16.オルロの戦い 咆哮編

 マーナミーナ国、マーナル砦の外れにある洞窟。

 この中で、何者かが小さなキャンプをしていた。真夜中の帳の中、焚き火が鉄鍋を炙り、シチューの具材を躍らせる。

 その踊りを眺めながら、フードを目深に被った男が鼻歌を歌いながら中身をかき混ぜていた。その傍らには布で包まれた何かが大切に置かれていた。

「へぇ~……余裕だね」暗闇の中からローズが雷光と共に姿を現す。片眼を光らせ、男の隣に置かれた物に雷球を投げつけ、轟音と共に洞窟の奥へと撥ね飛ばす。布が燃え、中から大型のボウガンが現れるも、矢を放つこともなく転がる。

「……片目を潰されたっていう噂は本当だったか、ジェシー」男がフードを取りながら彼女を見る。中からワルベルトの相棒、ディメンズの顔が現れた。

「うるさい! その名で呼ぶな!!」稲妻を唸らせながら前のめりになる。

 しかし、一息でローズは平静を取り戻し、余裕の笑顔を覗かせる。

「……でも、流石だね。連中の目を掻い潜って、こんな所でシチューを煮ているなんて……」

「お前も食っていくか? 味には自信があるぞ」と、鍋へ目を落とし、スプーンでかき混ぜる。

「……あんたの目的はわかってるんだよぉ?」ローズは、まるで彼の弱みを握ったかの様な口ぶりをしてみせる。

「その割に、余りやる気がないみたいじゃないか」

「えぇ、今、アタシは休暇中なの。だから、ここへは楽しみで来ただけよ」

「そうかい」ディメンズは鍋の中身を一口飲み、頬を緩ませる。

「……でも、あんたの首を獲れば、魔王のおっさんからそれ相応のご褒美がもらえるかもしれないね……ねぇ?」ローズは、座り込み無防備なディメンズを見下ろし、殺気を帯びた雷手刀を構える。

「……やめときな。特に、頭ん中に引っかかる物がある時は、な」と、もう一口飲む。

「そんな物はないよ!!」と、口にしながらも躊躇う様な跳び方で、彼の間合いに半歩入り込む。

 その刹那、彼女の頭上から一筋の矢が降り、鼻先を掠める。冷や汗を掻きながらその場で固まるローズ。

「……い、いつ撃ったの?」瞳を震わせ、表情を強張らせる。

「お前が来る5分前くらいかな? 上空で矢を風魔法で固定させておいた。その気になれば、お前は今頃……」と、シチューの具材を口の中で熱そうに転がす。

「……ぐっ……その口ぶりだと、まだ隠し玉がありそうね」唾を飲み込み、手の稲妻を収める。

「お前の弱点は、その己の自信からくる油断だ。大方、そこを突かれて片目を失ったんだろ?」と、彼女の眼帯へスプーンを向ける。

「……なにも言えないわ……全く。で? どうする? アタシをここで殺す?」

「お前、この戦争に口出す気がないんだろ? ま、出したトコロで何も困る事は無いがね」自信に満ち溢れたセリフとは裏腹にやる気のなさそうな声色を出し、シチューを器に注ぎ、鞄から酒瓶を取り出す。

「実際に、口を出してもゴラオンのヤツはアタシよりも自信家だから、意味はないかもね」ローズは降参した様にその場に座り込み、頬杖をついた。

 そんな彼女の前にシチューが出される。

「……砦の料理より美味そうね」

「張り込み中のささやかな贅沢だ。良い年した女と、飯と酒が飲めるんだもんな」ディメンズは彼女の前にカップを置き、酒を注いだ。

「ん、いい香り。でもいいの? 張り込み中に酒なんて」と、酒瓶を受け取り、彼のカップに注ぐ。

「久々の再開だもんな。それに、事が起こるのは今日じゃない」

 2人はカップをカチンと鳴らし、中身を一気に飲み下した後、世間話をしながら熱々のシチューに舌鼓を打った。



 所変わってガムガン砦。

 ここの司令室では、次の日の奇襲作戦についての策が練られていた。

「周囲の拠点を取り戻し、態勢を取り直し、改めてバルカニアを攻める! そのために、二手に分かれ……」と、現在の兵力を考えずに騎士団長ジャムスが卓を叩く。

「しかし、もう我々に打って出るだけの兵も武器も……」司令官ウィラムが口にすると、ジャムスが睨み付ける。

「我々が先頭に立てば、パレリア本部から増援が来る! 絶対に来る! その勢いに乗じて……」と、根拠のない論を雄々しく吠え、また卓に皹を入れる。

 そんなやり取りを見ながら賢者エミリーはため息を吐きながら頭を抱えた。

「ラスティーさん、早くしてください……」

 そのやり取りを、外でライリーが盗み聞きし、傭兵団の皆へ報告した。

「命拾いして、まだそんな事言ってるのか、あのアホ」ダニエルは大樽程のため息を吐き出し、机に額を押し付けた。

「ま、パレリア軍側から始めた戦争だもんな。優勢にならなきゃ引っ込みもつかないだろうしな」オスカーもうんざりした様に吐き、寝転がる。

「で、我々のボスは何をやってるの? ラスティーだっけ?」キャメロンはローレンス相手にカードゲームをしながら口にした。

「ったく、2人じゃ面白くない!」

「イラつくなよ、キャメロン」ライリーは煙草に火を点け、うんざりした煙を吐き出す。

 


 そんな彼らから離れた仮設診療所で、エレンは負傷者たちの世話をしていた。そんな彼女をウォルターとロザリアが手伝っていた。

「あの、ロザリアさん」あまり口を開かないウォルターがぼそりと言う。

「なんだ?」不器用な手つきで負傷兵の包帯を巻くロザリア。

「……鎧、脱いだらどうですか? なんだかとても動き辛そうだ」と、彼女の深紅の鎧を見る。

 彼女は戦闘があろうとなかろうと、普段から鎧を身に纏っていた。食事をする時以外は兜も籠手も脱がなかった。

「確かに繊細な事はやり難いですが、脱ぎたくないんです。その……なんていうんでしょう……他人に肌を晒したくない、というか、なんとうか」たどたどしく言いながらも手を休めないロザリア。

「そうですか……その刀は?」と、ウォルターは彼女の腰に備わった刀に目を移す。

 彼は4年ほどヤオガミ列島で近接戦闘術を学んでおり、その時にこの国特有の刀を何度も手に取って見た事があった。彼女の腰の得物は、ヤオガミ列島で打たれた物だと一目で分かった。

「これは……仕方なく腰に」変わって手を止め、苦そうに口にする。

「理由を聞いても?」

「……この刀は、記憶を無くして目を覚ました時、手に持っていた物なんです。しかし、刃が腐っているのか、抜くことはできず役には立ちません。何度か捨てたのですが、いつの間にか戻ってくるんです」と、柄を摩る。

「……妖刀ですかね?」

「捨てたその日に、悪夢を見ます。内容は思い出せませんが、おそらく、失った記憶かもしれませんね……」

「……なるほど」ウォルターは何かを考えながら手を止め、ロザリアの刀を見る。

 そんな彼らの会話を聞きながら、エレンも心中で「なるほど」と、頷いた。できれば彼女は自分自身でロザリアに問いたかったが、それができずに歯痒く思っていた。

「あの、先生……包帯がゆるゆるなんですが」負傷兵が彼女の表情を覗き込む。

「あれぇ?!」



 そして次の日、マーナミーナ国内のオルロ砦。

 この日も砦内では宴染みた飲み会が行われていた。

 砦内では兵たちは武装を解き、油断の塊の様に酒を呷っていた。悪ノリした者は商売女を連れてこいと叫び、上官に殴られていた。見張り台には一応、弓を背負った兵士が目を光らせてはいたが、その半数は酒瓶片手に鼻歌を歌っていた。

「そういやぁよぉ……ブラッディ―なんたらっていう盗賊団の話、聞いたか?」ひとりの兵士がつまみを齧りながら問う。

「あぁ~数万の部下を率いるっていう大盗賊団だろ? はは、ただの噂だろ?」

「目撃例も被害報告もあるらしいぞ。だが、そんな大勢でキャラバンや村に襲い掛かるところを見た物はいないらしいぞ」

「皆殺し故に、目撃者がいないって話らしが……だが、噂になるんだよな。しかも盗賊団の名前、特徴、仕事の手段までハッキリ。何でだろうなぁ~」

「殆どは新聞屋が面白半分に書いた物だろうな。尾ひれ背ビレ、おまけに翼まで生えてるかもな」

「やっぱり、タダの噂だよウワサ!」

 兵たちは噂話を酒の肴に鼻で笑いながら、またグラスを傾けた。

 そんな宴が始まって数時間後、夜も深まり月が輝く頃。

 砦の外から獣の遠吠えの様な声が響き渡った。

「なんだ? 狼にしては、妙な遠吠えだな」ひとりの兵士が首を傾げる。

「なんだか、野太かったな」

 すると、また遠吠えが響き渡る。近づいた来ているのか、先程よりも大きく砦内に響いた。

「なんか変だな……」異変には気付くも、他の兵たちはまだ酒に酔っていた。

 そして、また遠吠えが、否咆哮が砦に叩き付けられる。

「なんだぁ?!!」この咆哮に殺気を感じ取り、複数人の酔いが徐々に覚め始める。

「待て……なんだ? まるでここに襲撃にくる勢いだぞ?!」

「バカな! 砦を襲う狼、獣がいる筈がない!!」

 そして、今度は砦内全員の酔いが吹き飛ぶ勢いの咆哮が、真夜中の突風の様に吹き荒れた。まるで古のドラゴンの吐く炎の様な勢いだった。

「おい見張り! 何か見えないのか?! どんな化けモンが外にいるんだぁ?!」得体の知れないモノに怯えた兵が震えた声を飛ばす。

 すると、顔を真っ青にした見張りの兵が梯子から落ちる様に下ってくる。

「お、お、お、お、丘の上に北の何者かが……だ、大軍勢が、こちらへむ、む、む!」

「何を言っているのかわからんがなんとなくわかるぞ! しかし北から? 何者だ?!」兵士長が平静を装いながら双眼鏡で北を見やる。

 その大軍勢は霧の向こう側から、暗い紅色のローブを纏い、馬に跨って砦目掛けて駆け下りてきていた。

 その先頭を駆ける者は、馬よりも大きそうな大剣を片手で振り回し、ドラゴンの咆哮と間違う大声を上げて全軍の指揮を取り、剣先を砦へ向けていた。


「こ、こっちへくるぞぉぉぉぉぉ!!」


 取り乱した兵士長が怯えた声を上げ、それを合図に砦内のパニックを呷った。

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