14.悪巧みの夜

 ラスティー達のいる村にワルベルトが到着した後、ラスティーは彼と2人でとある民家へと入っていった。そんな彼らを見て、レイは舌打ちをしながら俯く。

「……どうしたの?」キーラが彼の肩に触れながら訊ねる。

「……いや、なんでもない。くだらない事……だ」と、彼女の手を払う。

「本当になにがあったんだろうね、彼……子供の頃とは別人みたい」

「そんな事より、あの2人は何を話し合っているんだ?」と、レイは彼らが入った民家の扉に耳を付ける。

「ワルベルトは秘密主義だしね……あんな黒ずくめの諜報員の事も聞いてなかったし!」と、ジーンの服装を思い出し、フンと鼻息を鳴らす。

「くそっ! 俺たちも話し合いに入れないのはおかしいだろ! 俺は副指令だぞ! あぁ段々腹が立ってきた!! 開けろ!」レイはドアに鍵がかかっていると思いながら強めにドアを蹴った。

すると、ドアが呆気なく開く。

「なんだ? さっきからウルセェな」ドアを開いたラスティーがレイの目を鋭く見つめる。

「あ……ども」気まずそうに表情を歪ませ、喉を鳴らす。


「さっさと入れよ。お前とキーラがいなきゃ始まらないだろうが」


 ラスティーは彼らを迎え入れる様にドアを開いた。

「あ……遅れてスマン」無理やり探したセリフを適当に吐きながら入室するレイ。

「お、お邪魔します」ラスティーとワルベルトの放つ空気になれないのか、警戒するキーラ。

 その後、ラスティーは滑らかな動きで紅茶を4人分用意し、テーブルに用意した。その間、ワルベルトは大鞄の中から整理された書類束を取り出し、中央に置く。

 そんな彼らをレイとキーラを黙ってみているしかできなかった。2人揃って出されたカップを手に取り、湯気の立つ香ばしい茶を少しだけ啜る。

「首尾の方は?」ラスティーは着席しながら口にする。レイはとにかく口を開こうとしたが、その前にワルベルトが前のめりになって口を開く。

「作戦通り、マーナミーナ軍に噂が浸透しています。火のない所に煙を立てるのは、そう難しい事ではないですね」

「な、何の話だ?」レイはどもりながら口にするも、ワルベルトは無視して話を続ける。

「グレイスタン王の方の用意も万全です。あとは、こちら次第。で、ラスティーさんはこの後の事は?」

「マーナミーナ城に武器が大量に入ったと聞いている。その木箱はどれも、魔王軍の兵器部門から来ている、と。受け取ったのは軍師、ゴラオン・マイガーロ。俺たちの切り札になる男だな」と、煙草を咥えながら歯を覗かせて笑う。

「首根っこの届く距離にディメンズが待機しています。武器は例の砦に運び込まれていやす。終わったら、あっしが確保しても?」

「頼む。あちらさんも、いざとなって魔王軍との繋がりを他国に知られたら困るだろうからな」

「で、その後の事なのですが……」と、ワルベルトは書類束をラスティーの方へ滑らせる。


「ちょっと! 私たちにもわかる様に話してくれませんか?!」


 我慢の限界がきたキーラがレイよりも先に口にし、勢いよく立ち上がる。

「……何も話してないんですかぃ?」ワルベルトは呆れた様に問う。

「話す時間がなくてな……」



 その頃、マーナミーナのバルカニア側国境沿いにあるオルロ砦にて、宴が開かれていた。

 この砦には1万程の兵が3日前に入っており、その日から連日して宴が催されていた。ここに入った者達の役目はバルカ・ボルコ・パレリアの戦争を国境の内側から見張る、というものであった。

 だが、マーナミーナは既に隣接するバルカニアとは密約を結んでいた。マーナミーナ側は魔王軍のツテで手に入れた人口エレメンタルクリスタルを渡し、代わりにバルカニア側からはマーナミーナに攻め入らない、というものだった。

 故に、実際はこの砦に集められた兵は案山子程度のものだった。

 だが、これはこの国の軍師ゴラオンの策であった。一見、ただどんちゃん騒ぎをしているだけの砦の兵たちであったが、これはただの敵の目を欺くためのお飾りであった。本命はオルロ砦よりも後方にそびえ立つマーナル砦に10万ほどが武器を磨きながら『その時』を待っていた。

 その10万の兵たちの目的は『漁夫の利』だった。隣で行われる戦争の炎がピークに達して3国共に兵力が削れて隙を見せたところを、魔王軍の兵器を用いた兵たちで一気に攻め込み、一気に3国を手に入れてしまおう、というものだった。

 この策は当初、ブリザルドが計画していたものだったが、彼が倒れたためにゴラオンが引き継いだのだった。

 そして、彼はマーナル砦指令室で上機嫌にグラスを傾けていた。

「ほぉう、パレリア軍もまだまだ頑張るねぇ……ガムガン砦はまだ堕ちないのか……いいじゃないか、順調に削り合ってくれて……」

「は……しかし、妙ですね。次の一撃で落ちると予想していたのですが……あの猪武者共がこれほど粘るとは……」マーナミーナ軍の兵士長が首を傾げる。

「粘ってくれて結構じゃないか。我々の敵はバルカ・ボルコ軍なのだから。パレリアには既に手を回してある。我々の事は援軍だとでも思うだろうな……くくく」ゴラオンはほくそ笑みながら酒の匂いを楽しんだ。

「は……しかし、オルロ砦は連日宴会だの宴だのを催し、いくらなんでも……」

「あれでいいんだ。バルカニアの目はあれで欺ける。心配するな。もし不安なら、新兵器の調整でもしておけ」

「は……」兵士長は敬礼し、踵を返して退室した。

「くくく……あいつもお前も考えすぎだ」ゴラオンは余裕のため息を吐きながら、近くの窓辺に立つローズへ目を移した。

「そうかな? 想定外っていうのはいつでも起こるものだと思うけど?」

「お前は現場向きの戦士だからわからんのだろう。こういった戦争は、いわば川の流れ、しかも激流だ。そんなものに、小石をいくつ投げ入れても、流れは変わらんのだよ」

「ふぅん……でもね、土嚢をいくつも積み上げれば、激流でも流れは変わるじゃない?」隻眼を押さえながら頬を緩めるローズ。

「ありえんよ。しかも、その川を流れるはこの大陸の強豪3国だ。それをたった500足らずでどうにかできるとは、思えんよ」ゴラオンは勝ち誇ったようににんまりと笑い、もう一杯酒を注いで飲み干す。

「そう……ま、せいぜい足を掬われない様にね」と、ローズは不敵に笑いながら窓の外へ雷光を纏いながら飛んでいった。

 ゴラオンは呆れた様にため息を吐き、机に脚を乗せる。

「ったく……どいつもこいつも心配しすぎなんだよ」



 ラスティー達の会議は深夜まで続き、明け方になってワルベルトが腰を上げる。

「では、あっしはこれで……次に会う時は、そうですなぁ……また手紙を送りますよ」

「あぁ頼む」書類を捲りながらラスティーは応えた。彼の隣の灰皿には吸殻の山が出来上がっていた。

「そうそう。去る前に訊いておきたいんですが……アリシアさんなんですが……」

「なんだ?」ラスティーの目の色が変わる。

「聞く話によると、ウィルガルムに殺されたって事になっていますが……本当ですかぃ?」

 ワルベルトの問いにラスティーはしばらく押し黙った。

 ワルベルトは何かを察する様に頷き、背を向ける。


「生きているよ」


 ラスティーは少々苦しそうに答えた。何か痛みを耐える様な言い方に、ワルベルトは眉を曲げた。

「それはどういう意味で?」

「言葉のままだ」

「そうですかい……では、その言葉のまま、受け取りやしょう」ワルベルトは会釈を残し、村を後にした。

 その後、ラスティーは書類束に色々と書き込み、ペンを咥えながら唸った。

「なぁ……ラスティー」疲れ切った表情でレイが口を重々しく開く。

 彼ら2人は膨大な情報と計画、今後の方針をこれでもかと聞かされ、頭から湯気を噴き上げて机に突っ伏していた。キーラに至っては頭が耐え切れなくなり、気絶していた。

「お、大丈夫か? そろそろ休んだらどうだ?」


「……俺は、必要なのか?」


 レイは心の奥にあった物を吐き出す。彼はこの村に、否道中からこの悩みに苦しめられていた。

「何故?」書類から目を離し、手の甲に顎を乗せる。

「俺は……ワルベルトの言う通り、役立たずだ……兵から逃げられ、疲弊させ、まともに進軍できなかった……足を引っ張ってばかりだ」

「誰にでも『初めて』ってのがあるからな」

「だが、俺は……この10年訓練して、学んで……でも」レイは俯き、奥歯を食いしばった。

 そんな彼を見て、ラスティーは彼の前にグラスを置き、酒を注いだ。


「俺たちはこれから、なんだよ。こっから立派にデカくなるんだ、父さん達みたいにな。最初からデカい奴なんていないんだよ」


「しかし……お前は」

「1人でデカくなった訳じゃないし、それに俺はまだまだだよ。1人じゃ何もできない。お前やキーラ、みんながいなきゃ、これから何も出来ない。頼むぜ、相棒」と、自分のグラスにも酒を注ぎ、カチンと鳴らした。

 2人は一緒に熱い琥珀色を飲み干した。レイは複雑そうな笑みを覗かせ、ラスティーは満面の笑みを見せた。

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