は大砲の弾10発分の威力があり、直撃せずとも気絶させる自信はあった。

 しかし、キャメロンは再び目を剥くことになった。

 一瞬で眼前に立っていた筈のアスカが消えたのだった。

 彼女は冷や汗混じりに仰天し、殺気を探りながら見回す。

「グブォッっ!」ローレンスが湿った呻き声を漏らす。アスカが彼の眼前に立ち、腹は一文字に斬り裂いていた。が、傷口から血は一滴も漏れず、黒い茨の様なモノが傷に張り付いていた。

「ローレンスっ!」衝撃と共に着地し、態勢を整えるキャメロン。

「見えなかった……っ」常にアスカを捕捉していたはずのライリーはショックを隠せず、震えた。

「あ……ぐぁっ……い、いでぇ……」ローレンスは傷口を押さえ、転がり回った。彼の腹に描かれた黒茨はまるで成長する様にジワジワと腹から胸へと広がっていた。

「な、なんなの、これ?」目を疑いながらも、アスカへ目を向ける。

「気持ちいいでしょ? あなたは頑丈そうだから、もっと気持ちよくなれるわよぉ」アスカはローレンスを見下ろし、広がる黒茨を眺める。

「彼女……彼女だけ揺れてなかった」何かに気付いたウォルターが、思い出すように呟いた。

 彼が言う通り、一度目、二度目の揺れの時に彼女だけ全く揺れていなかった。

 それもそのはず、ローレンスの大地魔法は一応クラス3の技術だったが、その技が通用しない相手もいた。達人クラスの者である。

達人は心技体、そして大地と一体となる時、完成された技が放つことができる。そんな彼らに、ハンパな大地魔法は通じないのであった。

「くっ……謎の多い女ね……」キャメロンは、未だに姿を見せない刀身に不気味がりながら、脂汗を流した。

「大丈夫、貴女にもおすそ分けしてあげるから……」アスカはキャメロンに向き直り、刀を構え直す音だけを鳴らして歩き始めた。



 フミヅキ・アスカがロンク村に流れ着いたのはおよそ3年前だった。

 パレリア港町より北方の海岸に流れ着いていた所を、村の若者が発見して保護したのである。満身創痍であり、衰弱し、言葉もロクに話せなかった彼女を村の者達は世話をした。

 それから一ヵ月後、彼女はようやく言葉を発した。最初は単語のみしか話せなかったが、その内、村の者の会話を聞いて覚えたか、はたまた思い出したのか流暢に話せるようになった。

 だが、記憶は戻らず、彼女は頭痛に苦しむ様によく頭を抱えていた。

 その頃に、村の女の子が気分転換にと彼女の髪を黒から金に染めた。それを境に、思い出せない名前の代わりに『ロザリア』と村長に名づけられる。

 ある日の事、村に大強盗団が押し寄せ、危機に瀕した。若者たちでは太刀打ちできず、蹂躙されるままに滅ぶと皆が覚悟した。

 その時、ロザリアは初めて武器を取り、たったひとりで大強盗団を撃退したのである。

 その戦いぶりは凄絶であり、血の雨の阿鼻叫喚地獄を描いた。

 村の者達はロザリアに感謝したが、彼女自身は剣を取り落とし、頭痛に苦しむ様に唸った。

 それ以降、彼女は戦う事を拒もうと口を濁したが、村に恩返しがしたいという思いが強かったため、彼女は村の守護を務め、今に至る。

 紅の鎧と大剣は村長が彼女の為にあつらえた代物であった。



 アスカはじわりじわりとキャメロンににじり寄り、彼女は怯え腰で後退りした。

 圧倒的実力差を思い知らされ、キャメロンは汗に溺れ、息を荒げた。

 彼女は今迄の戦場で、自分より強い者と戦ったことはいくらでもあり、こういった戦いには馴れているつもりだった。こんなにも実力差がある場合、戦闘を避けるか逃げるのが正しかった。

 だが、避ける事も逃げる事も許されず、まさに窮地だった。

 その瞬間、アスカの太腿に深々と矢が突き刺さる。キャメロンの心を察したライリーが放った渾身の矢だった。

「今だ、距離を取れ!」震え声を絞り出すライリー。

「ありがと」と、飛び退くキャメロン。気を落ち着かせるため、魔力を高めて冷え切った身体を温める。

 アスカは呻きもせず、脚に突き立った矢を眺め、静かに笑った。

「???」彼女の次の行動に、その場にいる全員が驚いた。

 なんと、アスカは矢を掴み、右へ左へと捻って肉ごと抉り抜いたのである。血が滝の様に溢れ、脚を真っ赤に染める。

「気持ちいいなぁ……気が紛れる」うっとりした様な表情で矢先を眺め、今度は腹に突き刺し、またグリグリと掻き回す。

「なんなの、コイツ……気持ち悪ぅ」キャメロンが表情を引き攣らせる。

「わかる? ねぇ? 理解できる?」アスカは矢傷に指を突っ込み、さらに掻き回し、腹から矢を引き抜く。

「心が壊れてる……のか?」ライリーが呟いた瞬間、何かに殴られるような衝撃で後方へ吹き飛び、木に叩き付けられる。彼は何が起きたのかわからず頭を押さえると、肩に矢が深々と突き刺さっている事に気付き、絶叫した。しかも、木に打ち付けられていた。

「ライリー!!」キャメロンが大声をあげた刹那、殺気を感じ取り、背後へ向かって翼を展開し、火炎を撒き散らした。

「そんなに怯えないでよ……」そんなキャメロンの正面に立ち、ぐにゃりと曲った笑みを零す。

「わきゃあぁっ!!」怯えて仰天し、防御態勢を取りながら後方へ飛ぶ。

 しかし、彼女の体全身は薄く切裂かれ、黒茨が張り付いていた。

「ぐぎっ! 喰らった……い、いってぇ……」例えかすり傷でも黒茨は容赦なく彼女を攻め、巻き付くように体内へと浸食する。

「うぐっぷっ」思い出すかのように吐血するキャメロン。

 その全身の切り傷に気を取られていたせいで、腹部の刺し傷に気付いていなかったキャメロンは膝を折る。刺し傷からも遅れて茨が伸び、鈍痛と鋭痛が入り混じる。

 アスカはそんな彼女の襟を掴み、鼻先まで引き寄せた。

「どう? わかるでしょ? でもね? でもね? これからなのよ……本物の絶頂はこれから……」と、腹の刺し傷に指を突っ込み、腸を捏ね回すように動かす。

「や、やめ、がっぱっ! や、や、めろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」涙混じりに歪な悲鳴を上げ散らし、首をブンブンと振る。せめてもの抵抗にと、魔力を振り絞って全身から炎を噴き出す。

 だが、その程度ではアスカを止める事は出来なかった。

「そんな火花じゃ、あたしを満足させることはできないよ~」と、刺し傷に腕を深々と挿入し、腸を掻き分けて胃袋を掴む。

「ね? いいでしょ? 大丈夫、出血じゃぁ死なないから」と、掴んだ袋を握り込む。

「っっっっっぱがっ!!!!」キャメロンは血の泡に溺れ、背骨が折れんばかりに痙攣を繰り返した。もはや、戦場で見せた凛々しさは欠片も残っておらず、ただ目の前の呪いの塊に蹂躙されるだけだった。

「もうやめてくれ!!」堪らずにウォルターが飛び込み、アスカを羽交い絞めにする。気を取られていたアスカは驚くような声を漏らし、瀕死のキャメロンを解放する。

「あら、あなたは……邪魔をするなら、おすそ分けしちゃうよ?」と、アスカはいつの間にか抜刀し、己の腹に刃を突き入れ、ウォルターの腹を貫く。

「ぐあぁ!!」虚を突かれ、堪らず拘束を解く。

「どう? あなたならこの気持ちよさがわかるでしょう?」と、腹から刀を抜き、その勢いのまま彼を袈裟斬りで叩き伏せる。胸を斬り裂かれたウォルターは悲鳴と共に崩れ落ち、傷を押さえて絶叫した。

「もうやめてください……やめてください」動けず、ただその場にへたり込むエレン。彼女は己の無力さに絶望し、ただ涙を流していた。

「やめてください? あんたも皆と同じなの? え?」気に障ったのか、アスカはエレンをギロリと睨みつけ、ゆっくりと歩を進めた。

「あんたらは自分の都合よく遊んで、風向きが変わった途端……やめてください、だの、この化け物、だの……好き勝手言いやがってさぁ~……」動けずにいるエレンの眼前で止まり、激しく睨み付ける。

「そーいう人間が、一番大嫌いなんだよ……」アスカはゆっくりと刀を抜き、エレンの腹に向ける。

「……お願いです……正気に戻ってください、ロザリアさん……」

「あたしはそんな名前じゃねぇよ」額に血管を浮き上がらせ、刀を構え直す。

 その瞬間、アスカの刀から火花が散り、次第に全身から稲妻がのたうち回った。エレンの目にはアスカが新たな技を使うように見えたが、そうではなかった。

 アスカは口から煙を吐き出し、片膝をついた。

「ぐ……ん……」上空へ目を向け、忌々しそうに睨み付ける。

 そこには、エミリーが息を荒げながら浮いていた。

「こども?」アスカが呟いた瞬間、再び小さな電流が彼女に襲い掛かる。白目を剥き、泡を吹いて崩れ落ち、痙攣を繰り返してやがて動かなくなるアスカ。

「はぁっはぁっはぁっ……やっぱり、居ても立っても居られなくて……来ちゃいました」雷の賢者エミリーは滝汗のまま地面へ降り立ち、その場にへたり込んだ。

「ま、間に合いましたが……」エレンは倒されたキャメロンたちを目にし、唾を飲み込む。防衛戦の時は、どんなに傷つこうとも弱音を吐かず、涙も見せなかった彼女らが、今では無残に地面に転がり、涙を流しながら悲鳴を唸り散らしているのだ。

「とにかく、治療をしなくては……」

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