21.痛みを喰らう化け物

 紅色の鎧片と共に紅霧が飛び散る。缶詰が潰れる様な音と果実が潰れる様な音が響く。それと共に、囚人兵たちのゲラゲラ笑う声に人質にされた少女のすすり泣く声が混じる。

 ロザリアは肩で息をしながらも、相手を見据え、胸を張って仁王立ちしていた。砕けた鎧、肋骨、頬骨、どれを晒しても弱味を見せぬ表情で相手を睨み付けた。

 だが、囚人兵は容赦なくフレイルを振るい、棍棒を叩き付け、更にはボウガンで至近距離から脚を打ち抜いた。

「ぐぁ!」爆ぜる様な衝撃と灼熱を感じながらも足を踏ん張るのをやめないロザリア。

「お姉ちゃん!!」人質の女の子が涙ながらに叫ぶ。

「やりたい放題だぜ!」囚人兵たちは思い思いの言葉をぶつけながら武器を振るうのを止めなかった。

 実際に、ロザリアの腕ならば人質を無傷のまま彼らを叩き伏せる事は難しくなかった。大剣すら振るわずに殺気をぶつけ、懐に飛び込み、6人を瞬時に投げ飛ばす事が出来たはずだった。

 だが、彼女の中の『何か』がそれを許さなかった。

 その『何か』は戦争の最中に目覚めた者だった。

 彼女は血を見るのを嫌い、なるべく投げ技や大剣から放たれる衝撃波でバルカ・ボルコ兵を倒していた。

 しかし、周りはそれを許さず、容赦なく敵を血祭りにあげ、荒野を真っ赤に染めた。その鈍い香りが彼女の体内へと徐々に入り込み、その『何か』を起こしたのだった。

 それは、記憶を失う前の自分なのか、はたまた血に飢えた第2の自分なのか、それはロザリア自身にはわからなかったが、そいつが表に出すまいと必死になって抑え込み、これまで戦い続けていた。

 そして、今、その『何か』具体的に正体を現そうとしていた。



「そろそろ終わらせるか」囚人兵のひとりがボロボロになったロザリアの鼻先に立つ。

「くっ……あ……」もはや立派な紅鎧は何処へやら、今や崩れかけの鎖帷子一丁になり果てていた。その真下に彼女の傷ついた肌が露出していた。

 だが、その傷はあまりにも多かった。たった今負った傷だけでなく、古傷が多く刻まれていた。中でも目を引くのが、右腕の一度斬りおとされたかの様な傷、そして腹の横一文字の傷。

 それを目にして囚人兵たちは額を青くしたが、すぐに鼻で笑い、脚の矢傷を蹴飛ばす。

「がぁ!!」ついに体力の限界が来たか、ロザリアは地面に倒れ伏す。彼女の周りには浅い血の池が出来上がっていた。

「さて、ぶち殺してやるか。なぁに心配するな。お前の次は、あの村とこの娘だ! この娘は最後にオイシク頂いてやるぜぇ~」囚人兵は涎を垂らし、虚ろになった彼女の瞳に映る。

 彼女の懐に備わる刀を奪い取り、遠くに放り投げ、彼女を蹴り転がす。

「ぐぅ……ぅ」彼女の全身に激痛が走る。

 だが、その激痛。これが『何か』の力を強くした。

「殺してやる前に……少し楽しんでやるか……良い身体してるしヨ♪」囚人兵の興奮が別の頭にシフトし、馬乗りになって豊かな胸をワシ掴みにする。

「ぐっ!」その時、ロザリアの心臓が撥ねた。

 全身に埋め尽くされた激痛、血の臭い、そして相手の下卑た笑いにゲス心。これら全てがロザリアの頭に集中し、『何か』がむくむくと大きくなる。

「や、ヤメロ……」彼女の口から声が漏れる。これは囚人兵に向けたものではなかった。

「誰が止めるか、ばぁぁぁぁか!!」囚人兵は男の下心を全開にさせ彼女の両乳房を揉みしだく。

「ヤメロ!!」ロザリアは弓なりに仰け反り、白目を剥いた。

「そんなに気持ちいいか? え? 本番はこれからだぜ!」と、男の利き腕が彼女の下半身へと滑り込む。

だが、その腕は彼女の秘所を突くことは無かった。

「あれ? あれ?」馬乗りになった男は中々柔らかな部分を掴めぬと訝し気に思う。騒めきを感じ取り、周囲の仲間の顔を伺う。全員真っ青な表情を作っていた。

「どうした?」

「おまえ、腕……」ひとりが指さす。

 男の腕はスッパリと斬り落されていた。自分の腕が天を舞っているのを確認した瞬間、視界がぐるりぐるりと回る。

「あれ?」顔が地面に叩き伏せられ、ごろりと転がる。気付くと、眼前には、首を無くした自分の身体が映っていた。

「あr……?」



 ロザリアはぐにゃりと曲った笑みを浮かべ、紅を噴き上げる死体を横に投げ飛ばした。彼女の手には、先程遠くへ投げ飛ばされた刀が握られていた。

「お、お前ぇ!! 人質がどうなってもいいのか!!」

「み、見えたか? 今の……」

「いんやぁ……? 風魔法か何かか?」

 囚人兵5名が狼狽していると、彼女の一番近くにいた男が突然、腹を押さえて蹲った。

「が! ぎぎぎぎぎ!!」白目を剥きながら嘔吐し、更に転がる。

「ど、どうしたんだよ!!」思わず駆け寄り、彼が押さえる腹を見る。

 そこには刀で作られた刺し傷が残されていた。

 しかし、ただの傷ではなかった。その刺し傷からは、黒紅色の茨の様なモノが皮膚の内側を奔っていた。

「な、なんだこりゃああああああああああああががががががががががが!!!!」と、傷を見た男の胸が突如、バックリと大口を開き、鮮血が飛び散る。


「きもちいいでしょ? ね?」


ロザリアが口にした瞬間、大きなポニーテールの結び目がほどけ、彼女の身体を覆い尽くす。金髪が血で濡れ、黒く染まっていく。

「な、なんだよ……こっちには人質がいるのを忘れたかぁ!!」と、少女の喉元にナイフを1ミリめり込ませる。

「ひぃっ!!」少女は鼻水を垂らして涙し、喉に暖かな物を感じていた。

「……血って暖かいでしょ?」ロザリアは虚無色の目で少女の瞳を見つめ、にんまりと笑う。

「何言ってやがる! お前ら! ロンク村へ行って火を付けろ! 今なら村の男どもは戦争で殆ど出払っているから容易いはずだ!」男の号令と共に、2人が素早く動く。

 が、同時に2人が頭からずっこける。

「なにしてやが……」と、見やる。2人の両足は何処かへ消失し、大地に血文字を描いていた。

「い、いでぇ! いでぇよぉぉぉぉぉぉ!!」

 2人の悲鳴を耳にし、ロザリアは目を瞑り、くすくすと笑う。

「いいでしょ? 骨、筋肉、神経が断ち切られる痛みって……ほらっ」と口にした瞬間、地面に転がる男たち4人の腕と脚が飛ぶ。

「ほらっ♪」と、また飛ぶ。

「ほぉらっ♪」また跳ぶ。

「やめろよ!!」残った無傷の囚人兵は堪らず、人質を手放し、両膝をついた。

「お、お前の容赦のなさ、強さはわかった! ゆ、許してくれよ!! な?」転がる仲間たちの合唱を聞き、奥歯を震わせる。転がった彼らは、急所を外されており、未だに生かされていた。

「……ん? なんで謝るの? とっても気持ちいいのに」ロザリアは自分の太腿に空いた傷口に指を入れ、グリグリと突き入れる。赤黒い血がドロリと垂れ、指に付いたそれを舐めとる。

「ねぇ? なんで許してくれ、とか言うの? あなた、何かいけない事をしたの?」と、刀をゆっくりと抜く。

 この刀は以前までは決して抜けることの無いガラクタと言われていた。

 だが、あっさりと抜け、刀身を露わにする。

 その刀身は紅く、根元にいくほど暗く鈍い色をしていた。滑らかな切っ先から涎の様に血が滴る。

「や、やめで」男が祈りのポーズを取った瞬間、切っ先が顎の下へ滑り込む。刀身は顎下から脳へと達し、そこから血の茨が伸びる。

「ぐ、ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! ぁ……」脳に直接叩き込まれた痛みが男を悲鳴の後に絶命させる。

「楽しむ間もなかったかな? ん~残念」と、地面に転がる四肢を失った囚人兵たちを見下ろす。

「あなた達は、まだ楽しんで行くわよね♪」



 3日後。

 ロザリアの行方を探すエレンとウォルターがロンク村に辿り着く。

「すみません、ロザリアさんは帰ってきていませんか?!」早速、村長に会い、村周辺で起きた事件について話を聞く。

「……彼女の仕業ではないと願いたいのだが……」村長は表情を暗くし、近隣で見つけた6つの死体を彼女らに見せた。

 その囚人兵たちの死体は全て、激痛に苦しんだ様に目をカッと開いて絶命していた。

「だ、誰がこんな事を……それにこの傷跡……見た事がありません」

「この刺し傷……刀によるものだ。まさか……」ウォルターが死体の腹部の刺し傷に手を触れ、頬を歪める。

「ありえません! ロザリアさんの刀は抜けないガラクタのはず!!」

 次に彼女らは、事件を目撃した少女を訪ねた。その娘は首に包帯を巻き、生気の抜けた表情でベッドに横たわっていた。

「その、何が遭ったのか話してくれる?」エレンが問うと、少女はカタカタと震える。

「ば、ばけもの……くろかみのばけもの」瞳孔を揺らし、怯えた顔を彼女に向ける。

「黒髪? ロザリアさんじゃないのかな……?」エレンが考え込む様に俯くと、太腿に鋭痛が奔る。少女がフォークを突き立てていた。

「ねぇ? きもちいい? ねぇ? これがきもちいいんだって!」少女は包帯を取り、小さな傷痕に指を入れていた。

「ちょ、ちょっと! やめなさい!!」エレンが少女を引きはがし、その両親がすすり泣く娘を抱きしめる。

「事件から、この調子で……我々はどうすればいいのか……」困り果てた様に眉を下げる。

「……もう一度、私に診せて下さい……」


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