12.ガムガン砦の攻防 反撃編

 ガムガン砦に侵入した特殊工作兵を迎撃してから、およそ10分後。彼らは敵兵を制圧し終わっていた。

 だが、息つく間もなく彼らは、工作兵のひとりから砦制圧後の手順を聞き出し、ダニエルが早速指示を飛ばしていた。

「いい頃合いになったら、この旗を掲げろ。で、一発目の砲撃の後にまたこの旗に戻してくれ」と、オスカーにバルカニア国の軍旗を手渡す。

「おぅ、他にやる事は?」いつもの気の抜けた瞳とは違い、力が漲り頼りになる目をしていた。

「最初の砲撃は敵軍の要の間を……まるで狙いを外して誤射したかのような場所を撃ち、動揺を誘ってくれ。2発目は旗持ちを狙い、3発目以降は、敵の退路を狙うように頼む」ダニエルは陣地図を指さして細かく指示し、オスカーだけでなく、彼の部下や負傷兵達にまで伝えた。

「了解です!」

「了解!」

「ラジャー!」

 まばらながらも、やる気の籠った力強い返事が返ってくる。

 ダニエルは自身の籠った笑みを覗かせ、戦場を見渡せる指令室の外側に立った。その隣にライリーが座り込む。

「いつ旗を掲げるんだ?」ライリーはやっと休めると言わんばかりに煙草を咥える。

 その質問の答えを探すように、ダニエルは戦場の動きを目で追い、ため息を吐いた。

「……こう見ると、パレリア軍は数だけなら劣勢だが、いい勝負をしているな……なんかおかしいな……」

「おかしいって?」煙草の煙を胸一杯に吸い、雲でも生み出さんばかりに大きな灰色雲を吐き出す。

「2万対5千だぞ? 軍略さえ上手ければひっくり返せる戦力差だが……無策のパレリア軍がこんなに戦えるのか??」

「賢者様が頑張っているんじゃないか?」

「……あの娘は防戦しかやってない。本気なら数千を薙ぎ払えるだろう。なんか引っかかるな……」と、広い額を掻いて唸る。

「で? 旗はいつ立てるんだ?」

「あ、もういいぞ」

「早く言えよ!!」



 時を戻して、砦の迎撃兵器が1発目の火を噴いた頃。バルカニア、ボルコニア軍は勝利を確信し、パレリア軍は敗北を覚悟していた。

 だが、この砲撃はダニエルの狙い通り、敵軍の真芯から反れた列に直撃し、戦いの時が数瞬だけ止まる。両軍ともに予想外の攻撃に呆気にとられ、一斉に砦の方へ目を向けていた。

 その頃、2発目の轟音が鳴り、また狙い通りに敵両軍の旗持ちに直撃する。これによって敵の攻撃が完全に止まり、陣形が怒声と悲鳴と共に乱れ始める。

 これを合図に、戦場の最後尾とも呼べる場所、即ち敵軍の退路から2人の戦士が出撃する。

「さ、コレが合図ってことでいいんだよね、ロース」目を座らせ、殺気でギラつかせたキャメロンが姿を現す。

「ですね! 久々の戦場、楽しみです!」戦場には目を向けず、キャメロンを見つめ続けるローレンスが血塗れの大槌片手に答える。

 そして彼女ら2人の背後には、退路の確保のために置かれた兵たちの死体がゴロゴロと転がっていた。ある者は黒焦げにされ、またある者は縦から押しつぶされた様に潰れていた。

 キャメロンは静かに笑い、大柄の彼の肩に飛び乗る。それと共にローレンスは大型爆薬を片手に戦場へと駆け出した。

 そんな2人の殺気には気付かず、隊列を立て直そうとする敵兵たち。彼らの多くは各国の正規兵ではなく、金で雇われ、貸し出された軍服、鎧を装備した傭兵だった。故に、陣形を組む技術は即席であり、手間取っていた。

「おい、怪我人を脇に置いて持ち場に戻るぞ!」

「待てって、こいつは俺の身内なんだ! そんな適当に扱えるか!」

「絡まってる、絡まってる! 槍が邪魔! テメェ、もっと離れろよ!!」

「おい、今おれのケツに触ったのはどいつだぁ!!」

 後方の兵たちは前方の様子が見えず、余裕の戦という手応えだけを感じ取り、気を抜いていた。

 そんな彼らの最後尾から肉片の花火が打ち上がる。

「……あ? な、なんだぁ?」後方からの生暖かい飛沫に、何が起こったのか理解できず、背後へ目を向ける。

 そこには、鬼の形相を張り付けた巨漢が、肉片香る大槌を振り上げていた。

「なんの冗談だ?」

 次の瞬間、その巨漢の周囲数十メートル範囲が地鳴りをした。膝や腰を揺るがし、バランスを崩す程に大きな地震が鳴り響き、地面が盛り上がる。

 そして、大槌が振り下ろされる。悲鳴が押し潰され、鋼が砕け散り、生臭い飛沫が散る。

「あ、あ……相手はたったひとりだ! 槍を突きたてろ!」と、ローレンスの前に槍が針山の様に集中する。

 すると、上空からパチパチと音を立てた爆薬が1発振ってくる。ローレンスが地面に投げた代物だった。

 それが瞬きする間もなく爆ぜ、槍衾が崩れ、そこへ大槌の斬撃と見間違う一撃が薙ぎ払われる。そして、彼が地面を踏み鳴らすと、また地震が起こり、同じ地に立った兵たちの態勢を崩す。

「この戦い方……ボルカディの大地使いか!? くそ! なぜこんな所に!」ひとりがセリフを口にする間に、ひと薙ぎで10数名が、そして振り下ろす毎に隊長クラスの戦士が潰される。

「だが、たったひとりにこの人数だ! 削り殺せるはず!!」と、後方の悪鬼の存在に気付いたパレリア軍兵長が傭兵たちに指示を与え、火力を集中させようと手を振る。

 すると、上空から炎の弾丸が雨あられの様に降り注いだ。

 その炎は柔らかく着火する事はなく、鋭く兵たちの盾鎧を貫き、更に陣形を乱した。

「な! 今度はなんだ!!」

 炎の着弾から数瞬後、熱線の様な火柱が軍団のど真ん中を貫いた。その赤き炎は兵を容赦なく鎧ごと溶かし、ぐずぐずに焼き尽くした。

 そんな灼熱地獄に降り立ったキャメロンはゆっくりと立ち上がり、両腕を広げる。

すると、背中から真っ赤な翼が広がる。両翼から衝撃波が放たれ、彼女の周りで取り乱す滝兵たちが次々に爆散して果てる。

「む、惨い……なんて戦い方だ!」と、兵長が口にすると、またローレンスが地面を踏み鳴らし、キャメロンが炎弾を撒き散らしながら飛び立つ。

 2人は互いの死角、隙を補いながら必殺の一撃を見舞っていた。

「こんなのは北での戦い以来だ! いや、あっちの方が地獄だったなぁ~」キャメロンは鼻歌を歌いながら指先から灼熱弾を楽しそうに撃っていた。

「あっちは魔王軍に黒勇隊、そしてナイトメアソルジャー。凶敵との連戦続きでしたからねぇ。それに比べたらこの戦いは、息抜きみたいなもんですね」ローレンスは彼女の攻撃で生まれた活路へ飛び込み、大槌を振るった。

「でも、あまり調子に乗らないようにね♪」と、キャメロンが彼の背後へ着地し、灼熱波を放ち、敵兵を薙ぎ払う。

「すいません! それにしても、お美しい!」

「おだてても何も出ないよ」



 砦の迎撃兵器の放火が始まり、キャメロンたちの奇襲で陣形が完全に乱れる。その機に乗じてパレリア軍は反撃を開始した。

 砦の門前まで後退していたが、そこから巻き返し、士気と勢いを取り戻す。

 バルカニア・ボルコニア軍は一旦、迎撃兵器の射程外まで退避しようとしたが、まだ混乱が続いており、サンズ現場指揮官の指示が行き渡る事が無かった。

 そして、砦からの砲撃で賢者エミリーの魔力を封じていた魔導士たち10人の内、着弾時の破片に3人程負傷し、魔封じの陣のバランスが崩れる。

 それを見逃すエミリーではなく、ここぞとばかりに対魔封じ呪文を唱え、やっとの事、呪術を跳ね返す。


「こ・の・野郎どもめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 魔封じの際の負傷、そして今迄のストレスを吐き出さんばかりにエミリーは己の扱える魔力の全てを両腕に込め、バルカニア軍方面へ向かって解き放つ。

 その一撃は天災の中で暴れ狂う龍の様な轟雷で敵兵数千名を薙ぎ払った。

 バルカニア軍は一応、対雷用の装備をインナーに備えていたが、それは無用の長物で終わった。

 木の葉の様に兵たちは吹き飛ばされ、焼き尽くされ、武具を遥か彼方まで吹き飛ばされる。

「ぐ……こ、これは計算の外側だ……」サンズは苦み走った表情でガムガン砦を忌々しそうに睨み付ける。

 これに乗じてジャムスが咆哮し、更に司令官のウィラムが直剣を抜いて進軍の激を飛ばす。

 それを遥か頭上から見たダニエルは頬杖をついてため息を吐いた。

「おいおい調子に乗るなって、防衛戦だろうがって、射程距離外までいくんじゃねぇよって!!」

「ありゃ調子こいてるな……ま、いいんじゃないか? 賢者様もノリノリだし……なにより……」と、ライリーが、キャメロンたちが暴れる方へと指を向ける。

「あいつら、めっちゃ楽しそう……」

「お前も混ざって来いよ」

「俺、偵察兵だから」



 そして、ガムガン砦防衛戦が始まってから1時間後。

 バルカニア軍の現場指揮官サンズの隊が撤退し、戦いはとりあえず終わりを告げた。

 敵の被害は両軍合計約2万の内、8千人弱ほどの被害を出し、対してパレリア軍は5000の内、1600ほどの被害で済んだ。

 この戦いが終わった夜は、兵糧の残数を気にせずに宴が行われた。

 パレリア軍の者の殆どが己の武功や名誉の負傷を讃え、戦死者を偲んだ。

 そんな中、ダニエルやオスカー達、傭兵団は誰一人褒められることなく、砦の片隅で密かに宴を楽しんでいた。

「少しは俺たちを褒めてくれてもいいんじゃねぇかぃ? えぇ?」オスカーは肉に齧り付きながら部下に不平不満を愚痴り、鼻息を荒くしていた。

「……連中だけで浸りたいのさ。この砦は数年前の因縁があるらしいからな」ダニエルはラスティーからの情報を元に彼らの事情を悟り、ひとりで納得していた。

「あたしは久々に楽しかったからそれでいいかな! んぅ、戦いの後の酒は上手いなぁ~」キャメロンは満足げに久々の酒を楽しみ、上機嫌にライリーに枝垂れかかっていた。

「お前、酒癖悪すぎ!」ライリーが迷惑そうながらに嬉しそうに頬を緩める。

 そんな中、ローレンスは戦闘の負傷をエレンに診て貰っていた。

「あ、ありがとうございます!」

「はい、これでお仕舞い! 楽しんでらっしゃい。あ、お酒はほどほどに」と、笑顔を見せるエレン。そんな彼女の影で、ウォルターはいつもの蛇目で宴を眺めていた。

「あなたも参加したら?」

「いや、俺はここで……」

「そう? じゃ、一緒にいきましょう!」

「……え?」狼狽するウォルターをエレンは強引に引き摺っていった。


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