11.ガムガン砦の攻防 激闘編

 パレリア軍とバルカ・ボルコニア軍が激突してから、およそ15分。

 流石に数で押されつつあるパレリア軍だったが、敵が思ったよりも善戦していた。やはり賢者の存在が大きく、これが士気に繋がってもいた。

 更に、パレリア軍には軍師などの賢い兵はあまりいなかったが、代わりに強豪や猛者が多く、ボルコニアほどではないが、策を正面から食い破る程の勢いがあった。

 故に、数をものともせずに戦い続ける事ができた。

 だが、バルカニアの指揮官、ブレイクは士気の挫き方を知っていた。

 彼の策が発動するとき、この戦いの勝敗が決することになる。



「……? おい! あれを見ろ!!」異変に気付いたパレリア軍兵士が砦上部を指さす。周囲の者達が目を向けると、そこには信じられない物が立っていた。

 自軍の国旗がはためいている筈のポールに、なんとバルカニア軍の国旗が立っていた。

「ま、まさかそんな!!」目を疑う騎士団長のジャムス。

 ここで退いては、負けは確実。そう思い、ジャムスは怯まずに戦え、と咆哮しようと息を吸った。だが、それを邪魔するかのように砦から轟音が鳴り響く。

「まさか、あいつら……砦を……裏から!」この音を聞き、一気にパレリア軍兵士たちの体温が低下する。筋肉が縮み、鎧を小刻みにカチャカチャと鳴らす。


「よし! 今だ!」


 バルカニア軍の現場指揮官のサンズが合図すると、背後からローブを着こんだ老練な魔導士たちが10人ほど出てくる。彼ら全員、クラス3最上位の使い手だった。

 彼らは一斉に手をかざし魔封じの法を、パレリア軍へ向けて放つ。

「ぐ!」宙に浮いていたエミリーは急に手で胸を押さえ、地面に落ちて蹲った。

「どうしたんだ!」

「ぐ、うぅ……だ、誰かが封じの魔術を……くぅ!」全身から稲光を発するが、途端に力なく倒れ伏してしまう。力めば力むほど魔力が体内へ逆流し、ついには血涙が流れ落ちる。

「そんな、賢者様が……」このセリフと同時に、パレリア軍を砲撃から守っていた電磁フィールドが剥がれ落ちる。


「さぁ崩れたぞ!! 畳みかけろぉぉぉぉ!!」


 サンズが馬上から腕を掲げると、まるでここからが本番だ、と言わんばかりにバルカニア軍が鬨の声上げ、進撃を始めた。

 更に、この動きを見てボルコニア軍も本気を出さん勢いでパレリア軍を押し返しはじめる。

「くっ! ここからが本番の様だな……策士め!」ジャムスは額に血管を浮き上がらせ、声を上げながら剣を振りかざした。

そして、吠える。この咆哮で士気が回復する様に祈りながら声を上げる。

だが、士気回復とは、そんな簡単なものではなかった。

敵の畳みかける様な策は徐々にパレリア軍の兵力を削り取り、切り札である賢者を無力化し、更に守るべき砦すら陥落したのである。

もはや、散り散りになって逃げたいところだが、それを許さんばかりにバルカニア・ボルコニア軍は包囲を強め、砦の門前まで追い詰める。

一塊になったパレリア軍を目の前にした迎撃兵器が砲身を光らせる。

「終わったな……元々ガムガン砦は我々の砦だ。このまま消し飛ぶがいい!」サンズが合図をし、随伴兵が風鳴らしの矢を放つ。

 それが迎撃兵器でパレリア軍を攻撃する合図だった。

 そして、30門のキャノン砲とバリスタが一斉に火を噴いた。

「これで終わりか……」ジャムスが目を瞑る。着弾音が耳を裂き、兵たちの悲鳴、鉄の香りが嵐となって吹き荒れ、血砂塵を噴き上げた。

 しかし、ガムガン砦の咆哮は、パレリア軍兵士たちを傷つけず、周囲を囲む者達を肉塊に変えていた。

「なんだ?」異変に気が付き、眉を吊り上げるサンズ。それと同時にガムガン砦から2回目の一斉砲撃が轟いた。



 さかのぼる事15分前。

 ガムガン砦の裏側からバルカニア軍の特殊工作兵たち500名が門に火薬を設置していた。正面門は頑丈な厚さ数十センチの鉄扉だったが、裏門は木製のため、簡単に破る事ができた。

「砦内部は表の兵数を見る限り、ほぼ空だろう。襲い来るは怪我人程度だ。速やかに制圧し、合図を待つ。いいな?」工作兵長が目を光らせる。

「はっ」黒衣の軍服を着用した集団が一斉に返事をし、ハンドサインと共に仕掛けた火薬を爆破する。

「突撃!」彼らは風の様に素早く砦内へなだれ込み、周囲を見回した。予想通り、内部は誰もおらず、殺風景な光景が広がっていた。

「ふ、簡単な仕事だ」最後尾の兵が足を踏み入れた途端、上空から爆発音が鳴り響き瓦礫が落ちてくる。

「なんだぁ!!」全員が背後に目を向ける。裏門は塞がれ、数人が瓦礫の下敷きになっていた。

「留守番用の罠か? いや、だったら最初に潜った時に……?」と、隊長が訝し気な声を出した途端、背後から気配が肩を叩く。


「たっぷりと歓迎してやるぜ」


 いつの間にか現れたダニエルが額を光らせながらニヤリと笑う。

「やっちまえ!!」オスカーの大声と共に、50名弱の傭兵団が一斉に飛びかかる。

 オスカーの部下は、少人数ではあったが全員手練れであり、オスカーと共にいくつもの戦場を潜り抜けてきた猛者たちだった。故に、工作兵を相手に不覚を取るような事はなかった。

 だが、やはり兵力差は隠しけれなかった。工作兵の連携や、短筒やナイフを使った反撃で思ったように数を減らす事ができなかった。

「くっ! 思ったよりやりやがる!!」肩を負傷したオスカーは食い込んだ弾を指で抉りだし、投げ捨てる。

 そんな彼の隣で、ウォルターは腕を組んでただ戦闘を眺めていた。

「おい、レイの腰ぎんちゃく!! お前も戦え!!」オスカーは我慢できずに怒声を飛ばした。

「……俺はラスティーさんから見ているように、と命じられた……」表情ひとつ変えず、蛇の様な目でオスカーを睨み付ける。

「う、その目はやめろ! じゃなくて、お前は俺の右腕代理としてここに残ったんだろ?! だったらそれ相応の働きをしろ!! 戦えこの野郎!!!」


「わかりました」


 ウォルターは組んでいた腕を広げ、まるで瞬間移動する様に跳躍し、オスカーの前に立った。

「うぉ!」ウォルターの動きに驚くオスカー。

 ウォルターはオスカーに背を預け、工作兵たちの波の中へ飛び込んでいった。彼はオスカー達とは違い軽装であり、帷子すら装備していなかった。それどころかナイフの一本も手に持ってはおらず、戦闘できる身なりではなかった。

「え? そのままで戦うのか?!」オスカーは目を疑い、すぐさまウォルターを助けようと飛び込んだ。

 だが、彼の心配は一瞬で吹き飛んだ。

 ウォルターは風の様に流れる足さばきで敵の死角へ入り込み、無駄のない動きで敵の利き腕を使み、容赦なく関節をへし折った。そして、敵が持っていたナイフを奪い、素早く敵の眉間に投げつけ、痛みに喘ぐ敵の首をへし折る。

 襲い来る工作兵は彼の顔を見た途端、明後日の方へ攻撃を空振り、死角をさらけ出してしまい、ウォルターは流れる様にまた利き腕を掴み取って、枯れ木の様にへし折る。

「アレは……ヤオガミ列島の近接戦闘術か……」知っているのか、ダニエルが感心した様に口にする。

「それに、あの目……眼術ってヤツだな。目で敵の隙を誘い、簡単に死角を獲る……怖ぇ~」適当にボウガンを撃つライリーが声を震わす。

「ってかエゲツナイな~容赦なくぶち折っていくな……って、俺も負けてられないがな!」オスカーは奮起し、傷の事を忘れて斧を振るい、敵の頭をカチ割る。

 この調子で順調に敵の数を減らしていくダニエル達。

 ダニエルは自慢の水魔法、ウォーターバレッドで前衛を援護し、同じくライリーも風魔法を利用したボウガン術で貫く。

 オスカー達は全員近接戦闘が得意なので、順調に工作兵たちを掻っ捌いていく。

「くそ! なんて連中だ! 散開しろ!」隊長が声を上げた途端、残った兵たちが一気に砦内に散っていく。

「くそ! 一気に叩き潰すつもりだったが……追え! と、伝えて下さい」と、ダニエルがオスカーへ、そしてオスカーが傭兵団たちへ号令する。

「よし、ライリー! お前の出番だぞ! お得意の偵察術で散って言った連中を探索しろ!」ダニエルが指示すると、ライリーは渋い表情を覗かせる。

「それって俺の仕事か? 俺、偵察兵だぜ?」


「そうだよ! 偵察兵の仕事だよ! さっさと動け!!」


「言われてみればそうか。はいはい、わかりましたよ」ライリーは吸い始めたばかりの煙草を捨て、高台へと昇っていった。



「あぁ! こっちへ来ます!!」仮設診療所に敵兵が数名迫ってくる。それを見たエレンは慌てた様に気配を消しながらも怪我人たちへ静かにする様に指を立てる。

 だが、工作兵は気配を察知するのが得意だった。

 診療所内へ素早く忍び込む工作兵。

 その瞬間、指に魔力を込めて待ち構えていたエレンが、彼の手首をヒールウォーターメスで斬りおとす。

「ぐあぁぁぁ?!」無痛の斬撃に混乱する。

「この! こっちに来ないで下さい!」必死になって声を荒げるエレン。

 だが、この声を聞き付けて工作兵が5名ほど雪崩れ込んでくる。

「ここは診療所か? ふぅむ」と、ナイフを構えてじりじりと近づく敵兵。

 ひとりの負傷兵が飛びかかるも、鈍重なその動きに素早く反応した工作兵は傷口を殴りつけ、地面に転がした。

「ふむ……人質として使えるかな」と、ひとりが口にした途端、その者の微笑が180度回転する。

 周囲の者全員が驚いたように目を見開いた瞬間、突風の様に現れたウォルターが次々に敵兵を地面に叩き付け、首の骨を踏み砕く。

「大丈夫ですか?」相変わらずの冷静な蛇目を向けるウォルター。それを見たエレンは彼に抱き付き、頬に口づけをした。

「ありがとうございます!」

「……まだここに来るかもしれないので、俺はここを」突然のキスにも動じず、周囲の気配を探るウォルター。だが、頬は少し赤らんでいた。



「西に18、東に11、南に16、北に6だ。おうおう、オスカーんとこの傭兵団の連携は中々だな」砦の塔の頂点に座り込んだライリーは風で気配を感じ取り、随時仲間たちに報告をしていた。

「外の戦いはどうだ?」ダニエルが問うと、ライリーは双眼鏡で砦外の状況を伺う。

「意外といい戦いをしている。だが、長くは持たないだろうな」

「俺の策、上手くいくと思うか?」ダニエルが恐る恐る問うと、ライリーは煙草を付けながら返答した。

「ここまで、お前の予想が当たっているからな。何とかなるんじゃね?」

「ラスティーの残した情報のお陰だけどな」彼の言う通り、ラスティーの情報にはパレリア軍の工作兵の事も載っていた。

「だが、実行してるのはお前だろ? 流石だよ」

「ありがとよ」

「最後まで気を抜くなよ、でこっぱげ」

「うるせぇ、出っ歯野郎」

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