19.ラスティーVSローズ

 丁度その頃。

 キーラたちは作戦を終わらせ、ワルベルトが用意するキャンプ地へと向かっていた。そこで本日は休息を取り、明日の日の出頃にラスティー達と合流し、次の作戦に移る予定だった。

 彼女らは役目を立派に果たし、無事にマーナミーナ軍をバルカニアへ追いやる事に成功した。

 だが、彼女らは一言も声を発さず、ただ疲れ切ったように馬を歩かせていた。

 キーラを始めとする彼らの殆どは、戦争自体が初めてであり、臆病者が相手ではあったが、戦場の空気に気圧され、凄まじく消耗していた。

 そんな彼女らを、正面からコルミの隊が出迎える。

「どうも、お疲れ様です! いやぁ、上手くいきましたねぇ~」

 先ほどの魔獣の様な声とは打って変わった声色で話しかけてくる。

「ん、ご、ご苦労……」目の下を青くし、今にも落馬しそうにバランスを崩すキーラ。そんな彼女を回りの兵がフォローしようとするも、その彼らも消耗しきっており、助ける余力は無かった。代わりにコルミたちが駆け寄る。

「大丈夫ですか?」前半戦を活躍し、一時の休息を経て最後の怒涛の追い込みに加わった後だった。普通ならキーラたちと同じぐらい消耗している筈だったが、そこまで疲れているようには見えなかった。

「さ、流石に疲れたわ……きゃ、キャンプ地まで持つかどうか……」

「なら休みましょう! 疲れ切った身体で山賊やマーナミーナ軍の別動隊に襲われでもしたら……」

「しかし、ジェイソン……いや、ラスティー司令官に」

「大丈夫ですよ、もっと余裕をもっていかないと、それこそ司令に迷惑ってもんでしょう?」コルミはにこりと笑って見せ、キーラの隊をカバーする様に己の兵に指示を出した。

「……貴方は、こういった事に慣れているの?」水筒の水を飲み干し、キーラが問うた。

「はい、オスカーさんとあらゆる戦場を駆けましたねぇ~。ま、そんなに誇れる戦果があるわけじゃありませんがね」と、鼻の下を擦る。

「……そう……」キーラは何か、考え込む様に俯き、また一口水を啜った。



 時同じくしてマーナル砦近くの丘。

 ローズは全身に雷光を帯び、瞬く間に5人の兵を打倒し、レイの眼前で止まる。

「実戦は初めてかしら? 新兵さん」不敵に笑い、指先に付いた血を地面に散らす。

「彼らは、な……だが、俺は違うぞ!」レイはナイフを逆手に構え、ローズの身体を注意深く見る。身体の力を抜き、息を吐く。

「緊張しているのね? 可愛いな~」からかう様に足を一歩踏み出し、不用意にレイの攻撃範囲に入り込むローズ。

 彼は、近接格闘の先生に習った通りに、そして今迄戦ってきた時の様に流れる様に身体を動かし、ローズを捕えようとする。

 だが、彼の目は彼女を捕える事が出来ず、見失ってしまう。冷や汗を格も、焦らずに自分のデッドゾーンへ目を向ける。

 その瞬間、彼の目の前が真っ黒になった。

「やっぱ新兵さんだね。手加減したけど、それでも2手遅れている」

 ローズはレイの後頭部から手を離し、荒ぶる稲光を鎮める。レイは目から火花を散らし、白目を剥いて地面に倒れ伏した。

 残るは数名の戦意を失った兵とラスティーだった。

「……お前の目的はなんだ? なんか、本気でやっている風にも真面目に働いている風にも見えないんだが?」倒れ伏したレイを見下ろしながら問うラスティー。

「暇つぶし、かな? それと腹いせ。アタシ、休暇中なもんでして」ふざける様に口にし、ワザとらしく笑う。

「俺たちは忙しいんだが……まぁいいか」ラスティーは咥えた煙草を吐き捨て、手をポケットの中へ突っ込む。


「来いよ」


 ラスティーは周囲に風を吹き荒れさせ、鋭く殺気をローズにぶつけた。

 彼女はそれをものともせず、全身から再び雷光を放ち、眼前から姿を消す。周囲の兵たちは、消えた彼女の行方を探すように目を泳がせた。

 彼らが彼女の姿を捕える頃、ラスティーはローズと組み合い、腹に蹴りを入れていた。

「なぐっ!!」ローズは虚を突かれ、狼狽しながらラスティーの円から退く。

「っち、逃げ足が速いな」ラスティーは血唾を吐き、飛び退く彼女を睨み付ける。

「先手は取れたけど……流石、あいつの仲間……」腹を摩りながら軽く咳をする。

 周囲の兵たちは何が起きているのか、瞬きを繰り返した。

 すると、また2人が激突する。雷と突風の嵐が一瞬だけ吹き荒れ、周囲の草と小石を巻き上げる。

「クソっ!!」ラスティーの手に持っていたボウガンがいつの間にか天を舞い、腹を蹴られて飛び退いていた。

「ったく……舐めちゃいかんなぁ~」飛び退くローズ。彼女は両手にボウガンのボルトを3本指に挟み投げ捨て、脇腹に浅く刺さったナイフを抜く。

 再び2人は睨み合い、何度も激突を繰り返した。毎度ローズが先手を取り、ラスティーが迎え撃った。周囲の兵たちは何が行われているのか理解できなかったが、戦いは互角だという事だけは理解できた。

「っち、もう品切れかな」ラスティーは上腕に皹が入ったのか、左腕を押えながら片膝を付いた。

「く……やるね、あんた……」ローズもラスティーの攻撃を皮一枚で避けていたが、彼と同等に傷ついていた。

 2人とも息が荒げ、血を流していた。だが、両者ともに余裕の笑みを浮かべていた。

「あと、1分で終わらせる」ラスティーは指を立てて笑って見せた。

「なら、アタシは20秒で」と、2本指を立てる。

「だったら俺は……」と、ラスティーが口にした瞬間、この戦いで初めて彼が先に仕掛ける。隠し持ったナイフを投げ、彼女に選択肢を与える。

 ローズはその攻撃を電流で遮り、彼の死角へと入り込む。

 彼女は、敵の死角へ俊足で入り込む戦法を好んでいた。高速移動で入り込み、無警戒の背や脇腹を稲妻で加速させた拳で貫くのが彼女の得意技だった。

 だが、この手が通じるのは一皮むけた素人までであった。

 ラスティーはあえて後手に回り、彼女の得意技を封じて迎え撃っていた。

 しかし、今回はラスティーが先手を取った。その為、死角への警戒が疎かになり、彼女の必殺の一撃を喰らうこととなる。

 筈だった。

「ぬっ?」突如、ローズの身体から力が抜ける。雷光を帯びた膝から魔力が抜け落ち、更に軸足からも勢いが抜ける。

 そんな彼女の殺気を感じ取り、ラスティーは相手の膝を受け止め、胸倉を掴み取って地面に組み伏せた。

「っらぁ!!」と、彼女を寝技に持ち込み、右腕を掴んで極める。

「いだだだだだだ!!! っく、持ってたか……持ってたのかチクショォ~」ローズは彼が隠し持つ物に気付いたのか、悔しがりながら全身から力を抜いた。

「ワルベルトさんから貰ったポケット魔封じ装置だ。クラス3までなら通じる優れ物だ」

「っち、最後の最後にこれを持ってくるとは……ズルいねぇ」



 ローズとの戦いが始まって3分、ディメンズがやってくる。肩に布団でグルグル巻きにしたゴラオンを担いでいた。

「おやおやおや、ローズくん……こんな所で何をやっているのかなぁ?」ラスティーに組み敷かれたローズを見下ろすディメンズ。

「あ、ディメンズさん、お久しぶりです」ラスティーは彼女に対する締め付けを強めた。

「いだぁ!! 抵抗してないじゃん! 降参してるのに! ったくぅ……」

「ディメンズさん、こいつと知り合いですか?」

「あぁ……まぁな」と、肩に担いだゴラオンを乱暴に転がし、その上に腰掛ける。

「その様子だと、上手くいったみたいね。はぁい、ゴラオン」と、布団の中のゴラオンへ憎たらしい笑顔を向ける。それを見て彼は猿轡越しに唸り散らした。

「あはは、だから言ったじゃない」

「……ディメンズさん、こいつ……敵なんですか? 味方なんですか?」

「どっちとも言えないヤツなんだよなぁ……コイツ」

 その後、ラスティーは彼女を拘束し、ゴラオンの隣に並べた。そして、彼の口から布を取り、話せるように口の奥に押し込められた木の玉を取り出す。

「ぐべぁ! はぁ、はぁ……息がロクにできないぞ、これ!!」涎で窒息しかけていたのか、唾を吐き散らす。

「汚ねぇな……で、何か話す事はあるかな?」ディメンズが問うと、ゴラオンは急に闇を帯びた笑みを浮かべた。

「お、お前ら……俺を早く自由にしないと大変な事になるぞ?」

「それはどういう意味だ?」ディメンズは首を傾げながら煙草を咥える。

「俺の策が失敗した時の保険だよ……もし、俺を大人しく逃がしてくれれば、それは発動しない。だが、俺をこのままにしておけば……少なくとも、この国は終わりだ!」

「どういう意味だ?!」寝耳に水だったのか、ラスティーが狼狽する。

「ここから間に合うかなぁ? くくく……」

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