17.オルロの戦い 追い立て編

 咆哮を合図に、盗賊団ブラッディーオーシャンはその名の通り、血の川の様に砦を囲みながら駆けていた。生ぬるい迎撃兵器の攻撃を掻い潜り、馬上からの弓攻撃や魔法でひとつひとつ兵器を潰していく。

「このままでは砦に侵入してきます!!」すっかり酔いの覚めたマーナミーナ兵が怯えた表情で報告する。

「く! 一体どうすれば……」兵士長は突然の事態に平静を保つことだけで椎一杯だった。先ほど取り乱したせいで一時的に砦中をパニックに陥れてしまったため、完全に防御態勢に移るのに遅れをとってしまい、危機的状況となっていた。

「連中の動きをよく観察するのだ!!」遅れて現れた砦の司令官、ブラスが現れる。彼は早めに就寝していたため、パニックの数分後に準備を整えてこの場に姿を見せた。

 ブラスは砦の外周を走り回る盗賊団を注意深く観察しながら地図を広げる。

「ブラス様! どうしましょう!」兵士長が膝を折り、指示を仰ぐ。

「……この砦を一旦捨てる」

「な! 何を?!」兵士長が目を剥いて仰天するも、ブラスは冷静に地図に何かを書き込み始める。

「連中は所詮盗賊だ。この中に用事があるのだ。恐らく、地下保管庫に眠る蓄えと金銭……取りあえずくれてやればいい」

「しかしそれでは!」兵士長が声を上げると、ブラスがひと睨みする。

「連中が全員、砦内に入ったところを見計らって、火をかける。火薬庫、兵糧、宿舎、全てに発火装置を仕掛けるのだ。そして、砦の出入り口を正門のみ開かせるように仕向け、あとは……わかるな?」と、言い終えると、ひとりの兵士が司令官室へやってくる。

「ブラス様、準備完了です!」

「よし、全員、武具と旗を持って、私の合図で南門から出るぞ」



 盗賊団はまるで大蛇の様にうねり、砦を締め付けて離さなかった。先頭を走るリーダーは、定期的に咆哮を上げ、片手に持った大剣を振り回し、何かを合図すると、正門を数十人の賊が叩いた。

 その叩く音と馬の蹄の轟音、そして咆哮が砦内の兵の恐怖心を呷った。

 だが、兵たちは先ほどの様にパニックは起こさなかった。

 何故なら、司令官のブラスが兵たちをひとつに纏め、即席で考えた策を説明し、さらに鼓舞したからである。逃げる事と退く事は違う、と口にし、全員に砦から出る準備を進める。

 彼には自信があった。盗賊団の馬術の癖を見切り、砦を出るタイミングも完璧に理解していた。

「いいか、躊躇したら終わりだ。ひとりの戸惑いが全体に波紋が広がり、乱れる。その乱れが命取りだ。だが、我々に躊躇と言う言葉はない! そうだな!!」

 ブラスの掛け声に砦の兵たち全員が揃って返事をする。

 そして、彼の合図で南門が開かれる。

 彼の目論見通り、盗賊団は正面門の方でターンをしている所であり、南門が一番の隙となっていた。

 ブラスの掛け声と共に、マーナミーナ兵たちは一糸乱れぬ馬捌きで、一目散に南門正面の丘まで駆ける。

 そして、盗賊団はブラスの目論見通り、砦内へ入って、いかなかった。

「なに?!」

 盗賊団、ブラッディーオーシャンは砦には目もくれず、獲物目掛けて突撃した。リーダーが咆哮で群れを呷り、群れ全体が大声を上げる。

「ば、馬鹿な!! まさか、標的は我々?! な、何故だ?」



 その頃、空いたオルロ砦にラスティーがレイと数人の兵を連れて、悠々と到着する。

「ここまでは作戦通りだな」煙草を咥え、自慢げに火を点ける。

 そこへ、疾風団頭領のジーンが颯爽と現れる。

「倉庫内に仕掛けられた発火装置は取り除いておいた」

「お疲れさん! 司令官室の金庫に仕舞われたブツは?」

「ここに写しを」と、紙束を取り出す。

「素晴らしい」

「……ラスティー。俺たちはあっちに参加しなくて、本当に大丈夫か?」レイは、マーナミーナ軍を追い掛けるキーラたちの事を憂いていた。

「大丈夫だ。こういう時は、信頼が重要だ。それに、ウィンガズさんの兵もいる。大丈夫だ」レイに反してラスティーは余裕の笑みを覗かせながら、ジーンの持ってきた情報を目に通す。

「で、俺たちは?」

「キーラたちの逆を目指す。マーナル砦だ」

「そこに、この大戦の黒幕がいるんだな?」

「あぁ、そうだ。軍師ゴラオンを捕えに向かう」



 所変わってマーナル砦。

 早くも、オルロ砦の報を聞き、作戦会議が開かれていた。

「たかが山賊風情に襲われて、砦を捨てるとは情けない」

「いや、ブラス殿の事だ。何か策があるにちがいない。しかし、あのブラス殿が砦を出るとは……相当な軍勢に襲われたのだろうな」

「盗賊団は噂に聞くブラッディーオーシャンらしい。ついに姿を見せたか……というか実在したのか……」砦の隊長たちが机を囲んで話し合っていると、そこへゴラオンが現れる。面白くなさそうに口をへの字に曲げ、乱暴に椅子に座る。

「私の策が外部に漏れたのか……? 一体誰だ? スパイでもいるのか?」ギラついた眼差しを周囲の隊長や指揮官へ向ける。

「な……? 早々に身内を疑うのか?! 口を慎め!」

「ではなぜ、寄りにもよってオルロ砦が盗賊なんぞに襲われるのだ?! 説明してみろ!」ゴラオンは余裕がないのか、額に血管を浮き上がらせていた。

「ま、まぁしかし、我々の作戦に支障はないかと……」隊長のひとりが口にすると、ゴラオンがキッと睨んだ。

「貴様は策というものを何も分かっていない! 支障があってはならんのだ! おそらく、この盗賊共は我が策の意図に気付いているのだ! だから砦の兵を……兵をどうする気なのだ? 兵たちの行方はどうなっている?!」と、声をかけるも伝令は何も答えず、沈黙が流れる。

「おのれ! 必ずスパイがいるはずだ! 探し出せ!!」彼は髪を逆立てた。

 醜態を晒した会議終了後、ゴラオンは自室へと戻り書類の整理をはじめた。鞄を取り出し、私物を詰め込み始める。

「く! どうやらローズの言う通りだったようだ! いや、まさかあいつが? くそ! 疑ったらキリがないな……とにかく、次の標的は俺かもしれないな……ここは慎重に、姿をしばらくくらませよう」

 ゴラオンは冷や汗を掻きながら鞄を肩にかけ、砦を出る支度を終わらせる。

 その瞬間、部屋を照らしていた光がフッと消える。

「なんだ!?」

 彼が狼狽した瞬間、この機を伺っていたディメンズが影からヌッと姿を現し、彼の首にピンを刺す。ゴラオンの血走った目がでんぐり返り、意識が遥か彼方へと飛んでいく。

「1手遅かったな……って言えないくらい遅かったな……軍師にしては」呆れた様に吐き捨て、ゴラオンを肩に担ぎ、彼が書類を入れたカバンを手に持って部屋から姿を消した。



 ところ戻ってオルロ地方。

 今だにマーナミーナ軍を盗賊団もといコルミを先頭にしたキーラの兵たちが追いかけ回していた。西へ逸れれば東から、東へ逸れれば西から追い立て、マーナミーナ軍をどこかへと追い立てる。

「奴らの目的は何だ?! 我々が目的なのか?! 我々の中に親の仇でもいると言うのか?!」流石に慌てたブラスが冷や汗を掻き始める。

「ブラス殿、このままでは……」兵士長が背後から注意する様に口にする。

「わかっている! くそ、どこかで大きく西か東へ反転しなければ……どこかに隙はないか?!」と、緩やかな丘を見つけ、そこで反転しようと合図を送るも、いつのまにやら現れた盗賊団に進路をふさがれ、やむなく元の進路へ戻される。

「なんだ? このブラッディーオーシャンと言う連中は?! いったい何人、いや何百人いるんだ?! 噂通りなのか? 噂通り連中は、血霧の亡霊なのか?!」どこからともなく現れる血色のフードを纏った兵たちに恐れおののき、その恐怖が伝播する。

 次第にマーナミーナ軍は恐れに負け、馬の腹をいつもよりも強く蹴り、速度を増して一目散に逃げていた。

 だが、彼らの向かう先は、バルカニア国境だった。

 もし、このまま旗を掲げたまま国境をまたぐような事をすれば、停戦協定違反をすることになるのは誰もが知っていた。

 

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