13.ネクスト・ステージ!

 ダニエル達がささやかに宴を楽しんでいると、このガムガン砦の司令官ウィラムが現れる。顔をほんのりと紅く染め、上機嫌だった。

「今回の戦いを勝利に導いていただき、誠に感謝する!」と、背筋を伸ばして敬礼する司令官。それに対し、ダニエル達は苦笑いを浮かべながら会釈で応えた。

「……我が軍の君たちへの対応については謝る。彼らの一方は気高き騎士であり、もう一方はコロシアム出身の囚人兵なのだ……わかってくれ」

 ダニエル達の様な傭兵団は敵こそ少なかったが毛嫌いされていた。騎士たちからは、卑しい身分のプライドなき守銭奴。囚人兵からは、盗賊にも賞金稼ぎにも転ぶどっちつかずの卑怯者。

 どちらからも好かれない彼らは、この砦で孤立していた。

「まぁ、気にしないで下さい。で、今後のプランなどを聞かせて頂ければ幸いなのですが?」ダニエルはウィラムの難しい立場を考慮しながら訊ねた。

「プラン? そ、そうだな……ジャムス騎士団長はこの勝利を機に隣接する奪われた拠点を取り戻す、と……」弱り果てた顔になる司令官。

「……そうですか。では、その奪還作戦に待ったをかけて下さい。賢者様に口添えを頼めば、数日は足止めできるはずです」

「わかった……そうしよう。ジャムス達は勝利に乾いている。そう長くは持たないだろう」と、司令官は最後に礼をし、踵を返して司令官室へと戻っていった。

「ふぅ……3日も持たないかな」ダニエルはため息を重たく吐き、酒を呷る。

「おいおい、俺たちはともかく、この砦の兵力じゃあ攻め上がるなんてとても無理だぜ? 連中は何を考えているんだ!?」オスカーが怒鳴る様に口にする。

「何も考えてないんだろ。今回の勝利も自分たちの気迫のお陰だと思っている、おめでたい連中だもんな。勝手にやらせておけよ」と、ライリーは煙草を吹かしながら口にする。

「そうなると、この砦の寿命はあと僅か、だな……」ダニエルは表情を暗くし、頬杖を付く。

 そんな中、キャメロンが天高く飛び、彼らが飲んでいる卓の上にゆっくりと着地する。


「あたし達は十分仕事をしたでしょう? あ・と・は、ラスティーに丸投げでいいんじゃない?」


「……ま、普通に考えてそれでいいよな、うん」と、ライリーは深く頷く。

「あのガキに俺たちの命を預けろと? 嫌だといいたいが、あいつぁここにはいないしな……俺のコルミを連れてな!」

「だが、今あいつはマーナミーナとグレイスタン国境にいるんだろ? あんな所で何をするつもりなんだ?」ダニエルはお手上げの様に肩を上げ下げした。

「ま、やりたいようにやらせて上げればいいんじゃない~」キャメロンは卓上にあるダニエルの酒を奪い取り、一気に飲み下した。



「ロザリアさんは、お酒を飲まないんですか?」宴の中、ただ腕を組んで壁にもたれ掛るロザリアに向かって、エレンがグラスを持って現れる。

「いや、私は……」エレンに気付き、兜を取って向き直る。

「苦手ですか?」

「……去年あたりか。私が世話になっている村の祭りで呑んだんだ。その時は良かったが……その日の夜、悪夢を見てな……」

「悪夢……もしかして、その……」エレンは彼女が記憶喪失中だと言う事を知っていた。

「……思い出すべきなのか、だが……思い出したら、今の私が消えてしまう気がして、怖くてな……酒をしこたま飲んで眠ったあの夜、自分が消える様な、死ぬような感覚を覚えた……だから……」

「わかりました。すみません」エレンはグラスを下げ、お辞儀をした。

「いや、謝らなくても……ところでツレのウォルターさんはどうしたんだ?」

「あ、彼は下戸だったようで」



 ガムガン砦の宴と時同じくして、ラスティー達のいる村にて。

「なんでウォルターをあっちに置いてきたんだ?! あいつ、人見知りするから心配なんだよ!」村長の家の2階でレイは部屋中を歩き回っていた。

「ジェイソン、いえラスティーの考えていることが、よく分からないわね……代わりにあんな小男を連れてくるなんてね」部屋着に着替えたキーラは茶菓子を食べながらベッドに横たわっていた。

「あいつ、喧嘩を売る気もないのに誰彼かまわず眼術を使って睨み付けるんだもんなぁ……今頃孤立しているかも……」

「あんた、過保護ね」

「るせぇ! ってか、ジェイソンのヤツの変わり様は何なんだ?! この10年近くで何が遭ったんだよ?! 昔のあいつはあんなんじゃあなかったぞ!」

「その点、あんたは何も変わってないかもね」キーラは目を細くして彼を頭の先からつま先まで見た。

「お前もな……」と、窓の外を見る。そこには、兵たちを労う様にラスティーが彼らの酒盛りを仕切っていた。金袋の中身を湯水の様に使い、酒樽を片っ端から明け、さらに食料を贅沢に使って兵たちはおろか、村人全員に振る舞っていた。

「……俺たちも参加するべきかな?」レイは眉を下げながら肩を落とす。

「まず、謝るべきかもね」キーラは起き上り、彼の肩に手を置いた。



「遠慮せずジャンジャン飲んでくれ! そして、明日はよく眠れ! 作戦決行は明後日だ! お前たちの活躍に期待しているぜ!!」ラスティーは大釜鍋をかき混ぜながら口にした。彼は自慢のミートボールシチューを作り、村にいる者全員に振る舞っていた。

「はい! 全力を尽くします!!」

「はぁ~! 今日は最高だぁ!」

「レイさんとは大違いだな……」

 兵たちは感謝を述べながら酒を呷り、陽気に歌って踊った。何名かは近日の作戦について疑問に思い、素直に楽しめない者もいたが、ラスティーの「俺に任せておけ」という台詞や、増援にきたウィンガズの軍勢の事を聞き、安堵した。

 そんな中、レイとキーラが村長の家から出てくる。その瞬間、彼らに気付いた兵たちの表情が強張り、ある者は酒を卓に置いた。

「おう、レイとキーラ! お前らもこっちで飲まないか? 温かい飯もあるぞ!」と、ラスティーが湯気の立つ椀を片手に笑顔を見せる。

「あ、あぁ……」レイは表情を曇らせ、足を引き摺る様に彼の方まで歩く。そんな彼を見てキーラが背中を優しく叩く。

「ラスティー、ちょっと3人で話したいんだけど」と、キーラが口を開くと、その間に割って入る様にひとりの兵士が現れる。

「ラスティーさん! 貴方に会いたいって人が村の門まで来ていますが!」

「おぅ! きっとそいつは胡散臭いオヤジじゃなかったか?」と、オタマ片手に応える。

「はい! 目は濁っているクセに口元は笑っている変なオヤジでした」

「ワルベルトさんだな。しばらく会っていなかったが、そう思えないのが不思議だ。よし、すぐそっちに行く!」と、ラスティーは椀を呼びに来た兵に手渡し、彼は風の様に飛んでいった。

「あの、ジェイソン……くそっ」レイは煮え切らない表情で舌打ちを打つ。

「あのレイ副指令、食べます?」兵のひとりが椀を、彼に恐る恐ると差し出した。



「お久しぶりですねぇラスティーさん。先日のアレ、役に立った様子で」顔を合わせて早速、にやけた表情を覗かせるワルベルト。彼の言うアレ、とは『ククリス使者の服』と『ククリスからの書状』だった。

「おぅ、あれでスムーズに事が運んだ。で、早速今夜、色々と話したい事があるんだが……」と、ラスティーは彼の肩に腕を回し、2人揃って悪い顔を覗かせた。

「ちょっと、待ってくれ!」と、彼らの間に入り込もうと駆けてくるレイとキーラ。そんな彼を見てワルベルトは馬鹿にする様にプッと噴き出した。

「なんだ? お前も明後日に備えてゆっくり休んでおいてくれ」ラスティーは笑顔のまま口にした。

「いや、俺も話に参加させてくれ! 副司令官として!」

「……部下の手綱もろくに握れない、世話も出来ない男に用はありませんね」変わってワルベルトは歯に衣着せず、歯引きしていない言葉を浴びせかけた。

「「なに!」」眉を顰め、声を揃えるレイとキーラ。彼女は詰め寄ろうと前に出たが、彼が腕で静止する。

「ま、ま、ま、そう言わずに、な」と、ラスティーが口にするも、ワルベルトは前に出た。

「あっしと、ジェイソン・ランペリアス2世さんが、10年以上世界中走り回って集めた兵たちを纏められず、ネズミの涙程度にまで数を減らしたのはどこの誰でしたかねぇ? 更にここまでグダグダな進軍をして兵たちをボロボロにしたのは誰ですかねぇ? そんなガキと話し合いはしたくないですなぁ~」

「貴様!」レイは怒りを抑えているつもりが、今迄のストレスが積りに積り、我慢ならずに飛び出てしまう。更にキーラも駆け出す。

 そんな彼らを、ワルベルトの背後から飛び出した影が一瞬のうちに取り押さえ、地面に叩き伏せる。その者は、夕闇色の装束を纏った偵察兵らしき男だった。

「紹介しやしょう。今回、ラスティーさんに抱えて貰う『疾風団』の頭領の『ジーン』さんです!」

「……よろしく」顔を隠している布を取り、会釈する。

「あんたが噂の……頼もしいな、よろしく」ラスティーは歯を見せて笑った。

「笑ってないでコイツをどけてくれ……」

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