18.オルロの戦い 追い込み編

 オルロ砦からマーナミーナ国境沿いまで来る頃、朝日が昇り始めていた。追い立てが始まってから数時間、流石にマーナミーナ軍もヘトヘトになっていた。

 だが、追撃が緩むことなく、生かさず殺さずのチェイスが繰り広げられていた。

 いつの間にか先頭の盗賊頭役のコルミは遥か後方で休息をとり、現在の頭役はキーラに変わっていた。彼女の馬捌き、指揮や鼓舞そして、相手の逃げ場を封じる程の腕前で、順調に国境の先へと追いやっていた。

「大丈夫ですか?」休息中の部隊の中から、ひとりの兵がコルミへと近づく。

「いやぁ……喉が潰れるかと思いました……」と、薬膳茶を飲みながら喉を摩る。

 彼は夜を徹して声を絞り出し、己の身体より大きな剣を振り回し、頭の血管が吹き飛ぶ程のテンションで駆けていた。彼のこの活躍により、オルロ砦のマーナミーナ兵たちを誘導できたと言っても過言ではなかった。

「しかし、美味しいですね……この茶葉」コルミは休憩中、兵の皆に茶を振る舞っていた。

「僕の故郷の茶です。淹れ方とかはおじいちゃんに教わりました。僕、茶を淹れる事しか取り柄がないもんで……」と、照れながら眼鏡を上げる。

「は、はぁ……」多才で小柄なコルミを見て、兵たちは首を傾げながら薬膳茶の味を楽しんだ。

 そんな最中、キーラの操る部隊は、順調な馬運びでマーナミーナ軍を追い立てていた。

「矢を放て! 連中の怯えた背を串刺しにしてやれ!」と、剣を振る。それを合図に矢の雨を連中の頭上に降らせる。だが、その矢は頬を掠める程度で一発もまともに命中しなかった。

 それもそのはず、ラスティーの命令で攻撃の類は全て「外すな、されど当てるな」とされていた。この指示通りに、敵の間を潜り抜ける様に矢を放ち、それによりマーナミーナ兵は矢音と身体の末端から走る熱さに怯え、馬を夢中で奔らせた。

 さらに、右翼左翼から隠れて化けているグレイスタン軍が拍車をかける様に現れ、逃げ場を更に奪っていた。

 グレイスタン軍は1年前、マーナミーナ軍から何度か襲撃を受け、負けはしなかったものの、被害を被っていた。その怒りをぶつける様に相手の足元に攻撃魔法や矢を叩き付け、罵声を浴びせた。

「くそぉ! 反撃の許可を!」流石に怒髪天に来たのか兵士長が先頭のブラスに進言する。

「ダメだ! 皆疲弊し、全体が混乱と怯えに蝕まれている! 更に、敵はおそらく、我々の数倍の戦力だ! どういう理由で我々を追い回しているのか知らないが、下手に踵を返したら飲み込まれるのは必定! 今は逃げに徹するしかない!」冷静に現状を分析したブラスが早口で言い、ただ目の前の大地を走り抜けていた。

「しかし、どこかで曲らねば……」冷や汗を滝の様に流し、歯を震わせる。あと数キロ走れば、バルカニアへ入る事になる。今の勢いで突撃すれば、これはバルカニアへの襲撃として誤解され、協定を破る事になるのであった。

 


 所変わってバルカニア、バルカニア城。

 ここではパレリアとの戦争でも忘れたかのように皆、優雅な朝食を楽しんでいた。だが、それは見た目上だけであり、実際は伝令兵の報告を今か今かと待ちわびていた。良い報であろうと悪い報であろうと、彼らは策を用意していた。

 いい知らせが来たら、このままパレリアを揉み潰し、ボルコニアとの戦争を再開させ、その時の策の準備を。

 悪い知らせが来たら、北方面、南方面の砦に詰めた兵をパレリアへ進撃させ、国を幾重にも包囲し、撃滅する。

 さらに、想定外の魔王軍の介入が来たら……などと幾つもの予想を立て、準備を済ませていた。

 それ故の余裕の朝食だった。

 そして、この王を交えた優美なる朝食にフルーツデザートが出される頃、騎士フィーリマンが表情を曇らせながらやって来る。

「ん、その顔は……悪い知らせだね?」何かを察した様に軍師長が視線を動かす。

「は……パレリア前線のガムガン砦が存外に堅固でして……北砦の兵を出していただきたいと、ブレイク騎士団長が仰せでして」

「ふむ、そもそもボルコニアはパレリア攻めに乗り気ではない様子だしな……彼の軍だけでは、少し厳しかったか。それに、パレリアを侮ってしまった我々の落ち度もある。よし、北砦と南砦の軍を動かし、パレリアを一気に包囲殲滅せよ」

「承知」と、フィーリマンは会場を後にし、急いでブレイクの伝令兵に軍師長の指示を伝えた。

「ふむ。余裕だ。戦争において、これが肝要だ」上品に切られたフルーツを頬張りながら王が口にし、ナプキンで口を拭う。

 その30分後、今度は伝令兵が転がる様にして朝食会場にやって来る。

「……何事だ?」本来なら伝令兵は城に入れず、騎士を通してここに伝えられた。

「じ、時間がないのです! 西方よりマーナミーナの軍勢およそ2万が攻め入ってきました!!」無礼を承知で伝令兵が会場に木霊させる。

「………………なに?」軍師長の頭の中で出来上がっていたプランに石が投げ入れられる様な感覚に陥り、反応が遅れる。彼のプランは些細な石ころ程度ではビクともしなかったが、この投げ入れられた石はあまりにも大きく、皹が入る。

「……フィーリマンを呼べ」軍師長が指示すると、時待たずして騎士フィーリマンが現れる。

 マーナミーナ軍襲撃の話をすると、彼も一瞬沈黙してから驚きの一言を発した。

「な……なぜ、このような事に……?」

「私が聞きたい……ん? 待てよ……ほんの30分前に北、南から兵をパレリアへ向かわせるように指示したばかりだ……つまり、この城の防備は最低限。2万が送り込まれたとなると……」頭の中で嫌なモノが形作られる。

「まずいぞ!! 早く、そくその兵たちを下がらせ、城の防御に充てるのだ! 早く伝令を呼び戻せ!」王が立ち上がり、目を血走らせる。

「しかし、伝令の乗る馬はサンダーホースです! 追いつくのに時間がかかり、それに、マーナミーナ軍がこの城に襲撃するのに時間が……最短距離は、今、パレリア攻略を担っているブレイク騎士団長を呼び戻すのが早いかと!」急いで脳内の地図を広げて最短距離を測った軍師長が声を上げる。

「マーナミーナめ、コレが狙いか! 胡散臭いとは思っていたが……く、歯痒いが至急、ブレイクを呼び戻せ!!」



 昼頃、ラスティー達はマーナル砦の鼻先まで迫っていた。砦内では、混乱寸前に陥っていた。勝手にオルロ砦の兵が飛び出し、軍師ゴラオンが姿を消していた。頼れる人間がいない為、指揮系統がめちゃくちゃになり、外の警備どころではなかった。

「どうやら、ディメンズのおっさんが上手くやってくれたようだな」丘の上で馬を止め、一服するラスティー。

「オルロ地方は上手くやっているだろうか……」と、西方の空を眺めるレイ。

「連中を信じろ。それしか出来ないだろ」


「流石はあの女のお仲間。甘っちょろいねぇ~」


 ラスティー達の背後に、聞き慣れない女の声が響く。振り向くと、そこには雷光を身に纏ったローズが立っていた。

「何者だ!!」ラスティーの兵たちが一斉に武器を構え、矢先を向ける。

「ん~油断していたみたいね! アタシ、2分前からここにいたって言うのに」と、青白い針の様な電流を放ち、矢を構えていた兵の武装を解除する。

「ジェシー・プラチナハートか」狼狽した様子を見せず、ぷかぷかと煙草を吹かすラスティー。

「その名で呼ばないでくれる? ローズ・シェーバーよ。初めまして」

「ローズだと! 貴様、魔王軍の者か!」レイは戦闘態勢を取り、一歩前に出る。

「アンタじゃ無理だと思うけどねぇ……で、ラスティーだっけ? アリシアちゃんは元気?」不敵な笑みを覗かせ、俊足で一歩詰め寄る。

「……知っているだろ? 死んだよ、彼女は」表情を変えず、言い返す。

「……本当に?」隻眼をギラつかせ、口角を上げる。

「俺はお前の事を許さないからな。お前なんだろ? アリシアを散々痛めつけて、生命力だとか寿命だとかを搾り取ったのは……」静かな怒りを滾らせ、煙草を吐き捨て、踏みつぶす。

「あら、怒ってる? 当然でしょ? こっちに探りを入れて、更に喧嘩を売ってきたんだもの……」

「じゃあ、お前が今、殺されても文句はないんだな?」ラスティーは彼女に殺意の籠った眼差しを向ける。

「あらあら、こんなに大切な時に取り乱しちゃっていいのかな~」挑発する様に笑顔を見せる。

「……そうだな。ここで足並みを乱す訳にはいかない……が、何しに来たんだ? お前」

「年上をお前呼ばわりするんだ? ま、敵だしいいけど」ローズはそこでやっと、殺気を帯びた拳を握り込み、軽く舌を出した。

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