23.DS×DM 前篇

「フミヅキ・アスカ……聞いたことがあります」ガムガン砦へ戻る途中、ウォルターが口にする。彼は何かを思い出すように唸り、苦い物を飲み込んだように喉を鳴らす。

「それはどこで?!」エレンが慌てた様に問う。

「私がヤオガミ列島にいた時です……」

 ウォルターは数年間、そこで近接戦闘術や眼術などを学んだ。

その時、ギルドに並んだ手配書を読み、その中で一際目を引いたのが数十年前から張ってある古びた手配書だった。

 そこには、『大量殺戮犯 フミヅキ・アスカ 賞金300000ゼル』と記されていた。彼が読み、そしてギルドマスターに話をきいてみた限り、未だにその者は捕まっていなかった。

 さらに、現在では失効しており、他のギルドには張っていなかった。

 今でもそのギルドに張ってある理由は、また別の話である。

「大量殺戮?! ……そんな……?」

「ハッカイ村の住民を皆殺しにした、と言う話でした。さらに、ヤオガミ国の有力者を数人殺害した、と」

「……ロザリアさん……」エレンは彼の話が信じられず、鉛の様になった頭を抱えた。

 彼女はおよそ20年前、アスカと会い、彼女に触れて心を覗いた事があった。

その時、アスカのトラウマをモロに目の当たりにし、今の今迄、エレンはそのトラウマを共有して過ごしてきたのである。

 アスカのトラウマは、確かに血みどろと激痛、理不尽な暴力で満ちていた。

 しかし、何の罪もない人々を殺す様な人には、当時少女だったエレンには思えなかった。ただ、アスカの事をかわいそうに思い、涙したことを強烈に覚えていた。

「信じられません……彼女がそんな人だなんて」

「……? そう、ですか……?」ウォルターは首を傾げ、また唸る。彼の目には情報通りの化け物に映っていた。

 しばらく2人は沈黙し、馬を歩かせる。

 エレンは、どうすれば彼女を助ける事が出来るのか、と。

 ウォルターは、如何にしてアスカの暴走を止める事が出来るのか、と。

 そんな2人の想いが伝わったのか、馬たちが同時に首をブルブルと振る。

「……と、兎に角……報告をしましょう、ダニエルさん達に」

「そ、そうですね……」ウォルターは、背後にまたアスカの邪悪な視線を感じ取り、冷や汗を拭った。



「言っていることが良く分からないな」彼女らの話を聞き、宙に目を泳がせるダニエル。彼はロザリアの事は少ししか知らず、エレンの熱意とウォルターの淡々とした情報を一気に流し込まれ、若干混乱していた。

「そんな事を言っている場合じゃありません! 早く彼女を助けましょう!」

「助けるって何から?」興味なさげに聞いていたキャメロンがダニエルの代わりに口にする。

「え?」

「そのロザリアって奴は記憶を取り戻し、好き勝手やり放題の獣に成り果てた……って事だよね? 別にほっとけばいいじゃない。本人がそれで満足ならさ」

「でも……私にとっては友人で、それに……」と、下唇を噛む。

「あたしらにも、傭兵仕事にも関係ないね。それに、本人が望んでない事を押し付けるのは良くない事だと思うよ~」キャメロンはエレンに顔を向けず、寝転がったまま淡々と言う。

「俺もそう思うな~ 戦争で人が変わって夜盗や暴漢に身を落とす奴って結構いるしな」ライリーは煙草を吹かしながら付け足した。

「それに、敵軍勢が引いたからと言って、まだ不安の種がいくつかある。俺たちは不用意にここは離れるべきではないんだ」ダニエルがやっと返答し、エレンを済まなそうな顔で見た。

「……くっ……わかりました! なら私ひとりでどうにかします! お時間を取らせて申し訳ありませんでした!」エレンは涙を浮かべ、踵を返して馬の手綱を引く。

「つ、ついていきましょうか?」珍しくローレンスがキャメロンの隣から離れる。

「え? なんで?」驚いたように声を合わせる3人。

「俺はこの戦争でエレンさんに傷を治して貰ったり、色々お世話になったもんで……それに、この砦で一番働いていたのはエレンさんですよ!」と、自慢の大槌を手に取り、肩に担ぐ。

「……ま、そうだな」ダニエルが口にすると、キャメロンが彼の額を叩く。

「意志が弱い! あたしは行かないから」何故か反抗的なキャメロンは、少し憤った様な態度で腕を組んだ。

 そこへ、稲妻を纏った少女が彼らの真ん中にふわりと降り立つ。

 雷の賢者、エミリーだった。

「私も行きます! ロザリアさんを私も助けたい!」

「け、賢者様ぁ?!」また声を揃える3人。

「い、いいんですか?!」驚いたようにエレンが声を出すと、エミリーが首を縦に振る。

「あの人は、いつでも私に勇気をくれましたし、そのお陰でこの戦争を闘えましたから!」と、笑顔で答える。

 すると、そんな彼女の首筋を剃刀の様な鋭い物がゆっくりと撫でた。エミリーが驚いたように振り返りながら首を押さえる。

「その程度で狼狽するんじゃあ、多分足手まといになるだけじゃないかな、賢者さん」得意げな表情でキャメロンが腰を重たそうに上げる。

「え?」

「そのロザリア……実際はなんたらアスカだっけ? 殺気がヤバいんでしょ? 今ので冷や汗掻く様だったら、行くのはやめた方がいい」

「そんな! でも私は!」震えた本心を隠し、賢者の威厳を表に出そうと頑張る少女エミリー。

 しかし、キャメロンの放つ殺気に押され、喉を鳴らす。

「ほらね? 今のは獣と対峙した時の殺気だよ。防衛戦の時、あんたは本来の実力の半分も出せてなかったでしょ? 若いどころか、戦場に出る年齢じゃあないもんね」

「戦争に年齢なんて……」エミリーが言いかけると、また殺気に押され、尻餅をつく。

 キャメロンは背に黒い何かを滲みだし、鋭い目つきで賢者を睨んでいた。

「これが戦争の殺気だよ。一塊の殺意。あたしは飽きる程経験しているから、これくらいは出せるし、受け止める事も出来る……ねぇエレン。アスカの殺気はどんぐらいだった?」

「……今のあなたの数倍、ですね」エレンもそれなりの修羅場をくぐってきた身であるため、キャメロンの殺気を受けても怯むことはなかった。

「だって……賢者様は、今できる仕事をしてくださいな。貴女の代わりに、あたしが行ってあげるからさ」キャメロンは殺気をウソの様に散らし、微笑んで見せた。

「それに、俺たちがいなくなるより、賢者様がこの砦からいなくなったら、それこそ大混乱だろうな」ダニエルも笑いながら口にするも、またキャメロンに額を叩かれる。「なんでぇっ?!」

「……どういう風の吹き回しですか?」エレンが問うと、キャメロンは顔を向けずに口を開いた。

「仕事、だよ。賢者さんの使いとして、あんたのお供をしてあげるって事。ライリー、あんたも来な」

「俺、偵察しかやらねぇよ?」

 


 その日の夜を超え、明け方前にエレン達はアスカの待つ焚き火後に到着する。

 エレンについてきたのはウォルター、キャメロン、ライリー、ローレンスの4人だった。ダニエルは砦に残り、オスカーと共に砦内のパレリア兵たちの様子を探り、暴走しないように、と残る事にした。

「ここで待っている、と言っていたのですが……」エレンは焚き火の焦げ跡を調べ、消された時間を予想する。

「そういうイカレたヤツに約束なんて言葉はないからねぇ~」キャメロンは相変わらず厳しい冗談を口にし、鼻で笑った。

「周囲を探っているが、反応が無いな……」ライリーは緊張の糸を解き、煙草に火を点けた。

「ここで吸うなよ!」ローレンスが噛みつくと、ライリーはすっ呆けた表情を作った。

「風魔法で煙を散らしているから、敵には気付かれねーよ」

「いや、純粋に臭いんだよ」

「お前の屁の匂いには負けるがな」

「うるさいよ、集中しな!」キャメロンは2人の後頭部を叩き、目を鋭くさせながら馬から降りる。

 そんなやり取りには目も向けず、ウォルターは焚き火周辺の痕跡を観察し、罠がないか調べる。最初に遭遇した時の様な違和感を覚えず、彼女が言った通り、気まぐれに場所を変えたと思い込んでいた。

 すると、彼らの背後から急に、突風の様な殺気が吹き荒れる。


「遅かったね」


 明け方に照らされる木の影からアスカがヌルリと現れる。そんな彼女の姿に傭兵である3人は目を丸くして狼狽した。

「気配も殺気も無かったぞ! どこに潜んでやがったんだ!!」ライリーは再度風魔法を発動させ、野鳥や小動物の反応を読み取る。動物たちも驚いている様子だった。

「現れた……本当にあれがロザリアなの? 随分とまぁ……てぇか鎧の下の姿は見た事なかったけど……」唯一殺気を浴びても怯まずにマイペースを貫くキャメロン。

「で? エクリスたちは見つかった? なぁんてそんなに早く連れてこれないよね~ 何? あたしを殺しに来たの?」アスカはヨロㇼヨロㇼと彼女らに歩み寄った。

「間合いを詰める気ですかね……?」ローレンスが大槌を構えると、キャメロンは引き攣ったように笑って見せる。

「もう内側だよ。ウォルターとライリーはエレンを邪魔にならないところで守ってて」数瞬の間にキャメロンは背に炎の翼を展開し、戦闘態勢に移っていた。

 ローレンスも彼女に合わせ、脚を踏み鳴らす。

「へぇ……戦い慣れてる」アスカは感心する様に口にし、舌をペロリと出す。

「あんたは殺し慣れてるって感じね。久々にヤバいな」キャメロンは冷や汗を顎まで垂らし、脚を震わせる。

「キャメロンさん?!」

「戦士や殺し屋、黒勇隊にナイトメアソルジャーと色々と戦ってきたけど……こいつはまさに悪霊ね」両手に炎を必要以上に纏わせ、隣のローレンスの二の腕を焼く。

「あっちぃ! そ、そんなに不味いですか?!」

「おいエレン! 殺さずに気絶させろとか言ってたけど、そんな余力はないよ!!」キャメロンは参ったような表情を覗かせ、アスカの邪悪な瞳を睨み付けた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る